セイバー陣営とキャスター陣営との間で勃発した最初の激突はすぐに全マスターの知るところとなった。
そのなかでもこの事態に対して特に敏感に反応したのは弧久らのライダー陣営だ。
明くる朝二人はすぐに舞台となった緑地公園に駆けつけ、現場を確認した。
手をかざし、魔力を探る弧久。倒木からかなり強い魔力が漏れ出ていた。
「思っていたより早かったな。おそらくセイバーのマスターが戦い慣れしていないんだろう」
キャスターが力任せにぶっ放したその残り香を感じ取った。
セイバーのマスターが不用意にうろついていたところをキャスター陣営に見つかり、戦闘になったと推し量れる、弧久はそう伝えた。
「普通にやっていればキャスターが圧倒していたんだろうけど、他所から茶々が入ったみたいだ。はっきりとはいえないけどたぶんアーチャーかな」
抉られた地面にはキャスターのものと思われる魔力だけでなくさらに強引に割り込んだ形跡があった。
「本当にそうならいいがな」
ライダーは腰に結わえ付けたマグロのキーホールダーを満足げに眺めている。
「そうだ。聞きたかったんだけどライダーはどこから攻めるべきだと考えてるんだ? セイバーたちはここからすぐのホテルに滞在してるみたいだし、攻めるならチャンスだと思うんだけど」
まだそれらしさを発揮してはいないが、生前のライダーは大軍団を率いて各地を転戦した世界史上でも稀な戦の天才。真名を知っている弧久からすれば知恵のひとつでも借りたくなる。
途端にライダーの目が爛々と輝いた。
「よい質問だ。これを機にマスターにも戦というものを教えてやろう。なあに、『すいぞくかん』とやらに連れていってもらった礼だ」
研究に没頭していたせいで対人経験に乏しい弧久でも長い話になりそうだと察した。
「いや、俺は倒すべきサーヴァントについて」
慌ててストップをかけるももう遅い。
「まず大切なのはとにかく自らの消耗を抑えることだ」
「聞けよ」
「まあそう焦るな。此度のセイバー対キャスターの戦い、マスターはセイバー陣営がキャスター陣営に見つかったために勃発したと考えているな?」
「あ、あぁ。セイバー側に抵抗した形跡がみられないからな」
今のライダーからは六陣営をまとめて相手取ると豪語していた時とまた違う印象を受けた。
「ならば近接戦闘にも関わらずセイバーを圧倒できたのは何故だ? アーチャーは間合いをとってわざわざ遠隔から攻撃したというのに?」
戦いに明け暮れた者ならではの目線だ。
「そんなん、ほら、あれだよ、セイバーのマスターがひよっ子だったんだろ」
「もちろんそれもあるかもしれん。しかし、キャスター陣営が最初からセイバー陣営を狙っていたとしたらどうだろう。近接戦闘を苦手とするキャスターが一番恐れるのは最優と称されるセイバーではないのか?」
「えっと」
文武のうち、武の含有量の少ない弧久の頭は残念ながらライダーの言葉を処理しきれていない。
「最初から狙っていたならば対策もできる。それに今回のキャスター陣営の動きはこの聖杯戦争の流れに影響を与えたのではないかとワシは思う。手負いのセイバー、そしてキャスターを早めに片付けたいと狙う輩が間違いなく現れる」
「待て待て待て! お前が物凄いのは十二分に伝わった。でも俺ついていけてないから! 簡潔に頼む」
弧久は手帳にいそいそとメモをとった。
「簡単なことよ。セイバーを見張り、奴を狙ってきた輩を片っ端から倒していく。すると狙いはこっちに変わるだろう。そうなれば本望。来る者拒まずで全滅させてやればいい」
「結局力任せじゃないか!」
とはいえ逆らう理由もない。弧久たちはセイバーたちが潜伏するホテルへと歩き始めた。
「なんかイメージと違うんだよなぁ」
「それが戦というものよ。思い通りにいけば何も苦労はない」
魔術師らしくスマートに戦い自らの拠り所の正統性を示したいと考えている彼にとってはどうにも難儀な話だ。
その時弧久は何かに気がついた。
「あっ!」
「どうした?」
