▼作中の小説は「暗/黒/館/の/殺/人」だった かな
▼審神者のご先祖は、1986年に孤島に台風で閉じこめられた際に生じた富豪一族の連続殺人事件の生き残りか次男一家の隠し子のひとりとか この審神者は本丸に着任する前に自らの先祖の事件を解決してるとか(「解決」とは、この場合政府に事実を明らかにしたという事であり、世間に一般公開される事ではない) 「最後に貰ったのは黄金の薔薇だったんだけどね。戻ってきたら青くなっていたんだ」
主の趣味は園芸だ。庭の草木の手入れは、畑の方もそうだが、主に主が行っているといっていい。特に彼が丹誠を込めて育てているのが、本丸の一角にあるアトリウムの花畑だ。そこの大半を占めるのは、真っ青な薔薇だ。聴けば、23世紀には自然界には存在しない「青い薔薇」の開発が進んでいるという。その中でも、藍より出でたように青さが濃いのが主の薔薇だった。主の執務室には通年で朝摘みの薔薇が飾られて、正式な場に出る際は胸元をその薔薇が彩った。そうでなくとも、立ち居振る舞いにどこか気品の漂う人なので、止ん事無き身の上ではないかと噂されているものの確認が取れていないのが現在の実情だ。そんな彼は、本丸に着任した際に持ち込んだ青い薔薇の苗の他に、最近は歌仙の為の牡丹や、次郎太刀の為の花を育てている。特に牡丹はそれなりに手間のかかる花の為、主は楽しそうだった。手間のかかる植物程、咲き誇らせた時に甲斐がある。ぶっちゃけ刀より花をいじってる方が俺らしいよね、と審神者としてギリギリアウトな発言をしてこんのすけに肉球パンチを食らったのは、刀剣男士は誰も知らない事だ。閑話休題、そんな主が「新しい花を植えたい」とこぼした時、同席していた三日月が、ふと、口にした。
「天竺牡丹」
「へ」
「ダリア、といったか。俺としては、あれが咲き誇るところが見たいな」
「あぁ、いいね。それでは万屋に行こうか。御手杵、丁度良かったからお菓子食べ終わったら一緒に行こう。力仕事にも強いだろう」
「おう」
茶をすする三日月の前で、柔らかい食感の菓子を頬張る。「貴婦人の指」という名がついている細長いスポンジケーキのようなものだ。もう少しまともな名前の菓子はなかったのか、とも思うが、イタリア菓子を好む主の為に頑張ったよ! といい汗を拭う仕種をする燭台切と歌仙の前では何もいえなかった。実際旨いからいいか、と御手杵は思いながら菓子を食って肯く。すると三日月は新たに貴婦人の指を手に取りながら顔を上げた。
「あぁ、なら俺も連れて行ってくれ。3人で、否、ひとりと2口か。そういう買い物も悪くないだろう。力仕事もそうだが、人手があった方が助かるだろう」
「まぁそうだね。それでは、おやつタイムが終わったら3人で行こうか」
「おぉ」
もしゃもしゃと、だが優雅に貴婦人の指を食べる主。彼を尻目に頷きながらも、自身は卓袱台を挟んで隣の青年を見遣る。瞳に三日月を宿した彼は、無遠慮に視線を投げつける御手杵に、ただ微笑みを返しただけだった。薔薇と三日月の組み合わせは、何とも耽美だった。
三日月がこのように、さり気なく御手杵との接触を増やしてくるようになったのはいつからだったか。
ふと、三日月は書架を見上げて呟いた。
「主の本棚は、探偵小説ばかりだな」
「随分古めかしい言い方をするね。推理モノは好きだよ。審神者になる前は、仕事の参考にもしてたから」
そんな会話を、審神者の私室で主と三日月がしていた。その横で、御手杵は間食をしていた。長身の彼が入り浸っても邪魔にならない程度には、主の部屋は広いのだ。
この時のおやつはジャムを塗った食パンだ。但し絶妙に食欲をそそらない、青さは食欲を削ぐ、とは200年は前からいわれているという。主が育てた青薔薇を砂糖で煮詰めたもの、つまり青いジャム。それを平然と食パンに塗りたくる御手杵は、あまり普通の神経をしているとはいえないだろう。歌仙が試しに作ってみて、「失敗作」と処遇に困っていたものを引き受けたのだ。厨房を任されている一口である歌仙の作だ、味はうまい。見てくれは気にしない質の御手杵にとってはただの華やかな香りのする甘いジャムだ。ちなみにそのジャムを、この部屋でロシアンティーにして飲んでいるのは主と三日月である。日本式の「直接ジャムを紅茶の中に入れる」飲み方をしている2人は、本棚を見上げていた。三日月は、畳の上に置かれた本棚のうち、目についたものの題を読み上げていく。
