※この作品はR-18です。

刀剣乱舞SS集(BL・NL・友情主従ごった煮)   作:駒由李

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現代の北国の田舎町に暮らす大倶利伽羅の夜話。地味にへし♀さに前提で父:長谷部 母:審神者(作中では故人) 兄:CCP
▼「くりちゃんと僕」シリーズの番外編的なものです。今作は大倶利伽羅が語っています。


【とうらぶホラー】石段【現代パラレル】

 鬱蒼とした松の林。見上げても、登頂の見えぬ石段。濡れた地面。風にざわめく草。背中の向こうの街灯が点滅している。山の入り口。人気のないそこで、大倶利伽羅はひとり、そこに佇んでいた。金色の双眸が、宵闇に光る。浅黒い肌に伴う容貌は、しなやかな肉食獣を思わせた。草木に紛れれば、この辺りにも出るという熊も狩れそうだ。実際のところ、大倶利伽羅にそのような強さはなかったが。

 そして、今。喰われるのは自身だ。大倶利伽羅は、何とはなしにそう思う。こんなところに、ひとり。こうして立っている事自体、大倶利伽羅には理由がわからない。

 いつも通りに、過ごしていた筈だ。夕食を作り、風呂に入り、床についた。母の三回忌を過ぎた今は、家族3人で過ごす事に慣れていた。この日も父や兄に挨拶をして、眠りについた筈だった。

(懐かしいな)

 苔生した石段。それに足を踏み出す。そこで、自身がいつものスニーカーを履いている事に気付いた。見れば、服も普段と変わらぬものだ。寝間着に着替えて眠った筈なのだが……そう思いながらも、思い出す。

 松林に囲まれた、長い石段。周りのこの光景にも、見覚えがあった。幼少の頃より時折訪ねた、地元の寺だ。自宅より少し遠いそこは恰好のピクニックに適したところで、遍路の中にも、自分達親子や祖父母と孫のように、この寺の周りの小さな公園で弁当を食べている姿が見られた。それだけ地元民にはなじみ深く、また、地域信仰のメッカとしても知られているらしいと、ごく最近知った。この長い石段を登った先には、大きな池がある。底の泥の中の蛙の卵が見える程に水は澄んでおり、違う時に訪ねた時はオタマジャクシが戯れていた。

 しかし、夜に訪ねた事はない。

 大倶利伽羅は、石段を登った。子供の頃は気付かなかったが、ここの石段は急勾配だ。それでも大倶利伽羅は、歩を進める。思い出すのは、中学の遠足だ。

 大倶利伽羅が通っていた学校の行事で、この寺まで文字通り「遠足」に訪ねた事がある。常に車でやって来ていた大倶利伽羅が、意外にこの寺が自宅から離れている事を知ったのはこの時だ。歩き通し、途中で「熊出没注意」の標識を見て首を竦め、そして次の日に筋肉痛になったのも、今では良い想い出だ。雨男の自身にしては珍しく晴れ渡った空。母の弁当を食しながら、尚もはしゃぎ回る同級生達の体力に呆れたものだった。

 ――熊は、100mを6秒で走るという。運動能力が高い方であるという自負はあっても、野生のそれに勝てる気はしない。

「今出て来られたら、間違いなく喰われるな」

 ひとりごちる。その声は、自分でも意想外に小さい。階段を見上げる。足音は、苔に吸い込まれる。石段は湿っていたが、スニーカーの為か。蹌踉めく事もなく、大倶利伽羅は順調に歩を進めていた。ゆっくり、ゆっくりと。何かを惜しむように。

 想い出に浸っていた間に、気付けばそれなりに登っていたらしい。辺りは更に暗く、大倶利伽羅を囲んでいた。ただでさえ明るい色の服を好まない自身だ。闇に解けている事は自覚していた。

 ……思い出せば、幼い頃は違った。母は派手好みで、子供を着飾らせる事を好んだ。別段、悪い母親だった訳ではない。ただ、伊達好みの兄と異なり、自身はさして身形に頓着する質でなかったのが些細な差異だった。幼い頃にこの寺に遠出に来た時も、自身は母好みの服を着ていた。そういえば、中学の遠足の時は学校指定のジャージだった。だが、今は、反抗期や思春期を経た結果の自分好みの服を纏っていた。自分のワードロープの中でも特に気に入っている服である事に、ふと気付く。

