※この作品はR-18です。

運命のシナリオ   作:薔薇大書館の管理人

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 誰にも過去があって、今がある。


誓った約束

 

 

 

 

 

  あれは、もう十二年前の出来事。誠斗がまだ6歳の頃。

 

 

 誠斗が司の屋敷に使用人としてやってきたばかりの時の出来事だった。

 

 

 司に連れられて、屋敷の門を潜った誠斗は今とは違って、元気な子供とは裏腹に、何事にも無表情で、殆ど無口な少年だった。…しかし、ここに来るまでの少年の人生を知る者にとってはそれは仕方がない事だと受け入れるだろう。司はそれを知る一人だった。

 

 

 「さぁ、ここが今日から君が住む場所だよ。 仕事はまだいいから、ゆっくりとこの屋敷で暮らして、知っていってほしい。 大丈夫だから。もう君はどこにも行かなくていい。」

 

 

 相変わらず無表情の誠斗を司は誠斗と目線を合わすために、膝を付いてしゃがみ、優しく誠斗を抱きしめた。時折、背中を摩ったり、頭を撫でたりする。そして再び、誠斗の手を握って並んで歩きだす。後ろに付き従うかなり執事人生に年季が入った初老の執事が司を見て、若干訝しい表情をする。いや、司の服を見て訝しい表情をした。この執事もある程度の事情は聞かされているため、誠斗の受け入れには反対はしなかった。しかし、誠斗を抱きしめた事で、質の良い生地で仕立てられた洋風の礼服に目立つ汚れが付いてしまったのだ。それを初老の執事が訝しく思って、注視していた。執事の視線に気づいている司はそっと執事に振り返り、”今はこのままでいさせてくれ”と視線で命令する。主にそう命令されれば従うしかない。初老の執事は目礼をし、付き従う。

 

 

 やってきたのは、屋敷の庭園だった。

 

 

 そこには、無数の花が満開に咲き誇っており、まるでここだけ違った世界が広がっているんじゃないかと初めて訪れた者ならそう思わずにはいられない花畑が見渡す限り広がっていた。これには、無表情だった誠斗もほんの少しだけ表情を見せる。見せると言っても、瞬きを数回する程度だが。

 

 しかし花畑には先客がいた。花に囲まれながら、ワンピースの裾を輪っかにして回って、頭に花冠をしている少女がいた。その少女に司が呼びかける。

 

 

 「椿~! ただいま! お父さん、帰ってきたぞ!」

 

 司の声を聞き、顔を向けた少女は色白の頬をほんのり朱に染め、目をパッチリ開け、嬉しそうな満面の顔で、こちらに向かってくる。

 

 

 「おとうさま! おかえりなさいませ!」

 

 

 抱きつこうとしたのを、直前で慌てて控え、お嬢様らしく一礼する。

 

 

 「ただいま。いい子にしていたかな?」

 

 

 「はい! ちゃんとおとうさまのいいつけとおり、いい子にしていましたっ!」

 

 

 褒められるのを待っているようになでなでをねだった。

 

 

 娘の要望通り、頭を撫でた後、後ろで執事と一緒に控えていた誠斗を自分の所に連れてくる。

 

 

 「椿。 この子は今日からこの屋敷に住み込みで働く事になった誠斗君だ。しばらくはお前の遊び相手になってもらいたいと思っているから、仲良くしなさい。」

 

 

 「………」

 

 

 椿と呼ばれた少女は心底驚いていた。目の前に現れた少年はとてもこの場とは正反対の姿をしていたからだ。少年は丈の合わない薄手の着物を着ていて、所々に擦れたり、破れたりしていて、身体中に泥汚れを付けている。そして、手や顔にはまだ怪我を治療していないため、血が出ていた。黒髪も肩まで伸びきっていて、前髪で表情がよく見えない。紹介された少年、誠斗の第一印象は妖怪なのではと椿はこの時思った。

 

 娘の怯えた表情を見て、司も苦笑する。本当は椿に会わす前に手当てをしてあげたかったが、本人が頑なに拒否をしたため、止むを得なかった。まだ椿とも会わすべきではないとどこかで思っていたが、このままでは誰とも交流を持ちそうにないと分かり切っていたため、少し強引だが、このような強行突破を司はしたのだった。

