椿の部屋を後にした誠斗は、そのままどこにもよらず、別館の自室に向かう。その間、誰とも会う事はなく、自室に辿り着き、中に入ると、服を着替える事もせず、ネクタイを緩め、整えていた天然癖毛も頭を掻いて解放し、そのままベッドに身を投げ込み、沈めた。
寝返りを打ち、仰向けになった誠斗は、額に腕を置き、何もない天井に焦点を合わせる。
別に何もないのだが、ただ天井を見つめ、考え事をし出す。
(……はぁ~…。やっぱりお嬢は怒ってたな~~…。)
ここに戻る前に、椿に戻った事を伝え、謝ったが、一度も怒らないどころか誠斗の顔を見ようともしなかった完全拒否に誠斗は仕方ないと理屈では分かっていても、さすがに椿の完全無視はかなりショックで、内心は打ちのめされていた。
そのショックから気落ちが激しく、身体は疲れているはずなのに、その事で頭が働いて、中々リラックスして寝られそうにない。
(……はあぁ~~…。覚悟はしてたんだけどよ、あれはきついぜ…。
何もされないよりは、まだ怒られたり、泣かれたり、拗ねられたりされた方が椿らしくて、俺もどんなに嬉しかったことか…。)
誠斗は決して人にからかわれて快感を覚えるような人間じゃない。どちらかというとその逆だ。だから、この場合は無視されるよりは、何かしら誠斗に気持ちを表現してくれた方が誠斗を少しは気にかけてくれていたんだと思える…という意味だ。
そのため、誠斗は深い溜息を何度も漏らし、自分にはもう脈がない事を思い知ったのだった。
(…ついに、俺の事は蚊帳の外になってしまったか…。
まあ、あの状況で、何もせずにお嬢の元へ戻っていたら、後悔していただろうし、かなりの人数を捕縛したな~。確かにあの人数を自警隊だけじゃ今頃、港町は大惨事になっていた…。それは間違いない。だから、それを最低でも防げてよかった…。
…その代わり、お嬢とも約束をまた破ってしまった。
前回はお嬢に許してもらえたけど、今回は……無理だった。
…当然だな…。
俺は出掛ける時、お嬢に「俺が帰って来るまで、誰も部屋に入れるな」って、ずっと一人にしてしまったんだからな…。
寂しい思いをさせて、俺の帰りを…、いや、貴臣の手紙の返事を待ってたんだからな…。
待たせた上に約束を破って朝帰り…。
怒るなという方が無理な願いだぜ。
……とうとう俺もお嬢からの信頼を失くして、ただの専属護衛になってしまったな~~…。 )
目元を腕で隠し、苦笑する誠斗。
しかし、誠斗もあの時できる限りの事をしたのだ。
自警隊員に事態の報告役として、司に連絡するように伝え、その後、椿にも帰りが遅くなる理由を伝えてもらったのだ。
ずっと待ち続けている椿の姿が脳裏に浮かび、せめてメイドと話せるようにと考慮した結果だった。
それでも、報告するまでの間、ずっと椿を待たせていたのは事実。
椿を笑顔にさせるどころか、逆に不愉快させてしまった…。
誠斗は、胸がチクチク痛くなったと思ったら、頭痛もしてきたため、もう考えるのは止めだ…。と思い直し、ゆっくりと瞼を閉じ、眠りについた。
しばらく眠っていた誠斗はすぐ近くに人の気配を感じた。
誠斗は人に好かれやすい。いつも少し話しただけで、好かれるほど誠斗は自分自身に魅力を持たれている事を知らない。
そんな誠斗だが、誠斗自身は人との接触は必要最低限にしておきたいと思っている。もちろん、例外もいる。心の奥から許せる人には、偽りなく接している。だから、幼少時から人と積極的に関わろうとはせず、そのため、人の気配を探知できるようになったのだ。
人の気配に敏感な誠斗はその気配を読む事で、誰かは分かったため、目を閉じたまま、様子を窺う事にした。
その者は、ベッドに横たわって眠っている誠斗を起こさないようにとゆっくりとベッド横に腰を下ろし、誠斗の顔を覗き込む。長い黒髪が顔に掛からないように片手で髪を掬い、耳に掛ける。
そして、もう片方で誠斗の額に優しく手を置いた。
(なんだか……柔らかくて…、ひんやりしていて……気持ちいい…。)
様子を窺っている誠斗は額に置かれた手の感触とひんやりとした肌に癒される。
しかし、額に置かれていた手がすぐに離れ、今度は頬に触れてきた。その手の気持ち良さに誠斗は手を伸ばして、触れてずっと握っていたいと思えてきた。
(我慢だ…。我慢だ…。……いや、待てよ?
寝ぼけている振りをすれば、いけるんじゃないか?)
なぜか安易な考えを思いつき、タイミングを計って、手を動かそうとする。
しかしまたしても、手が去っていき、誠斗を起こさないように…、でも急いでベッドから腰を起こすと足音を立てずに足早にその者は誠斗の部屋を後にした。
気配が遠さがっていくのを感じた誠斗は深い溜息を吐いて、目を開ける。
するともう部屋の中は暗くなっていて、窓からはほんのりと月光が入り込んでいた。
(ハァ~~…。もう日が暮れたのか…。 ずいぶん寝ていたんだな、俺。
……もう起き上がるか…。)
さっきので、目が覚めてしまった誠斗はベッドに手をついて、上半身を起こす。
なんだか身体がベッドに倒れ込む前より重く、だるく感じたが、特に気にせず、そのまま背伸びをする。
そして、片膝を立てて、月光が入り込んでくる窓に目を向け、先程、触れられた頬に触れたまま、重りがまだ感じる頭で考え込む。
(人の気配には敏感な俺なのにな~~…。横に座られるまで全然気づかなかった…。
ホントに今日の俺はだめだな…。かっこ悪いぜ。
ある意味、休んでいてよかったかもな。こんな俺をお嬢に見られずに済んだ…。
……まぁ、お嬢には知られていないからいいのか?
……………………………そういえば、お嬢はどうして俺の部屋に来たんだ?)
椿がこっそりと誠斗の部屋に入ってきたことに嬉しさも感じつつ、不思議に思った誠斗は頭痛がひどくなりながらも、考え続けた。
やっぱり椿ですよね!!
誠斗を癒せるのは、想い人の椿だよ!!うんうん!!