▼近所の銭湯のある辺りは、たくさんの躑躅を植えている家が多いので。低木の筈なのにめっちゃ育ってて高木になってる……
死斑が出ている。それ自体は何の不思議もない。自分達が駆けつけたのは、事件発覚から30分以上が経過してかららしいからだ。ただ、それから推測される死亡推定時刻が可笑しかった。
そも、この遺体の状況事態が尋常ではない。持ち込まれた仮設テントで覆われた事件現場。持ち込まれたシートでは、彼ないし彼女の体は覆いきれない。辛うじて見える大腿に刺し傷が見える。死体の腹から高々と伸びるそれを、呆れた心地で見上げた。季節は春。咲き誇り、現場に散った花弁を散らす、ツツジが美しい。鮮らかな紅色が、薄汚れた仮設テントの中で異彩を放っていた。
「■■さん」
名を呼ばれ、振り向く。狩衣に面布の少年が、テントのカーテンを潜っていた。どよめき囁く役人やくだぎつね達の中で、長谷部を伴う彼は比較的落ち着いている。何度かこういった「事件」で顔を合わせた事があったが、肝が据わった審神者だと思っていた。そんな彼も、個人を隠す面布の下で、顔を顰めているだろう事は伝わる。彼の近侍の長谷部が潜ってきた前で、死体から生えるツツジを尻目に、デバイスを展開する。
「いわれた通り、残ってた刀剣男士に事情聴取をしてきましたよ。……この本丸は、もう駄目ですね。丸ごとお取り潰しの方が手っ取り早い」
「そんなにひどかったのか」
「ええ」
いって、自身の長谷部に目を配らせる。対する彼は肯くと、他の役人へメモを片手に歩いていった。
それが今回のこの事件。あの奇怪な死体を作ったと思われる犯人と同じ分霊の彼への気遣いだとは、いわれずとも知れた。声を潜める少年は、デバイスをスライドさせながらいう。向こうでは、自身の近侍の鶴丸と彼の長谷部が何やら話し合っていた。額を寄せると、少年の顎から首まで色が悪いのに気付いた。
「『これ』、はじめてじゃないようです」
「……こんのすけは何をしていたんだ」
「よくある怠慢――では済まされない何かに巻き込まれていたようです。調べたら、この本丸に同一に着任した記録があるのに、あの遺体の人以外は行方が知れていないんです。役人も、責任者が転々としていて問題が浮き彫りにならなかった。着任した人達は、元々予備役で、あとから引き継いだという形で本丸を貰っていたようです」
いわれて、ふと、再び遺体を見遣る。
この被害者の審神者は、恐らく死の直前。デバイスで政府に助けを求めてきた。緊急のホットライン。政府は至急、この本丸のこんのすけに応答を求めた。答えはなく、武装突入をした。
本丸には奇妙に人気がない。しかし、並んで歩いていたり、縁側に座っている刀剣男士達は、穏やかに笑い合っていた。
捜索は難航しなかった。本丸の執務室の前。そこには庭園が広がっている。そこに、ひとりの刀剣男士が立っていた。にこにこと、愛想良く笑っていた。彼の足元には、狩衣を着た「何か」が倒れていた――腹から、立派なツツジを咲かせた。
長谷部は返り血を浴びたまま、事もなげに笑った。
『おや、どうされたんです。新しい主がやって来たんですか』
へし切長谷部は緊急捕縛。他の刀剣男士達も纏められ、現在役人達が対応に追われている。
この事件の解決の為に呼び出された自分は、同様に招集された少年の言葉を聞いていた。用兵を頼まれる彼に対し、自身は推理を頼まれる。それぞれの得意分野の為にワトソンになってくれた少年は、頭を振りながらいった。
「今までの審神者達については、わかりません。今回殺された審神者については、刀剣男士達から話を聞いて、様子を纏めました」
「教えてくれ」
「……あの審神者が着任したのは、去年の夏だったそうです」
園芸に興味があった。だから、そのツツジの木を見た時、ひどく残念に思ったものだ。
「長谷部。このツツジは何色の花を咲かせるんだ」
「桃色ですかね。年々、赤味は増していますが」
着任してそれなりに経った頃。審神者は、近侍にしていた長谷部に尋ねた。仕事を終えて庭を散策していた中、見つけたのは、見覚えのある低木――低木というには、少しばかり成長しすぎていたが。
