▼なんとなく設定は「付喪神は鋼鉄羊の夢を見るか【女審神者+大倶利伽羅】」(くりさに、女審神者と三口の大倶利伽羅)と同じ時代。同じ事件が発生しています。
え、と彼女は顔を上げる。実家が中華料理店らしく、彼女の作った炒飯は旨い。畑内番のあとに小腹が空いたと主張した彼らに与えられたそれは殊更旨く感じた。それを頬張る2振りの「打刀」から聞かされた話に、審神者は面隠しの下の目を瞠った。
「たぬき、和泉守。あんたらって太刀男士だったんだ」
「おう」
「強くて格好いい流行の太刀だったぜ」
前者の回答は簡潔、後者は長い。しかし答えはどちらも是だ。どちらも飯粒を頬につけているのが間抜けである。特に和泉守はなまじ華やかに整っている為、その落差がひどい。食い散らかす様は同田貫の方が堂に入っている。堀川の存在、大事。常に彼の身だしなみを整えている堀川は和泉守兼定フェチだと審神者は認識していた。ひょっとしたらフィギュアの類を与えたら案外趣味にしてしまうかも知れない。それぐらい、和泉守の頭の天辺から爪先まで整えているのは堀川だ。こんのすけに頼めば気軽に出された、20年前の資料。当時の記録を辿れば、確かに今は打刀に磨り上げられている何口かが、この頃は太刀に分類されている。それに、審神者は目を瞬く。
本来は神職の家系ではあれど、20年前の「本丸同時襲撃事件」にて兄以外の家族・親族を失い、ひとまず義務教育を受ける為に養子に出された。その先が下町の中華料理店だった。養父母は良くしてくれたものの、審神者になる話が浮かぶまでは歴史に関しては学校の授業程度しか知らなかったのが実情だ。襲撃を返り討ちにし、難を逃れた兄としては、幼い妹に出来るだけ審神者にさせないようにしたかったのが本音だったとは、中学時代の見習いを経、5年のブランクを置いてから正式に審神者に着任してから聞いた話だ。そんな兄が、弟子として同じ門弟の審神者が密かに産み落としていた子供を、審神者にするべく育てていた――というのはまた別の話である。閑話休題、デバイスの資料を眺めていると、皿を半分程空けた同田貫が続ける。
「『本尊』から受け取った記録だとな。昔は歴史修正主義者が拠点としていたのは厚樫山までだったんだそうだ。しかも当時は向こうが優勢でな」
「へぇ」
「ただ、検非違使が出てきてからは話が変わっちまったんだ。あんたにとっちゃ検非違使はもう当たり前の存在かも知れないが、当時は中々に衝撃的だったぞ。今まで相手にしていた奴を横合いから斬りつけて、『時代遡航自体がけしからん!』ってこっちにすげぇ物量攻めで来るんだぜ。政府がバックについてて、補給も『形』もしっかりしている俺らはともかく、それで歴史修正主義者が数を減らした……で、向こうもやり方を変えてきたんだよ」
そういう、和泉守はレンゲを片手にいう。青い目が真摯だった。口の端についている飯粒は相変わらず間抜けだったが。和泉守の言葉を受け取り、デバイスをめくる。そこには、当時の戦況の記録があった。
――刀剣男士と検非違使の物量攻めに遭った歴史修正主義者。彼らは戦略的に不利になり、ゲリラ戦へとやり方を変えた。ピンポイントで歴史を変えようとしてきた。その多くが「夜襲」という形で。
審神者はそこで肯く。「太刀男士」だった頃の同田貫と和泉守。彼らは夜戦では非常に不利だ。ましてや夜戦では重要視される遠戦が出来ない上に機動が遅い。池田屋の記憶以降では打刀以下の長さの刀剣が重要視されるのはこの為だ。審神者はいう。
「『闇討ち、暗殺お手の物』。最長打刀、最短短刀の方が懐に飛び込んで一撃必殺出来る。でも少々、これからの戦いを考えると打刀以下の数が心許ない。それで、『本尊』から許可を下ろして貰って、あんたら3人が打刀に磨り上げられた、と」
