上戸市のどこかに造られた魔術工房。キャスター陣営はここを根城としている。
部屋に無造作に置かれた薬品の数々、妖しく輝く魔力炉、蠢く魍魎、その全てがこの空間に禍々しさを醸し出している。
「今回の聖杯戦争、ボクの見立てではセイバーを潰せばほぼ勝ちだ。ランサーも屠ることができればなおいい」
講釈を垂れているのはマスターのネイブ。伸び放題の髭を撫でながらでっぷりとした体を揺らすその様はさながらペンギンだ。持ち合わせているはずの若さを贅肉の下に押し込めてしまっている。
喋りながら何やら書き物をしているようだ。
「そうなのですか?」
その話を聞かされている若い女性はネイブの話をあまり理解していない。
彼女は今回の聖杯戦争のキャスター。召喚時の衣装ではあまりにも目立ちすぎるために今はネイブが用意した予備の服を着ている。
「これまでの聖杯戦争、本命とみられていた強者の脱落原因のほとんどがセイバー陣営だ。今回のマスターは時計塔の芋学生のようだが、それでも油断ならない」
カイについては気にする相手ではないがそれでもセイバーは厄介だというのがネイブの見立てだ。
ランサーのマスターについても同じく素人という情報を得ていたのだが、それでも接近戦に長けた相手への用心は必要だという。
「あのう、それ以外のサーヴァントについてはどうなのですか? どうも私は心配で、いやマスターならきっと大丈夫だと思うんですけどね?」
このキャスター、厳かな雰囲気で現界したわりには気が小さい。
ネイブは静かに万年筆を置いた。
「問題ない。何人か気になるマスターはいるが、セイバー及びランサーより優先順位は低い。ここにいればまず手出しは受けないだろうしな」
ネイブは御三家として知られるマキリからの参戦で、これまでの聖杯戦争で苦汁をなめさせられ続けてきた一族を盛り立てようと画策していた。
今回は遠坂およびアインツベルンからの参戦はないのだが彼らが動向を気にしているのは確実で、そのなかで結果を出すことは彼らを牽制することに繋がる。
キャスターの魔力を借りてまで魔術工房を拵えたのにはそういった事情がある。
「セイバーらと相対したら敵の間合いに入らないように戦うんだ。おそらく漁夫の利を狙った奴らが来るだろうから、それを宝具で一網打尽にしてやれ」
「はい、それなら私にもできそうです」
懸案事項のセイバーさえ先に落とせれば、あとは籠城して他の疲弊を待つ手が打てる。そうなればネイブの狙い通りだ。
「難しいことはあまり気にするな。キミはボクの采配に従っていればいい」
「はい!」
景気のいいキャスター陣営だが、彼の言葉から分かるようにネイブも件の人物との接触を果たしていた。
「それともうひとつ。Kについてだが今はまだ放置でいいだろう」
ため息をつくネイブ。
キャスターの召喚後に急に現れて魔術についての議論を吹っ掛けてきた食えない相手。しかもマスターとして今回の聖杯戦争に参戦すると言った。帰り際に他のマスターについての情報を寄越していったのもネイブにとって謎だった。
「私なんだかあの人苦手です。」
「まあ確かに面倒な匂いがするが。ボクの考えは変わらない。まずはセイバーとランサーだ。そもそもああいう特殊なオツムをしている輩は案外大したことはないことが多い」
これまでの人生から希望的観測を用意するネイブ。その通りであればいいが。
痩身の大男が水槽にすがりつき、群れをなして泳ぐマグロを眺めている。
「ライ、ダー?」
そこへ一人の青年が駆けてくる。
「おおマスター。探したぞ」
「探してたのはこっちだ!」
なんとも騒がしいが気にとめる者はない。
シーランド上戸はこの街の目玉とされる水族館なのだが、良くも悪くもシンプルな造りのために今日も閑古鳥が鳴いていた。
そんな悲壮感溢れる水族館にいる数少ない客が二人。
ライダーのたっての希望で彼を連れてきたマスターの黒川弧久(くろかわこく)。好奇心旺盛で目を離すとすぐにいなくなってしまうライダーに手を焼いていた。
冷房が効いているのだが、走り回ったせいで汗だくになってしまっている。
「頼むからチョロチョロしないでくれよ。どこで他のマスターが目を光らせているか分からないんだから……」
このライダーは弧久からみてS級の強さを持つアタリのサーヴァントなのだが、とにかく扱いにくい。民族性などもあるのだろうか。
「あの『まぐろ』とかいう魚なんだがな。あの力強さにはどこか感じるものがある。そこで、何匹か連れて帰れないものなのか? ワシがもっと立派に育てあげてやる」
