憲治は頭を抱えた。
「御館様、そろそろ出撃を命じてはくださいませんか」
ここに来てからずっとこれだ。
その場で待機という命令を聞き入れたかにみえたランサーだったが、辛抱はそう長くもつはずもなくこうして呼吸と同じペースで出撃をせがむ。憲治は半ばノイローゼだった。
「頼むから我慢してくれ」
「ここにいても勝つことは叶いませぬ。それにそろそろ戦わねば鈍ってしまいます」
そう言って霊体化を解いて素振りを始めるランサー。憲治は部屋の隅へ追いやられてしまった。
「落ち着けよ。だいたい俺じゃお前のパフォーマンスを引き出せねぇんだ。魔力不足だし」
無理なものは無理だと割り切れるのは一種の才能だろう。しかし今回ばかりは逆効果だった。
「御館様はそんなことを案じられていたのですか。某枷には慣れています。さぁ! 参りましょう」
「おいコラ待て引きずるな、クソ! 馬鹿力め!」
ランサーの我慢はついに限界を迎えた。マスターもろとも戦おうと暴挙にうって出たのだ。
首根っこを掴まれてズルズルと連れられていく憲治。ここで鳴った部屋のベルは彼にとってまさに福音そのものだった。
「誰だろう。とりあえず出てみるか」
「お待ちを!」
ゆっくりと立ち上がりドアのほうへ向かおうとした憲治をランサーが引き止め、力任せにベッドに腰かけさせた。
「何すんだよ!」
「ドアの外から微弱ですが魔力を感じます。おそらく敵陣営がここを嗅ぎつけたのでしょう。御館様は下がっていてください」
途端に憲治は真っ青になった。突然鳴り始めた火災報知器の音も耳に入ってこない。
「お、おい。なんとか逃げられないか?」
口ではそう云いつつも膝がガクガクと震え立ち上がることすらできない。
「一応某が御館様をお抱えして窓から飛び降りるという手がございます。しかしながら真下は人々の往来の最中、さらに目立ってしまって今後の戦いに影響しかねません」
物理的に逃げることは可能でもそれは今回得策ではないことは明らかだった。
「仕方ない。敵の人数は?」」
「二人です。敵サーヴァントとそのマスターでしょう」」
サーヴァントはともかくマスターのほうならなんとか話はできる。最悪の事態になってもランサーを捨てれば命だけは助かると憲治は咄嗟に考えた。
催促するかのようにもう一度ベルが鳴った。
「よし、開けてやれ」
やっと出た命令にランサーはドアを開け、開き切る前に大槍を真正面に突き出した。見た目は麗らかな女性でも一騎当千の英霊。当然その突きは目で追えるようなものではなく、憲治は串刺しの敵を夢想した。
「焦ったな、ランサー!」
しかしそんな期待は淡い夢と消えた。
槍の切っ先を踏んで飛び上がったセイバーはランサーの眉間に切りかかった。
「舐めるな!」
普通であれば勝負が決していたであろう局面。しかしランサーは石突で刀を受け止めセイバーを押し返した。
反撃に転じようとしたランサーに再び斬りかかるセイバー。その斬撃を受け止めたランサーの腹に蹴りを入れようとしたところで待ったが入った。
「ストップストップ! セイバー、そこまで!」
ここから戦いがヒートアップしそうなところにカイが割り込んだ。示し合わせていたのかセイバーは素直に刀を収めた。
「ランサー、お前もだ。いったん落ち着け」
憲治もセイバーのマスターにならってランサーを止めた。両者がやりあったのはわずか一分ほど。それにも関わらず憲治の額には汗が滲んでいた。
(やっぱりだ。こいつを戦わせるには俺は貧弱すぎる)
思っていたよりはやれたが、相手が残している余裕を考えれば憲治は手放しで喜ぶことはできなかった。
「御挨拶だな。セイバーのマスターさんよ。俺たちを殺りに来たってか?」
飛び出そうになる心臓をなだめながら憲治は平静を装った。
「違う。僕はそちらに提案があってきたんだ」
