再び高級料理店が並ぶ通りに戻ってきた誠斗は、オッサンが話していた例の高級料理店の向かいの歩道から見ていた。怪しまれないように、誰かと待ち合わせをしていて、退屈で新聞を広げて読みながら、相手を待っている…という設定で外から様子を窺っていた。
お昼のピークが終わりかけなので、既に長蛇の列はなくなっていたが、店から出てくる客は、一般の収入者ともいえる身嗜みの人がほとんどだった。その出てくる客たちの表情は、楽しそうで喜んでいた。通りを挟んでも聞こえてくる話の内容でも、あの店の料理を絶賛していた。
あまり、高級料理に縁がない彼らにとっては、オッサンが感じたものを分かれと言われても無理な事だろう。
誠斗は、ある程度の客の反応を観察すると、待ち合わせの相手が未だに来ないからと迎えに行くふりをして、その場を後にした。
しばらく歩道に立っていたせいで、なぜか年頃の女性達がまた遠目で誠斗を窺い見て、騒ぎ出し、その女性達の視線の先にいる男に興味を持って、見つめてくる通行人たちの視線を受けて、さすがにこれ以上調べるのは危険と判断し、後にしたのだった。
現に、外の騒ぎを聞きつけ、店の窓から従業員や客が覗いていたからだ。誠斗にとっては、まったく迷惑な出来事で、店に入る前に顔を覚えられたらそれこそ、後の調査に悪影響を及ぼす。
苛立ちを感じつつ、後からこっそりと尾行してくる女性達を、路地裏や曲がり角、店の裏戸を駆使して、撒いた。
誠斗の姿を見失って、きょろきょろしながら、何としてもお近づきになろうと意気込む女性達を近くの建物の屋根から見下ろして、あきれ果てて、今度こそ誠斗は店に向かった。
(…本当に女って、めんどくさいな。…やっぱり椿みたいに、可愛い奴はいないな…。)
屋根から屋根へと飛び移り、走りながら屋敷にいる椿を想い、頭に浮かぶ椿で癒しを感じる誠斗だった。
まだ一日も経っていないが、既に誠斗の心は、椿の傍に居たいという気持ちが大きくなり、恋煩いが進行していた。
★★★
「いらっしゃいませ!! ………お、あ、」
新たに来店されたお客様をいつも通りに案内しようとした女性の従業員は、お客様の姿を見て、言葉を失った。着飾った気品あふれる風貌、異性を引き付けずにはいられない真っ直ぐに見つめる冷えた目…。でもその目には、寂しさも感じられるようで、母性本能がくすぶりだす。動悸も抑えられないくらいに引き付けられる。
「…あの~、どうかなさいましたか?」
戸惑い気味に女性に話しかける優しげで、身体の芯に伝わるような甘い声色に、激しく動揺する女性は、もう来店したお客様に心を惹かれずにはいられなかった。
「はははは、はい!! あ…!!申し訳ありません!! おひとり様でしょうか?」
「はい、そうです。」
「か、畏まりました!! ではこちらへどうぞ!!」
まだぎこちない言動をする女性従業員だったが、無事にお客様を少し豪華にテーブルセッティングした席に連れて行く。
その後ろをついていく気品あふれるまさに、身分が高い事を疑わせない客である……誠斗は、被っていた帽子を優雅に外し、背筋をまっすぐにして、堂々と歩く。
その歩き姿に思わず他の客たちが振り向くほど。
誠斗は、この状況を気配で察知し、上手くいったと心の中で軽く笑った。
そして席に案内された誠斗は、いよいよだと気を引き締めるのだった。
なんと、誠斗が貴族に変身して、来店しました!!
いつの間に着替えて…。