※この作品はR-18です。

刀剣乱舞SS集(BL・NL・友情主従ごった煮)   作:駒由李

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CCP一人称語り、くりちゃん主体の家族パロのようなものでホラーっぽいの。CCPと大倶利伽羅が兄弟です。都合上へしさに前提(長谷部:父、審神者:母)。ノリは「【実録】昨日、姉が備前国の審神者に着任しました。」に近いです。
▼「【とうらぶホラー】くりちゃんと僕【現代パラレル】」
「【とうらぶホラー?】くりちゃんと僕 『水』【現代パラレル】」と同設定。何となくここでは
父:長谷部(社畜公務員)
母:審神者(♀)
兄:CCP
弟:大倶利伽羅 
と決めてます。作中での「水戸」というのは地名より名字みたいな感覚で。屋号というか親戚内での「●●の家」みたいな呼び分けというか
▼ツイログ+書き下ろしです。太郎さんに関しては友人代理です。彼女の推しキャラで。


【とうらぶホラー】くりちゃんと僕 『聞こえた』【現代パラレル】

冷凍庫のアイス

 

 僕とくりちゃんは雪国に住んでいる。しかし、昨今の温暖化現象はこの辺りも煮込む。年を追う毎に暑さに弱くなっていった僕らは、夏場の記憶が曖昧だ。そして甘いものが嫌いではないので、自然、冷凍庫はアイスが主役となる。とはいっても、台所ではなく玄関の、だ。

 我が家には普通の冷蔵庫と冷凍庫が一体化したものが一台、そして玄関に冷凍庫が一台置いてある。これは10代の頃、男兄弟が2人もいた弊害だ。僕らはよく食べたし、その為の食料を買い込んでおくのに母が冷凍庫をもう一台買ったのだ。今は往時程には食べないが、それでも冷凍庫は使われている。台所の冷凍庫は製氷や普段よく使う食料を入れておく。玄関の冷凍庫には買い置きの食料がしまわれている。そしてアイスもそうだ。タンスの抽斗のような形の冷凍庫の1番下、夏場はアイスが陣取るのだ。兄弟では僕の方がアイスクリームを好むので、よく抽斗を引くのは兄の僕の方だ。おやつに、エアコンを消している時に、風呂上がりに。アイスクリーム頭痛を起こすけれど、それでもやめられない。くりちゃんが「気がつくとアイスがなくなっている」と文句を付けてくる。くりちゃんが好むチョコアイスも、僕が食べてしまうからだ。その度に謝るけれど、結局食べてしまう。

 しかし、この間から少しばかり食べるのを気を付けている。いつも通り、風呂上がりに半分寝ぼけていた僕が冷凍庫からアイスを引っ張り出した。そして咥えているのを見て、エアコンで涼んでいたくりちゃんはふと、首を傾げたのだ。

「光忠。アイスはもう、切れている筈だが」

 最後の一口を食べ終え、慌てて冷凍庫を見る。ぼんやりと癖のように扉を開いて、1番下の抽斗を引く。確かにそこには――空いた抽斗が僕を見上げてきているだけだった。

 僕は確かに、手元を見ずにとはいえ、アイスを取った。今食べたのも、アイスだ。木の棒がその証拠だ。けれど、じゃあ、これは

 くりちゃん曰く、以前から「アイスが切れている筈なのに、時々食べていた」という。もっと早くにいって欲しかった。アイスが食べたいのを堪えて、僕は冷凍庫に背を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静かだったから

 

 夏場、僕達兄弟の主な居場所はリビングだ。答えは明白。エアコンはリビングにしかないからだ。幸い、熱帯夜というものがほとんどない雪国なので夜になるとそれぞれ引き揚げていく。しかし、その日の夜、僕が洗い忘れていた食器を片付けていた時だった。窓を開けて網戸で風通しを良くしたリビングは心地よく涼しい。虫の声が斉唱している。そんな中で、くりちゃんは自室に引き取った筈だ。けれど、数分としないうちに降りてきた。片手にはスマホ、片手には文庫本。さて、どうしたのやら。尋ねると、「静かだったから」と答えた。

