▼まだ旅道具が揃ってないんで詳細は知らないんですが、今剣の極の話を聞いて、ふとある可能性を考えてみました。aphジャンルの方なら多分ぱっとわかるネタかな……
刹那、目の前で膝を突いた老爺に、陸奥守は驚く。しかし更に驚かされたのは、彼からもたらされた、そのたったひと言だった。
「王女殿下……!」
呼び出された政府。通された一室にて、控えていた近侍の彼は、思わずまじまじと自身の主を眺めた。一目で日本人ではないとわかっていた。まだ日本語が不自由で、同席しているこんのすけに搭載された自動翻訳機能に頼っている事も知っていた。しかし、呼ばれた肩書きと、ひいき目に見てもぼんやりとした少女が結びつかない。
しかし、今この時だけは、その老爺を労るように、静かな雰囲気を纏っていた。
「大臣。老けたな」
「元々老いぼれですゆえ……それで、殿下」
「わかっている。その方の様子を見れば、私がまだ我が祖国に帰る事が出来ないのはわかる。母上は、元気か」
「女王陛下はご健勝にあられます。殿下を心配しておいでで……」
「母上が元気ならば良い。……良いか、大臣。今は母上を何をもってしても守れ。今の欧米の情勢で渡り合えるのは、我が国では母上ぐらいのものだからな」
「はっ……」
目の前のやり取りを、こんのすけを膝に抱えたままひたすら凝視する。
そして思わず、零れ出た言葉は。
「似合わんのぉ」
「吉行、本音は今はしまっておけ」
どうやら自覚はあるらしい。きっと睨んできた老爺を制した審神者は、頬杖を突いて溜息を吐いた。
着任して1年以上。この白人の少女がロイヤルファミリーと呼ばれる存在である事を、初期刀の彼は今はじめて知った。
「こっちでも、歴史修正主義者は跋扈してるんだ」
そういって、手ずから茶を淹れる。ハーブティーと呼ばれるそれは、祖国で愛飲していたものらしい。しかし彼女の身分を知ってからは、どうにも落ち着かない。そんな陸奥守の緊張を知ってか知らずか、蜂蜜を垂らしながら審神者は淡々という。戻ってきた本丸。短刀男士達がはしゃぐ声がする。ただの「身内との面会」と聴いていた。真実を知ってしまった今は、その声が遠く聞こえる。思わず抱えたままのこんのすけは、膝の上でその緊張を受けてか、黙ったままだった。カップを差し出してきた審神者は、ごく今まで通りに淡々と話す。
「そのせいで治安が悪化してるのは、ウチの国でも変わらなくてな。ただでさえ王室はこの200年以上で半数以下に激減したから、跡継ぎの私が頼れる国も中々なかった。その中で、手を上げてくれたのが日本政府だったんだ。――所謂『審神者』の適性持ちだったのが決め手だったんだろうな。表向きは留学という体でこちらに来ている。……吉行。坂本竜馬氏はリベラルな人物だと聞いていたが、たかが王女にそんな態度でどうする」
「……おんしが1年も、そんな事をひと言もいうてくれんからじゃ」
「いう必要もなかったからな。戦場では、貧民だろうと王だろうと死ぬ。精々墓碑銘が変わるぐらいだな。それに、お前らはこの日本の神であって、私の国の民ではないだろう」
たかが王女。そういえるのは自分自身が王室の人間だからだろう。そう思いながらも、陸奥守は漸く、腕の中のこんのすけを解放した。直ぐに降り立ったこんのすけは、何もいわずに部屋を辞する。この場にいなくとも、この本丸の結界の中にいれば自動的に翻訳がなされる。元はといえば千年以上のジェネレーションギャップや方言を話す刀剣男士達の為の機能だったと陸奥守は聴いている。しかし他国語にも対応しているとは。あの小さな体に詰まった高性能さに内心で呆れながら、カップに手をつけた。レモンバームの香りが、心を落ち着かせてくれる。一口飲んだあとで、ふと、陸奥守は顔を上げた。
確かに、歴史修正主義者の跋扈により、国内外問わず治安が悪化している。それ以前から第2次東京大空襲から今なお回復しきっていない日本は国際化に伴い、海外からマフィアも流入している。そう、日本も決して、海外からの攻勢に安全とは言い切れないのだ。
