▼「【とうらぶホラー】くりちゃんと僕【現代パラレル】」
「【とうらぶホラー?】くりちゃんと僕 『水』【現代パラレル】」
「【とうらぶホラー】くりちゃんと僕 『聞こえた』【現代パラレル】」と同設定。何となくここでは
父:長谷部(社畜公務員)
母:審神者(♀)
兄:CCP
弟:大倶利伽羅 と決めてます。作中での「水戸」というのは地名より名字みたいな感覚で。屋号というか親戚内での「●●の家」みたいな呼び分けというか
あと父方の伯父(長谷部の兄)が鶴丸、その息子(従兄弟)が御手杵という設定。性格や関係性で当て嵌めてったらなんかしっくりきて
墓穴
墓とは相性が悪いらしい。以前に墓地公園でくりちゃんが「引っ張られた」話をしたが、実はもっと古い話がある。
父方の親戚の家。そこの古い先祖の墓は、小高い丘の上にある。丘というよりも、鬱蒼と杉や松の木が茂り、急勾配の坂は一応舗装されているとはいっても山といった方が近いだろう。実際、父の実家は山にある。山に登ってリンゴの手入れをしたり、田んぼの様子を見たりするのが仕事の農業だ。来年で米作りはやめてしまうらしいから、毎月米を貰っていた我が家は「米の値段って相場でいくらなんだろうな」とくりちゃんと話し合っている。閑話休題、昔はそんな実家の古い方の墓参りもしていた。
古い方、というのは、比較的最近の先祖の墓は、もっと新しくて近いところに墓を作っている。一方、いつ頃からは知らないが先祖代々の古い墓は山の上にあった。僕や従兄弟の御手杵くん、それにくりちゃんが小学校に上がるか上がらないかの頃、それは起きた。
「山の上はちっと高いが、そこにブランコが作ってあるぞ。大倶利伽羅もお前らも、そこで遊びたいだろう」
伯父の鶴丸さんは、そういって子供達を煽った。子供達の元気な声で、山の上にある墓場へ向かう親達のモチベーションを上げる試みもあっただろう。幼い頃から質の悪い悪戯しては祖母、つまり彼らの母に土蔵に一晩閉じこめられる、という仕置きを食らっていた鶴丸さんだが、第1子のだけあってこういう事がうまかった。尚、弟で末っ子の父は「兄のふりみて我がふり直せ」とうまく立ち回ったらしいが、何だかんだと野山を駆け回り悪戯の限りを尽くしていたというから、兄弟だなと実に思う。だが父は、幼い頃に兄に山に置き去りにされたという事もあったらしく、兄に似ているといわれる度に仏頂面で「似ていない」と否定するのだった。そんないたずらっ子且つ野生児の血は確実にくりちゃんに受け継がれていた。この墓参りの為の登山も、率先して急勾配の坂を駆け上がっていったのはくりちゃんだった。外遊びを好んでいたくりちゃんは、その夏も元々浅黒い肌を更に日焼けさせていた。恐らくその当時、最も元気が良かったのは彼だろう。僕と御手杵くんといえば、45°とまではいかずとも中々の勾配に、両親や親戚に手を引かれながら歩いていた。時に蛇が出て、蛇を苦手とする祖母が凍り付いた場面もあったが、道中は特に問題がなかった。
「ほら、ここだ」
伯父の言葉に、くりちゃんが飛び出した。そこは確かに墓地だった。古い墓や卒塔婆の群れが立ち並んでいた。そして入って右方には崖があり、そこへ伸びる頑丈な樹の枝に、布のブランコがわたしてある。いつもはひとり息子の御手杵くんが使っているというそれは、くりちゃんの目を輝かせたが、僕らは盆の頃、暑気真っ盛りの中での山登りですっかりばてていた。御手杵くんも登るというが、それは夏以外の話だった。
そして僕の目を引いたのは、舗装された道から外れた、その墓の群れだ。石造りなのはそうだが、踏んでみると土は柔らかい。その頃はわからなかったが、今だと崖崩れが心配な柔らかさだった。
「お前ら、ブランコやろう」