 くりちゃんの部屋は南東に面し、夏は燦々と日差しが降り注ぐ。しかし風通しも良いので、涼しくなるのも早い。だからくりちゃんは夜更かしさえしなければ快適な夜を早くから過ごせるのだ。しかし、リビングにまだ居座る気らしいくりちゃんは、座布団を枕に寝転がった。本を開いていう。

「俺の部屋は星も見えるし冬になれば屋根雪も落ちるし庭に面しているから植物が生い茂っているのが見える。発情期になると猫がなきわめくのもな。ただ、さっき部屋に入ったら、静かだったんだ」

「ここは田舎だから静かなのは当たり前でしょ」

「こうして聞こえてる虫の音が、全くしなかった」

 雨上がりだろうと風が吹こうと、ものともしない庭の虫達。くりちゃん曰く、部屋に入って布団を敷いていた時、「それ」に気付いたという。

 遠くの珍走族も近所の子供達の夜泣きも、そして虫の鳴き声ひとつしない。全くの、無音。

 くりちゃんは敷き終わった布団をあとに、スマホと本を掴んだ。

 くりちゃんの部屋は何なのだろう。ぬいぐるみの目が動いたり植物が異様に育ったり。偶に誰もいないのに足音も響く。部屋の主のくりちゃんが脱出を図るのだから余程だろうと、思った。

「盆が近いからな」

 とりあえず僕は、「リビングで寝ないでね。夏風邪ひくよ」という言葉を渡しておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風鈴

 

 雪国の夏は、夜に窓を開けられる程度にはまだ涼しい。熱帯夜は滅多にない事だ。なのでその日の夜も、涼しげな音は届いていた。

 ちりんちりん、ちりんちりん。

 風鈴だ。

 道路を挟んで向かいの家。そのお宅の裏庭と面している。そこは大きな家に相応しい広い庭。家庭菜園を営んでおり、引っ越してきてから年々、植える植物の種類が増えていっている。今年はトウモロコシを植えたらしい。地元では生でも食べられる程の甘いトウモロコシが名産だが、庭で採れたトウモロコシもさぞ甘い事だろう。幼い子供を3人抱えた三世帯家族らしい。老夫婦が、路傍の花を愛でる孫を温かい眼差しで見守っている姿を見かけた事もある。向かいの我が家に引っ越しの挨拶に来た当時はまだ母も存命で、その時に貰ったお高い洗濯用洗剤は我が家で地味に好評だった。この町には長らくいなかった元気な子供達の声はよく響いていた。夏場は暗くなると花火をしており、冬になると庭に積もる雪で子供達が遊んでいた。昔は自分達もこういう風に見守られていたのだろう。くりちゃんが7歳、僕が10歳の頃に越してきた通りだ。僕は布団を敷きながらそんな事を思い出す。

 そんな彼らだが、挨拶の時には詳しく聞かなかったものの、彼らは少なくとも地元の出身ではないように思えた。というのも、くりちゃんの細かい指摘によるものだ。くりちゃんは周りがよく見える。見えるゆえに妙なものにも気付いてしまう訳だが。詳しい事は省くが、少なくともこの辺りの習慣にはまだ疎いようだった。とはいっても、特に問題がある訳ではない。そういわれれば違うね、という程度のものだ。ひょっとしたら都会から田舎へ引っ越してきた口なのかも知れない。挨拶を交わす程度の付き合いなので、これまでは特に意に介していなかった。

 それが今年の事だ。ある日、まだエアコンをつける程ではなかった頃。涼しげな鐘の音が、窓から響いた。

「あれ、アイス屋さんかな」

「あれはもう廃業した筈だろう」

 リビングに降りてきていたくりちゃんが否定する。くりちゃんが中学生ぐらいの頃までは、青塗りの小さな屋台を引いたアイス屋がこの辺りを練り歩いていた。特にくりちゃんは小学生の頃、学校のプールから帰ってきたあとに、父や母から100円を貰って鐘を鳴らすアイス屋に「1本くれ」と駆けつけるのが習慣のようなものだった。僕はといえば大抵タイミングを逃していたが。そのアイス屋も、今は子供がいなくなってしまったので、既に店を畳んでいる。子供がやって来たから再開したのだろうか、そんな事を思っていた日、くりちゃんが食料を買い出しに行って帰ってきた時。それからずっと鳴り続けていた鐘の正体について教えてくれた。