 

 怯えていた椿だが、父親が連れてきたんだから、きっといい人だと思い、恐る恐る誠斗に近づき、噛みつつ挨拶をする。

 

 

 「は、はじめまして。 はなびしつばきといいいます。 つばきってよんでね。」

 

 

 挨拶をすると、頑張って笑顔を作り、手を伸ばす。握手をしようと手を伸ばしたつもりだが、誠斗はビクッと逆立ちし、椿の手を思い切り払い除け、ひとっ飛びで距離をとり、一目散に逃げ出した。椿は一瞬の事で何が起きたか分からず、払い除けられた手をずっと見て、泣き出した。司は突然の出来事に慌て、娘を慰めながら、(早計過ぎたか)と心の中で自分を叱咤した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誠斗は屋敷を無我夢中で走り回った。ここを出て行かないのは、ここを出れば自分は生きられないという事を幼いながらも理解しているからだ。だが、ここは自分のいるべき場所ではないとも思っていた。あの子を、椿を見るとその思いは一層に深くなる。

 

 誠斗が椿を見て、第一印象は

 

 

 (純粋な可愛い子だな…。)

 

 

 だった。

 

 

 大事に育てられた宝石そのものの輝きをした笑顔、どんなものを受け入れる広くて純粋な心。少女を見て、誠斗は光がよく似合う子だと思った。だから、

 

 (俺みたいな人間といてはいけない。俺は穢れている。 あの子の純粋を穢したくない。俺に近づかないでくれ!)

 

 

 俺とあの子、は違う世界の子だとあの時思い知った。

 

 

 そして、手を伸ばしてきた時、その恐怖を体中で感じ、拒絶した。

 

            ・・・・・

 そして、ここに来る前のあの出来事を同時に思い出した。忘れたいけど、忘れられないあの嫌な出来事。

 

 

 あの時、大好きな人を護れなかった。 護るどころか護られた。 

 

 

 約束していたのに、それも守れなかった。

 

 

 だから、もう誰とも必要以上に接したくない。俺は非力だから…。

 

 

 誠斗は庭を走り回り、塀の一角にそびえる一つの木に辿り着いた。周りには木はなく、ただ真っ直ぐに立っていたその木をなんだか俺みたいだと親近感が湧き、その木に近づく。ここでしばらくはいようと幹に座り込むと、上から葉が落ちてきた。更にガザガザと音がする。

 

 不審に思い、上を見ると、なんと先ほどの少女が木に登っていたのだ。

 

 木登りに不慣れな動きで初めてだと分かる。それでも、上に登ろうとする少女を止めようとするが、口を紡いでしまう。さっき関わらないと決めたばかりだ。だから、先ほどの大人達に助けを求めようとした。

 

 (俺は誰も助けられないから…。)

 

 

 しかし、この場を離れようとした誠斗の耳に少女の震える声が聞こえた。

 

 

 「大丈夫だよ。 怖がらなくてもいいからね。 わたくしが助けてあげますわ」

 

 

 少女の言葉に誠斗が木の上を見ると、木の枝にまだ小さな子猫が震えていた。

 

 

 少女はこの子猫を助けるために、木に登ったのか。

 

 

 そうと知り、なぜだか、この場から離れようとはもう微塵も思わなかった。少女は一生懸命に子猫を助けようとしている。なのに自分は助けられないからと背を向けた。少女の勇気ある行動に誠斗の心は少しずつだが、晴れていった。

 

 

 「よし、おいで。 そうそう。 あ~、よかった! けがはない?」

 

 

 無事、子猫を助けた少女は頬を子猫に擦り合わせ、可愛がった。誠斗も後は降りてくるだけだと安心したが、少女の重みに耐えきれなかった枝が折れ、少女と子猫ごと落下する。

 

 

 「きゃああああああ~~~~~~~!!!」

 

 

 少女は悲鳴を上げながら、落下する。このまま落ちれば、助からない。

 

 誠斗は少女を助けるために走り出した。その動きは反射的だった。ただ『助けたい!』という思いで突き動かされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ドンッ!!!