これはツツジだ。自宅にも、実家の近所の人々も、好んで植えていた。春になれば黄色、白、ピンクといった鮮やかな色の花々が咲き乱れる。その様はとても美しかった。ここまで高く育ったツツジは、さぞ壮麗な姿を見せてくれるのだろう。だから、尚更残念だった。特にピンクのツツジは、自身の好むところだった。
「そうか、残念だな。もっと着任が早ければよかったんだが」
「ツツジが、お好きですか」
「うん。特に赤系統のはね。実家で育ててたツツジもピンクだったんだ」
そういうと、長谷部は優しく微笑んでくれた。胸に手を当てて、うっそりという。
「それなら、来年の春まで待ちましょう。手入れは俺がやります。来年の春には、赤いツツジをお見せしましょう」
「長谷部、お前、園芸も出来るのか」
「お望みとあらば」
長谷部は笑う。
「新しい主。貴方の為にも」
そして、その目をツツジの木へと向けた。
所謂引き継ぎだ、とは役人の話だっただろうか。勤めていた会社はそれなりに大きかったが、粉飾決算が発覚して忽ち株価は暴落。せめて退職金の出るうちに、と辞めた足で政府に審神者として戦線に出る事を望んだ。学生時代に見習い期間を済ませ、■だけは取っていた。退職金と保険金で食いつないでしばらく。自身に頼まれたのは、主のいなくなった本丸だった。流行のブラック本丸か、と恐る恐る尋ねても、こんのすけは首を振るばかりだ。
『私達には、審神者様が必要なのです』
何度も繰り返すくだぎつねを、少々不気味にも思った。しかし、懸念は晴れた――本丸は、とても穏やかだった。
特に、近侍として率先して仕えてくれた長谷部は、見習い時代に接した長谷部と変わらない。師とした審神者に対しての長谷部と、よく似ていた。
(同じ『長谷部』なんだから当たり前かな)
だから、何も疑いもしなかった。見習い時代と変わらない、違うといえば立場だけ。刀剣男士達は、何の遠慮もなく自分と付き合ってくれる。彼らを編成し、敵を駆逐する。その繰り返しの日々を続けていた。
「主、起きてください」
1年近くが経った頃。そろそろ暑くなってきた季節。晩春の早朝、審神者は起こされた。囁くような小声。揺さぶられて起きれば、長谷部は、障子から差し込む朝日の中、微笑んでいた。
「主、ツツジが咲きましたよ」
「え、本当」
わき起こったのは、1年弱前の事だ。このところ仕事が忙しく、ろくに庭を見ていなかった。長谷部から手入れは欠かしていない、そろそろ咲きそうだ、とは聴いていたものの、いよいよ咲いたという。服を着替えると、習慣でデバイスを懐に入れながら、長谷部に連れられて、庭に下りた。朝露で湿った木々、朝を告げるスズメ達。彼らの声を聴きながら、自身は長谷部に先導されてやって来た。
俄には信じがたい光景が、見えた。
ツツジは、一気に全ての花が咲きそろっていた。赤に近いピンクのツツジが、朝露に濡れている。思わず駆け寄って、造花でない事を確かめた。昨今の造花は出来が良すぎるのだ。そしてそれが真実、生花だと知って驚く。こんなに一時に咲き揃うとは。自身は笑って振り向いた。長谷部の胸から上が見えた。長谷部は、優しく微笑んでいた。
「凄いね長谷部、手入れを頑張ってくれたんだ。有難う! すっごくキレイだ。次からは自分もちゃんと育てるを手伝うから」
「喜んでいただけて光栄です」
そういって、長谷部は、審神者の太股を刺した。
一瞬の事。何が生じたかわからなかった。目を瞬きながら、膝が落ちる。見ると、貫通した太股から、血がしみ出て来ていた。思わずしがみついたツツジ。縋ったまま、振り返る。
長谷部は音も立てず、抜刀していた。刃の先から、血を振り払うのが見える。長谷部は、笑っていた。
「主は、赤いツツジがお好みだそうですね。これはまだ、桃色の域です。主」
それ以上は聴きたくなかった。痛みと熱、及び出血がひどい。長谷部に背中を向け、這いずり出す。懐でデバイスが作動したが、構っている余裕はなかった。
