タイトルの”好きな人”…。色々と好きに意味がありますからね~。ふむふむ。
夏の日差しが強くなってきて、冷たいお菓子が食べたいと思うのは、仕方がない所。
港町でも、水ようかんやら、カキ氷やらが人々の生気を復活している中、港町を見渡せる屋敷の一室では、そのカキ氷ではなく、アツアツのドーナツを食べる椿と誠斗がいた。
二人は今日の稽古を終え、休憩を取っていた。
もちろん、誠斗はもうすっかり全快している。…全快にならなければいけなかったのだ。
あのおかゆが原因で誠斗は彷徨い、地獄から何とか生還し、その後も悪夢(椿の看病)も続いたため、
(もう知恵熱も風邪も病も絶対にしねぇ!!)
と固く誓った誠斗だったのだ。
憧れていた看病とは真逆だった実際の体験をして、誠斗はそう、悟ったのだった。
それからはもう根気をみせ、わずか一日で完全復活し、今日からすぐに仕事に戻ったのだ。休んだのは結局三日だが、いつもと変わらない様子を見せる誠斗にこっそりと様子見していた椿も安堵の笑顔を見せる。
でも、何でこの季節にアツアツのドーナツを食べているのかというと、約束のためだ。
★★★
誠斗が港町の乱心者の捕縛を終え、帰ってきて、知恵熱を出して寝込む前に、椿に渡したドーナツを椿は食べていなかった。椿は出掛ける前にした”一緒にお菓子を食べましょう!!”という誠斗との約束を違える真似はしたくなかったのだ。
警魔隊から港町の状況を聞いて、誠斗が駆り出される事を知った時、椿は約束を破った怒りは全くなく、その代わりに誠斗が怪我をするのではないかと心配していた。
その気持ちが胸の内を占めていて、誠斗の代わりに椿に付いたメイドの話の内容も耳を素通りするくらい、無事に誠斗が帰って来ることを願った。
そしてやっと早朝に誠斗が帰ってくるまで、椿はベッドの中で眠れずにいた。誠斗が司に報告をしている時、メイドが誠斗の帰りを告げに来てくれた時は安堵の勢いで脱力し、ベッドに座り込んで、胸を撫で下ろしたほどだ。
いつも当たり前に隣にいる誠斗の存在を自分で思う以上に頼っていた事に気づいた椿は、もし、誠斗がこの世界のどこにもいなかったら…、と考えてしまった。すると、その考えが身も毛もよだつ感覚に襲われ、それが恐怖だと認識したのはしばらく時間が経ってからだった。その恐ろしさに涙を流し、過呼吸に陥る。
しかし、今までこんなに誠斗がいない事に心細くなり、恐ろしさを感じたのは初めてだった椿はなぜ自分がこんなに胸を痛めて、誠斗の帰りを喜ぶのか、分からなかった。
そんな思いを抱いていたため、泣いた跡が残り、瞼が腫れている。
(この顔で「お帰り。大変だったね。」「約束?別にいいわ。怒っていないから。」なんて言えない…!)
と恥ずかしさで誠斗が椿に顔を見せ、朝の挨拶をしてきた時、顔を向けられなかったのだった。
誠斗の声を聴いて、心底ほっとして、思わず泣かないって決心していた涙が零れ落ちる。そして、誠斗が部屋を後にした時、振り返って名残欲しい気持ちでもういない誠斗の姿を思い浮かべた。
それから、誠斗が司から休むように言われ、誠斗の代わりにメイドがいてくれたが、いつもと違う部屋の雰囲気に気分が沈んでいく椿。
(やっぱり、私の傍には誠斗がいないと…。
私…、こんなに憶病な女の子だったのね…。
誠斗がいないだけでこんな…。前はこんな気持ち、なかったのに…。
……誠斗の顔、見たい…。)
そう思った椿はその晩、日付が変わろうとする少し前にベッドから抜け出し、早速行動に起こす。
人目を盗んで、別館に行き、誠斗の部屋へと音を立てずに急ぎ足で向かった。
早く、誠斗の顔を見たくて…。
少し、話を戻して、椿の方を書いてみました。
なぜ、あの時、涙を流していたのか…。お分かりいただけたと思います。
…それにしても、顔を見たい人が誠斗とは…。まだまだ恋の天秤は貴臣に傾いていないって事かな?