天気も晴れ渡り、太陽の日差しが身体にひしひしと射して、地上に降り注がれる季節になった…。
そんな中、山にそびえ立つ港町の管理者の屋敷は外の暑苦しい天気とは対照的にどんよりとした重苦しい空気が立ち込めていた。
その空気を発しているのが、この屋敷の当主の司と…、司の愛娘の椿だった。
一番暗い空気を放っているのは、椿のほうだが。
というのも、あれからこの親子は口をきいていない。正確には、司が話しかけても、椿が完全無視をしているのだ。
いまだに、司の貴臣との結婚反対を許してもらえず、認めない限り、話さないと決めているみたいで、一緒に食事をしていても、司を嫌っていることを隠そうともせずに、嫌悪感を露わにしている。
「…ごちそう様ですわ。それではごきげんよう…。」
朝食を食べ終わり、席を離れる椿。その姿を寂しそうに見送る司。
司はあれ以来口をきいてくれない愛娘の行動に今まで懐いてくれていたため、その大きな違いから反動で相当、落ち込んでいた。
仕事をしているときも、最近はよく誠斗に「椿はどうだね?元気にしているか?」とちょくちょく様子を聞きに来ているほどだ。そのたびに、執事の若葉さんが大量の書類を持ちながら、呼び戻しに来るという日々が続いていたのだった。
椿が食事の間を後にし、誠斗もその後をついていこうとする。
「……誠斗。聞きたいことがあるんだけどね…。」
そこを、落ち込んだままの司が呼び止める。
「なんでしょうか?司様?」
振り返り、司のほうに向きなおるとき、気付かれないように溜息を吐く誠斗。この親子の喧嘩に巻き込まれ、二人の挟間で連絡係となっている自分が置かれた状況に若干苛立ちが募っていたからだ。
「……悪いけど、今日は華族の親睦会があるのと、仕事が溜まっているから…、今日は帰りが遅くなるので、椿を頼む…。」
思い切り、溜息を吐いて、盛大に落ち込む様子を見せる司に誠斗は、司の方が大丈夫かと心配になってきた。
司の隣で控えている若葉さんに視線で問いかけると、若葉さんはその視線に左右に軽く首を振り、顔を顰めている。
(はぁ~、仕事の方も相当進んでいないみたいだな…。本当に大丈夫なのか…?)
額に汗をかきながら、先の見えない親子喧嘩に頭を悩ませつつ、誠斗は司の命に一礼し、椿の私室へと急ぐ。
午前中の稽古を受けている椿は今、苦戦を強いられていた。
今日は舞の稽古だったが、誠斗が顔を引き摺るしかないほどの酷い舞を踊る椿に先生も頭を抱え、泣き出す始末。
先生が嘆き、ついには「こんな荒々しくておこがましい舞は見たことがありませんわっ!!」と悲鳴を上げて、帰って行ってしまった。
足早に帰っていった先生が去ったドアを見つめ、しばらくしてから誠斗に顔を向ける。咄嗟に誠斗は顔を背ける。
気まずい空気が流れ、沈黙が続く中、椿が誠斗に近づき、ポカポカと殴り始める。
力は籠められていなかったので、痛くもないが、最近のストレス発散で誠斗を殴ったり、物を投げたり、急に誠斗の胸を借りて、泣き出したりと情緒不安定の椿の姿に誠斗は頭を掻いて、困り果てていた。
(…俺を頼ってくれるのはありがてぇ~けどな…。
でも、本当に縋りつきたいのは…。)
心の中で胸を痛めながら、それを表に出さず、今は誠斗の服を掴み、胸の中で泣きじゃくる椿の頭をポンッポンッと優しく撫でて、慰める。
「…今日はもう、稽古も入っていませんし、のんびりされてはどうですか、お嬢?」
「ううぅうう………!! そ、そんな気分、じゃ、………ひっく……。ううぅぅう!!」
鳴き声を押し殺しながら、答える椿の返事に苦笑する誠斗。
(やはり、俺じゃ、ダメか…。 ま、分かってた事だけどな………。
それでも、少しは期待してたんだけどな…。
………今日はやけに胸が張り裂けそうに痛いぜ…。)
椿の涙の理由も知っているし、椿の心を救えるのも誰かを知っている誠斗はそれが自分ではない事に苦しみと悲しみを抱えながらも、それ以上に”椿がいつもの笑っている姿を見てみたい…。”という強い思いを持っていたため、今、椿を癒してやれるのはあいつだと自分を納得させ、少し落ち着いた椿にある事を提案してみた。
「一つ、提案ですが、お嬢?