大人達が墓参りの準備をしている。その脇で、伯父が自分達を手招きした。その前では既にくりちゃんがブランコを漕いでいた。下は切り崩された崖、幼い自分達に恐怖心というものはなく、軽い体重の為に枝が折れる心配はない。くりちゃんは伯父に背中を押されて、無言だが喜んでいるのが伝わってきた。ブランコは当時のくりちゃんが好きな遊具のひとつで、児童公園に行くと立ち漕ぎや座り漕ぎ、どれだけ高く角度を上げられるか、というのに執心していた。今は撤去されているというが、当時はまだあった、ベンチを向かい合わせにしてくっつけたようなブランコの背もたれに乗って漕ぐ、という本来の用途に反した遊びもしていた。ただ最低限の危機管理意識はあったらしい、漕いでいる最中のブランコから飛び降りるという真似だけはしなかった。一方、僕はといえば高いところから飛び降りるのが好きで、よく滑り台の梯子の方から地面に飛び降りるという真似をしてはくりちゃんに窘められた事もあった。要は僕も立派に父方の血を引いていた。
そうして僕や御手杵くん、それにくりちゃんと順繰りにブランコで遊んでいると、子供達が呼ばれた。見ると花やお供えが墓の前にある。来た時よりも綺麗になっていたのは、大人達が掃除した為だし、自分達が遊ぶ時間があったのはそのせいだろう。伯父は端から「子供の遊び相手」とカウントされていたようだ。降りる事を渋っていたくりちゃんも連れて、墓の前に行った。
奇妙な事に、僕はそれなりの年だった筈だが、この時に見た墓の名前を覚えていない。ウチの家と同じ名字の筈だが、それがどう書かれていたか、はっきりと思い出せないのだ。
線香を供えて手を合わせる。それをその場にいた全員がすると、くりちゃんは墓場の奥の方に興味を示していた。ブランコに夢中になっていて、野生児の血が今になって活発化してきたらしい。これはいけない、と、親戚達の後方、僕はくりちゃんを呼んだ。くりちゃん、山を下りるよ。山を下りたらお祖母ちゃんがスイカを切ってくれるよ。そういうと、くりちゃんはこちらを向いて走り出した。
ぼこん。
くりちゃんの姿が見えなくなった。
「くりちゃん!?」
僕の悲鳴に、大人達が駆けつけてくる。特に父は速かった。僕は柔らかい土に膝をつき、くりちゃんの名をほとんど叫んだ。くりちゃんは、ただでさえ日焼けしていたので、その大きな土の縦穴の中で何とか手を動かしているのが見えたぐらいだった。
そのあとの事はよく覚えていない。ただただ、駆けつけようとしたくりちゃんがいきなり消えた事が、驚愕で僕の記憶を塗り潰している。あとで聴いたところによると、くりちゃんは、走ってきたところで、突然空いた穴に落ちてしまったのだそうだ。それこそ落とし穴のようだった、と、父に脇の下に手を射し込まれて引っ張り出されたくりちゃんは語っていた。意外に汚れていなかったくりちゃんは、他の大人達に土を払われるだけで大体汚れは落ちてしまった。そしてその後は僕や御手杵くん、大人達に囲まれながら山を下りていったらしい。ただ、その穴の事は、僕は詳細は知らなかった。
曰く、穴は子供ひとりがすっぽりと落ち込んでしまう程の深さだった。
曰く、走り出したら本当に唐突に開いた。
誰かが落とし穴でも仕掛けたのでは、と思ったが、そこは山間部。ただでさえ少子高齢化が叫ばれはじめていた頃だったのに、御手杵くんの友達は近所に住んでおらず、学校にばかりいた。そして御手杵くんはそういう質の悪い悪戯をする程、色々とやる気のある子ではない。思えば、1番父方の血が薄いのが御手杵くんかも知れなかった。
ただ、その後、親戚の家に戻ってきて土を洗い落とされたくりちゃんは黙ってスイカを食べていたし、その時の事を特に何も話さなかった。最近の事だ。その時の事を、ふと思い出したようにいったのは。
「シンクホール、というものがあるだろう。多分、あの類だと思うんだが」
シンクホール。文字通り、突然地面に穴が陥没する現象だ。あの墓場の土は軟らかかった為、子供の体重でもそうなっても可笑しくなかっただろう。そのシンクホールの話を聞いてその事を語り出したくりちゃんは、しかし、こうも続けた。