 登る石段、雪国の秋の夜は雨上がりも相俟ってよく冷える。手や顔が冷えて火照るのを感じたが、しかし動きが鈍る事はなかった。寧ろ体を温めようとして、足を速めた。襟足を垂らした髪が、その速度に合わせて背中へ流れていく。そろそろ、石段の登頂が見えようとしていた。果たして、自分は何段と歩いてきたのだろう。この石段が長い事は地元では有名だが、幼い頃に兄と数えようとして途中で飽きてしまいグリコ遊びに転じてしまった記憶しかない。その時は祖父母と共に登頂を目指していた。池に集るオタマジャクシを見たのも、その時だ。あれは夏か、それに近い季節だった。よく晴れた日で、木漏れ日が石段の苔を照らしていた。

 それにしても、これは夢だろうか。今更のように、大倶利伽羅は考える。進める歩。ただ石段を登る事に費やしていた頭を、漸くその可能性に使う。

 寒いのは、寝相悪く布団を蹴飛ばしてしまっているせいかもしれない。北国の秋の夜は冷えるのだ。少しばかり足が疲れ息が上がっているのも、夢と同時に体を動かしているかも知れない。時折、水音が聞こえるのも、窓の外で夜露が屋根から滴り落ちているのかも知れない。過去にその経験があるからこそ、大倶利伽羅はそちらの自分も予想する。

 ただ、解せないのがひとつ。夜のこの寺を、自身はこのところ思い出しすらしていなかった事だ。

 今は秋だ。夜風を感じる肌も、それを伝えてくる。この寺が盛んになる晩春から初夏の季節は疾うに過ぎていた。廃仏毀釈などどこ吹く風、神仏習合の名残を残すこの地域はこの寺も例外ではなく、土着の神の信仰の講社もこの寺は兼ねていた。また、幽霊画が保管されている事も有名であり、雨乞いに効果があると知ったのもずいぶん前の事だ。

(そういえば、ここに来る度にいつも晴れていたからな)

 雨男で知られる自身が、晴れ男の兄を伴わなくても快晴だった遠足の日は、少なからず驚いたものだった。聴けば、その幽霊画が公開される日は必ず雨が降るという。それぐらい、ここは晴れている事が多いのだろう。

 そして不意に、気付く。濡れた石段、時折風に舞って頬に触れる水。

 雨上がり。それは、先程までその珍しい雨が降っていた事を意味する。それは、つまり。

「……着いたか」

 ひとりごちる。漸く、登り切った先。石造りの外灯。それのお陰で、その広場は見渡せた。木造の古ぼけた小屋。今は鍵がかかっているが、中には恐らく地蔵が並んでいる。そして、その右手に広がる大きな池――昔から変わらない光景だった。そして、辺りを見渡す。

 人気はなかった。風にざわめく木々。暗闇の中、虫の音や、獣の気配すらない。ここは山の中なのに。不思議に思いながら、広場へと足を進める。この寺に最後に来たのは中学生の時だ。その時はここに登らず、麓の公園で弁当を食べた。だから、ここに来るのは小学生以来だ。懐かしい思いを胸に抱いて見渡し――ふと、池に気付いた。

 木々が揺れ、月のない夜空では雲が常より速く棚引いている。その中で、池にはさざ波ひとつ立っていなかった。黒々とした水面には、外灯の光すら映らない。

 奇妙に思い、畔に進む。池の縁で膝を突いた。そして、街灯の下。それを、覗き込む。

 目が合った。

 

 

 

「くりちゃんが本当にあんまり起きないから、救急車を呼ぼうかとも思ったよ」

 27時間。自身が眠っていたのはそれ程の時間だったという。眠りすぎて痛む頭。心配そうな兄は、当番を代わって作ってくれたという食事を出しながらいう。小さな仏壇を背に卓袱台に向かっていた父も、「徹夜でもしていたのか」と問うてくる程だ。寝癖のついた頭。辛うじて顔は洗ってきたものの、いまだ意識が現実に定まっていなかった。テレビが、丸1日分自身が逃した情報を伝えてくる。昨日の新聞を捲りながら、自身は家族2人の話を聞く。

