※この作品はR-18です。

刀剣乱舞SS集(BL・NL・友情主従ごった煮)   作:駒由李

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とある女審神者の生まれと、三口の大倶利伽羅の話。(1部便宜上「廣光」などを使っています)
▼この話とは全く関係ないですが、人食いの審神者と「ヒトの形をしているけれど美味しくない」刀剣男士というのが書きたいです。


付喪神は鋼鉄羊の夢を見るか【女審神者+大倶利伽羅】

 昔の事だ。もう20年も前になる。複数の部隊の本丸が襲撃を受け、何人もの審神者が殺された。この際に刀剣が破壊されたと同時に、大量の歴史修正主義者・検非違使を生み出している。

 簡単な事だ。彼らは殺された主を求めた。みすみす殺させた自分達を恨んだ。だから、選択を変えたかった。運良く生き延びた刀剣男士もいたが、ほとんどが主を助けられなかった事を悔いていたという。これは所謂「ホワイト本丸」を運営していた審神者を狙ったものであり、彼らは同じ審神者を師匠とし、彼らも師に倣い刀剣男士に心尽くして接していた。師匠と門弟は、悉くが殺された。この事件の裏側にあった陰謀は、20年経った現在も明らかにされていない。この門弟の師弟達を疎んだ政府の1部の手引きともいわれている。しかし、歴史修正主義者が自分達の数を増やしたかったという名目は明白。中に検非違使が出たのは彼らにとって意想外だったろうが、どちらにしろ敵勢力の増産は明らかな事だった。

 襲撃を返り討ちにし生き延びた門弟の審神者のうち、彼の指揮下でとある部隊の本丸が向かった。そこには彼の同輩であり、師匠の娘でもある審神者がいる筈だった。この時、不可思議な事があったという。本丸は荒れており、襲撃を受けた事は明らか。だがそこの門の前にいた大太刀は、黒い煙を纏い、赤い閃光を放ちながらも彼らが来ると――1枚の紙片を指しだし、そして姿を消したのだ。

 受け取った当時の部隊長である大倶利伽羅が呆然としているのを、他の男士が悲鳴混じりの声で報告を上げる。審神者の遺体を発見、刀剣及びこんのすけも諸共「破壊」されていた――と。

 しかし、大倶利伽羅はその中で冷静だった。他の男士に抱えられた、桜の着物を袈裟懸けに斬られた若い女の遺体。その死に顔を見たのち、彼は迷わず茶室に向かった。本丸の内部の構造は違えど、茶室の位置はどこも変わらない。彼はその紙片を片手に、自身の本体を傍にいた男士に渡すと、迷わず茶室に潜り込む。

 遅れて入って来た短刀男士が見たのは、息を飲む光景。

 傷だらけの室内。恐らく自身のような短刀などが入り込んで振り回し、命あるものや刀剣達を捜し回ったのだろう。だが、結局、その子供の命は絶てなかったようだ。

「……ここの審神者が、生んだ娘だそうだ」

 そういって大倶利伽羅が、やや不器用そうに抱える幼い少女。5つにも満たないような、大凡子供らしくない模様の着物に身を包んだ少女が、彼の腕の中でむずがっていた。

 その顔は、先程見届けたここの審神者の女性と、あまりによく似ていた。

 しかし、その報告を受けて、自分達の審神者は驚いた。

「子供を産んでいたなんて、そんな話は誰も知らないぞ。戸籍もあるかどうか」

 

 それから、再び審神者の育成が待たれた。

 

 

 

 

 執務室の扉が開かれる。そこには、膝を突きながらこちらを睨む大倶利伽羅がいた。静かな昼下がり、不機嫌そうに、机に向かう女性を見る。

 男物のダークスーツを室内でもジャケットまで着込んだ、長い黒髪を括り上げた女性だ。これまた黒い革手袋を嵌めた彼女が筆を動かしていた。そんな彼女に、本日の近侍の彼はいう。