「穴に落ちて、直ぐだったな。いきなり周りが真っ暗になるし、身動きが取れなかった。だから周りをきょろきょろと見渡したんだがな」
くりちゃんの両手が、それぞれ指で丸を作る。そしていった。
「こんな風に、ぎょろりとした目玉が2つ、俺を見ていたんだ。まだ暗順応していなかった暗闇の中でな」
そういえばあれ以来、1度もあの山には登っていない。ただ、あの古い先祖の墓を新しい墓に移すつもりもないらしく、いまだあの山にあるという。
父の実家はどうやら昔は所謂郷士だったらしいが、詳しい事は何も伝わっていない。ただ、あの古い墓場に、くりちゃんだけは2度と連れて行きたくなかった。
死体を見る
当時、床に伏せっていた母の異状に気付いたのはくりちゃんだった。桜前線は雪国には遠い3月。時既に遅く、救急車を呼び母は搬送された。家で親戚と共に待っていた僕に知らされたのは、母の訃報だった。父とくりちゃんが、その死を見届けた。
その頃のくりちゃんは、母の看病や通院の付き添いをよくしていた。なので、夜の8時。薬を飲んだか確認する為に階下に降りてきたくりちゃんは、瞳孔が開いた母の第1発見者となった。その時点で辛うじて息はあったものの、救急隊員の手当ても間に合わず。母は病院で死亡が確認された。
その間の事を、僕と、それに父もぼんやりとしていた気がする。末息子の妻の葬儀に父方の親戚が立ち回ってくれたし、母方は祖父母は既に痴呆が回っており、彼らを連れてきた伯母は、ただひとりの妹を亡くしたのもあり疲労して憔悴しきっていた。そちらの従弟はまだ幼く、我が家で主に陣頭指揮を執っていたのはくりちゃんだった。「こういう時に1番しっかりしている」とくりちゃんがいわれる程には、僕達は相当ぼんやりとしていたと思う。あとにも先にも、泣いた父を見たのはあの時だけだった。
だから、あとから聞かされた。火葬場へ向かう時、親戚で車に分乗した。くりちゃんは母方の伯母が運転する車に乗った。その時に伯母にいわれたという。
「あの子は自殺したんじゃないの」
「そういう事をいうな」
幼い頃から病弱で、何度も死にそうになり、そして結局、平均寿命には遠い若さで死んだ。病を倦んでいた母が、薬を飲むのをやめて遠回しの自殺をしていたとしてもわからない。ただ、それをいわれる事自体がひどく不快で否定すると、硬い表情のくりちゃんに「ごめんね」と伯母はいったという。後部座席に乗っていた父方の祖母と母方の従弟は、伯母と甥の重い沈黙に飲まれていたそうだ。
そして今年、三回忌を迎えた。同時に、くりちゃんが「死」に対して慣れてしまったと感じる。最後に飼い猫が死んだ時、重い表情をしたくりちゃんは直ぐに世話になっていた動物病院へと電話をしていた。僕は、泣いていた。今年は暮れに、父方の祖父の三回忌も迎える。
元々我が家の主な家事を請け負っていたくりちゃんは、母の死後、看病が亡くなっただけで、さして変わらない日常を送っていたと思う。しかし、その年の暮れに、再び喪服に身を包む事となった。父方の祖父の死である。
くりちゃんが物心つく前に事故に遭った祖父は、元より入退院を繰り返していた。黒々とした髪が特徴的な若々しい人だったが、喋っている事のほとんどはわからなかった。くりちゃんはといえば、それこそ気がつけば祖父はそういう喋り方をしていたので、「何となく」で意思疎通を図っていた節がある。実際はどうだったのかはわからないが、くりちゃんは座椅子に座りっぱなしの祖父と同じ部屋にいる事を、特に厭わなかった。
そんな祖父の遺体は、冷える頃の葬儀だった為、まず布団に寝かされていた。布の下の顔は、元より室温の低い仏間では生前と変わらぬように見えた。母の遺体の方がもっと傷むのが早かった気もする。駆けつけた僕達の中で、「最後の挨拶」の為に布団の傍らにくりちゃんは座った。無表情だった。