「『そして誰もいなくなった』『瓶詰の地獄』『女王蜂』……『神曲』は違うが、大体の推理の古典は揃えているのだな。東西不問か」
「正確には逆かな。新しいものから手を付けていったら段々古典に遡っていっという形かも。洋の東西に関しても自然とそうなったって方が近いかも」
主がなぜそういった趣味を持ったかは、三日月は問わない。ただ、物珍しそうに書架を眺めるだけだ。御手杵も食パンとジャムを消費する作業を続けていた。ただでさえ長身の体は燃費が悪いのだ。ライ麦パンの僅かな苦さと甘さ、相殺する青い薔薇のジャム。そういえば雰囲気でいえば、主は三日月に近いものがある。どこか浮世離れしている。ただ、前者の方はといえば、厭世的といった方が近いかも知れない。薔薇を主とした花畑を育て、推理小説を繙き、そして自分達の出陣を指示する。彼がこんのすけ以外との「23世紀」と接点を持つのを、御手杵は見た事がなかった。何せこの本丸には、テレビがなければ新聞も来ない。主が使っているデバイスは、主に23世紀の政府との連絡手段ばかり。新しいもの好きの陸奥守なども、彼の時代にはテレビなどはなかったので、現状に不満を抱いている様子もなかった。偶に主と共に万屋に赴き、紙の新聞を買う。その程度だ。意図して世俗からこの本丸を隔離している、そして政府はそれを容認している。そういう部隊だった。
緩やかな空気、停滞した雰囲気。訳ありの主なのはわかっていた。だが、今の自分達はこの主に仕えている。だから、この主に合わせて動く。そんな主の元だったから、自分達も目が合ったのかも知れない。
「……おや、この辺りは21世紀かな」
「あぁ、その辺もお勧めだよ。同じ著者の作品も面白いよ。何なら貸そうか」
「ふむ、そうだな。偶には読書も良いかも知れん。――御手杵や。お前は本には興味はないのか」
「へ、俺。うーん、戦に関わる本なら読みたいかな」
「相変わらずの戦バカだな。ほっぺにジャムがついているぞ」
不意に話を振られて、ジャムを口の端につけたまま答える。主が笑って指摘した。青いそれは自身には不釣り合いだとわかっていたので、指で拭う。それを舐めとりながら、三日月がシリーズを通して渡された本のうち、ひとつの本のタイトルに視線が向かった。
それからだ。三日月が本を返した頃、御手杵の名を口にするようになったのは。
箸の先で鯖を解した。今日の夕食は鯖の味噌煮がメインだ。その横で、いつの間にか隣席を陣取っていた三日月が、会話の途中でそんな事を言い出した。
「『存在の形が似ている』。そう思わないか」
「俺とあんたが」
賑わう大広間、自分達の会話に気を止めるものはいない。そもそも、この頃は自分達はよく一緒に行動していたので、最早それに疑問を持つ者もいなかった。三条派の者は、彼以外は主の傍にいた。刀剣達に悪くはしないものの、どこか陰に籠もりがちの主に、年の功を背負う三条達は沈むような優しさを向ける。今日の薔薇の調子、刀剣男士達の訓練の結果、今度万屋で買って欲しいもの。そんな日常の会話を交わしている。そんなざわめきの中で、三日月は続ける。内番着の作務衣でも全く曇らない美貌に、笑みを湛えた。
「先日、主に借りた探偵小説にそんな言葉があってな。主人公……と呼んでいいものか。とにかく作中の主要人物が記憶喪失になった事故に遭った際、遭遇して彼を保護した青年がいった言葉だ。中々に、的を射た言葉だと思ってな」
「っつっても、俺とあんたが、その『存在の形が似てる』とは思えないんだけど」
「俺も以前はそう思っていなかったがな。以前、主がアトリウムで薔薇の手入れをしていた時に、ふといっていたんだ。丁度その時は、御手杵。お前はたぬきと歩いていたそうだ」
「いつもの事だけどな」
揚げ足を取りつつも、御手杵は食事を進める。最近は常に傍に三日月がいたから、このところ出陣や内番以外で同田貫の顔を見ていない気もする。その事実に気付いたのに気付いたのか、三日月は笑みを深めるばかりだ。上品に飯に鯖を乗せる。
「はは、そうだな。……それで、その時に主がいっていたんだ。『お前達は、似ているな』と」