「おい、誰か来ているぞ」

「あぁ、朝にもいってたお客だよ。私の師父の部隊の大倶利伽羅」

 そういって、左手で書き付けていた筆を硯に置く。卓袱台に手を突くと、彼女は首の骨を鳴らしながら彼に続ける。

「師匠の話によると、焦げ茶っぽい表に派手な赤い裏地の着流しで刀を引っ提げてくるって聴いたけど。その通りの格好だったか」

「あぁ」

「なら通していいよ。師匠と向こうの大倶利伽羅を使いにして情報の交換をする事になってたんだ。ちょっと準備してくるから、誰かに応対させておいて」

「……わかった」

 そういって、ジャケットを脱ぐ。シャツも黒い。まるで塗り潰すような黒だ。若い女の柔肌に、その黒さは痛々しい程沁みていた。大倶利伽羅は、障子を閉めた。

 

 茶は、厨にいた鶯丸が淹れたものだ。湯飲みを手にする、向かいの大倶利伽羅はいう。小脇にはやや大きめの風呂敷包みを置いていた。ここの自身よりも、やや老成した雰囲気を帯びていた。着ている黒鳶色の表地と猩々緋の裏地、それを締めるくすんだ赤の帯。それを何て事のないように着こなしている目の前の自身とは、確実にこの世界に顕現した年数の差を感じる。いつも通りの学生服を極端に崩したような服で卓袱台の向かいに胡座を掻くこちらの大倶利伽羅に、今日の客――審神者の師父の部隊の大倶利伽羅が、僅かに苦笑めいた表情を見せた。審神者は何かに手間取っているのか、まだ来ない。

「こちらの光忠でも呼んでくればよかっただろう」

「……こちらのあいつは遠征中だ」

 どうやら、こちらが明らかに疎んでいるのを看取しているようだ。それも気に喰わず、眉を顰める。そも、鏡に直面させられ続けているようなものだ。人間でいえばドッペルゲンガーに等しい。彼は間違いなく自分であり、しかし分霊であるから――ある審神者は「コピーペースト」と表したそうだ。「改変されて然るべき存在」だと――、現世で過ごしているうちにそれぞれに差異が生じる。それぞれの審神者の元で少しずつ異なる人格を育み、人間関係を築いていく。まず審神者が千差万別なのだから、それと接する刀剣男士の性格が変わっていくのも当然だろう。ヒトの姿を模せられているのだ、他人とは自分を写す鏡である。実際、目の前の大倶利伽羅は、ここの審神者の師父の元に顕現して20年経つ。中々に個性溢れる師父らしく、目の前の分身はより落ち着いた性格をしているようだった。一方、自身は彼に比べれば顕現されて日も浅い。加え、ここの審神者は実年齢よりもぱっと見の年頃よりも落ち着いている。「反抗期の少年のような気質」といわれる自身である。落ち着いた態度で接せられるとかえって落ち着かないのが本音だ。傍から見れば、一卵性双生児の落ち着いている方と落ち着かない方、と見えただろう。「主の師父のところの大倶利伽羅が来た」という事で、客間の前を短刀の影がちらついていた。ついでにいうと、あのポニーテールは恐らく青江だろう。あとで殴ろう。笑いを堪えている様子の目の前の自身に、ばつが悪そうに話しかけた。

「……ウチの主が手間取っているようだ。余程の大荷物らしいな」

「この様子だとどこかで虫でも発見したのかもな。ここの主は大の虫嫌いだぞ。悲鳴も上げられずにひとりで対峙しているところなのかもな」

「……そうなのか」

 思わずきょとり、目を瞬く。目の前の大倶利伽羅からもたらされた情報ははじめて聴いた話だ。障子の向こうで顔を見合わせている者達がいる。「確かに主は超虫嫌いだよ、最初の頃は俺がよく駆除してあげてたし。ちょっと俺様子見てくる」と小声で囁く初期刀の声が聞こえてくる。その前にお前が接待しろ、といいたかったが打刀の機動は速かった。舌打ちすると、何を思ったのか。目の前の大倶利伽羅は肩を竦めた。

「いっておくが、俺はここの審神者とは昔からの付き合いだ。ここの審神者の師父……養父は俺の主でもあるからな。専ら本丸で過ごしていた主がここの審神者をウチの本丸で育てていたんだ。ウチの部隊では周知の事実なだけだ」

