椿の場合、貴臣と誠斗の間を揺れ動いているけど。
人目を掻い潜って、どうにか誠斗の部屋の前までたどり着いた椿。
その椿の格好は膝近くの丈にふんわりとしたフリルが施され、胸元には薄い桜色のリボンが付いた白いワンピースに、絹でできた肩掛けを羽織っていた。足には屋敷用の部屋履きを履いていたが、白くすんなりとした脚線美を描く足がワンピースの裾から覗かせる。そして、半袖のため、腕も首元も白い肌が見える。更に頭を覆い、素顔を隠していた肩掛けを少しずらし、顔を出したその表情には白い頬が朱色に染まっている椿の緊張した表情が垣間見える。
そんな状態で今、誠斗がドアを開けて出てきたら、身体を硬直させ、思考停止に陥っていたかもしれない…。いや、十中八九陥っていたこと間違いナシ。ついでに顔中を真っ赤にしていただろう。
そんなドアを開ける誠斗の姿を想像し、椿は心臓がパクパク脈打つのを落ち着かせ、ドアを軽くノックする。他の使用人に気づかれないようにするためだ。
この前も、誠斗の部屋に来た時、誠斗はすぐに反応して、ドアを開けたのだ。まだ落ち着かない心臓を深呼吸をし、心の準備を図る。
しかし、誠斗からの応答はなく、待っていても返事もない。椿はいつも自分が部屋に入ろうとするとき、必ずドアを開けてくれる誠斗のしっかりとした使用人ぶりを知っているからこそ、この無反応に訝しく感じる。
再度、ノックしてみる。今度は先程より強めに。もちろん、他の使用人たちに気づかれない程度の大きさで。
しかしそれでも、誠斗のからの応答が一切ない。ドアが開く様子もないし、誠斗がドアに近づいてくる足音もない。椿はドアの隙間から流れてくる光がないことを確認し、もしかしたら、誠斗が部屋にいないのではと思い至る。
(…誠斗の顔…、見たかったな~。 …って、私、どうしてそんなに誠斗の顔を見たかったのかしら…?)
誠斗に会えない事を知った椿は先程まで抱いていた期待が大きかった分、溜息をゆっくりと吐き、落ち込む。
自分の私室に帰ろうとしたその時、誠斗の部屋から微かに寝息が聞こえてきた椿は誠斗が寝ている事を知った。
(ね、寝ていたから気づかなかったのね…! …それでも、すぐに起きてくるはずだけど…。
…少し、ほんの少しだけ! 誠斗の寝顔を見て、満足したら戻ればいいわ…!
し、心配で様子見するだけなんだから…! うん!! むしろこれは善意の行動よ…!)
…と、誠斗の部屋への侵入を様子見として正当化しようとするあたり、少し熱に浮かされているのは明白。そもそも、主人が使用人に断りを入れ、入室するのは、司や椿みたいなそれほど身分に優劣感をまったく持っていない者くらいだ。
使用人の部屋に突然押し入ろうが、問題はない。しかし、生まれてからずっと続けてきた習慣から、その事を知らない椿には、一般的には抱かなくてもいい罪悪感と格闘するのであった。
そして、決意を決め、ドアのノブに手を置き、深呼吸をして、また軽くノックする。
もし、気付かれた場合に、「ノックしたけど、返事しなかったから、心配で入っちゃった。」という言い訳が通るからだ。
ノックして、しばらく待つが、一向にこちらにやってくる気配がない…。
椿は意を決して、ドアノブを回し、ドアを開く。
開いたドアの隙間から顔を覗かせ、部屋の様子を窺う。
部屋は灯りがついていなくて、窓から入る月明かりがうっすらと暗い部屋の中を照らしているだけだった。
椿はそっとドアを閉め、辺りに山積みにされた書物に触れないように忍び足でベッドへと向かう。
ついでに詳しく解説すると…。
書物が積まれていたとしても、ドアからベッドまでは道ができていて、暗い部屋でも、歩くことができる。しかし、椿の意識に誠斗がどんな書物を読んでいるのか、気になって、取ろうとするのを、なんとか誠斗の寝顔を見る方に意識の天秤が傾いたため、気になりながらも、誠斗の寝息がするベッドへと向かう事が出来たのだ。
そうして、辿り着いたベッドには、寝息を立てる誠斗の吸い込まれるような寝姿や寝顔に椿は、心を奪われるのだった…。
女の子でも、異性の寝顔とか、笑顔とか、等々にカッコいいって感じる事がある…!!
それが恋のきっかけにもなると…誰かが言っていた気がします!