「向かいの家の庭に、風鈴が飾ってあった。あれの音だ」

「風鈴かぁ。風流だね」

「飾る場所がなかったようだな。物干しに飾ってあった」

「ふぅん」

 それだけで、僕達兄弟の会話は終わった。アイス屋の鐘に似たあの音はお向かいの家の風鈴だ。正体がわかれば、ただの涼しげな風鈴の音だ。そういえばうちは風鈴を飾った事がないな、という事も思い出した。沖縄の修学旅行で風鈴らしきものを作って土産にしたけれど、結局家の中にそれは飾ってある。母がそうしたのか、その辺りのところは実をいうと覚えていない。我が家で飾ってあるのは風鈴よりもモビールの方が多い。母の趣味だっただろうか。今も窓辺に飾っているものはある。元風鈴だ。銀色の三日月に、3本の細長い鐘がぶら下がっていた。揺れるとぶつかり合い、涼やかな音を立てるという寸法だ。しかし歴代の飼い猫にそれは恰好の獲物とされ、今のその鐘は1本しか残っていない。つまり音の鳴らないただの飾りである。そのうち残りの1本の鐘も、新入りの元気な子猫に千切られ、供を持たぬただの三日月となるだろう。遠くなさそうな運命を思う夏である。

 活きの良い野良猫がじゃれなければ、向かいの家の庭の風鈴は無事に過ごせるだろう。風の強いその頃、風鈴はよく鳴っていた。

 ちりんちりん、ちりんちりん。

 本格的に暑くなりはじめ、窓を開けられるのは夕方頃からになった。そうすると、風鈴の音が滑り込んでくる。ちりんちりん、ちりんちりん。向かいの家も昼間は窓を閉め切っているようだったから、音を聞けるのはやはり夕方からだろう。ちりんちりん、ちりんちりん。

 天気が崩れやすくなった。おおざっぱなくりちゃんは、雨が降り込もうと構わずに部屋の窓を網戸にして寝る。涼しさを優先する野生児である。神経質な方の僕はといえば、雨が降れば暑くても窓が開けられないじゃないか……と、窓を閉めて寝る。

 ただ、その夜は暑かった。珍しい熱帯夜だった。おまけに豪雨で湿度100%。本当に天気予報でいっていたから堪らない。くりちゃんはタンクトップにハーフパンツ、就寝ギリギリまでリビングで粘っていた。それでもリビングの窓は閉めていた。厳重に鍵をかけるのはくりちゃんの癖だ。なぜか幼い頃からそんな癖があった。水戸の祖父母の家に偶に泊まりに行くと、あちこちの戸締まりを確認してからではないと寝ようとしない程だった。

 暑い。蒸し暑い。その日の夜は本当に暑かった。電灯の熱でさえ煩わしく、直ぐに消し、この暑さの中でも早く眠れるように目を閉じた。しかし、扇風機でも、この蒸し暑さは飛ばない。

 少しだけ、少しだけ開けよう。暗闇の中、僕は窓をそっと開いた。くりちゃんはどうせ全開にして寝ているんだろうな、そう思いながら。

 ちりんちりんちりん、ちりんちりんちりんちりん。

 僕の部屋から見える、向かいの庭。外灯の影。風鈴が雨粒に叩き付けられていた。

 昔は木の棒のような電柱と外灯だったそこは、今は新しくなっている。外灯は、きちんと道路を自身の仕事分照らしていた。その中で、物干し竿の風鈴は、忙しなく鳴り続けていた。

 ちりんちりんちりんちりん、ちりんちりんちりんちりんちりんちりん。

 しまい忘れだろうか。明日の朝には悲惨な事になっていそうだ。そんな事を思いながら、何とはなしに眺め続ける。

 ちりんちりんちりんちりんちりんちりん、ちりんちりんちりんちりんちりん。

 ……そういえば昔、漫画で「風鈴は霊を追い払うが、招く事もある」という旨の話があった気がする。別の話では、扉から入ってこようとする霊はまだマシで、窓から入ってくるようなものはとてもではないがろくでもないものでしかないとも聴いている。

