誠斗が昴に”けじめ”をつけ終わった後、司は近くの牢に近寄り、牢の奥の方を見つめる。奥の方はランプの灯りが届かず、暗闇の中で見えないが、そこから気配を感じるのは確か。司は目を凝らして、ずっと覗き込む。それを大量のたんこぶを作って優しく摩っていた昴が血相を変えて、司に大声で警告する。
「司様っ!! そこから離れてください!!早くっ!!」
昴がそう言った時、暗闇から突如として走ってきて、司に突進する者がいた。その勢いに身体が硬直した司の前に若葉さんが立ち、両腕を胸に引き込み、キレの効いた目つきを相手に向ける。勢いよく接近してきた者は、涎を垂らしながら、腕を牢の鉄格子を抜けて、若葉さんの方へと伸ばす。しかし、司を背に庇いながら、後退りしていたため、腕は宙を掴み、獰猛な叫び声を発する。
それにつられてか、他の牢からも次々と息を潜ませていたのかと思うくらい、どんどん牢の入り口に服が廃んで、髪も伸びきって、痩せきった身体の人達が集まってきて、鉄格子を掴んだり、揺らしたり、隙間から腕を伸ばして、何かを言う。
「ここからだせ~~!! あれをかわせてくれ~~~ぃ!!」
「もういやだぁ~~!! あいつが…あいつが…あいつがおれを…!!」
「シャ~~~~シャシャシャ!!!
ヨコセ~~~~!!! 」
「バケモノメ~~~!!! ボクガコノテデコロシテヤルッ!!コッチヘコイ!!」
「………ハヤクチョウダイヨ!! ハヤクッ!!ハヤクタベナイト……アノヒトガ~~~~~!!!」
喚き、嘆いている者もいるが、激しく何かを欲する狂気な雰囲気を纏った人たちが牢から腕を出しまくって、司達を見つめる。しかし、向けられている当の本人達は、気持ちのいいものではない。その視線には、得体の知れない殺気も込められている。
誠斗はすぐに司の元へと駆け寄り、若葉さんと一緒に彼らの視界から司を自分達の身体で隠す。
なぜかは理解できないが、彼らの多くは、司に視線を集中させていたからだ。そして、何かを欲する言葉を頑なに叫んでいた。その叫びが地下に響きわたる。ここに真面な人間が入れば、発狂しそうになるほどの勢いを持ったそれだけの叫びが木霊のように、誠斗達の耳に入ってくる。
誠斗達もまだ立っているが、目を瞑って飛び出し、太陽の光を浴びて、穏やかな風を感じたいと思い始める。
司も若葉さんも辛い表情をする。だがそれ以上に辛く、苦しむ表情をし、汗ばんでいるのは、誠斗だった。誠斗は、彼らの淀んだ叫びに、まだ幼い時の記憶とシンクロし、悲惨な過去が頭の中で鮮明に再生され、激しい動悸に見舞わされる。
誠斗にとっては忘れられない、消して消える事のない大きな傷を抱える事になった、憎い過去…。
それが誠斗の精神を徐々に冒していく…。
しかし、誠斗は目を見開き、自分の唇を強く噛む事で、壮絶な過去の底なし沼に引き攣られるのを防ぎ、足に力を込めて、崩れ倒れるのを耐えた。
その後、昴が白衣の内側に仕込んでいた、手術用のメスで刃物が擦れる音をできるだけ大きく発すると、彼らは悲鳴を上げ、元の牢の奥の暗闇へと引っ込んでいった…。
来た時と同じように静かになった地下を昴が牢からの脱走者がいないか確認し、頭を掻きながら、司達に近寄ってきた。
「………もう理解できたと思うので、戻りましょう、司様…。
それから若葉さんも。
……誠斗君も、温かい蜂蜜酒を作ってあげるから、ね?」
「…………あんたの蜂蜜酒は、いらねぇ~よ。……まずい。」
どんな表情をすればいいか分からず、結局いつもの調子で話し、元の部屋に戻る事を提案する昴に、司と若葉さんは二つ返事で来た道を引き戻る。その後を続いて、誠斗は一歩ずつ噛み締めて、司の後を付き従う。
昴からの申し出も、いつもの流れで返した誠斗だが、その表情は力が感じられず、疲労困憊だったが、どこか救われたような面影も感じられ、微笑していた…。
完璧にトラウマを呼び起こしてしまった誠斗!!
それでも、自力で踏ん張るその意気!! 素晴らしいよ!!
誠斗の過去は、明かされる時が来る!!…よ。(泣)