「そうか」

 いわれてみればそうか、と思い出す。先程から待っている審神者の師匠を師父、と表現しているのは単純な話だ。この大倶利伽羅の主は、この部隊の審神者の師匠兼養父なのだ。元はといえば、その師父は同じ師匠筋の門弟であり、そしてその師匠の娘が、ここの審神者の実母だったという。実父は不明。そもそも子供がいたという事実すら、こんのすけぐるみで隠蔽していたというから、これをここのこんのすけから聞かされた時は不可解に思ったものだ。尤も、その後に聞かされた、20年近く前に起きた「本丸同時多発襲撃事件」の方に気を取られてしまったが。

 現在、検非違使の出現もあり一時勢力を弱めていた歴史修正主義者が勢力を再び強めたのは、偏に20年程前に起きた、審神者の殺害事件の為だ。殺害された審神者は50名を下らず、本丸の座標が特定された原因も、彼らが同じ師匠筋――ここの審神者の師父と同じ門弟達が軒並み被害に遭った原因もわかっていない。ただ、「自分達の主を死なせてしまった」という事実は、破壊された、あるいは破壊され損ねた刀剣男士の有り様を歪めるのに充分だった。結果として、大量の戦力を敵方に提供してしまったのである。

 そして、その師匠の娘。彼女もまた審神者をしていた。だが彼女も殺された。偶々救出に向かったのちの師父の部隊は生存者は絶望的、と思っていたところ、見つけたという。茶室の棚から、小さな小さな少女を。

 それが現在、ここで審神者業を営んでいる主だという。戸籍のなかった彼女は、城の中がほとんどぼろぼろになりながらも1部の資料から生年月日を推定、それで戸籍と名を与えられ、保護者となったのが現在の師父だ。ほとんどが死んだ同じ門下生の中で、そのひとりの面影を強く残す少女は、師父に感傷を抱かせるのに充分だった。そしてそんな主に同情の念を寄せ、ほとんど本丸で過ごす少女をそこの刀剣男士達もかわいがり、時には叱り、育てた。

 かくして本丸生まれと思しき彼女は、そのまま本丸で育ち、義務教育を終えた現在。学校と本丸を行き来する生活を送っている。

『最初から、政府には“この子が長じたら審神者にさせるので自分に育てさせてください”っていっていたんだそうだ』

 なぜ実年齢の意外な若さにも関わらず、審神者をしているのか。それに対しての問いかけに、審神者はどこか他人事のようにいっていた。それに、なぜか大倶利伽羅は無性に腹が立った。

 どうでもいいはずなのに。

「それで、ここの審神者は元気にしているか」

「……俺としてはどうでもいいが。まぁまぁじゃないのか」

 問われ、回想の海から脱する。足音が近付いてきた。「主、あんな虫に臆してどうすんの!」「怖いものは怖いんだ!!」というやり取りが聞こえてくる。どうやらこの大倶利伽羅の予想通りだったらしい。「ほら、あの通りだ」と顎を示せば、目の前の自身はひどく安堵した様子で微笑した。そう、笑んだのだ。鏡の中の自分が笑ったようで気持ちが悪い。そうはっきり顔に出すと、再び彼は肩を竦めた。

「まぁ、『ここの』俺はそれで丁度良いな。俺としては、妹のようなものだから」

「御免御免、お待たせ。あれ、大倶利伽羅。結局お前が廣光兄ちゃんの接待してくれたの」

 先程と変わらぬダークスーツ、しかしやや髪を振り乱した様子なのは虫と格闘していたかららしい。「とりあえずあんたは部屋に虫除けを置いておけ」と、大倶利伽羅は立ち上がりながら客間を辞した。

 それが、「廣光兄ちゃん」とこの日会った最後。背を向けた大倶利伽羅は気付かない。もうひとりの自身が、彼の腕まくりした左腕と、入って来ながら「内緒話するから離れてて」と刀剣達を散らす審神者の左腕を見た事に。

 

 

 

