科学も魔術も発展した現代であればどの方向への思索も容易だ。
それが許されるだけの下地はもう十分にあるうえに、他所からとやかく言われることはない。
ならばこの人物についても……とはならないのが凡庸そのもののフィネ=アマデオだった。目の前にいる人物について彼はもはや完成された事象と捉えていて、そこに些かの探究心の入り込む余地もなかった。
その所業のあまりの恐ろしさから、発展の暗部そのものと称されるほどの怪人物となればそうなるのも当然といえる。
「フィネ、わざわざ来てもらってすまない。こんなカビ臭い場所は我々に似つかわしくないな」
Kがフィネを見下ろしつつ労った。その顔は黒い靄のようなもので覆われていて窺うことはできない。
地下室に響くその声が機械音声のように聞こえるのは魔術で音の伝播に手を加えているためである。人間として異常なほどの身長も魔術によるものであり、頑なまでにその正体を隠すという意思だ。
もちろんこの人物にも名前があるはずなのだが、フィネはそれを知らず帳面などでも本人が自称するKとして処理している。
して、このKはまだ若さを残すフィネからしても畏まるべき相手のようだ。
このような薄暗い地下室に呼び出されたとしても文句は一切ないしあったとしても表現には至らない。
「いえいえ。それにしてもこの時期に貴方が私を呼ぶなんて用件に心当たりがないのですが」
重大な用事であれば自分よりも適任がいると主張しようとしたが、手で制された。
「なに、簡単なことさ。日本のフユキで開催された2度の聖杯戦争については知っているだろう?」
フィネは知らない者のほうが少ないのではないかという言葉を飲み込んだ。なにしろKは話の腰を折られることを嫌う。これまでの付き合いで嫌というほど思い知らされていた。
「はい。まさかあのような短いスパンで2度も同じ土地で行われるとは思いませんでしたが」
話しているだけで疲れる相手だ。
額の汗を拭いながら最低限の言葉を簡潔に返した。
フィネの立場からするとあまり関係なかったのだが、事後処理に追われた者もいたと聞いていた。災厄の火種にもなったので当然ではあるのだが。
「第五次についても裏をかかれたが。今回の要件はそれを改めて開催しようと――」
ただならぬ用件であることは察していたが、フィネはさすがに冷静さを失ってしまった。
「ちょ、ちょっと待ってください。いくら貴方でもさすがに聖杯戦争をそう易々と開催できるものでは。それになぜ今になって……?」
「なに、実験の続きだ。我々の目的はまだ果たされていないのでね」
取り乱すフィネに対してKはあくまでも冷静だ。話の邪魔をされたにもかかわらず怒りを見せないことからもそれが感じ取れる。
「論より証拠だ。これを見たまえ」
二人の向かいにあった棚の覆いを取り去った。
驚くフィネ。思わず取り出したハンカチを落としてしまった。
「聖杯!? なぜここに!?」
黄金の輝きを放つ聖杯がそこにはあった。
第五次聖杯戦争の後、冬木の大聖杯を解体しようという勢力が御三家である遠坂の当主とともに解体を成し遂げたという事実は既にフィネの知るところにあった。
その状況下において聖杯を用意している者がいたとは。
「無論本物ではないがコネで作らせた。分類するならば無理矢理魔力を捩じ込んだ疑似小聖杯といったところ。本物に等しいと思ってもらって問題ない」
どこか得意気に語った。
「なんと――――!?」
「これでも信じられないか?」
手の甲をフィネに見せた。そこには紛れもない令呪が存在した。マスターとして選ばれた何よりの証拠だ。
「二度の聖杯戦争で冬木に堆積したマナを極秘裏に回収し、今回の聖杯作成に用立てた。もちろん多少の不足も出たがガリアスタのやり方に倣うことにした。まさかあの男が役に立つとはな」
Kは暗に生け贄を仄めかした。
フィネの認識ではガリアスタは聖杯戦争に挑むことすら敵わず散った小心者。面識はいくらかあったがあまりいい印象はなかった。その彼が生前より死後に評価されるとは皮肉なものだ。
「あとはマスターなんだが、かつてのケイネス卿のように自分の経歴に荒事による箔をつけようとする者は腐るほどいる。私も参戦する都合であと六人、おおよそのリストアップはこちらで済ませた。あとは聖杯に任せようと思っている」
あくまでも聖杯を擬したものであるために、主催側がある程度の情報を与えてやらないと選別がかなわないのだ。
マスター候補の顔写真と詳細が記載されたレポートをフィネに手渡した。
「時計塔だけではない。ありとあらゆる勢力から相応しい者を探してみた」
「たしかにそのような者はいるでしょうが、果たしてそれだけでマスターが六人も集まるでしょうか」
ざっと見たところフィネが見知った顔もいくつか見受けられた。
Kは芝居がかった大袈裟な動作で手を広げた。
「集まるさ。この聖杯は本物と『ほぼ』同じ機能を備えている。勝ち残れば名声だけでなく望みすら叶うのだよ。最終的には聖杯が意志のある者のなかからランダムに選ぶんだが、人員確保には問題はないだろう」
曰く人間の欲望に直接訴えようというのだ。
「開催場所はニホンのカミトに決定している。フユキほどではないがそこそこの霊地で御三家の干渉から離れている土地ときている。表面上だけでもフェアでなくてはな」
何かとやかましい御三家は前の聖杯戦争で多少疲弊しているとはいえこのまま黙っているとも思えなかった。
「まあこちらの匙加減で少しくらい噛ませてやってもいいが」
彼らに過度の干渉をさせず、しかも今回の聖杯戦争に箔をつけることが開催側に求められると説明した。
話は分かったがいまいち見えていないフィネ。
「それで、私は何をしたらいいのですか?」
「言わなければ分からんかね。君を監督役として推薦させてもらった。ちょうどいい機会だ、引き受けてくれないか」
聖杯戦争の監督役は単なる審判ではなく運営母体としても機能しなくてはならない。楽な務めではないが当然旨味もある。
瞬間で拒否権はないと悟った。それにそもそも彼にとってのメリットが勝っていた。
「分かりました。いきなり私に話を持ちかけてきたということは既に多方に根回し済みなのでしょう? ならば断る理由はありませんよ」
隠しても仕方ないことは彼にとっても自明の理だ。Kはくつくつと笑いを漏らした。
「よく分かっているな。もちろん補佐役も用意してある。不明な点は彼らを頼ってくれ」
疑似小聖杯に再び覆いがかけられた。
話を終えたKは階段を上り、振り返った。
「これから私は日本へ飛ぶ。当日はあくまでも『フェア』にな」
「お任せください」
初めて会ったときからこうだ。Kを苦手としながらもどこか必要としている自分を感じフィネは苦笑した。
この密会が新たな聖杯戦争を呼び起こし、7人のマスターがその身を戦いへと投じることとなった。
『――素に銀と鉄。礎に石と契約の大公』
ある者は自らを見くびった者たちを見返すために。
『降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ』
ある者はその力に信を得るために。
『閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する』
ある者は探求心のままに。
『告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に』
ある者は一族の誇りのために。
『聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ』
ある者は可能性のために。
『誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者』
ある者はさらに別の目的のために。
『汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――』
そしてある者は絶対的支配のために。
ここに魔術師たちは再びその命を睹す。
宜しくお願い致します