「池田屋っつったら俺達新撰組の縄張りだぜ。俺だけ仲間はずれの形になっちまってたからな。打刀でも充分戦えるし、格好いいのは変わらないだろ」
「あーうんそうだねー」
「おい棒読みやめろ。……同田貫は何でだっけか。戦える場所が欲しかったんだっけ」
「おう。打刀に磨り上げられたぐらいじゃ、俺の刃の威力は落ちねぇよ」
飯粒はそのまま、レンゲで胸を張る和泉守は、確かに見てくれや面倒見はほれぼれする程男前だと審神者は感じている。ただ、それゆえの時たまやらかす慢心は勘弁して欲しいものだ。そう思いながら同田貫に目をやれば、彼は皿を口に当てて掻き込んでいる最中だった。真っ直ぐな言葉は、彼を顕現させた時の直刃を思い出させる。量産品とは思えぬ程の真っ直ぐな刃紋は、彼女には美しく思えた。顕現した時の驚く程無骨な青年に当初は驚いたものだ。尤も、今は納得している。御手杵と同様、「無用の長物」扱いだった彼らが最も戦を求めているのを。御手杵も、その威力と数の少なさゆえに今のところ槍男士のままだが、ひょっとしたら脇差に磨り上げられても構わない、ぐらいは思っているかも知れない。今度、怖いもの見たさにでも聴いてみようか。そんな事を思いながらデバイスを捲る。この記録は、20年前から審神者をやっている実兄の部隊のものだ。だからこそこんのすけも気軽に情報を渡してきたのだ。その中で、不意に目を引くものがあった。
太刀から打刀への磨り上げ。ともすれば歴史修正主義者や検非違使のように根本的な改造という「荒御魂」に陥りかねない、危険な行為。それを受け入れた刀は、池田屋の記憶の改変阻止に固執した和泉守。戦の為に柔軟に受け入れた同田貫。そして、もう一口いる。それが、あまりにも意外で、唐突に思えた。なので「おい余したんなら炒飯寄越せ」「てめぇが喰うの早いんだよ」と子供の喧嘩をはじめている二口に、審神者は尋ねた。それを指差しながら。
「ねぇ。あんたら二口はまだわかるんだけどさ。何で、大倶利伽羅まで打刀に磨り上げられてるの」
「あぁ、気になるか。やっぱ」
「当時の俺達の間でも、ちょっとざわついたもんだな。そういう訳で大倶利伽羅、主に馬当番の褒美に炒飯作って貰う代わりに教えてやったらどうだ」
「……どうでもいい」
いわれ、顔を上げる。和泉守が皿を庇いつつ、目敏く縁側を見ていた。そこには、丁度内番を終えたらしい。大倶利伽羅が首から手拭いを下げて歩いてきていたところだった。エーテル体の体でも汗腺はあるらしい。汗を拭う仕種をしていた彼は、庭に顔を背けた。「打刀男士」の一口、大倶利伽羅が嘗ては太刀だった事を、審神者はこの時にはじめて知った。
「教えてやらないのかい。大倶利伽羅」
「そこを退け、鶴丸」
真っ白い太刀男士が、縁側に寝転がっている。大倶利伽羅の私室の真ん前を陣取って。審神者に作らせたと見える月餅が、鶴丸の口元を汚している。どうにも今日は口を汚している刀剣に会う日だ。そんな事を思う。先程、香ばしいかおりに誘われて覗いた部屋では、懐かしい話をしていた。時代を遡り、前線に出るようになった「大倶利伽羅」が、太刀から打刀へと磨り上げられ、もう20年経つのだ。「本尊」の自身が、政府からの要請を受けて承諾した時の気持ちを、鶴丸の言葉で蘇らせられる。沼に石を放り込んだように、それが舞い上がる。肩に提げた手拭いを握りしめた。
……どこかの自分。恐らく、20年前の襲撃事件で記憶が本尊へ「還元」された分霊だろう。その中で、自身はこことは別の部隊で囲まれていた。鶴丸に、燭台切だ。彼らは一様に、今回の決定を突然知らされた。特に驚いたのは鶴丸の方だった、というのが印象に残っている。燭台切は燭台切で、自身の肩を掴んできていた。ただでさえ体格差があるのに、揺さぶられて酔いそうだ。その感覚も蘇り口を押さえる。音は聞こえない。しかし、唇の動きで何をいっているかはわかる。