とりあえず首が胴体から離れることはないと判断した憲治。安堵のため息をついてまたもベッドに腰かけた。
「俺らに提案だあ?」
「ここにライダーとバーサーカーが迫っているらしい。この先のためにもどちらかを脱落させておきたいんだ。だから頼む。僕たちと手を組んでほしい」
敵に頭を下げられうろたえた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
サーヴァント最優と称されるセイバー、しかもたった今実力を目の当たりにしただけに味方となれば心強い。それは間違いないのだが不安もある。
「ライダーかバーサーカーを片付けたら俺らを始末しようとでもいうんだろ」
「いやいや、僕らが最後の2組になるまで同盟は続けるつもりでいるんだけど」
憲治は脳内でシミュレーションを行った。その結果ここで同盟に応じ、最後の2組になった時点で令呪でランサーを消滅させ自ら脱落するというベストな答えを導き出した。
(どうせ断ればここで殺されるだろうしな)
「うん、のった。戦力はあるに越したことはないし2陣営を相手取るならこっちもタッグでいくのがセオリーだろうしな」
カイはにっこりと微笑んだ。
「話のわかる人でよかったよ。僕はカイ=ペンテル。時計塔から来た魔術師の卵だ。よろしく」
「俺は香田憲治だ。こちらこそよろしく頼む」
卵のカイでここまでやるとなると他のマスターは人外に違いないと憲治は怖気づいたのだが、ここは年長者として余裕を装った。
マスターどうしが打ち解けたのをみて彼らのサーヴァントたちも目の前の相手への認識を改めた。
「サーヴァント、セイバー。マスターの同盟者であれば私は貴方がたのためにもこの刀を振るいましょう————同盟が続く間は」
セイバーは恭しくお辞儀をした。こうしてみるとなかなかに頼りになりそうだと憲治は手のひらを返した。
「某はランサー。セイバーよ、某がいるかぎり貴様の刃は御館様には届かぬ。まあ邪魔はせんことだな」
「おいバカ、味方を刺激すんな! すまんセイバー。こいつはクソ真面目なだけで悪気はないんだ。許してやってくれ」
プライドを捨てた憲治にとって自分の半分程度の年齢の少年と組むこともサーヴァントのために頭を下げることももはやなんでもなかった。
同盟はここに成立した。しかし穏やかな時間はそう長くは続かない。
「香田さん! 来たよ! ライダーたちだ!」
それに対して憲治が何か言う前に建物全体を大きな衝撃が襲った。
弧久とライダーはカイたちのいるホテルにやって来た。
「敵サーヴァント、すぐそこまで来てるぞ!」
「そうでかい声を出さずとも分かっとる。ワシでもひしひしと感じるわい」
弧久としてはセイバーを餌としておびき出してからバーサーカーを迎え撃ちたかったのだが、そこまでの余裕はないことは既に明らかだった。
「マスターよ、少々人が多いぞ。これでは気が散って仕方ない」
「お前この状況で戦うつもりだったのかよ。……この手は使いたくなかったが仕方ないか」
弧久はブツブツと何事か唱えた。すると。
「逃げろ! 荷物なんかいい、君たちも早く!」
「きゃー!」
血相を変えたホテル内の人間が我先にと外へ飛び出してきた。彼らはホテルが火事だと思い込まされているのだ。
「さすがは魔術師。珍妙な術を使う」
「ふん。ここは褒めるところだぞ。人が少なければ探しやすくなるからな。まあ今のが効かなかった奴やそもそもまだ部屋で寝てる奴は巻き込まれたら助からないだろ」
弧久はあくまでも戦うために人払いをした。合理的をモットーとし、他人と関わることを避けて生きてきた彼には犠牲を防ぐという発想はない。
弧久とライダーはそのまま無人のロビーへ侵入した。
「もう時間がない。ライダーいけるか?」
「おうとも!」
