椿の貴臣へ宛てた手紙を持って、港町へとやってきた誠斗は貴臣がいそうな場所を探してみる。飯屋や出店にはいなかったため、仕事の手伝いだろうと、船の停まり場に足を運ぶ。
すると、思ったとおり、従業員に指示を出しながら、積み荷の仕分けをする貴臣の姿があった。
しかし、帳簿を睨めっこする貴臣の表情は真剣そのもの。
こういう時は何を言っても耳に入らない事を長年の付き合いで知っている誠斗は仕事が一段落するまで、待っている事にした。
そして半刻経ってから、ようやく一息ついた貴臣に声を掛ける。
「…随分、貿易商の板がついてきたんじゃないですか?貴臣様?」
「え? あ、誠斗! なんだ、来てたなら、声を掛けてくれてもいいのに。それに、こんな場所で敬語は結構ですよ。」
「声かけても気づかないほど、仕事熱心な貴臣様の邪魔をすれば、俺の首が斬られますよ。」
「ははは! そんな大げさな~!!………って、今日は私に何の用ですか?」
不思議そうに尋ねてくる貴臣に誠斗は預かってきた椿の手紙を渡す。
無言で渡された手紙に興味を向ける貴臣に、誠斗は説明する。
「…貴臣様に会えず仕舞いが続いていて、お嬢が落ち込んでいたので、貴臣様に手紙を送ればいいと申し上げたところ、大変嬉しそうに書かれたので、その手紙を私に来たという訳ですよ。」
「…ええ!! 椿ちゃんが僕に手紙を!! …ああ~、新鮮だな~。…読んでみてもいい?」
「……どうぞ。」
誠斗に了承を取らずともいい事だが、貴臣が誠斗の返事を聞いてから、手紙の封筒を綺麗にあげ、手紙を読んでいく。読んでいく内に貴臣の顔は照れていく。
読み終わり、大事そうに懐へしまうと、照れた表情ではにかみながら、執事に用紙を持ってこさせ、万年筆で丁寧に何かを書いていく。
誠斗はその行動を見て、返事を書いているという事は分かった。そして、なんて書いているのか、貴臣の真っ赤になったり、湯気が出る表情から見当がついた。
その内容に、返事の手紙を持ち帰った後のその手紙を読む椿の喜ぶ表情を創造して誠斗はまた胸がチクッと痛んだ。
(別に、俺がこうさせたんだからな…。 今更、後悔なんてするな、俺。)
自分にそう納得させると、貴臣も返事の手紙を書き終わったところだった。
「よし、書けたっと。誠斗、悪いけどこれを椿ちゃんに渡しておいてくれないかな?」
「当たり前ですよ。ちゃんと言って渡しますから。貴臣様、お嬢の手紙を読んで、顔を赤らめてましたよ。…と。」
誠斗のからかいに顔を真っ赤にする貴臣。
冗談だと伝え、まだ仕事が残っている貴臣と別れ、再び港町の出店の通りを歩き、椿への土産を選ぶ誠斗は美味しそうな匂いに誘われて、一軒のどーなつ屋を見つけた。
「おお!!このドーナツ、上手そうだな!! オッサン、これを一つ、くれっ!!」
「あ、まいど!!ありがとな、焼きたてほやほやのどーなつだ。上手くない訳ないっ!!」
そうドーナツ屋の店主が太鼓判押す通り、食べた瞬間、ほくほくとして、それでいてもっちりとした触感に甘い味で、一口食べただけなのに、甘い物好きの誠斗の心を撃ち抜いた。
「オッサン!! これは…、上手いぜ!! 俺、毎日食べたいくらいだぜ!」
「おお!!そうか!!美味しいかっ!!そう言ってくれて、うれしいぜ!!」
「じゃ、これを土産にするぜ!! オッサン、これを十個、包んでくれないか!?」
「ああ、いいとも!ちょっと待ってな!!」
美味しそうに食べてくれる誠斗に心を開いたドーナツ屋の店主は、おまけとして二つも代金いらないと言って、誠斗にあげた。その際にも目をキラキラさせて、礼を言い、頬を膨らませて、店主と会話しながら、食べていく。
その店主と話す無邪気な笑顔で美味しそうに食べる誠斗を通りすがりながらも見て、誠斗に心を奪われた女性たちがドーナツを買いにわんさかやってきた。
忙しくなった店主は最初は焦ったが、客が来てテンションが上がり、相当嬉しい表情を浮かべて、ドーナツを売っていった。
誠斗のお蔭で、客足が増えた事で、店主は誠斗に大変感謝する。誠斗は、意味が分からないと首を傾げて困っていたが。
そして客足も落ち着いてきた時、店主から土産のドーナツを受け取るため、待ちながら、周りを見渡すと、先程の客足がどこに行ったという風に、他のどの出店にも客足がなく、通りを歩く人もまばらだった。
「変だな~。 前は人で溢れていたのに、こんなにすっからかんなのは初めて見たぜ。」
「はは…、だろうな~。今じゃ、ここに食べ物を求めてやってくる奴はいないよ。今日は兄ちゃんのお蔭で、客足が来てくれたから、本当に感謝するよ~。
今日も売れなかったら、家族を養われずになるところだった。」
それを聞き、あんなに頭を下げてまで、感謝していた意味が分かった。
「…しかし、なんでまた、こんなに人が寄ってこなくなったんだ?
こんなに美味しいドーナツを食べれるってのにな~。」
「…それは、アレの所為だ。」
「…アレ?」
「劇的に料理やお菓子、酒の味を美味しくしてくれる効果を持った調味料がこの港町に出回って、有名な料理店や酒屋にはその調味料を使った物が売られて、売れ行きが爆発的に上がって、そこの店主たちは舞い上がっているらしい…。
だから、その調味料の評判が広まって、皆その調味料を使った料理を求めていって、その調味料を使っていない俺達みたいな出店の方へは来なくなったのさ…。」
「なるほどな~…。オッサンはその調味料を手に入れたいとは思わないのか?」
「俺は、このドーナツの味に誇りを持っているからな! そこに美味しくなるって言う調味料を入れたいとは思わねぇ! 俺はこの味に勝負する!!」
腕を捲り、熱く語る店主に誠斗は同感した。
「俺、オッサンの事、気に入ったぜ。 その男気、貫いてほしいもんだ! 俺もこのドーナツにまた味を足すなんて考えられないからな。」
「ハハハ!! 嬉しい事を言ってくれるぜ。 まあ、確かにその調味料は高額で取引されているから、庶民の俺達みたいな連中には手に入るもんじゃないけどな。」
そうやって、世間話をして、また買いに来ることを伝えて、土産のドーナツを受け取ろうとしたその時…
ガシャー――――――ン!!!!!
「キャ――――――――――!!!」
「た、助けて~~~~!!」
出店通りを抜け、観光通りの方から悲鳴と助けの求める声が聞こえた。
誠斗は急いで、路地裏を通り、近道して悲鳴の聞こえた方へと向かっていった。
このパターン。
やばそう…。