ライダーの目的は海洋帝国をも手中におさめることのようだがもちろん弧久は待ったをかけた。
「無理に決まってるだろ! だいたいお前は何しに来たんだよ! マグロがいいなら寿司でも食ってろ!」
まくしたてる弧久に頭をかくライダー。
「もちろんワシが現界したのは聖杯を勝ち取るため。いや、聖杯にそこまでの興味はない。ワシは強者と戦うために現界したのだ。なんなら監督役とやらに頼んで6対1にしてもらってもかまわんぞ? もちろんワシらが1ということで」
「かまうから! 俺はものっそいかまうからな!」
弧久は彷徨海から参戦した魔術師で神代の魔術を第一とする考えの持ち主である。
現代魔術の研究が盛んな時計塔とは組織ぐるみで冷戦状態であるため、自らの優位を示そうとやる気に満ちていた。
しかし組織の末端であるがために支援を得られず触媒なしでの召喚を強いられ、手に終えないサーヴァントを引いてしまったのだ。
文句を言ったところで始まらないとこうして市内に繰り出したのだがこの事態である。
「むこうで『いるかしょう』とやらがあるらしい。ワシが思うに祭りの類いだ。見物に行くぞ」
「それよりこれからの相談を、っておい!」
待ったをかける弧久だったが、エンジンがかかってしまったライダーはもう止まらない。うっかり水族館に来てしまったのは失敗だったようだ。
「いるかしょうはワシらを待ってはくれぬぞ!」
ライダーは弧久を引きずってショー会場へ駆けていった。
緊迫感の欠片もないライダー陣営。弧久の受難はまだ始まったばかりだ。
「まったく、俺がアサシンとは。セイバーで召喚されていれば」
「あんたはどっちでも変わらないでしょ」
浜辺のカフェで作戦会議を行うアサシン陣営。マスターを務めるのは時計塔からの参戦となること開智鏡(かいちきょう)。聖堂教会との因縁を持つ魔術師だ。
学生といって通じるくらいの見た目をしているのだが堂々とした佇まいから年の功を感じさせる。
一方のアサシンは鏡を優に見下ろすほどの長身痩躯の男。召喚時の汚い服装を見かねた鏡から薄手のシャツを与えられている。
「それはともかくとして主殿、作戦はあるのか?」
「もちろんあるわよ。とびっきりのがね」
話そうとした鏡だが、ここはクイズ形式をとることにした。
「ここで問題。最初に倒すとしたらどれ?」
しばらく小首を傾げていたアサシンだったが、自らの刀に目をやってから答えを出した。
「やはりセイバーのところだろう。同じ刀使い同士だし相性はいい。俺なら真正面から斬り合いになっても絶対に勝てる」
鏡は目を丸くした。
「……案外考えてるのね」
「誉めてもらっても?」
アサシンは鏡のキャラメルフラペチーノを飲もうとしたが手を叩かれてしまった。
掌の紅葉を恨めしそうに見つめるアサシンに呆れた様子の鏡はカップを空にしてから向き直った。
「解答としては50点ね。セイバー陣営が厄介なのは間違いないけど、それは他のマスターたちも考えていることよ」
「ふむ?」
「それにあんた一応アサシンなんだから正々堂々を主張しちゃダメでしょ。そういうの嫌いじゃないけど狡い手も時には必要よ」
飴と鞭の二刀流を決められ固まるアサシン。
「そんじゃ、残りの50点はどこで拾える?」
そのままでは埒があかないと判断した鏡はアーチャーやキャスターという間合いの外から狙ってくる敵の存在を強調した。
「セイバーと戦っている間に横から狙われたらひとたまりもないってこと。傘さし運転は危険よ」
アサシンは腕を組んで頷いた。
「つまり主殿の言いたいことというのは茶々をいれてきそうな連中から片付ける、と。そうだな?」
「そういうこと」
二人の間で意思の疎通が叶った。当たり前のようではあるが、これができなかったために敗退した者がどれだけいたことか。
真名からしてもっと面倒な人物かと思っていた鏡は、ここまでのやりとりかやあまりの聞き分けのよさに少し拍子抜けしてしまった。
「狙うはアーチャーとキャスター。それ以外の相手からはしばらく逃げの一手でいいわ」
ネイブのようにセイバーを危険視するマスターが存在することを読んでの鏡の作戦。ここまでの動向をみるに外れてはいないようだ。
今回の聖杯戦争において鏡は小聖杯の獲得を目指しているのだが、それはあくまでも表向きのポーズ。
この時点で彼女はもう一つの目的を果たすための次の一手を模索していた。