 拒否してもいいんだぞ。師父がいう。しかし、それが彼の立場をとても悪くする事だと、わかっていた。だから、笑って頭を振った。あまり表情筋の動かない方だが、それでも笑顔は特別母親似だといわれた。

 父親について、言及された事はない。それが、証左。

「大丈夫だよ。人手が足りないんだろ。それなら買い手市場じゃないか。一生拘束されるといっても、就職すれば似たようなものだもん」

「……本当に、悪いな」

「だから謝らないでって。寧ろ感謝してよ。政府からの報酬で学費だって払えるんだから」

「あぁ、それは確かに」

「熱い掌返し!」

 笑っていえば、「何じゃ、楽しそうじゃのう」と師父の初期刀が盆を片手に顔を出す。進路相談、それもこの本丸で行われていた事だ。

 

「見習い期間も、そういえば免除されていたな」

「引き取られた当時から、師父の本丸で生活してたからな。今更だ。それで、この荷物は」

 話を終えて、廣光が卓袱台に載せてきた風呂敷を見遣る。それはここの大倶利伽羅ならば、彼が最初から携えていたものだと指摘できただろう。今は人払いしており、障子の前にも誰もいない。その中で、差し出された風呂敷を見遣る。ごくありきたりな、緑の唐草模様の風呂敷包みという、ある種のステレオタイプともいうべき風呂敷だ。恐らくこれは師父のユーモアだろう。苦笑しながら、広げる事に許可を求める。廣光は、少しだけ笑んで許した。

「お前の師父から、審神者になった祝いに、と。忘れていたそうだ、渡すのを」

「祝いにって……これ、子供用の着物じゃん」

 そういって、審神者は広げる。黒い革手袋越しにも、中々上等な反物だとわかる。しかし、それは女性にしては大柄な方の審神者にしても小さなものだと直ぐにわかった。

 白地に青と赤の模様。帯もついている。帯も上等な仕立てだとわかるが、それよりも審神者が気になったのは、子供向けにしては少々大人っぽすぎるその意匠だ。矯めつ眇めつ、それを見る。

「それに、何でこの着物、竜のデザインなの。子供向けならもっとこう、かわいいものとかさ」

「それは、俺がお前を見つけた時に着ていた着物だ」

「――……」

 声を低める。目を瞠った。金色の目が、こちらを静かに見ていた。まだ顕現したばかりのこちらの大倶利伽羅と異なり、20年の歳月を感じさせる。年功が、そこにあった。

 刹那、脳裏を掠める。審神者の頭に浮かぶのは、とてもとても朧気な記憶。夢だと思いこんでしまえばそれまでの、手から零れてしまうもの。

『隠れん坊だ。ここで誰かに見つかるまで、息も声も潜めていろ。……   が見つけたら、お前の勝ちだ。好きなようにしていいぞ』

 その台詞を喋ったのが、「誰」だったのか。今ならわかる。そして、自分は永久に勝てないし、既に勝っている。そんな矛盾の籠もった隠れん坊を仕掛けられたのだと思い知る。廣光は嘆息する。

「恐らく手縫いか、職人に誂えさせたか……ウチの主曰く、お前の実母は相当な着道楽だったらしいからな。それは手はじめだ。成人式までに、形見分けでウチの主がしまっておいたお前の母親の着物を贈って寄越すつもりだそうだ。着付けは……ここの次郎太刀にでも聴いてみろ」

「……廣光兄ちゃん」

「次は誰が使いになるかはわからん。だが、ちょくちょく顔は出させて貰うぞ。特に、ここの『俺』は少し、危うい」

「……今のところ、普通に戦ってくれているけど」

 審神者は、自身が兄貴分のひとりとして慕っている彼の言葉の意味がわからず、怪訝そうに首を傾げる。

 確かに、今まで自分が親しんできた刀剣達と、新規に顕現させた刀剣達は違う。けれどそれは既にわかっている事だ。本来は大倶利伽羅は、ここまで人と話す刀剣男士ではない。今日は偶々近侍にさせていたが、それも嫌々そうだった。そういえば昔の廣光も、自分が懐きに行ってもろくに話しかけてこず、ただ好きに遊ばせていただけだった事を思い出す。そういう気質なのだと理解しているつもりだ。その上で指示に従ってくれているし、今のところ強い衝突もない。特に問題はない――そう、感じていた。