訳がわからなかった。自分は普通の審神者の筈だった。少なくとも、いきなり殺されるような真似をした覚えはない。なのに、なぜ。
刹那、足首を掴まれる。
「――――!!」
「主」
その声は、いっそ、優しかった。親が子を窘めるような、猫を撫でるような声。
一挙に引きずり込まれる。ツツジの隣に転がされた。その上で、長谷部が切っ先を向けていた――審神者の腹に。
「主のお好きな色に、染めてくださいね」
「遺体の状況と、その話は合わないな」
狂気の沙汰。そうとしかいえない話は、少年の審神者の顔色を悪くさせたものの、自身には腕を組ませるものがある。首を傾げて、自身はいう。指で、遺体を示して。
もがいたのだろう、服がぼろぼろだ。見える皮膚には死斑の出た、性別もわからない遺体。書類を見れば男女ぐらいはわかるだろうが、それは後回しだ。
庭の1部を捜査現場として仮設テントで切り取ったそこ。鮮らかに赤い花弁を散らすツツジは、化生の類だろう。それは疑いようがなかったが、気になるのは、23世紀では一応探偵として活動していた自分の疑問だ。少年に遺体を見せながらいう。
「この死斑。これで死亡推定時刻がある程度計れる。これだとごく数時間前に死んだ計算になる」
「それで」
「今の話だと、長谷部は遺体に木を植え付けたんだろう。動機や方法はどうあれ、これだと、死んで数時間で、こんな大きさのツツジが育った事になるぞ」
いって、改めてまじまじと遺体を見遣る。傷口から生えたツツジは背が高い。腹を貫通して背中の下の地面には、ツツジの木の根と思しきものが高きから低きに僅かに根を張っている。
そこで、ふと気付いた。この地面は、他の植木と比べ、やけに盛り上がっている。
それをしゃがみ込んで観察していると、彼は居心地が悪そうにいう。
「……今、俺が話した話は、刀剣男士から聴いた話を纏めた、っていいましたよね」
「それがどうした」
「つまり、自分達の主が長谷部に殺される光景を、彼らは眺めていたんですよ。それでも、あんなに穏やかに笑っていたんです。……今回は偶々長谷部が手を下しただけで、以前は他の刀剣男士がやったのかも知れない」
思わず振り返る。予想通り、ばつが悪そうな彼は、じっとこちらを見ていた。
「……それを、なぜ許していた。彼らは」
土に触れる。意外に脆い。手袋越しのそれは、あっさりと崩れる。思わず手元を見た。そして目を瞠る。
木の生えた遺体。その下の地面の中。古びた狩衣に、根が深々と絡んでいた。
「これは、憶測でしかないんですけども」
目を瞠り、声もない自身。少年はその手元をまじまじと見詰め、いった。
「『屠殺』、じゃないでしょうか」
「誰が土に埋めた人間を食べたというんだ」
その問いに、彼は答えない。ただ、代わりに手招きする。地面から手を離し、呼ばれるまま、仮設テントから顔を出す。
血腥いテントの中とは打って変わった、青々とした木々や草花。向こうには池があり、通りすがりに見た時は、鯉が元気に泳いでいた。自分の本丸よりも、この本丸は、元気なように見えた。特に、丁度、安土城と福岡城を足して割ったようなあの城は美事なものだ。まるで今、建築されたばかりのように、美しさを保っていた。
異様な程に。
『付喪神とは、万物に憑く化生である』
背に氷が落ちた。
躑躅ヶ底、花底蛇
■■■■■■部隊の本丸は永らく管理を放置されていた。それまでの責任者は処分され、本丸は事件解決に協力した審神者2名の意見を受託し、空間ごと「お取り潰し」となった。
人権を持たぬゆえに罪を問えない刀剣男士達は、奇妙な事に、あの城から離れた事で「正気」に戻ったという。
殊に長谷部は自身の行いに思い悩み、引き取り手が見つかる前に自壊した姿が政府保護下の一室で発見された。
それはまるであのツツジが腹を裂いた審神者のようだったと、現場を見た役人は証言した。
ただ、結局、最初の審神者がどこの誰だったのか。何が起きたのか。それだけは未解明のままだ。ただただ美しい、あの城を残し、消えた審神者は。
End.