なぜ、打刀になるのか。そんな気を起こしたのか。政府が決めた事なのか、それとも自分自身で決めたのか、……
これは恐らく、当時のどこの部隊でも行われたようなやり取りだろう。当時の和泉守や同田貫もそうだった。特に堀川の反応は部隊によって喜んでいたりかなしんでいたり、区々だった。その差はどこで決まったのか、当時も今も大倶利伽羅にはわからない。ただ、今の「堀川国広」は「兼さんは兼さん」と、打刀に磨り上げされた現在も慕っているのはどこも変わらないらしい。どこまでも堀川は堀川だ。一種の呆れも覚えながら、自身が答えたひとつを思い出す。
『俺とゆかりのある長谷部も嘗ては大太刀、今は打刀なんだ。俺も昔は大太刀だった、磨り上げされても可笑しくないだろう』
『それは理由になってないよ!』
全くだ、と同意したのは通りすがりの長谷部だ。長谷部は腕を組んで嘆息する。しかし、その眼差しは真剣だ。
『敵が刀種を問わず銃兵や弓兵を装備できるのは、“歴史改変”を受け入れているからともいわれている。大倶利伽羅、政府に何をいわれたかは知らないが、理由なき磨り上げは聞けんぞ』
『……俺達が阻止するのは“これまで”の歴史の改変だ。所詮は分霊の俺が“これから”磨り上げされようと、歴史に影響はない』
「全く、昔からお前は素直じゃなかったなぁ」
同じ記憶を共有しているのか、それとも磨り上げが余程に驚かされた事だったのか。鶴丸が胡座を掻く。縁側が飽いたので靴を脱いで上がれば、月餅を加えていた鶴丸が、湯飲みを片手に笑って見上げる。見た目は清楚な少女、中身は好々爺。この太刀との付き合いも随分になる。そんな彼を見下ろしていると、鶴丸は口で弧を描いた。
「お前は、ただ池田屋の記憶に行きたかった。それだけで打刀に磨り上げされるのを了承したんだろう。――どこかの本丸で、光忠に問い詰められて白状していた。何せ、池田屋方面は『太平洋戦争阻止布石部隊』なんてのがいる。実際、池田屋事件が起きなければ、日本は戦争に参加する事はなかったといわれている。大倶利伽羅。お前は、それで虚心ではいられなかったんだろう」
弓のような笑みだった。しかし、目元はどこか、かなしげだ。
「光忠自身が焼けたのは地震のせいだ。だが、戦争で行方不明になった。見つかったのは21世紀に至ってからだ。絶妙な匙加減で、光忠は見つかったんだ。……それが、お前が打刀への磨り上げを了承した、たったひとつだけの理由だろう」
「……どうでもいいな」
障子を開く。この本丸には、まだ燭台切はいない。ここの審神者は、見習いから5年のブランクを経て、最近漸く審神者になった。まだまだこの部隊に刀剣男士は少ない。太刀も打刀も。それでも審神者はよくやっているし、初期刀の加州がフットワークの軽すぎる審神者の居場所を捜して走り回っているのは最早日常だ。高卒後も審神者にならず、実家を手伝い、抗争で銃弾が飛び交う中をチタン合金製の岡持ち片手にリペアムゲルの自転車で出前をしていたらしいから、足も速くなる訳だ。……というより、明らかに養子縁組先を間違えていると大倶利伽羅は主張したい。打刀に磨り上げされたにもかかわらず、その機動力で偶に背後を取ってくる審神者に23世紀の治安への不安と彼女の末恐ろしさを感じながら、彼は差し出された月餅を受け取った。手拭いを放る。
決めたのは、もう20年も前だ。まだ池田屋の記憶にまでは辿り着けていない。けれどそこに至る瞬間を、「太平洋戦争阻止布石部隊」と対峙する日を、ここの分霊としてやって来た自身は近い将来として夢想する。
奴らを屠れば――。それを、どの「打刀」大倶利伽羅も繰り返し、繰り返し経験している。部屋の中央、鶴丸に背を向けて胡座をかく。月餅をかじった。
背中合わせの鶴丸が、空を見上げていた。
End.