襲い来るバーサーカーをセイバーは容赦なく切り刻んだ――――はずだった。
「そンナものバーサーカーにハ効きマせンよ!」
ケンプトンが嘲笑った。
その言葉はハッタリではなかったようでバーサーカーはセイバーの腕を捕まえ、力任せに地面に叩きつけた。
「侮るなバーサーカー!」
すぐに起き上がったセイバーの返しの太刀。眉間からバーサーカーを真っ二つにする完璧な一振りだったが、これも手応えはなかった。
「貧弱な体と侮っテいたノはそちらデシょう」
バーサーカーのパンチが顔面をとらえた。生身の人間ならば顔が陥没するほどの威力。セイバーは瓦礫の山に吹き飛ばされた。
「ああっ! セイバー!」
慌てふためくカイを見ていられなくなり、憲治はランサーを正面のライダーからバーサーカーへシフトさせた。
「ランサー、セイバーを援護しろ!」
「そうはさせるか! 撃てライダー!」
救援に向かおうとしたランサーの足元にライダーが弩を放った。
バーサーカーを面倒な相手と判断した弧久の咄嗟の判断が結果的に戦場に大きな転機をもたらした。
既に廃墟と化したホテルがその威力に耐えきれるはずもない。そのまま床が崩れライダーとランサー、そしてマスター2人は地階へ落下した。
フロアからいなくなった者たちに構わずケンプトンはバーサーカーを駆り立てた。
「ドウです? 最優のセイバーでアろウとバーサーカーの前でハ無力!」
バーサーカーは武器を一切使わない。それでもリーチに勝るセイバーの攻撃を素手で捌ききっていた。
「くっ」
バーサーカーの能力に補正がかかる以上マスターが近くにいる必要はなく、むしろ敵にマスター狙いを許してしまうことになる。バーサーカーの狂化に任せることこそ彼らのベストなのだろう。
「セイバー、回避に徹するんだ!」
「はっ」
敏捷性ではセイバーに分がある。カイは攻撃の隙を嫌い、あえて守勢に転じることを命じた。
「馬鹿なマスターもいタものダ。逃げ続ケて勝テルものでモないデしょうニ」
バーサーカーはセイバーにまともに構える暇を与えず力任せに打撃を叩き込む。武器を持たないからこそ可能な強引な戦法だ。
それでもやることは変わらない。ケンプトンの言葉に耳を貸さずセイバーはバーサーカーの攻撃をひたすらかわし続けた。
それなりの高度からの落下に半ば諦めかけていた憲治だったがランサーに受け止められ、事なきをえた。
あらためて弧久を見る。自分よりだいぶ若い日本人。対話での解決を試みた。
「どうもどうも。俺は香田憲治。見たところ兄ちゃん、日本人じゃないか。どうだろう。同郷のよしみで見逃しちゃあくれないか?」
カイが聞いたら頭を抱えそうだが戦闘に不慣れかつ味方と分断されてしまった憲治はそれしか考えていなかった。
「彷徨海の黒川弧久だ。安心しろ、命しか取らない」
それに俺は日本が大嫌いだという言葉を飲み込む弧久。
「なぁ頼むよ。俺は聖杯なんてこれっぽっちも欲しくねぇのよ。少し勝ち残って魔術師として食っていけるレベルになれればそれでいいんだ」
ランサーの強さは信用しているものの、その力を引き出すだけの魔力が不足していることを理解している。10分も戦えるかどうか。
「よく喋るおっさんだな。ライダー、やれ!」
「おう!」
ライダーは弩を引き絞り憲治に重い一撃を放った。
憲治は辞世の句を用意しなかったことを後悔しかけたが、すんでのところでランサーが攻撃を防いだ。
「某を無視して御館様を狙うとは腑抜けもいいところ。成敗してくれる!」
ランサーはすっかりやる気になってしまった。どちらにせよ逃げ場はない。憲治は諦めぎみに腹を括った。応戦するふりをしつつ逃げ時を探るという後ろ向きな決意とともに。
「が、頑張れランサー!」
念願の一騎討ちに猛るランサーが突き出した大槍がライダーを捉えた。
ライダーはそれを自らの槍で防いだが、槍の扱いではランサーが勝る。
「破!」
槍を折られ、弾き飛ばされたライダー。空中で一回転してなんとか立ち上がった。