ライダーは空間から弓を取り出し、そのまま真上に向かって連続で矢を放った。ただの矢ではない。一射一射がロケットランチャー並の威力を持つ必殺の兵器だ。
もちろんそんな矢に建物が耐えられるはずもなく天井が吹き飛び、上階が崩落を始めた。
「ライダー、そのまま射ちまくれ。セイバーを燻す煙にもなるし辻褄合わせにもなる」
「心得た!」
ここで二人が感じていたサーヴァントの反応がついにホテル内部へと突入してきた。
「来たぞ!」
姿を現したのは毛皮をまとった無精髭の男。ライダーに比べ体格はあまり恵まれていない。見た目だけなら弧久でもじゅうぶんに戦えそうだ。
「よくぞ来た! お前がバーサーカーか。喜べ、大陸の覇者たるこのライダーが直々に相手をしてやろう!」
バーサーカーは何かを叫んだがそれは言語になっておらず、言葉というより咆哮と呼ぶにふさわしいものだった。
魔術を通しての観察の結果、恐れる必要のない英霊だろうと弧久は判断した。
「ライダー、あいつの英霊としての格はお前よりはるかに下だ。いけるぞ!」
「ソレはドウでしょうカネ」
バーサーカーの肩に付けられたスピーカーから声がした。
「エェト、ライダーとそのマスターさんとお見受けいたしマス」
機械を通しているせいかその声は幾分無機質に聞こえた。
「ワタシはケンプトンといいマス。訳あってそちらへ行くことができませんですみまセン」
「なんと!? こんなこともできるのか! さすが魔術師。我が帝国に欲しい人材だ」
「サーヴァントだけ寄越して高見の見物か。あとライダーは静かに」
吐き捨てるような弧久とはしゃぐライダー。ケンプトンは気にしていないようだ。
「ハナシを戻しますガネ、ウチのバーサーカーはおそらくそちらのライダーに霊格で劣るでショウ。シカシですね、バーサーカーの重要な要素についてご存じでショウ?」
「狂化だろ。そもそもバーサーカーってのは弱いサーヴァントのテコ入れのためのクラスだ。だからそいつも下駄履かせてもらってるんだろうけどライダーの敵じゃあない」
まあライダーも性格にやや難があるけどな、と小声で付け足した。
「ソレだけ知ってればマスターとしてじゅうぶんでショウ。タダこちらにはまだ履ける下駄があるんデスヨ」
「どういう意味だ?」
ライダーを手で制しながら尋ねる弧久。バーサーカーは首を震わせているが、まだ襲ってはこない。
「ソウ。このバーサーカーは日本に強い因縁を持つサーヴァント。この日本の地で日本の英霊を相手取るときこそその真価を発揮スル。かつてのヘラクレスやファニーヴァンプ、エスカルドスのアレや帝都の鬼武蔵からは観測できなかった強ミ!」
ケンプトンは早口でまくし立てた。興奮している様子がスピーカー越しでも伝わってくる。
「それなら残念だったな。ライダーは」
「ワカッテいますとも! バーサーカー!」
バーサーカーが体の何倍もある大きな瓦礫を穴の空いた天井に放り投げた。ライダーの攻撃でボロボロのホテルはもう耐えられない。ついに倒壊した。
「コンニちは。アナタがたともお初デスネ」
砂埃の中からカイとセイバー、憲治とランサーが現れた。
「ソノ鎧に槍、そして刀! 待ちに待った日本産!」
サーヴァントの真名がバレたかと警戒したカイたちだが霊基からそう読み取っただけと分かり安堵した。
しばらく口をパクパクさせていた憲治。すぐに虚勢をはってみせた。
「ホテルごとやりやがって。これ建てるのにいくらかかったと思ってるんだ!」
「別に御館様の所有物件ではないのでは?」
「セイバー。この瓦礫の中では動きが制限される。小柄なお前がうまくやるんだ」
「はっ!」
ランサー陣営はセイバー陣営の後ろ楯を得たことで恐れることなく戦いの姿勢をとった。
そしてそれはセイバー陣営も同じ。
「トモアれ、おあつらえ向きのサーヴァントデス! サアバーサーカー、その力を奮いナサイ!」