ソワソワと焦る弧久に対してライダーはあっけらかんとしている。
「何か来る――物凄い魔力だ!」
「主殿。ライダー陣営はセイバーのところに張りつくようだ。斬りに行くか?」
アサシンとして現界したもののその本質はやはりセイバーであるとみえて、彼は剣での果たし合いを本能的に求めていた。
しかし鏡からのお許しは得られない。
「焦っちゃダメ。ライダーたちの考えは読めるわ。おおかたセイバー狙いを狩るつもりなんでしょ。だったら好きにやらせてあげたほうがいいわ」
今のところどのサーヴァントについても真名を知るに足る情報がない。アサシンから動向を得ることができるのが唯一の救いか。
「他の陣営はどうしてるか分かる?」
「セイバー陣営は休養中。ランサー陣営もまだ傍観に徹しているようだ。キャスター陣営とアーチャー陣営についてはまだ追えていない」
気配遮断系スキルを逆方向に利用することで、意識的に自らの痕跡を遮断していない相手であればある程度探りをいれることができるのがアサシンの強みだ。
しかし足し算の結果ひとつ抜けている陣営がある。
「念のため聞くけどバーサーカーは?」
「奴らは他と違って自分たちの気配を一切隠そうとしない。マスターも分かってると思うが?」
鏡も感じていた。
「移動を始めたライダー陣営を全速で追跡しているわね。追いつくまであと数分ってとこかしら。……よくこの状況で斬りに行くか? なんて言ったわね」
魔力の燃費が悪く持久戦にも搦め手にも不向きなバーサーカーだが、単純な戦闘においては滅法強いという尖ったクラスであることもまた事実。
アサシンはわざとらしく頭をかいた。
「すまんすまん。俺の計算ではこのまま行くとセイバーたちがいるホテル周辺で戦闘になるんでな、乱戦に巻き込まれてみるのも面白そうだろう?」
「面白すぎて顎が外れるからやめておくわ」
仏頂面が基本スタイルの鏡がゲラゲラと笑い転げるところを見たいと思っていたアサシンだがそれを口にするほど迂闊ではなかった。
「カイ・ペンテル。起きたまえ」
「なんだセイバー。お前態度がでかうわぁっ!?」
目を覚ましたカイの目の前にKの顔があった。慌てて起き上がったはいいが、驚きのあまりベッドに倒れ込んだ。
気を取り直して戦闘態勢をとるカイ。寝起きで仮面の男を見た精神的ダメージをどうにか抑え込んだ。
「お、お前! どうしてここに! セイバーをどこへやった!」
距離をとり、このような場合に有効な魔術は何かないか思考を巡らせるカイに対してKは両手を広げて戦闘の意思がないことを示した。
「質問は一つずつだ。セイバーは今は霊体化している。その気になれば呼び出せるはずだ。そして私がここに来た目的だがね、もうじき近くでバーサーカーとライダーの戦いが始まる。君にそれを教えてやろうと思ったんだ」
見舞いと称してKは枕元にリンゴを一つ置いた。
「嘘つけ! 僕は騙されないぞ!」
敵である自分に対してそんなことをする理由がないと否定するカイ。
しかしそれはKも承知していたようだ。
「疑うという行為は正しい、正しいが過ぎると身を滅ぼすことになるぞ、カイ・ペンテル。……まあいい。ついでに教えてやる。この部屋のはす向かいに滞在している男女はランサーとそのマスターだ」
「えっ」
ランサー陣営について全く考えていなかったカイからするとかなり急角度な情報だった。
「ライダーたちから逃げるならそれもいい。もし戦うのなら心行くまでやるといい。この周囲の人間には暗示をかけてあるから心配することはない」
「何を言ってるんだ。そこまで干渉するような魔術なんてそんな簡単に――」
途方もない魔力を必要とする術式なだけににわかには信じがたい。しかしKの口から聞くと妙に納得してしまうのもまた事実だった。
「私からは以上だ。幸運を祈る」
「待て! お前は誰なんだ!」
追い縋るカイを無視しKは、窓から外へ飛び降りた。
当然彼が自殺を図ったはずもなく、カイはわざわざ無事を確かめることをしなかった。