………貴臣様にお手紙を送るのはどうでしょうか?」
「……え?手紙…?」
「そうです…。手紙なら、貴臣様とも接点を持てますし、…俺が直接渡せば、返事も早く返ってくると思いますし…。」
「誠斗………!! ありがとう!! 早速、私、貴臣に手紙、書いてみるわ!!
誠斗、書き終わったら、貴臣に渡してきて!!」
涙の痕が見えるも、笑顔を浮かべ、急ぎ足で机に向かった椿は和紙でできた便箋を取り出し、嬉しそうに手紙を書き始めた。
その姿に胸が抉られるように痛むも、嬉しそうにして、手紙の内容を考えながら、書く椿の表情を見て、無理やり笑顔を作ろうとして、苦笑する誠斗。
(これでいい…。
二人のために、この身を使うと決めたんだから…。
…これでいいんだ。 )
「…ふふふ!!出来たわ…! 誠斗、これを貴臣に届けてね!お願い!!」
「はいよ…。」
窓枠に座り込んで、ふて寝していた誠斗は、貴臣への手紙を書き終わった椿が意気揚々と書き上げたばかりの手紙を差し渡す様子に内心で落ち込みつつ、その手紙を受け取った。
腰にしているボディバッグに手紙を入れ、椿の紅茶と洋菓子を用意した後、誠斗は窓に足を掛け、振り向き様に椿に話しかける。
「…いいですか?俺が戻ってくるまで、この部屋から一歩も動いてはいけませんよ?」
「はいっ!! お父様にばれたら大変ですものね!! 誠斗、しっかりお願いよっ!!」
頬を赤らめ、眼をキラキラさせて、お願いする椿にまた、胸がちくりと痛む誠斗。
「…ああ。分かってるよ。ほんじゃ、行ってくるとしますか…!」
誠斗は自分自身に気合を入れ、窓枠を蹴って、目の前の木の太い枝に飛び移る。
その様子を誠斗がさっきまでいた窓から見送る椿が見て、この距離で聞こえるくらいの声量で誠斗に言う。
「それと、誠斗、港町で美味しいお菓子買ってきて!
そのお菓子で一緒に食べましょう! 楽しみにしてるから!!
早く帰ってきてね!」
いつもの笑顔でお願いする椿に沈んでいた気持ちが少しずつ晴れていき…、
「それでは、お嬢が悲鳴を上げるくらいの珍しいお菓子を買ってきましょうか?」
「悲鳴を上げるくらい?」
「虫が入った…」
「早く行きなさい!! そんな物、買ってきたら許さないからね!!」
怒りの表情で叱りつける椿を残し、誠斗は笑いながら逃げだし、港町へと木を伝って、向かう。
その間、誠斗は若干顔を赤らめ、ニヤッと笑いを漏らし続けた。
(ホント…、俺って単純だな~。
あんなんで、喜ぶなんて…な。)
誠斗にだけ向けられた笑顔…。
誠斗にだけに与えられた有意義な時間…。
誠斗にだけに言った言葉…。
自分だけに向けてくれた愛情に誠斗はさっきまで胸が痛んでいた事を忘れるかのように舞い上がった。
確かに、単純なのだろう。
しかし、それだけでも嬉しいほど、誠斗は椿を心の支えにしているのだった。
やべ・・・
胸が苦しい…。
はっ!これはもしや恋煩い!! 私もとうとう!!
…ただの食べ過ぎだけど。