地下牢を後にし、降りてきた階段を上り、窓から入ってくる、午後の心地よい日差しと風が包み込む部屋に帰ってきた昴達。
司と若葉さん、誠斗はもう何年も日に当たっていなかったかのように、日差しと風を肌でしみじみと感じ、生きている実感を得る。特に、誠斗は窓枠にドカッといつものように座り込み、外の景色を眺めながら、深呼吸して、身体の細部にまで行き渡るように空気を吸い込む。
それを椅子に座って、若葉さんがいつの間にか準備した紅茶で安らぎながら、密かに誠斗を盗み見る司には、一刻も早く、頭から忌まわしい過去を取り除きたがっているように感じられた。
誠斗を心配そうに見つめる司だが、誠斗が外の景色を見て、物思いに耽って、一人で世界に浸透している時は無暗に声を掛けるべきではない…。慰めなどを言おうものなら、今の誠斗には、逆に
「俺は大丈夫ですよ、司様。俺みたいなただの使用人の心配は結構です。それよりも司様の方がお顔がよろしくないですよ。ゆっくりと休んでください。
…はい、俺が今気に入っている菓子をおすそ分けしますんで。」
…なんて言って、気遣わせてしまうのだ。
どんなに苦しい事があっても、それを口にする事は決してない。
自分の中へ取り込んで、積み上げていく…。
本音を語ってもらいたいという思いはもちろん司にもあり、話してくれないのはさびしいと感じている。しかし、誠斗にとっては、それが悪い部分でもあると同時に、いい部分でもあるため、一概には言えない。しかもそれが”誠斗”を保っているともなれば、見守るしかない。
…そう判断して、「頼ってほしい」という言葉と誠斗に対して常に思っている親心を呑み込み、ティーカップの中の紅茶を飲み干し、後ろで控える若葉さんに楽にするように命じた後、正面に座る昴と面を向かって前を見据え、姿勢を正し、真剣味溢れる表情で問う。
「…実際に”彼ら”を見て、肌に感じた。確かに”彼ら”をああして閉じ込めるのは心苦しい事ではあるが、先程見た書類と君の対処の仕方からもはや”彼ら”を救う手段はない事は十分理解した。
…それで、書類には載っていなかったが、”彼ら”をあそこまで腐敗させたものの正体は教えてはくれないか?」
司が昴に対して、頭を下げる。
それに驚いて、若葉さんに淹れてもらった紅茶を飲んでいた昴はその紅茶を吹きだす。何とか首を捻る事で、司に紅茶を浴びせる事はなかったが、その代わりに若葉sんから猛抗議の冷たい視線を受ける事になる。その視線に心の奥底では、ぞくりと快感を感じたが、この部屋の空気で塞げるつもりもない昴は、素早く紅茶を吹きだして汚れた机を拭き、司に改まって、でも動揺した態度で答える。(もし、塞げていたら、誠斗からの拳を受け、壁まで飛ばされていた。間違いなく…)
「司様!! そ、そんな!! 頭をお上げください!! あなたに畏まられては、私の立場よりあなたの威厳に関わりますよ!!?
わ、分かりましたから!! 教えますよ!!」
「…そうか、ではよろしく頼む。」
あっさりと頭を上げる司に自分がまんまと一杯食わされた事を知り、苦笑する。
報告が書かれた書類には、彼らの身体・精神状態を細かに記載し、改善の見込みはない事と、それが錯乱効果をもたらす非常に強い薬だという事を書いただけだった。
それなのに、司は昴がその薬の正体を掴んでいて、その恐ろしさまで知っている事を悟っていた。だから、「知っているのか? どこまで掴んでいるのか?」と聞いてくる所を、「教えてくれ」と昴が知っている事を前提として話を持ち掛けてきた司の読みの深さに感銘を受け、髪を掻き揚げる。
「…本当に、あなたって人は…。」
そう言って、苦笑する昴は近くに積み上げられた本の中から一冊の本を取りだし、再び椅子に座る。
「では…、司様の知りたがっている”魔物”の正体を知っていただきましょう…。」
意味深に告げる昴の前振りから、取りだした本の表紙を開き、読み聞かせるようにして、”魔物”の正体を語りだす…。
伊達に港町を仕切っているだけの事はあるね。
でも、昴が何を語るか、気になる・・。