カイはもはや人生で何度目か分からない大きな後悔に苛まれていた。
「キミがセイバーのマスターか」
深夜の上戸緑地公園で早くもネイブに見つかってしまった。もちろん戦いのための準備など一切ない。
せっかくの来日、戦いが激しくなる前に『スシ』を味わっておきたいと市内の名店に出向いたのがいけなかった。この国の都市計画に慣れていないせいで必要以上に時間がかかってしまったのだ。
強い魔力をひしひしと感じる。
カイからみてネイブはごまかしが通用する相手ではないのは明らかだった。
周囲に人通りはない。相手は攻撃を躊躇わない状況。
「そうだ。お前はキャスターのマスターだな?」
話を繋ぎながら少しずつ後退していく。止めどなく流れる汗は蒸し暑さからくるものだけではなさそうだ。
「……あいつから聞いていたとおりだ。キミからは微弱な魔力しか感じない。過去の参戦者にもそんな例があったが」
ネイブの横に気まずそうに控えるキャスター。今は召喚時の格好をしているので一目でそうと分かる。
問答すら惜しいと感じたネイブは計画を開始した。
「キミには特に恨みはないが、運が悪かったと諦めろ。キャスター、やれ」
「はい」
言うが早いかキャスターの掌から魔力が光の奔流となってカイに襲いかかる。
「おわっ、せ、セイバー!」
「お任せを!」
霊体化していたセイバーがその姿を現し、カイを攻撃から守った。
ネイブは目を細めた
「現れたなセイバー。日本のサーヴァントとはなんとも運のいいマスターだ」
「それはそっちもだろ。セイバー、やっつけろ!」
セイバーが大きく跳躍しキャスターに斬りかかった。丸腰のキャスターは敵の素早さに意表を突かれたがその身に刃が通ることはなかった。
「なに!?」
キャスターの周囲に鏡が現れ刀を受け止めたのだ。
「キャスターは近接向きじゃあないからな。こういう備えもあるんだ」
セイバーが連続で斬りつけるも、鏡はキャスターの意思のままに動くようで全ての攻撃を防いでしまう。
「しつこいですよ」
キャスターは凝縮した魔力を放射した。
「くっ!」
飛び退いたセイバー。分が悪いことを理解した。
次の攻撃をなんとかかわし、腰をぬかしているカイを担いで走り出した。
事の重大さを理解したカイ。
「ヤバい。もっと穏やかなもんだと思ってたよ」
「これが聖杯戦争です。慣れてください」
話しながらもセイバーは刀を振るってカイを守っている。
じり貧であることは疑いようもない。
「このままじゃダメだ。セイバー、宝具は?」
「もちろんいけますが、この攻撃をなんとかしないことには……」
近距離では強いセイバーも、間合いを離されて飛び道具を連打されたのではどうしようもない。
「セイバーなんだろ? 剣からビームとか出ないの?」
「この世界線では無理です」
先達を例に出すも特殊なケースだったようだ。
「どうした? 逃げるだけか?」
ネイブは癪に触るが挑発に乗っては敵の思うつぼ。公園の出口までは距離があるため身を隠せる場所へと急ぐ。
なんとか公園内の林に駆け込んだ二人。とりあえず攻撃は止んだがキャスター有利の間合いになってしまった。
ネイブの声が聞こえる。
「セイバーのマスター。今降参するなら命は助けてやる。ボクはライバルを減らせればそれでいいんだ。なんならロンドン行きの飛行機も手配してやるぞ」
「ふざけるな! 僕は勝ち抜いてみんなを見返してやるんだ!」
威勢のいいことを言っているがカイの脚は先ほどからガタガタと震えている。
「残念だ。色好い返事を期待したんだがね」
隠れている二人に迫るネイブとキャスター。
もう逃げようがない。
「せめてもの情けだ。宝具で葬ってやる。キャスター!」
「はい。『三角――」
キャスターの詠唱は途切れることとなった。突然大きな魔力を伴った衝撃がその場を襲ったのだ。
地面が抉れ、土も樹木も人も一緒くたに弾き飛ばされた。
巨大な拳で殴られたかのような痛みを感じたカイは声を出す間もなく意識を失った。
直撃をまぬがれたセイバーは空中で体勢を立て直した。
「カイ!」
ぐったりとしたカイを抱えて着地し、そのまま走り去った。
「逃がすなキャスター! おい!?」
追撃を促したネイブだがキャスターはその場に膝をついた。
「くっ、申し訳ありませんマスター……」
宝具を展開しようとしていた分ダメージが大きかったようで追うことができない。
「クソッ! 今の攻撃はアーチャーか!」
虚空を睨み付けるネイブ。当初の作戦が失敗してしまった。
それでも一呼吸おいて苛つきを抑えた。第二波が来ないとも限らない。
「キャスター、撤収だ。休んでおけ」
「はい」
力なく答えたキャスターは霊体化し、姿を消した。
「ふむ。セイバーには回避されたか」
「それでもキャスターにダメージを与えました。奴らは魔術工房に逃げ帰るところでしょう」
ビルの屋上から緑地公園を見下ろすキュステとアーチャー。狙い通りにキャスターを攻めることができた。
最初の戦場となると予想していた緑地公園に網を張った二人の判断は正しかったのだ。
アーチャーの攻撃手段は癖があるもののキュステのようなマスターからすると組み立てがしやすい。
近接を極力避けることで優位に戦いを進めることができるのだ。
「セイバーを真っ先に見つけたうえにわしらの邪魔がなければ始末できていた。たしかネイブといったか? あの男、油断ならないな」
「ええ。早めに手を打つ必要があるでしょう」
かつて魔術工房を用いることで聖杯戦争を有利に展開しようとした者がいた。彼の失敗は工房の場所を割られ、外部から物理で破壊されてしまったこと。
ネイブもそれを理解しており工房の場所には慎重になっているとキュステはみていた。
「このあとはどうする?」
「魔術工房の場所を確かめておきたいところですがそれよりも先にこちらも戦う備えを固めておきましょう」
聖杯戦争は自分たち以外の全員が敵となる。注意すべき陣営があったとしてもそこにばかり気をとられていては別のどこかに足元をすくわれる。これもまた過去の例から学んだことだ。