翌日の早朝まで続いた捕縛劇の収束に半日以上、費やした誠斗もさすがに疲労を窺える表情をして、屋敷に戻り、その足で直接司がいる書斎室に向かった。
司は既に朝食を終えて、司の書斎室で誠斗の帰りを待っていた。
そして誠斗は書斎室に入り、昨日の騒動の報告をしていた。
なお、今は誠斗の代わりに若葉執事が午前中の勉学を受ける椿のサポートをしていた。
誠斗から昨日の騒動のいきさつや捕縛に至った事態を事細かに聞いた司は多忙な仕事で顔色が優れなかったが、更に老けたように気落ちし、溜息を長く吐き出す。
「…………それほど、悲惨だったのか。何という事だ…。この平和な港町でそのような事が起きるとは…。」
「当事者やその家族・友人に話を聞く限り、突如として暴れ出した者達は普段の行動や性格では考えられない行いだったと思われます。
そして、当の本人達にも落ち着いた時に話を聞いていると、全員一貫して暴れ出した理由が分からず、恐ろしい幻覚を見ていたと話していました。」
「理由が分からない?本人達が、ですか?」
「はい。発狂した瞬間の事は覚えていないみたいで、激しい幻覚で、暴れていたようです。」
「……その幻覚とやらはどんなものか分かるのですか?医師の診療は受けさせてみたか?」
「はい、医師の判断からすると、何かのきっかけで幻覚を引き起こすような作用が働いたと考えていました。しかし、本人達の精密検査をしてみても、毒物による幻覚症状等は全く見られなかったという結果に…。精神的にも悩みを抱えていたという訳でもないようです。
それと、幻覚症状は人それぞれで、酷い幻覚を見た者は、口を噤むほどの恐怖を感じていました。幻覚症状については軽い者もいれば、重い者もいました。」
「……………そうですか、分かりました。ご苦労だったね、誠斗。
夜通し、走り回ってくれたんだろう?目の下にクマができている。今日はもう休みなさい。椿は世話役メイドの彼女にお願いしよう。」
「いえ、これくらい別に平気ですので…。」
「そういう訳にはいかない。誠斗、君のその疲れきった顔を椿に見せたら、あの子は心配してしまうよ。それに今の内に休んでもらっておかないと、後で倒れてもらったら、私も心配するのでね。仕事を放り出すくらいに。」
「………そこまで俺に気を向けなくてもいいんですけどね~。」
休息を取るように命じる司の温かさに触れ、少し照れる誠斗は確かに自分が相当の疲労を抱えている事を実感し、司の命令に従う事にした。
椿の世話役メイドなら、今日一日くらいなら大丈夫だろうと判断して…。
誠斗が命令を受け入れた事で、安堵した司は机の横に置いてある箪笥から上着と帽子を取り出し、自分で上着を羽織る。誠斗は急いで、着替えを手伝おうとしたが、途端場で思い直した。司は着替えの際はなるべく自分で着替えたい主義なのを思い出したからだ。
「どちらに行かれるんですか?」
「これから、今回暴れた者達に会いに行こうと思ってね。いろいろ話を聞きたいから。確か、自警隊の駐屯所で身柄預かりしているんだったね?」
「はい、そうです。しかし、司様がわざわざ訪れるような場所では…」
「いや、私がそうしたいだけなんでね~。それに、その後にも行くべきところがあるから、別に訪れる場所が一つ増えても問題はない。」
人を癒す笑顔でそう語る司を見て、誠斗は本当に親子だな~と椿の笑顔と重ねてそう思ったのだった…。
司がこれから自警隊の駐屯所へ向かうため、椿の世話役メイドに今日の椿の予定を伝え、今日の引継ぎをした後、椿の私室に紅茶とドーナツを持って、訪ねた誠斗はそこにいた若葉執事に司が出かける旨を伝え、同行するようにという司に頼まれた伝言を告げる。若葉執事はそれを受け入れ、ちょうど勉学が終わった椿に一礼をして、私室を後にした。それと入れ替わるようにして世話役メイドが入ってきて、誠斗が持ってきた紅茶を丁寧にカップに注ぎ、休憩の準備を整え始める。
その間、椿は一切口を開かず、窓の景色を見ていた。
そんな椿に誠斗は頭を下げたまま、伝えるべき事を話す。
「今日は司様の命で、自室に戻らせてもらいますんで。
此方のテーブルにお土産のドーナツと………貴臣様からお嬢の手紙の返事をもらってきたんで、置いておきます。」
普段通りの口調で話した誠斗は誠斗を見ようとしない椿の様子を見て、当然の結果だな…と椿の怒りを受け入れる。
そして一礼をして、扉を開けるため、ノブに手を置いた誠斗は振り向かずに椿に聞こえるかどうかの声量で一言つぶやく。
「…………また”約束”守れなくて、申し訳ありません、お嬢…。」
その言葉を置いて、誠斗は椿の私室を後にした。
誠斗が去った扉を椿は振り返って見つめる。
その見つめ続ける椿の頬には一筋の涙が流れていた。
使用人を気遣う司の懐の深さがうちは好きだ~!!
だから、誠斗からの信頼は厚いのだ!!好かれるのだ!!