 だが、廣光は頭を振る。

「そういう問題ではないんだ。お前はわからなくていい、……いや、わからない方がいい事だ。ややこしい事になる」

「ややこしい」

「俺達が猫かわいがりしたせいもあるだろうが、お前は色恋が得意ではないだろう」

「――へ」

 口を半開きにする。それを見て、廣光は苦笑を広げざるを得ない。この少女は、まだ成人すらしていない。23世紀でいえば「女子高生」に当たる身分だ。見た目こそ20代程に見える長谷部のような類だが、実年齢と精神年齢はそれなりに相応していた。男所帯で暮らしていた弊害だろう。極端にそういった事に鈍い一面がある。

 そう、たとえ、自分が兄として慕っていた廣光と「同一の」分霊である大倶利伽羅に、少なくとも関心を示されている事に気付かない程度には。

 想像もした事がない、という様子で、彼女は頭を振る。

「だって、大倶利伽羅は……」

「その先はいわなくていい。……だが、こちらの『俺』は与り知らぬ事だ。分霊は既に別人。俺も知識でしか知らぬ事だ。加えて。お前は、ここで誰にも肌を見せていないだろう」

「……もう、癖になっちゃってるし。ここのこんのすけは、飽くまで中立だから。師匠のところのこんのすけみたいに抱き込みとか、そういうのはできそうにないし」

 そういって笑う、彼女は常にない弱気そうな表情だった。それは廣光達ならばそれなりによく知っている顔だ。だが、大人びた顔立ちの彼女は硬質な表情ばかりしかここの刀剣達は知らないだろう。その理解を深めていく事が重要だと、廣光は考える。

 但し、「大倶利伽羅」だけは駄目なのだ。彼とは、主従関係や友人・仲間などのそれ以上の関係になってはいけない。なぜなら――

「――あれ、これは」

「あぁ」

 広げていた着物から、1枚の紙片が落ちる。それに、見覚えがあった。自身の方へと落ちてきたそれを、廣光は片手で拾い上げる。

 墨筆で書かれたメモ。墨は1000年の永きに耐えるという。ほんの20年もない期間では、掠りもしていない。ただ、乱れた筆致が、この時に「彼」が書いた時の心身共に生じていた動揺を示していた。

 それを、彼女に渡す。これは、嘗て自分があの、本丸の前を陣取っていた大太刀から受け取った紙片だった。左手で受け取る彼女に、廣光はいう。

「ただの手紙だ。お前の実母のところから出た、歴史修正主義者からのな」

「――これって」

「これぐらいしか、お前の親の形見といえるものはないんだ」

 言外に、謝る。子供用の着物と、反故にされたような紙片に書き散らされた墨筆。しかし、彼女はしっかりと、それを見詰め、着物を握った。

 これらが今の自分を形作っているのだ。彼女はそう思うと、涙を浮かべたくなった。そして同時に申し訳なくなる。

 手袋の下のそれを、弱点と思っている自分に。

 

 

 

 気のない様子で、大和守が背中合わせの加州にいう。

「へーぇ。エーテル体で不妊手術成功、だって」

 23世紀。様々な情報媒体やデバイスが出回っている。いまだに紙媒体を溺愛する者もいるらしいが、少なくともここの本丸は電子媒体に偏重していた。審神者がまだ10代であるのも手伝っているのだろう。陸奥守も支援して、積極的に新しい情報媒体が取り入れられている。その中で流れたニュースのひとつに、大広間の隅にいた大倶利伽羅はふと耳を傾ける。客間の「廣光兄ちゃん」と審神者の面談はまだ終わっていないようだった。先程帰ってきた燭台切が新しく茶を出しに行ったのを見送ったのが最後だ。その中で、「沖田組」と称される二口は、片方の言葉に「なにそれ」と顔を向ける。