 さて、なぜ今そんな話を思い出したのか。悲惨な風鈴の音に耳を傾けて夢現。暗闇の中、降ろした前髪を寝ぼけながら掻き上げた。

 ちりん。

 目が醒めた。

 なぜ目が醒めたのかはわからない。しかし、再び前髪を下ろし、辺りを見渡す程度には、目を覚ました。部屋の外からは父の鼾が聞こえてくる。くりちゃんは静かに眠っているようだ。そして、僕は今の音に聞き覚えがあった。

 あれは、リビングの窓の風鈴。嘗て3本揃っていた頃の音だ。けれど、それは可笑しいのだ。だって、窓を閉めている。それはくりちゃんが執拗な程に閉めていたから覚えている。

 それに、あれはもう1本しかない。たとえ猫がじゃれついても、音が鳴る筈はないのだ。

 ちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりんちりん。

 風鈴は鳴り続ける。僕は、息を飲んだ。

 

 結局、朝になっても何もなかった。ただ、暑さで寝苦しかった事だけは覚えている。くりちゃんはといえば熟睡していたようで、その日の朝も寝ぼけ頭で新入りの子猫の結膜炎を治す為の目薬を施す際、目をしょぼくれさせながら抱えていた。子猫に餌をやる際も、野良上がりの子猫ががっつかないようにしっかり抱えていた。缶詰を開ける僕は、笑い話のふりをして昨夜の向かいの家の風鈴の話をした。くりちゃんにも聞こえていたらしい。「雨に叩き付けられていたようだな」と、皿を置いた子猫を放してやった。餌にがっつく子猫を前にして、くりちゃんは膝で頬杖を突く。ぼんやりとした金色の目はどこを見ていたのだろう。

「この辺じゃ、風鈴を飾る家はどこにもないのにな」

「え」

「聴いた事があるか。この辺で」

 いわれて、気付く。

 はじめてだった。外に出ていても、近所の家から風鈴の音を聞くのは。たとえ涼しい日でも、それを聴く事は今まで1度もなかった。

 

 

 そういえば最近になって風鈴の音が聞こえなくなった。壊れたか、取り外したのか、はたまた。

 あの日の後にも先にも、鳴るはずのない風鈴が鳴った音はあれ以来聞いていない。それでも元気に、子供達の声は響いている。

 響くのは、それだけでいいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

戸締まり

 

 

 父は旅行鞄を片手に、「それじゃ、行ってくる」と三和土に降りた。この時に見送ったのは、偶々先に起きていたくりちゃんである。父が出張で3日程家を空ける事になった。

 公務員の父は異常に若く見えるが、それなりの年齢で、それなりの立場だ。若い頃は転勤であちこちを引っ越していたし、公務員であるがゆえに、それこそ若い時分は災害で応援要員として派遣され、母が2度と夫が帰ってこないのではないかと危惧した事もあるという。しかし、父は妙に運が良い人で、結局今のところ、仕事で危険な目に遭った事はない。父が去ったあとの土地で何かしら物騒な事件が起きる、という実に嫌なジンクスもあるのだが。トラブルがあるところには起こさないが、トラブルがなければ起こしてしまう。恐らく現地の人間の運を吸い上げているのでは、と割と真面目にくりちゃんと話していた事さえある。これで本人が至って真面目に仕事をしているだけなのだから手に負えない。

 そんな父だが、真面目な気質ゆえに精神的に胃をやられる事もある。今回の出張は、その「胃を壊させてくれた」部下の代わりとしての、久しぶりの出張だという。研修の類という事で、出張先の空いている官舎に泊まる事にしたらしい。その部下はといえば上からの指示で異動になったという事で、いつになく良い笑顔で出張の話をしていた。父も人の子だ、と思い出させてくれたものだ。息子の身としては、とりあえず父が元気になったならそれでいいとだけいっておく。

 そんな父、自宅に携帯電話を忘れていった。職場の環境改善に浮かれすぎたのか。今時分、アドレス帳など持ち歩く習慣は消え失せている。公衆電話から唯一覚えている自宅の電話番号にかけてきて、息子達にそれを伝えてきた。携帯電話を発見したのはくりちゃんで、父がおざなりに片付けた布団の隙間に落ちていた。くりちゃん曰く、「見送った時、旅行鞄のチャックが開いていた」。男たるもの、チャックの開閉には気を付けて欲しいものだ、などと軽口を叩くと、くりちゃんは凄く冷たい目をした。まぁいつもの事だ。