「使い捨ての槍ではこんなものか。貴様の実力は分かった。こちらも出し惜しみはせんぞ!」
左腕を挙げると、空中に木でできた車のようなものが現れた。
「飛石木だと!?」
ランサーはそう呼んだが現代では一般的にカタパルトと呼称される兵器だ。
「よい機会だ、味わっておけい!」
カタパルトから射出された大岩をなんとか受け止めたランサー。しかしその隙にライダーがさらに弩を射かけた。
「ぐぅっ!」
腰に深々と突き刺さる矢を引き抜き、ランサーはライダー目掛けて槍を突き出した。
「遅いわ!」
ライダーが握り拳ほどの何かを投げつけた。警戒してかわしたランサーだが、その動作は意味を為さない。
「何ィ!?」
突然の体の痺れ。ランサーは槍を取り落としてその場に倒れ伏した。
「ランサーよ、残念ながら貴様はここまでだ。マスター共々地獄へ逝け!」
ライダーが槍を振り上げた。
「槍兵が槍で命を落とすとは哀れよなァ!」
「ランサー!」
槍が振り下ろされるその寸前に憲治は物陰から飛び出した。
「第一の令呪を以て命ずる! ランサー、宝具をぶちかませ!」
彼からすれば奥の手である令呪をここで使いたくはなかったが共倒れを避けるためには仕方なかった。
「心得た!」
体内に満ちる魔力とともに痺れが抜けたランサーはすっくと立ち上がり、その赤の大槍を高く掲げた。
すると槍が内側から裂け、中から一振の刀が現れた。
「あの刀は――――!」
弧久は危険を察した。
彼の豊富な知識の中には、目の前で今まさに光を集めんとするその刀についての情報も含まれていた。
冷や汗を流す弧久に対し喜んだのはライダー。初めて見る宝具に興奮しているようだ。
「よいぞ。それでこそサーヴァント! 遠慮はいらん、さあ来い!」
再びカタパルトから大岩を放つライダー。
刀の柄でそれを粉々に砕きランサーは刀を静かにおろした。
「見るがいい。
槍と同じ構えから放たれたその宝具。
切っ先から迸る黄金のフレアは光の帯となってあっという間にライダーを飲み込んだ。
空間が丸ごと吹き飛ぶほどの破壊力に憲治は再び死を覚悟したがランサーがまたも瓦礫から彼を守った。
「おぉ! やったか!? サンキューランサー」
憲治は噴き出る汗を拭いつつランサーを労った。抱きつこうかという勢いだったが一応女性のため踏みとどまったということも添えておく。
今にも踊り出しそうな憲治だがランサーは冷静そのもの。
「いえ、あちらのマスターの機転により寸前で霊体化されて逃げられたようです。しかし、この宝具は転移を追う力を多少ながら有しています。それだけでも虫の息なのは間違いないかと」
クリーンヒットには至らないまでも大ダメージを与えたようだ。命乞いをしていた数分前からは考えられない戦果といえる。
「よし、なら敵は一人だ。バーサーカーも倒しちまおうぜ!」
「承知!」
ランサーは憲治を小脇に抱えてセイバーたちが戦っている地上へ跳躍した。
そこではセイバーがバーサーカーを相手に粘りながらも徐々に追い詰められていた。
セイバーに指示を飛ばすカイも魔力を消費し息を切らしており限界が近いのは目に見えていた。
「おい、大丈夫か!」
憲治はふらつくカイに肩を貸した。
「厳しいね。あのバーサーカー、日本産のサーヴァントじゃ傷ひとつつかないみたいだ」
セイバーの刀はバーサーカーの纏った毛皮に切れ込みを刻んでいるものの、本体の頑強さに傷をつけることはできなかった。
バーサーカーの拳を、脚を、なんとかかわし続けるセイバーだが蓄積したダメージは並大抵のものではなく動きが緩慢になりつつあった。
「ランサー、さっきのをもう一回ぶっ放せるか?」
今度は令呪なしで撃てれば先程の浪費を埋めることができる。憲治はそう考えた。
「そうしたいところなのですが」
ランサーはどことなく歯切れが悪い。彼女はあえて口にしないが、憲治からの魔力の供給が足りないためしばらくは宝具が打ち止めとなってしまっている。
刀もいつの間にか元の槍に戻っていた。
「じゃあここは逃げるしかねぇな。ライダーなら撤退した。チャンスは今だ」
