捜査の命を受けた誠斗は、昴から『マリハ』の詳細報告や『マリハ』中毒者から聞いた話を事細かく情報を手に入れ、司と誠斗、若葉さんは昴の診療所を出る。
先ほど仕入れた情報を頭の中の棚に無心で整理しながら、司の後を付き従う誠斗に、苦笑いする司は馬車を手配している若葉さんの帰りを誠斗と一緒に診療所前で待っていた。
すると、診療所の玄関の扉が大きく音を立てて、開いたと思ったら、急いでこちらに向かう昴が見えて、司は不思議そうに、誠斗は顔を真っ青にして、拒絶する。
それほどの距離ではないのに、二人の元へ来た昴は激しい息遣いをして、舌を出してゼイゼイ唸っていた。
「昴殿、どうしたのかね?そんなに慌てて…。もしや、何か忘れ物をしてしまったかな?」
「…そんな訳ないですよ、司様。
司様がお出かけになられた場所では、退出する際に、隈なく俺と若葉さんが確認していますので、”忘れ物”…というものはないですよ。」
外にいるので、司に丁寧に一礼して答える誠斗は、その傍ら、昴に「白々しい演技をするな。」という視線を司に気づかれないようにして睨みつける。
誠斗の睨みを受ける昴は、それを楽しみながら、息を整え、手に持っていた紙袋を差し出す。…誠斗に。
「はいよ、誠斗君!!
渡そうと思って、渡しそびれていたから、急いで持ってきたんだよ~~!!
いやぁ~~、間に合ってよかった~~!!」
浮かれる昴からシュパッと紙袋を取り上げ、中身を確認する。司も気になって、誠斗と一緒に袋の中を覗き込む。中には、薬が入っていた…。
「……何でこれを?」
意味が分からない誠斗は、普段は薬を飲む機会がないため、これを渡す昴の真意が分からず、疑いの眼差しを向けた。
その眼差しを受け、今度は昴が訝しい表情をする。
「何を言っているのさ、誠斗君!!
誠斗君、つい昨日までは知恵熱出して、寝こんでいたんじゃないか!?
まだ本調子ではないみたいだし、しっかりと薬を飲むんだよ!!」
それを聞いて、誠斗は自分が寝こんでいた事を思い出し、納得した。
今回、寝こんでいた時、早く治ったのも、司が仕事の合間に、昴の診療所に訪れ、『マリハ』中毒者の治療兼保護を頼むと同時に、誠斗に解熱作用を働かせる薬を処方してもらえるように頼んでくれたからだ。昴も真っ先に誠斗の薬を調合し、司に渡す事で、誠斗の熱も下がったのだった。
誠斗は歯がゆい思いを抱いて、薬が入った紙袋をじっとのぞき込む。
日頃から、任務や裏捜査でよく昴の診療所にこっそり忍び込み、治療してもらっている誠斗にはその理由を知っている昴に、幾度もなんだかんだで幾度か助けてもらっている。
「…………ありがとうございます…。」
照れ隠ししながらも、昴にお礼を言う誠斗を見て、司と昴は微笑む。
そして若葉さんが戻るまでの間、若干の退屈を潰そうと、司が昴に話しかける。
「昴殿、私の使用人にお気遣いいただき、彼に変わって、感謝します。
…ところで、昴殿はよく彼が本調子ではないとご理解しましたね?」
「いえ、難しい事ではないですよ、司様。
彼から、いつもの診断をこの身で受け止めた時、いつものキレがないと感じたので、気付いただけです。
その紙袋には、栄養剤と念のために痛み止め(解毒剤)も入れているので、体調万全になってください。」
「………ありがとうございます。」
いつ、誰に聞かれるか分からない場所にいるので、みんな、固い口調だが、内容はいつも通り。
誠斗の拳を受けたドM昴は、いつものグッとくる誠斗の拳に少しキレがなかったため、イケなかった。だから、まだ本調子ではなかったという事を悟って、薬を渡しに来たのだ。本調子ではない事を知ったいきさつを知り、誠斗は再びの謝礼は、嬉しさは消え、こめかみに脈が吹き上がるくらいの苛立ちを込めて言い放つ。
誠斗の声に、ぞくっと肌が敏感に感じた昴に、公共の場という事を忘れ、一発で仕留めるかと軽く腕を上げかけたところで、若葉さんが帰ってきた。
「…お待たせいたしました、司様。」
「いや、昴殿のお蔭で随分、いい事があった。…ところで、馬車はどこかな?」
若葉さんに問いかけながら、若葉さんが捕まえてきたはずの馬車の姿を探す司。
その司に耳打ちで若葉さんが何やら話していると、司の表情が強張り、すぐにいつもの温和な笑みを浮かべた温かい表情に変わる。その顔を誠斗に向け、話しかける。
「誠斗、すまないが、ここまででいい。
急用の仕事が入ってしまった。これからそこに向かうから、誠斗は屋敷に戻って、いつもの仕事に戻ってくれ。
…椿を頼んだ。」
「はい、畏まりました、司様。では失礼いたします。」
誠斗が一礼すると、近くの路地裏に入って、姿を消した。
誠斗を見送った司はそのまま司達を見送ってくれた昴の姿が見えなくなったのを確認し、人目が少ない場所にある華族が情報集めで利用する珈琲店に来店する。
そこには、貸切にして、司の来店を待つ、着立てのいい洋服を着た脂の乗った男が店の奥の席に座って、待っていた。
そこに若葉さんを連れて、近づき、若葉さんに引いてもらった椅子に腰かけ、待ち人に声を掛けた。
「待たせた、鳳…。いったい私に何の用かね?」
新聞を広げながら、記事を読んでいた顔を上げ、不敵の笑みを浮かべる大物政治家、鳳不二生…。
その男と対面する司の表情は穏やかな物ではなく、嫌悪が滲み出ていた…。
久しぶりに鳳不二生が登場!!
こんな場所に司を呼び出した、その訳とは一体!!?