その後の葬儀は、密葬だった我が家と異なり、それなりに盛況だった。若い者、として従弟の御手杵くんと受付をやらされたのは記憶に新しい。その時に写真好きの父方の大叔父にカメラで撮られた覚えもあった。くりちゃんは、喪服に身を包んだ無表情のまま、受付の作業をこなしていた。
それも落ち着いた頃。今度は飼い猫が病気を患った。当時は3匹飼っていた我が家だったが、そのうちの1匹が腎臓を患った。こちらは処置が早かった為に回復したものの、年の明けた時期。くりちゃんが見つけた。
「誰か、鼻血でもこぼしたか」
そういうくりちゃんの見詰める先に、薄い血のような痕が残っていた。それは、のちに「いまだ原因不明」の胃ガンを患った別の飼い猫が吐いた血だった。
3ヶ月の闘病生活空しく、その飼い猫も死んだ。普段は入りたがらなかった猫ちぐらに入り、大人しく眠っていたという。くりちゃんが少し目を離していた隙に、激しく噎せたらしい。痰のようなものをフローリングに吐いて、飼い猫はちぐらを飛び出して死んでいた。くりちゃんは、電話ののち、僕に「こいつのサイズに見合った段ボール箱とバスタオルを用意してくれ」といった。平板な声だった。
1番年を取っていた飼い猫が死んだのは、そのあとの事だ。こちらは老衰だったのだろう。雪の降りしきる季節。猫のベッドの中で、その猫は息絶えていた。15歳を超えていたと思う。火葬場のペット用の部門へと足を運んだ時、くりちゃんは父と僕の後方を歩いていた。疲れたように見えたのは、多分、気のせいではなかっただろう。
「俺も、行かなければいけないのか」
父方の大叔父の訃報を聞かされた時、くりちゃんの口から出たのはそんな言葉だった。あの、写真好きの大叔父が死んだと知らされた日だった。帰ってきた父が僕達にそれを知らせた時、確かに見たのは、くりちゃんの疲れ切った顔だった。僕は、そんなくりちゃんを見下ろす。
母の死からの三回忌までのこの日、「第1発見者」となるのは必ずくりちゃんだった。遺体を見つけて、準備をして、そして送る。それを指揮していたのは、くりちゃんだった。
そんなくりちゃんを、父は見下ろして頭を振った。
「いや、お前にとっては遠い親戚だからな。光忠もいいぞ、俺だけで行く」
「わかった。じゃあ、喪服は用意しておく。数珠は持っているな」
「あぁ」
父から空の弁当箱を受け取ったくりちゃんは、そのまま静かに台所へと歩み去った。そんなくりちゃんを見送る僕に、父はいった。
「変わったな」
小さな声。だが、意図するところはわかった。
この3年で、くりちゃんは慣れてしまった。
死を見ても、くりちゃんが動揺する事はなくなってしまっていた。
今年の暮れに、祖父の三回忌がある。それで、漸く近親者の法事は終わる。くりちゃんの荷が少しでも下りればいい。
ただ、気に掛かっている事がある。最近になって、親とはぐれた野良の子猫を引き取った。その子猫は大層やんちゃで、走り回ったあとに、「死んだように」眠る。それを見る度に、くりちゃんは小さく目を瞠ってしゃがみ込み、息をしているのを見ては安堵していた。
「何だ、生きてるか」
そう呟くくりちゃんの言葉は、まるで死んでいた方がよかったというようにも聞こえてしまうのだ。
煤
仏壇の天板の端が、煤けている。それを見つけたのはくりちゃんだった。
今時の仏壇は、本当に小さい。さすがに仏壇の事はわからなかったくりちゃんに代わり、僕と父で決めたのは、家庭用冷蔵庫よりも小さく細い仏壇だった。母のものである。三回忌を過ぎた今も、母の遺骨を墓地にやりたがらぬ父。再三墓に入れるように催促してくる親戚達に曖昧な返事をする父の横で、僕達は母の仏壇のお供えを整えていた。主に花やお菓子を買ってくるのは僕で、時折細かい部分を直すのがくりちゃんだ。細かい部分、というのは遺灰や写真の位置を直したり、お供えの位置を整えたり。全体的に見た時にきれいに見えるようにする。……という事に気付いたのは、割とつい最近の事だ。くりちゃんは猫のようなところがあり、人にそういうところを見せたがらない。偶々見かけたのは、いつものように仏壇の整理をしていたくりちゃんが、仏壇の天井を見上げている姿だった。