 そして今。夜になっていざ寝ようという時。くりちゃんはいつもよりも戸締まりをしっかりしていた。この癖は昔からだ。

 小学生の時、水戸の祖父母に連れられた東京旅行、戸締まり確認をしていたのはくりちゃんだった。東京に旅行する際の定宿だったという古いホテルは自分達のような地方からの旅行者が多かった。平和な雰囲気だったが、くりちゃんは鍵を確かめていた。

 母が健在の頃も、父が出張となると必ずチェーンロックまでかけ、1階の窓の鍵もしっかりとかけていた。

 そして現在、成人した今でもその癖は治まらないらしい。またチェーンロックをかけているくりちゃんを見て、寝間着の僕は思わず苦笑したものだった。

「くりちゃん、ここ田舎だよ。それに住宅街だし、外灯も明るい。誰かが家に入ろうとしたら直ぐわかるよ。確かに最近は田舎も物騒だけどさ」

「そういう問題ではない」

 くりちゃんは至極真面目に、チェーンロックを降ろした。そして漸く、自室へと引き取った。

 

 その夜の事だった。僕の背筋を寒くさせた。

 足音がした。下の階からだ。男のものだろうか。重い足音が、無遠慮に響く。1階を居間から玄関、洗面所や台所をぐるぐると練り歩いているような足音だ。

 泥棒か。あんなにくりちゃんが戸締まりをしたのに。

 ――しかし、ふと思い出す。我が家には2匹の飼い猫がいるのだ。

 うち1匹は、中々に体重が重い。そして猫は夜に活発化する。追いかけっこや、高いところから飛び降りたりすると、丁度今のような音がする。それに気付いて、僕は怯えている自分を安堵させた。そして、内心で、隣室で眠っているだろうくりちゃんに当てこする。くりちゃんがあんなに神経質になるから、僕にも心配がうつったじゃないか。

 なー。にゃー。

 2匹の飼い猫の声が、部屋の直ぐ外から聞こえたのはその時だ。

 そして同時に思い出す。馴染みの宅配便のおじさんや、親戚にすら怯えて逃げる飼い猫たちだ。不審者が押し入ってきたのならば、あんな暢気な声は出していない。

 じゃあ、今も鳴っているあの足音は。

 背中に嫌な汗をかいた。布団を被る。眠ってしまおう、そう思った。

 

 

 父が無事に出張から帰り――その後出張先で事件は起きなかったので、あのジンクスはおさまったらしい――、数週間。再び短いながら出張する事になった時には。リビングに居を移していた僕達は、父を見送ったのちにリビングに佇む。足音荒く歩いていくくりちゃん。それに飼い猫達。それを眺めながらふと、顔を上げる。

 今は昼間だ。しかし、音が聞こえた。あの時と同じ足音だ。父は出張中で、飼い猫はこうしてじゃれあっているというのに。

 明るい為に今ひとつ恐怖感がわかずに顔を上げていると、くりちゃんはなにげなさそうにいった。

「あぁ、お前にも今は聞こえるんだな」

「へ」

「多分、生きている人間の数に影響されるんだな」

 喉笛に噛みつこうとした猫を抱えて引き離した。くりちゃんは平然としたものだった。

 そのまま台所へ向かうくりちゃんに、思わず問いかける。

「くりちゃん。くりちゃんがあんなに戸締まりに厳重なのって」

「それは、人間かどうか、区別する為だ。戸締まりをしていれば、少なくとも泥棒ではないとわかるだろう」

 ボガートもどきはもうたくさんだ。そういって、抱えた猫を片手に台所へと入っていく。くりちゃんの言葉の意味を知るのは、後日暇だったので彼の持っていたベストセラーのファンタジー児童書を読んでからの事だ。そして、その意味に気付く。

 ボガート、海外の真似妖怪。しかし、くりちゃんはもどきといった。

 そして、あの夜の足音。実はあの時、複数の足音が聞こえていた。男の足音は、わかる。

 けれどあの中に、女のものと思しき小さな足音も混じっていた。母は、亡くなっているのに。

 