以前、国際協力して捕まえたマフィアのボスを釈放するよう、身内を人質に取られた審神者が、政府高官の息子の審神者の本丸を制圧。爆弾を仕掛け、「釈放に応じなければ自分達ごと爆破する」と政府を脅迫した。その事件事態は、検非違使を利用して解決したらしいと聞いたものの、つい先程判明した事実は、反芻する度に陸奥守に緊張を与える。前の主ならば、こんな相手にどういう態度をとっただろう。……屹度緊張の欠片も見せなかったに違いない(そういったところは今の審神者と似ている気がした)。しかし、相手は、損なえばどうなるかわからない人物だ。国はともかく、民に害があっては困る――正体を知られ、先述の事件のような事があったら。そう思って正直に口にする。
審神者は平然としたものだった。ローズヒップティーを口にしていう。
「それは政府にいってくれ。今のこの国の政府は、出来るだけ欧米に恩を売っておきたいんだろう。精々、この本丸を、歴史修正主義者や検非違使はともかく、そういった『外敵』から守るように努めて貰うしかないな」
「おまんは……」
「どちらにせよ、祖国にはいられなかった身だ。出来るだけ遠く離れたこの国に来られてよかったよ。……こちらでは、未来の子孫を連れてきて、過去の重要人物に働きかけるという事もするからな」
「――成る程」
つまり、物理的に距離を置きたかったのか。なぜ遙々と、日本に来たのかは理解できた。陸奥守は肯く。
治安が荒れており、いつ拉致されるかわからない。王室の人間が歴史修正主義者に連れて行かれれば、過去のどんな歴史を書き換えられたものかわからない――近くの書架から、洋書を取り出される。こんのすけの機能により、それが「近世ヨーロッパ史」という書物だと示していた。カップを置き、それのページを開く。英文が頭の中で訳されていく。
日本の「王家」に当たる存在は、謂わば国内の統治者としての権限を発行する役所であり続けた。しかし、それは異端な方だ。この書物の中にある通り、近世以前の王室・王家といえば、国や軍を引っ張り統治する強権的な存在だ。
とかく、その中で目立つのは「ハプスブルク」「ブルボン」「ロマノフ」などの単語だ。本に眼を落とす陸奥守に、棚から引っ張り出してきたクッキーをかじりながら審神者はいう。
「その本を読めばちょっとわかるだろうが、欧州の王家の人間っていうのはどこかしらで血が繋がってるんだ。政略の為に嫁にやったり婿にやったりしてるからな。ロシアのエカテリーナ王妃なんて簡単にいえばドイツ人だし」
「日本も似たような事をやっちょったようじゃよ、特に戦国時代は。大名同士の話じゃが」
「どこも似たようなもんだ。お陰で、戦後立憲君主制になったウチの国の王家も、あちこちと血が繋がっててね。系図を遡れば色々混ざってて、屹度お墓参りをするなら欧州を行脚しなきゃいけない。これはどこの王室の人間にもいえる事だけどね」
溜息を吐く、審神者をこっそりと見遣る。北欧の出身だと聞いている。テレビや新聞では、あの辺りにある小さな島国が、NATO加盟国と露西亜間の紛争・抗争の中継地に晒されているという。あそこは確か立憲君主制で、今なお王室の言葉が強いとも聴いた。政府で聴いた話の通りならば、恐らくあそこの出身だろう――審神者の正体に思わず溜息を吐き、ふと、ある記述が目につく。
1700年代、ハプスブルク家の相続問題。著者は歴史家として悪癖があるのか、この時の婚姻に際する「if」が綴られていた。この時の長女、マリア・テレジアの結婚相手についてだ。ごく些細な著述だが、そこから目が離せなくなったのは、なぜか。
審神者は、淡々という。
「特に、18世紀にオーストリアからお嫁さんを貰っていてね。そのお嫁さんとその兄弟姉妹の子孫が狙われる傾向にあるんだよ。こっちの歴史修正主義者は、この頃の歴史を改変する事にやたらと固執してて」
カップを口にした。
「『ハプスブルク家マリア・テレジアとプロイセン王太子フリードリヒ間婚姻阻止大隊』なんて長ったらしい部隊名の奴らがいるんだ。彼らの間に子供は5人いてね。うちは偶々娘さんをひとりお嫁に貰ってるもんだから」
「その2人が祝言を挙げたのが、そんなに悪い事だったき?」
「さぁ。でも、歴史家はこういってるよ」
涼しい顔で茶を啜る、彼女は本を片手に淡々と語る。
「もしもマリア・テレジアが政略結婚に甘んじず、ロレーヌのフランツとの恋愛感情を優先させて異例の結婚をしていたら、屹度ヨーロッパ史は大きく変わっただろうって」
「でも、王族が恋愛結婚なんぞできんじゃろ」
「だから、歴史家の夢物語さ」
そういって、ヨーロッパでは有り触れた王女殿下は、ハーブティーを啜り終えた。
正史
(とある「正しい歴史」の話)
End.