 曰く、自身が長く眠るのはいつもの事だったからと最初は放っておいた。しかしいつまで経っても起きてこず、兄が部屋を訪ねても、締め切ったドレープカーテンの中、薄暗い部屋で自身は寝息を立て続けていた。そしていくら揺さぶっても、飼い猫を嗾けても、自身は起きなかったという。

「正直その寝息も中々聞こえなかったから、わざわざ枕元まで行かないと聞こえなくて。一瞬死んでいるのかと思ったよ」

 そう話す兄の言葉に、申し訳なさが掠める。長い事ほとんど寝たきりだった母が起きないと思えば、既に手遅れだった。その事態を発見したのは誰よりも大倶利伽羅自身だった。今は背後の仏壇、骨壺の中の人となった母の事を思い出しながら、空腹を訴えてくる腹に忠実になり箸を手に取る。日頃は自身が食事を作っているが、兄も作れるのだ。白い飯に野菜炒めを載せる。咀嚼して飲み込むと、同じように卓袱台に着いた兄に話した。

「夢を見ていた」

「随分寝相が悪かったけど、夢も見ていたんだね」

「……どういう風に悪かった」

「布団を蹴飛ばして、まるで走ってるみたいな体勢だったよ」

「やっぱりか」

 肯いて、味噌汁を啜る。実は父の実家の農家から貰った馬鈴薯だ。首を傾げる兄と、食事をしながら聞き耳を立てている父の前で大倶利伽羅は思い出す。

 目が合った。だから、その場で立ち上がり、転げ落ちる勢いで石段を下りたのだ。無限にも思える石段は、しかし下りは速い。風が吹き荒び木々が軋む音を聞き、水滴を浴びながらも、必死で降りた。そして外灯が差す地面へと足を着いた時、自身は俯せで布団に横たわっていた。無論、寝間着である。

 あれは悪夢というべきか。涼やかな夜の山の野歩きは、それなりに心地よかったといえる。風の吹く石段も、不快ではなかった。懐かしい光景を、ただ夜の空の下で回想した夢とも思えた。幼少に見た光景を脳が合成したのかも知れない。

 但し、あんなのは覚えがない。

「●●寺の登頂に夜中に登った夢を見ていたんだがな。あそこに、大きな池があっただろう」

「あー、うん。そういえばあったね」

「あそこを覗き込んだらな、目が合ったんだ」

「オタマジャクシとかな。あそこいっぱいいたし」

「あぁ」

 想い出を共有する兄に、自身は重ねていった。

「但し、池にいたのは池からはみ出すぐらいの大きさのオタマジャクシ1匹だったがな」

 

 のちに聴けば、あの寺の石段は227段あるという。登って下って454段。さて、自分はどれだけの時間をかけて階段を上り、あの広場にいたのだろう。

 オタマジャクシの名が本来は縁起物、と聴いてもあの不気味さは拭えなかった。あの、夜よりも黒い、ぬらりとした体表面のオタマジャクシの目は容易く忘れられそうになかった。あのまま夢を見続けて、喰われなくてよかった。心底思う。

 そしてなぜこんな夢を見たのか。食事をしながらも首を傾げる自身に、兄は呆れながらも思い出した様子で尋ねた。

「くりちゃん、最近ホラゲーばっかりやってるでしょ」

「流行ってるゲームがホラーばかりなだけだ」

「今度発売するホラゲーも予約してるってね」

「面白そうだからな」

「確か小さい女の子が、探しものをして不気味な夜道を歩き回るゲームだっけ。変なものに好かれやすい癖に、そういうのをまた漁るから」

 溜息を吐く兄は、様子を窺っていた父の横で答えた。

「あそこ、うちから1番近い心霊スポットだよ。知らなかったの」

 

 夜に行った事のない理由を、この時にはじめて知った。

 

 

 

 

 

 

 

End.

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