「逃げるにもバーサーカーが追ってくるよ?」
憲治は小声でランサーに何かを指示した。
「逃げるツモりでスか」
馬鹿にしたようなケンプトン。
「ああそうだ! 正直今の俺らにはバーサーカーは荷が重すぎる。ここは逃げるが勝ちってことで」
昨日までなら既に失神していたであろう展開。しかし強敵ライダーを撃退した自信となんとなく芽生えつつあったランサーとの信頼関係が憲治に成長のきっかけを与えた。
「セイバー! バトンタッチだ。ランサーがバーサーカーを引き受ける!」
自らのマスターの命令ではないため一瞬迷ったセイバーだったがカイが頷くのを見てよろよろとこちらへ引き返してきた。
「安イ挑発でスガあえテ乗りまショう!」
バーサーカーはセイバー狙いをやめ、ランサーに殴りかかった。
「ぐっ!」
槍で受け止めたものの、その膂力は力自慢のランサーですら太刀打ちできるものではなかった。
「国産の悲しサヨ! バーサーカー、やレ!」
その勢いのままバーサーカーは足払いでランサーの体勢を崩し、投げ飛ばした。
さらに床が抉れるほどの踏み込み。そこから放たれた蹴りは衝撃波とともにランサーを吹き飛ばし、彼女を無様に転がすのには十分すぎるほどだった。
鎧で重装備しているものの、その防御力を優に上回る一撃だ。ダメージは大きい。
さすがに危なくなってきたが、得るものもあった。隙を見てカイがセイバーを動ける程度に治療したのだ。
「逃がスツもりはアりマせンよ」
ケンプトンが牽制してくる。
絶対絶命の場面だが憲治はニヤリと笑った。
「誰が逃がしてもらうなんて言ったよ。俺たちは『逃げる』んだ」
合図とともにランサーが残りの力を振り絞って天井に槍を投げつけた。ライダーの弩とここまでの倒壊で建物はもう限界だった。
「カイ、今だ!」
「うん!」
崩れる天井に乗じて4人はホテルの窓を蹴破り外へと脱出した。
「マあいイデしョう。どうヤらあの二人はKトは無関係のよウデすし。次はアーチャーかアサシンを狙イタいとコろデすが」
ケンプトンの一人言が廃墟に虚しく響いた。
ランサーとセイバーは満身創痍ながらもそれぞれのマスターを抱えてビルの谷間を飛び越え、街はずれの河原までやって来た。
「さすがにここまで来れば大丈夫だろ」
河川敷に寝そべる憲治。戦闘だけでなく宝具の解放で元々乏しい魔力を急激に消費したためにヘロヘロだ。
「香田さんが優秀な魔術師で助かったよ。僕とセイバーだけじゃ多分やられてたね。あっセイバー。見張りお願い」
「はっ」
カイは多少の余力こそあるものの、憲治を見直したようだ。
生真面目なセイバーと純真無垢なカイを見ているとやけになって撃った宝具のラッキーパンチだったとは言い出しにくい。運も実力と憲治は割りきることにした。
「バーサーカーはもちろんだがライダーもありゃ相当やばいサーヴァントだな。仕留めそこなかったのがマジで痛い。そのうち回復するだろうし次会ったらと思うと眠れやしねぇ」
ライダーはその見た目と発言とは裏腹に飛び道具を絡めたトリッキーな戦術で戦うサーヴァントだった。ランサーが槍で刺しまくればとりあえずは勝てるだろうと踏んでいた憲治は無事を喜びつつも自らの迂闊さを呪わずにはいられなかった。
魔術師として自分たちとは比べ物にならないほどの高みにいる弧久の存在も厄介だった。
「そのことなんだけど香田さん。ライダーの真名って分からない?」
「全く。ただバーサーカーが狙わなかったところをみるに日本の英霊じゃないのかもしれん」
弩・カタパルト・ランサーを痺れさせた陶製の小型爆弾などから思い当たる節はあったのだが、まだ推測の域を出ず憲治はあえてそれを口にしなかった。
「なるほど。セイバーとランサーにはガツガツきてたしね。じゃあバーサーカーは?」
「日本に恨みを持ってるヤツなんて腐るほどいるだろ。でもステゴロってのは気になるな。まさか素手専門の戦士なんてことはないだろうし」
そうなるとなぜ武器を持たない状態で召喚されたのか疑問ではあるが、現状では判断のしようがない。