 彼らの体を構成する物質の名は、嘗ての科学の基礎となった錬金術からとり、「エーテル体」と仮称されていた。仮称は仮称のまま定着しようとしている。それが医療や科学、それ以外に様々な分野で大きく進出している事は、この本丸でも知られている事だ。審神者の中には、歴史修正主義者に襲われて失った片足をエーテル体で、まるで元と同じ足を構成した者もいるという。それは21世紀、細胞に関する技術が開発された時のような躍進ともいわれていた。

 それの技術の粋が自分達刀剣男士なのだ。あまり自覚はないし、大倶利伽羅は加州の気のない様子にも納得がいく。自分達は戦えればそれでいいのだ。刀を抱えて壁により掛かっていた大倶利伽羅の耳に、大和守が続ける。手にはデバイスがあった。それを示して彼はいう。

「何でもさ、病気で赤ちゃんを作るところを丸ごと摘出しちゃった女の人に、丸ごと再構成して移植して、そのまま出産まで至ったって。因みにこの時生んだのは双子だってさ」

「何それ凄すぎない」

「ね。でもこれで凄いのはさ、卵子を作るところも再構成出来る事なんだってさ。クローン細胞ともまた違うんだって」

「どういう事」

「僕達付喪神と同じく、その人の体の記憶、っていうか遺伝子を読み取って、その人が新しく子供を作る為の臓器を作り上げるんだって。仕組みはよくわかんないけど、つまりその人の中でまた新しく何かが作れるものを、失う前と同じように作れるって事だよ。生まれてくる子供は紛れもなくその人の子供なんだってさ」

「……俺達が眠っている間に、随分人間って科学を進歩させてんだねー」

 どうやら加州にはぴんと来なかったようだ。無難な結論に落ち着いている相方に不満があるらしい、もっと真面目に聞けよと猫の喧嘩に発展しそうな二口を余所に、大倶利伽羅は考え込む。

 ――本来、子供を作る事が出来ない者に、子供を作る部分を与える。

 それは、神の所業に等しいのではないか。自分達も「神」と呼ばれる存在だが、それは畏れ多い事に思えた。そして同時に思う。

 自分達刀剣男士にも、人間と同じ「生殖機能」がある。少なくとも、恐らく限りなく近いものだろう。政府もこんのすけも何の説明もしていなかった。だが、もし異性と性交渉を持った場合、果たして子供は出来るのだろうか。時に行われる「花街」遠征だと、相手をする女性達は全て避妊をしていると聞いた事がある。それはつまり。

「――あーっ!」

 大倶利伽羅が考え込んでいる間に、喧嘩に発展していたらしい。何かが弧を描いて飛んでいった。デバイスだ。それは天井を掠める事もなく、見事に飛んでいった――池の方へと。

 ぽちゃん。

 沖田組が縁側へと駆けつけ、慌てて靴と下駄を履こうとする。

「ちょっ……あれ防水だったっけ!?」

「わかんない、けど池にもの落とすなって前に主に」

「そうだよ、全く。何をやっているんだお前らは」

「わ、主!」

「――」

 悠々と、池の方へと歩いていく。女性としてはやや低めの声は、池の方へと向かっていた。大倶利伽羅も思わず顔を覗かせる。見ると、そこには既にあの廣光の姿はなく、スーツのジャケットを脱いでいる審神者の姿があった。何を考えているのか躊躇いもなく駆け寄っていく審神者は、ジャケットを加州達の方へと放る。

 そして池を覗き込みながら、左手の革手袋を外した。そして袖を捲る。思わず目を瞠ったのはいうまでもない。審神者が顔以外の肌を見せるのは、それがはじめてだった。

 そこにあったのは、日に焼けた様子のない白い女の腕だった。やや逞しかったのは、審神者が剣道を嗜んでいるせいかも知れない。彼女は袖を大胆に捲った腕を池に突っ込むと、躊躇いもなく引き揚げる。そこには水浸しになったデバイスがあった。「あーもー、藻まみれ」と顔を渋くさせる。そこに、燭台切がどこからかタオルを持って駆け寄ってきた。先に審神者の左腕を拭いてやるが、「先にこっち拭いて」とデバイスを差し出してくる。水浸しのそれは、何の変事もなかったようにニュース画面を示し続けていた。どうやら23世紀の科学技術は防水に関しても他の追随を許さぬようだ。デバイスを沖田組に渡すと、「喧嘩するのは構わないが、こういうのはやめろ」と腰に手を当てて叱る。しかし、2人とも、そして大倶利伽羅も、どちらかというとその左腕の方に注目していた。

