「まさか貴女から呼び出しを受けるとは思っていませんでしたよ、鏡。僕とアーチャーを真っ先に倒しにくると思っていました」
「もちろんそのつもりだったけどこっちにも事情があるの。そこは察してもらえると有り難いわ」
カイと憲治が命からがらホテルを脱出してからかなりの時間が経過した。
以前から面識のあったキュステと鏡はオープンカフェで端から見れば楽しげに談笑していた。
お互いサーヴァントを霊体化させているため一触即発とはいかなくとも、相手が不審な挙動を見せればそれなりの対応をすることができるだろう。
鏡は運ばれてきたコーヒーぜんざいを一息に飲み干し、キュステを見つめた。
「単刀直入に聞くけどあんた、Kには会った?」
一瞬嘘をつくべきか迷ったキュステだったが賭けに出るような場面ではないと判断した。
「ああ、会いましたよ。偉そうに捲し立てたかと思ったらこっちの話も聞かずに消えてしまいましたが」
そもそもKがいなければはるばる日本にまでやって来ることなどなかったにという愚痴を呑み込んだ。
「それなら話が早いわ。私はあいつを追ってるの。隠すようなことでもないから話すけどKは時計搭の人間なのよ。それもかなり危険な思想を持った、ね。できることならこの機会に始末してしまいたいと思ってる」
「時計搭の不始末ならそちらでなんとかしていただきたいものですが」
キュステらアトラス院の錬金術師からすれば時計搭の現代魔術に傾倒した魔術師についてはどうしても不信感が否めない。そしてそれは犬猿の仲、水と油などという幼稚な言い回しでは語り尽くせない。
こっちはそれどころではないという彼の主張は至極最もである。
「まあ聞いて。Kは自身もマスターとしてこの聖杯戦争に参加しているのよ」
眉をわずかにひそめたキュステを気にせず続けた。
「つまり小聖杯をチーズに集められた私たちは体のいいネズミってわけ。それを陰から操りつつ何らかの目的を果たそうとしているんじゃないかと私はみているわ」
聖杯が欲しいマスターもいれば勝ち残った実績がほしいマスターもいる。それで釣られないような者についてはキュステに対して行ったような根回しがあったのだろう。
「それなら僕になどかまってなどいないで貴女はKとの決闘に臨むべきなのでは?」
知己ゆえのささやかなお節介。鏡に恩のあるキュステは割りきってはいたもののどこかで彼女との戦いを避けようとしていた。
キュステはキュステでKを追っているが、聖杯戦争をしながらの表だった人捜しなど無謀と考えていた。どうせなら鏡に任せて、お縄を頂戴したところで契約書の審議について確かめればよい。
「私、アトラス院のあんた、時計搭のカイ・ペンテル。ギリギリ魔術師の香田憲治。マキリ遠縁のネイブ。彷徨海の黒川弧久。そして混濁のケンプトン。このなかに身分を偽ってるKがいるのは間違いないんだけど、絞れてないのよ」
綺麗にまとめられたレポートをキュステに見せた。
「全員
「ならば簡単でしょう。貴女は僕も含めて全マスターを始末してしまえばいい」
抵抗はしますけど、と小さく笑うキュステ。
「もちろん全員殺せば確実だし聖杯戦争にも勝てるわけだけど消耗するし、できれば最小限の動きでKまで辿り着きたいの」
鏡はKを捕らえようとした腕利きの魔術師が大勢返り討ちにあっていることを手短に説明した。
形のよい顎に手を添えてキュステは仮想敵への認識を改めた。
「言うまでもないかもですが素直に考えればKはセイバーのマスターのカイ・ペンテルということになりますよね。時計搭からの参戦なら入れ替わるのも楽でしょうし」
ここまでの話を聞けばほとんどの人間がそう考えるに違いない。
しかし鏡は首を横に振った。
「もちろん私もそれを疑った。でも彼がKだとすると行動に説明がつかないのよね」
キャスターとの激突もホテルでの戦いも偶発的なもので戦況を支配しようとするKの思考から外れている。
カイの未熟さゆえの事態とさえいえる。
「つまり彼を除いた我々のなかに
7人のマスターのなかに完璧な偽装を行っている者がいる。もちろんキュステほどの錬金術師ならば不可能ではない。
「そうピリピリしなくてもいいって。実際のところあんたは九分九厘シロだと思ってるわ」
この言葉に嘘はない。鏡がキュステがKであると確信していたならばとっくに彼を襲っていただろう。
「それはどうも。日頃の行いの賜物ですかね」
熱をもったカップの取っ手を指で撫でながらキュステは安堵の溜め息を漏らした。
鏡の『なんでもあり殺法』はよく理解している。そもそも戦闘に秀でたわけではない彼が相手取るのはサーヴァント込みでも辛い。
「理由は簡単。アトラス院の所属を偽るなんてリスクが高すぎるもの。変なところで神経を使うとボロが出やすくなるのは当たり前よ。そういうわけで、安牌のあんたの知恵を借りたいと思ってね」
「僕を買い被りすぎですよ。推理の真似事なら時計塔の専売特許ではないですかね」
おかわりのコーヒーぜんざいをオーダーしつつキュステは苦手な頭脳労働に励んだ。
「強いて言うならネイブという線はどうでしょう。アレはキャスターを従えてますから魔術工房に潜むのがベースの戦術です。他のマスターとの接触が最低限ならバレるリスクも抑えられるかもしれません」
「ネイブね。たしかにホテルで戦ってた連中はその理屈で除外できるかもしれない。そうなれば本命といえるし筋は通ってるわね」
再びコーヒーぜんざいを飲み干して鏡はいそいそと帰り支度を始めた。
「それじゃ先に失礼するわ。二人分の代金を置いてくからもっとオーダーするなら自腹でよろしく」
目には見えなくともアサシンの気配が鏡とともに動き出すのを感じた。
言葉にはしなかったが次に会うときは敵となる存在。茶ではなく命のやり取りをしなければならない。
迷いながらも彼は去り行く彼女に声をかけた。
「こちらからもひとつよろしいでしょうか?」
「どうしたの?」
真っ直ぐに鏡を見据えた。
その目の奥には彼がここまで育んできた疑惑が渦巻いていた。
「時計搭に関わる魔術師はカイ・ペンテルだけではない。鏡、貴女がKなのでは?」
「アーチャーとそのマスターを狩るチャンスだったのに。みすみす逃してしまってよかったのか?」
「キュステは被害者って分かったから。まあアーチャーは放っておけないから手を打つわよ」
密談を終えて鏡とアサシンはタクシーで移動していた。カフェといい魔術師ながら鏡は一般人じみたものを好むところがある。
「主殿の考えることは分からん。貞次でももう少し噛み砕いてくれたものだが」
隣の席で文句を垂れるアサシンを無視して鏡は思考を巡らせた。
「魔術工房か。ネイブ程度のなら突破できるような気がしないでもないけど」
「おう、さっきの優男もキャスターがどうとか言っていたな。この体での初陣に相応しい相手かもしれん」
ランサーほどではないがこのアサシンも闘争に飢えている節がある。
御恩と奉公とはよく言ったものだ。群雄割拠の昔から働きに対しての労いはモチベーションの維持以上の意味をもつ。
「それにしてもいい眼だった。あれは荒事よりもっと他に適性があろうに」
流れていく景色をぼんやりと眺めながらどこか惜しそうに。
卓抜した体術だけでなく大勢の強者と切り結んできたアサシンならではの着眼だった。
「主殿が探している『けい』、だったか? 案外あの男だったりしてな」