「くりちゃん、どうしたの」
「……仏壇」
「仏壇だね」
「ここが、煤けている」
「あぁ、本当だ」
浅黒い肌の指が示した先。らくだ色の木製の仏壇の中で、そこだけが焦げ茶色をしている。近付いて触れてみると、そこは他と同じようにつややかな塗装だったが、しかし確かに煤がついていた。けれど原因は既にわかっている。僕達は揃って目線を落とした――煤の真下。そこには線香立てがある。右手には鉢がある。
線香に燻された仏壇の天井。触れた手から、僅かに香の匂いが漂ってきた。小さな仏壇にありがちの事だ。それを物珍しそうに眺めているくりちゃんに、「これは落とせないねぇ、焦げちゃってるから」と笑う。そして、この仏壇が置かれてからの年季を思い出した。三回忌を過ぎたのだ。しんみりとした僕に、くりちゃんは何でもないように問うてくる。
「この煤けを見て思いだしたんだがな。両親の部屋だった天井。あそこもこんな風に煤けて骨組みが浮いているな。前から思っていたんだが、あれはなんだ」
「……僕もよく知らないんだよね」
些か唐突に思えた。しかし、自身も気になっていた事だ。僕は階段の方を見遣る。階段からカーペットになっていく。2階は全て絨毯だ。そして、両親の部屋――今は父専用の部屋となっている――の天井を思い出した。くりちゃんがいった通りの惨状となっているそれを。
以前、自身も父に尋ねた事がある。気がつけばそうなっていた天井について聴けば、父は頭を振った。
『煙草を吸っていてな』
それは奇妙な話だった。父は酒も煙草もやらないし、母は酒好きだが煙草はやらない人だった。だが、ふと床を見下ろす。確かに、絨毯の1部が焦げていた。だが、そんなぼや騒ぎがあった事など、自身も知らない。
『それで煤けたんだ』
腕を組んで淡々と語った。
結局、いまだにあの煤けはとれていないし、真相も知らない。ただ、少なくともこちらの煤けの方がきれいだった。
バスの隣
くりちゃんが出掛けた時だったという。休日、混んでいたバス。雪国だろうと容赦なく照らしてくる日光。冷房の効いたそこで、くりちゃんは1番後ろの席に座った。
「……」
市内の1部を循環する100円バス。どこで乗ってどこで降りても100円のそれは、電車の普及していない地元市民の貴重な足のひとつだ。鞄を膝に乗せると、くりちゃんは運賃を手に握り、そのまま背もたれに凭れた。左側には中年の女性、右側には10代ほどの少年が座っていたという。くりちゃんの意識を引いたのは後者だった。その日は猛暑日。軽い脱水症状に陥っていたくりちゃんは、睡眠不足もあり船を漕いでいた。その中で、少年の様子を窺った。
黒い薄手のスラックスに、白い半袖のシャツ。この季節、全国どこでも見られる男子学生の服装だ。くりちゃんも僕も嘗ては身を包んでいた服装だ。くりちゃんは着崩し気味だったが。うつらうつら、と眠気に襲われていたくりちゃんは、何となくその少年を見遣る。年の頃は中学生だろうか。線の細いだけで高校生かも知れない。日に焼けない質なのか、色黒のくりちゃんと比べても、えんじ色のシートに白い皮膚が浮いていたという。
くりちゃんはぼんやりと思う。降車ボタンは少年の方のを押したかった。最後方の椅子は長椅子に似ており、天井のボタンを押そうとすればバランスを崩して通路に倒れ込みそうだし、左側の乗客は、母親のような世代とはいえ異性だ。自身の見た目のガラの悪さを知っているくりちゃんはトラブルを避けるべく、せめて同性の右手の少年の方のボタンを押したかった。そして、ふと、気付く。
学生服の少年。彼は随分と涼しげに見えた。その筈だ。荷物らしい荷物を、何も持っていなかった。
(何かのさぼりか)