 はじめてだ。手袋を外したのは。

 常に手袋を嵌めている刀剣男士は珍しくない。しかし、審神者は一般人の筈だ。彼女が常にダークスーツと革手袋という服装に身を包んでいる理由がわからなかった。初期刀の加州ですらそうだったらしく、「主、はじめて腕まくりしたね。それに手袋も」と呆然とつぶやく。それに、審神者は苦笑しながら腕を拭いた。腕の匂いを嗅いで顔を顰める。踵を返して私室に向かう彼女は浴室に入るつもりだろう。そのままで、彼女は答える。白い顔を示しながら。

「ほら、私はこの通り色が白いだろう。とても日光に負けやすいんだよ。だから、出来るだけ露出はしたくないんだ」

「でも別に、黒革手袋である必要はあったの」

「白い革手袋よりは入手しやすいし。それに革手袋の方が日常の動作がしやすいしね。それに合う服装ってなると、無難なところでスーツぐらいしかないんだよね。学校は幸い女子もネクタイのブレザーだから組み合わせとしてはマシな方だけど」

 どうやらファッションにはそれなりに拘る質らしい。誰の影響だろうか。大倶利伽羅は他人事のように思う。その中で燭台切が預かったデバイス片手に彼女の背中を押す。スーツといい手袋といい、そういえばファッションが彼と似ている気が大倶利伽羅にした。年の近い父娘といったところか。そんな事を大倶利伽羅が考えている中で、「ほら、池の臭いが取れなくなっちゃうよ」と審神者の背中を押す。彼は優しく笑っていた。

「向こうのくりちゃんの湯飲みとかなら僕が片付けておくから。それにしても結構長話していたようだね」

「何せ兄貴分のひとりみたいなもんだからな。お前達は私にとって新たな仲間だがな」

 そういって「デバイスは拭いておくように」と沖田組にいう、彼女の笑みは、確かに審神者になるべき人材に思えた。

 そして、彼女にとても似ていたという母親を主としていた刀剣達の苦しみを想う。もっと柔らかな雰囲気だったらしいと、話に聴いていた。だがもし同じような、人を、神を惹きつけるやり方を門弟達が持っていたとしたら――20年前の打撃は相当だっただろう。大倶利伽羅は、背筋を伸ばして歩み去る彼女を眺めていた。それを、周囲がにやついた目で見遣っている。

 大倶利伽羅が審神者を特別視している事は、周知だった。

 

 

 

 

 

 

 肌が弱いのは本当だ。ただ、本当はプールで塩素負けをする程でもない。体育の授業では、必ず上だけは長袖を用いた。師父は常に先手を打って、学校側には「事情がある」と説明した。それだけ、肌を露出する事は避けたかった。

 20年近く前のあの日、審神者になる事が決定づけられ、そして刀剣男士達と接触する事が避けられない事態だとわかっていても。

「証拠を掴んだら、容赦なく実験台にしてきそうだったしな。特にあの頃はまだ技術が確立しきってなかったし」

 ひとりごちる、審神者は私室の浴室。そこでスーツを脱いでいる。池の藻のにおいがつきそうだ。ついでに風呂に入ってしまおう。そう思いながら洗濯籠に服を脱いでいく。浴室の扉を開いた。右手で開いた方が簡単な構造の扉だが、つい左手で引いてしまう。左利きというのはこういった時に不便だ。剣道の時も、右手で持つように直されたものだ。尤も、稀に自身も剣を振るう時は、隣の刀剣男士に刀がぶつからないように気を遣うので結果としてはよかったが。そんな事を思う審神者は、既に全裸だ。髪も解いている。脱衣所の鏡に、浴室に入っていく彼女の背中が見えた。

 彼女の右腕を縛るような、倶利伽羅竜。肩の裏には、その堂々たる髭の顔が刻まれていた。

 