「どこがだよ」
「正味な話、俺もそう思った。何せ俺は太刀男士、お前は槍男士。刀種が違う上に役目も異なる。そういったら、主は笑ってこういったんだ。『共通点という意味でだよ』、と」
声を低める。曰く、御手杵と三日月は似ている。宝として重く扱われ、本来の武器としての役目は果たす事がろくに出来ず、名前だけが世に響くとどちらもいう。
……御手杵は味噌汁を啜った。表情を隠す為だ。僅かに眉を顰める。
「……俺はあんたと違って、本尊は焼けてるけどな」
「そこがお前と俺の違いだとも、いっていた。……ここには、同じように重宝されていようと、切れ味の保証がされている者が多い。戦場育ちを誇りとする者もいる。だが、俺達は違うだろう」
「……違わないな」
戦場の空よりも、自分が眺めていたのは屋内の天井だった。1度迎えた最期に見たのは焼け出された時。21世紀に再び依り代となったレプリカは、以前の姿を忠実に再現しているから、やはり同様の扱いだ。
三日月はその打ち避けの美しさに、御手杵はその偉容を讃えられ、血を知る事はろくになかった。全くない、という訳ではない。ただ、他の刀剣より少ない事は知っていた。刀剣男士として顕現した今は敵の血を浴びる日々で、とても充実している。三日月は、その鷹揚な気質でわかりづらいものの、決して戦を厭いはしない。ここで好戦的な者は大体が戦を経験しきれていない者だ。
自分達は自分達の環境に甘んじる。だが、戦を拒否せず、寧ろ好む。そういったところが似ている、といいたいのだろう。そろそろ完食に辿り着きつつある夕食の皿を見遣り、しかし、御手杵は答えた。
「まぁ、だからといって、あんたと特別にどうこうする気はないけどな。あんたみたいな青は、俺には合わないしな」
「ほう」
「あれから2ヶ月か。そろそろアトリウムのダリアが咲く頃じゃないか」
その台詞は、一見前後のつながりがないように思えた。しかし、三日月は目を細める。口元に笑みを刷いて。
戦の関わる本ならば、読みたい。しかし、書物に興味がない訳ではない。ましてや、あれ程に露骨に示されれば、調べもする。ダリアの花言葉は。
「俺も大概気が長いからな。暇なのはわかるが、俺は『移り気』な奴に構うよりは戦に専念してたいんだよ。そうだな、主に『神の祝福』を贈ってやる方がまだ建設的だぞ」
「俺達が祝福を贈らずとも、主はいずれ『不可能な事を成し遂げる』ように立ち直ると思うがな。主は、まだ若い」
そうして、三日月が箸を置く。その視線の先には、鶴丸の言葉に微笑み、そして投げ渡されたオモチャの蛙を掌に包んだのちに数羽の鳥を放して見せる主がいた。海猫だ。それが大広間を抜け、開かれたままの障子から飛び立っていくのを歓声と共に男士達が見送った。「主は凄いな、いつも驚きを数倍にして返してくれる」と笑う鶴丸は興奮していて、それに主は遠慮がちにだが、どこか誇らしげに笑った。そして、その若さに驚かされる。そう、主は若いのだ。自分達と異なり、生きた人間だ。彼の好む推理小説の登場人物のように、惨たらしく命を奪われた訳ではない。停滞した雰囲気を纏おうと、本当は社会的に死んだ人間だろうと、彼は命を持った人間だった。
自分達とは違う。
不意に、ジャージの裾を引っ張られる。丁度箸を置いたところで転びそうになり、畳に手を突く。その隙に、漂うのは花の香り。口早に、小さく囁かれる。
「それに、俺の気が移る前に、どうせ俺達は元の刀に戻るだろう。否、そうでなくてはならない。主は現世に戻らねば。それぐらいなら、お前も俺に付き合ってくれるだろう」
「……考えておく」
「華麗」「優雅」、そして「不安定」。姿勢を正した御手杵が見た、三日月の目。それが揺れていた。
――月は、女性の象徴だという。日ごとに満ち欠けする月の様相。そのただひとつの姿を瞳に盗んだ三日月は、成る程。「奇跡」のような存在だ。御手杵は湯飲みで茶を啜る。
どうやらこの城の屋根に留まったらしい。海猫の声が、聞こえた。主は鶴丸と笑っていた。今日の主は特に機嫌が良かった。やはり屹度、もうすぐダリアが咲くのだろう。
それまでに自身が三日月とどう接したいか、御手杵は自省する必要があった。少なくとも、一緒にいて不快だと思う事は、この2ヶ月で1度もなかったのだ。
End.