季節は、学生が夏休みに入る8月。中学か高校ならば7月下旬から既に入っている。男性は荷物を持ちたがらない傾向にあるが、それにしても少年は身軽すぎた。両手も膝も空いており、携帯電話や財布が入っている様子も見えなかった。ひょっとしたらくりちゃんの見えない位置にあったのかも知れないが、少なくとも、少年は「着の身着のまま」という印象だったという。少年は、非常時には開かれる扉の壁の前。後部座席の右側の隅に、ちょこんと座り続けていた。まるで身動きしない。カーブを曲がっても、ブレーキをかけても、それに合わせてくりちゃんがゆらゆらと体を動かしていても、少年はそのままだったという。
やがて、くりちゃんの目的地が近付いた。そろそろ降車ボタンを押そう。小銭を片手に、右手を向いた。そして目を瞠る。
『次は大学病院前、大学病院前』
アナウンスが流れる中、誰かが降車ボタンを押した。自身でも、少年でもあり得なかった。少年の姿はかき消えていた。
やがてバスが停まり、運転手に挨拶をしながら100円玉を落とす。そして病院を見上げた。そういえば、母もここに担ぎ込まれたのだった。少年も、嘗てその口だったのか。はたまた別の何かか。くりちゃんは予約時間を大幅に過ぎた科へ入るべく、急ぎ足で病院に入った。
廊下の影
引っ越してきたばかりの頃。くりちゃんがひとり部屋を与えられたのは早かったのは、以前に記したと思う。そのくりちゃんの部屋を、両親が模様替えしたあとの事だった。
僕達兄弟がそれぞれひとり部屋を与えられたのは、水戸の祖母からの命令に等しかったが、それでも教育方針というのはあったらしい。ある一定の年齢まで、扉は開け放っておく事が厳命された。恐らく親としての監督責任という事だったのだろうが、くりちゃんにとってはそれがよかったのか悪かったのかはわからない。
ある日の事だ。あの頃にはよくあった事だが、くりちゃんは、夕食を作っていた母に向かっていった。
「昨日の夜、廊下の壁と壁を横切っていった影があった。あれは何だろう」
くりちゃんとの部屋は、くりちゃんの部屋の押し入れで区切られている。
この日から、僕はとても部屋の扉を閉めたくて仕方なくなった。
こっくりさん
意外に思われるだろうが、くりちゃんは中学時代、演劇部だった。学生時代は一貫として部やサークルに所属する事のなかった僕に対して、くりちゃんは意外と部活動というものを好んだ。小学生時代は合唱団だったし、高校と大学は文芸部だった。
ただ、くりちゃんが演劇部に入った動機は「裏方がやりたいから」であり、くりちゃんが舞台に上がる事は3年間結局1度もなかったという。くりちゃんの見た目ならばさぞ舞台映えすると思うが、くりちゃんが大声を張り上げる事が想像できなかった。だが美術スタッフとして舞台装置を作る様だけは何とか想像できた。演劇の裏方には衣裳の調達や音響など様々な仕事があるが、舞台の脚本を頭に叩き込んでおく事は役者も裏方も一環としている。その為に、くりちゃんも、文化祭の前になると学校に遅くまで残っていた。
その演劇部の慣習のようなもので、学校の近所で営んでいる店からおにぎりが差し入れられる事があった。ウチの中学の演劇部は県内では優勝経験があったものの、学校内では弱小と軽んじられており、部室に割り当てられていた教室も頻繁に別の目的に使われていた。最終的に居着くのは図書室だったと、くりちゃんはいっていた。
その日は、本番に向けてのリハーサルや台詞合わせ、打ち合わせが図書室で行われた。しかし半ば休み休みのもので、中には囲碁をしながら打ち合わせをしている上級生もいたという。残念ながらこの中学の図書室の文献はあまり充実しておらず、本好きのくりちゃんもあまり普段は足を向けていなかった。なので、その図書室の隅。おにぎりを食べ終えたのち、戯れに触れた本棚から、くりちゃんはそれを見つけた。
「……」
「何見てんのー」
横から覗いてきたのは、のちに別の進路を辿り会う事もなくなってしまった同級生だったという。彼はくりちゃんの手にしたものをまじまじと見て――小さく悲鳴を上げた。