 

 

 少女は落下の酷い衝撃を感じなかった事を不思議に思い、瞑っていた目をそっと開ける。

 

 

 (いたくない…? どうしたのかしら?)

 

 

 起き上がって、周りを見ると、下から声がした。

 

 

 「だい、じょうぶ…か…?」

 

 

 下を見ると、さっきの少年が下敷きになって倒れていた。驚きで悲鳴を上げ、飛び退く。少年は少女に怪我がない事を確認し、ほっとした。

 

 それから騒ぎを聞きつけ現れた司と執事が血相を変えて駆け寄る。

 

 

 「大丈夫か、二人とも!?」

 

 

 司はまず、椿の状態を見て、誠斗の怪我を診た。その間、執事が椿が抱えている子猫を見て、話しかける。

 

 

 「椿お嬢様。その子猫は一体?」

 

 

 「あ、このねこちゃん、木から降りられなくなっていたから、木に登って、助けたの。でも木を折れて、落ちてけど、あの子に助けてもらったの!」

 

 

 必死に説明する椿の言葉に驚きを隠せないで聞いていた執事が険しい表情に変え、司の代わりに説教をした。

 

 

 「お嬢様。 その時はまず私共使用人を呼ぶ事が先決です。お嬢様が木に登るなどしてはいけません。今回のように落ちたら怪我だけですみませんでした。その事は決して心に刻んでください。分かりましたね?」

 

 

 「はい。 ごめんなさい」

 

 

 有無を言わせない口調で説教し終わると、目礼をし、司の元へ歩みだす。だが、それよりも早く、司は誠斗を抱き上げ、急いで医者を呼ぶように伝える。

 椿を受け止めた際に、一緒に落ちてきた木の枝で左瞼を切って、血が出ていたのだった。司の命を受け、急いで屋敷に戻り、医者を呼びに行った。

 

 抱き上げられた誠斗を見上げる椿は不安いっぱいの顔で見上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 

 「これで、手当ては終了しました。 ただ、かなり深く切っていますので、もう左目は…。 」

 

 

 「そうか。わかった、ありがとう。 御足労いただき感謝する。 

  …玄関まで送って差し上げてください。」

 

 

 医者の手当てが終わり、説明を受ける司と誠斗。

 

 

 医者が去った後、司は誠斗にお礼を言う。

 

 

 「椿を護ってくれてありがとう。君がいなかったら、あの子は助からなかったかもしれない。私の大事な娘を守ってくれて、本当にありがとう。」

 

 

 そこに、扉を開け、椿が入ってきた。近づいてきた椿は誠斗の左目に包帯が巻いてある事を目で捉え、誠斗と向かい合う。

 

 

 「ごめんなさい…。 さっきのおいしゃさまのはなし、聞いちゃって。」

 

 

 涙が零れ、謝り続ける椿。誠斗は首を振り、謝るなと伝える。それを椿はしっかり理解し、まだ涙の跡が残る顔で微笑みながら、

 

 「助けてくれてありがとう。」

 

 とお礼を言う。その言葉を誠斗は微笑を浮かべ、頷き受け入れる。

 

 手当てのために前髪を分けていたため、顔が見れ、誠斗の表情が二人にも分かった。

 

 「これからもよろしくね! まこと!」

 

 さっきは出来なかった握手をするために再び綺麗なまん丸い手を誠斗に差し出す。それを一瞬躊躇した後、誠斗はその手を握り返す。その光景を見て、司は嬉しそうに頷き、温かく見守る。

 

 

 誠斗は自分がこの子を守れた事をこの時実感した。

 

 

 (俺は護れたんだ…。 護る事が出来たんだ! 護れないと絶望したあの時とは違う。

  …もっと強くなりたい…! もっと大事な人を護れる力が欲しい!

  この少女を、椿を何人からも護れるように俺はなってやる!)

 

 

 誠斗は過去の出来事のトラウマから抜け出し、新たに生きる目標を持つ事ができた。

そして、その決意を左眼の傷に刻み、椿に、もう会う事がないあの人達に約束を誓ったのだった。

 

 

 






 やべっ、泣けてきた…。
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