 それ以来、僕も戸締まりにとても気を遣うようになった。

 

 

 

 

くりちゃんの災難

 

 

 

 

 

 さて、音に敏感なくりちゃん。昔からこうだったので、旅先でもそれなりに「経験」したらしい。

 高校の修学旅行の時だ。高校までは僕と同じ進路を辿っていたくりちゃんは、僕と同じ温かい地域に旅立った。障りがあるのでその日中に経験した話は省くけれど、まぁぶっちゃけ心霊体験をした。

 それがついてきた、らしい。

 その土地に着いて2日目に泊まったホテルは所謂リゾートホテルで、1階の丸い吹き抜けのフロアでバイオリニストが生演奏をし、自由に使って良いネット環境の整っているパソコンやプライベートビーチに広いプール、バイキングも備えている、そんな豪華なホテルだったという。のちに赴いた京都は、そちらで金を使いすぎたのかとても狭苦しいホテルだったという。閑話休題、そちらに赴いて2日目に泊まったホテルはとても豪華で、しかもくりちゃんはくじ運が良かったらしい。2人部屋を引き当てたそうだ。

 割り当てられた部屋は広く、バルコニーから見える海は青く美しい。そんな部屋と、のちに10年来の付き合いとなる友人の太郎君と同室。夕食後、翌日の準備と風呂を互いに済ませ、教師の点呼を済ませると早々に寝る事にしたそうだ。どちらも旅疲れ及び昼間の体験に、少々神経を磨り減らしていた。高校の修学旅行といえば夜間に抜け出す生徒もいるだろうが、くりちゃん達にだけはあり得なかった。彼らは三大欲求のうち睡眠欲が強いタイプだった。それを承知していた担任の先生も「じゃあお休みなさい」と2人の部屋から離れていった。

「……じゃ、寝るか」

「そうですね」

 11時を過ぎる前にはベッドに入っていた、とくりちゃんは語った。電灯を消し、玄関の辺りにだけ常夜灯が点る。仕切りの低い壁越しに清潔な浴室があった。

 ぱしん。

 軽い音が、そこから響いてきた。

「…………」

 くりちゃんは目を覚ました。2つのベッドのうち奥の方に寝たくりちゃんは、太郎君の方にある大きな鏡台越しに浴室の方を見遣った。

 何もいない、誰もいない。その筈だ。先程鍵を閉めたのだから。では、あの音はなんだ。

 ぴし、ばしん、ぱし。

「………………」

 この時に思い出したのは、勿論昼間に経験した事だ。直感で思ったのは「憑いてきた」事で、疲れ果てた体でその音を聞き続けた。生木が割れるような音、というのはそういえばこの時にはじめてまともに聴いた、とくりちゃんは語った。これまで聴いてきた「音」と明らかに質が違う。これはまずい。くりちゃんは疲れていたらしい。常になく弱気になっていたくりちゃんは、思わず隣のベッドで同じ音を聞いているだろう友人の方を見た。小声で囁く。

「おい、太郎」

「……」

「太郎、……太郎?」

「…………す―――――」

 眠っていた。それは健やかに眠っていた。健康な体に相応しい健やかな寝息だった。くりちゃんは脳内で「起きろ!!!!!」と叫んだ。残念ながら、友情テレパシーが伝わる事はなかった、という。

 

 気がつけば、朝。いつの間にか眠っていたくりちゃんは、ベッドから起きた。朝日に照らされた海が美しい。そんな事をぼんやりと思いながら、背後から「おはようございます……」と寝ぼけた声をかけてくる友人に、やや憎々しげに挨拶を返した。

「おはよう、よく寝ていたようだな」

「えぇ、昨日は疲れましたからねぇ」

「あぁ、憑かれてたな」

 

 

 就職後、転勤を経て東京に出た彼と会う度に、時折この話を蒸し返すという。あのくりちゃんでも余程に怖かったらしい。友人の話をするくりちゃん自体は微笑ましいが、事態を想像すると笑えなかった。

 帰郷後、ネットで調べてもそのホテルに曰くというものはなかった。つまりくりちゃん達が引っ付けて来たのだろう。どんなに綺麗な宿だろうと、災難には見舞われるもののようだ。特に、こういうものは。

 

 

 

 

 

 

End.

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