「何それ、きもっ、っていうか捨てなよ」
「……本に挟まっていた」
「誰だよこんな悪戯~~質の悪い」
「悪戯……」
そういう、くりちゃんの手には、一篇のルーズリーフが握られていた。有り触れた、罫線の引かれたルーズリーフだ。違うのは、そこに平仮名とアルファベット、数字。それに真ん中上方に鳥居が書かれている事――所謂「こっくりさん」の紙だった。
「え、何々。どうしたの」
「ちょっとこれ見てよ安定、大倶利伽羅の見てるのちょうきもい」
「は。……うわっ」
くりちゃんが示したそれを見て、彼もまた声を上げた。そしてすぐさまそれを取り上げると、「先生、これちょっと」と顧問へと話しかけにいった。
ちょっとした騒ぎになったそれを、くりちゃんはぼんやりと眺めていた。隠すようにして本に挟まれていたそれ。使用前か使用後かはわからなかった。こっくりさんは使用後は破いて捨てる、という約束事がある。
問題なのは、その「こっくりさん」の為の紙の文字が、全て赤茶色。十中八九血文字だった事だ。
その年も問題なく舞台は上演されたという。特に事故もなかった。ただ、その「血文字のこっくりさん」のシートの行方は知れない。
「誰かに使って貰いたかったのかもな」
その事を話した時、くりちゃんはそう締め括った。
見上げる
「うへっ」
「うわ」
母とくりちゃんの声が重なった。父は横目に、僕は振り返って2人を見る。
丁度、盆の親戚の家からの帰り道。父方の実家に遊びに行ったあとの事だ。すっかり暗くなった夜道を、車を走らせて家に帰るところだった。うとうとと船を漕いでいたくりちゃんは、それでも酔いやすい質の為に助手席に乗っている。僕は母と後部座席に乗っていた。その時は信号機は赤。のちに右手にはコンビニエンスストアが出来るが、まだなかった為に本当に暗い道だった。何せ田舎である。自他共に認めるど田舎だ。寧ろ田舎過ぎてそれが観光資源だ。
田舎だから、家も古い。くりちゃんと母が見上げていたのは、左手。とある一軒家だった。僕からするとただの一軒家だったが、2人の目には何かがあったらしい。首を傾げる僕に、2人は頭を振る。
「いや、見なくていい」
「みっちゃんはあっち向いてなさい、ね」
母とくりちゃんに同時にいわれ、かえって小さな反発を思う。父が、首を傾げながらも青信号になったので車を走らせた隙に、僕は後ろの窓からその家を見た。
古い一軒家だった。昭和の頃によく建てられた雰囲気の家だった。天井の屋根近くに窓がある。誰もいないらしく、電灯は点いていない。外灯もそこには当たっていない。
けれど、白い人影が、くっきりとそこに佇んでいた。
「――」
「ほら、行くよ」
普段は見えない僕にすら訴えかけてくるのか。母に促され、今度こそ前を向く。2人の目にはどんな風に映ったのだろう。結局、帰ったあともそれは話題にされなかった。父にとっては妻の霊感は若い頃からの日常だったし、くりちゃんと母にとっても普通だったのだろう。ただ、ヒトの形をしていながら、白い影しか見せぬそれに、奇妙な不安を与えられた。
その道は、父方の実家への近道だ。今もその家は建っている。あれから何度も窓を見上げたけれど、誰もいない。くりちゃんは見もしていない。あの時だけだったのか、それともまだいるのか。くりちゃんが何も話さないので、僕にはわからなかった。
おまけ
あなたのせい
「……」
「くりちゃん、どうしたの。パソコンをじっと見て」
「光忠、俺のパソコンをいじったか」
「え、いじってないよ。強いていえば、さっき子猫が駆け抜けていったぐらい。でもキーボードの上は渡っていなかったよ」
「そうか」
「壊れたの」
「壊れたのか、別の要因か」
「というと」
「メモ帳機能があるだろう。あれが開かれていてな」
「ふむ」
「そこに、『あなたのせい』と書いてあったんだ」
「……」
「俺のせい、となると、どれの話か。心当たりが多すぎてな」
「気にするところはそこかな」
End.