 最初は痣だと、師父は思っていた。しかし、自身の大倶利伽羅が、彼女の本丸の前で待ちかまえていた「黒い煙を纏った大太刀のようなもの」から渡された手紙。そして、着ていた着物の柄、母親にあまりによく似た容姿、大倶利伽羅は磨り上げ前は大太刀であった事――それらが、彼女が紛れもなく人間とエーテル体の合いの子であるのを示していた。あの刺青は、遺伝情報に刻まれていたらしい。年を追う毎に、容姿は全く似ていないにもかかわらず、「父」の印が右腕に浮かんでいく。大倶利伽羅は右手で太刀を振るう。利き手の反対側に刻まれた刺青――それと相対するように、左利きだった少女の右腕に、それは現れていった。

 水遊びは本丸に設置したビニールプールで。水着はウェットスーツのみが選択肢だった。痣というにはあまりに鮮やかで細やかなそれは刺青にしか見えず、そしてそれを万が一にも政府に知られた日には根掘り葉掘り聞かれるだろう。そして、誰が父であるかも。

『全身がエーテル体の者との子供は作れるのか』

 それが、このところの政府の思案だった。要は、「神」である刀剣男士から種を貰えないかと考えていた。幸い、刀剣男士は軒並み容姿が優れている。女性の審神者と恋に落ちる事など珍しくなく、偶に同性同士でもあり得る。ならば積極的に「それ」の奨励を行い、そして出来れば生まれた子供は政府に引き取らせて欲しかった。これからの「医学の進歩」の為にも。――21世紀程の深刻な少子高齢化は逃れられたものの、やはり人は減っていたのだ。

『すまん。問題を先延ばしにしただけだった。あの時、お前を政府に引き渡したくなかった』

 審神者になってくれ。そういった時、師父は土下座した。それが、彼女には申し訳なかった。あまりにも、申し訳なかった。……今は先程、タンスの中に仕舞ってきた風呂敷包み。その中に鎮座している子供用の着物と、書き付けられた手紙。それらを思い出しながら、彼女は思う。

 こんのすけを抱き込んでまで、自分を生んだ母。本丸が襲われ、恐らく真っ先に殺された母。そんな中、歴史修正主義者、もしくは検非違使へと身を落としながらも、自分の「娘」を隠す事だけは頭に残っていた。

 あの時にいわれた言葉を、もう1度思い出す。

『隠れん坊だ。ここで誰かに見つかるまで、息も声も潜めていろ。……父さんが見つけたら、お前の勝ちだ。好きなようにしていいぞ』

 黒い煙と骨を纏い、声は金属音が混じりはじめていた。それでも、父は――あの大倶利伽羅は、茶室にそっと自身をしまった。何もわかっていなかった自身は、そのまま眠ってしまった。

 あの隠れん坊は、本当はいまだに終わっていないのだ。あの時自分を見つけたのは「廣光兄ちゃん」であり、屹度、父はいまだ彷徨っているだろう。ノズルを回して、彼女は思う。

 もし、「大太刀」の敵に会ったら。――父がいまだ、嘗ての意志を有していたら。

 それと、今の自身の仲間となった大倶利伽羅が接触する事は、避けたかった。「廣光兄ちゃん」にも。

 

 出来れば自分の手で葬りたかった。再び付喪神になる事もなく、人間にも刀に戻る事もなく。ただ静かに眠って貰って欲しかった。自身の出自を知ってからは、自分が人間かそうでないのかわからない自分が望むのは、ただそれだけだった。

 

「……池の清掃、こんのすけに頼むかな」

 ひとりごちる、審神者は左腕のにおいを嗅ぐ。両腕共に白ければ、こんな風に悩む事もなかったのに。審神者は嘆息した。

 その姿は、ヒトそのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日、密やかながらも自分達は誕生を祝った。

 刀剣男士総出での出産。生まれた子は、僅かに右腕に痣が見える以外には、母親にとても似ていた。

 駆けつけてきた大倶利伽羅。彼は無言で彼女と子を見詰めていた。

 

 そして、微笑んだ。

 

 

 

 

End.

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