▼ふと「普段は名前呼びだけど最中にお父さん呼びするへしさに♂」が思い浮かんで。最低です。この話の審神者は小学生なので……そういう話はないかと……将来的にそうなる関係なのでへしさに♂です。
お題は「わるものマニア」(http://www.w-mania.com/)より。
pixivからの転載
「主」
名を呼ばれ、砂山から振り向く。見慣れたスーツ姿の男が、通勤鞄を片手に人気のない公園の柵の向こうから手を上げていた。
長谷部だ。
「帰りますよ」
「うん」
声を掛けられ、足元から砂を払う。そしてベンチに投げ出していたランドセルを背負うと、柵をすり抜け、長谷部の手に縋り付いた。すると、握り替えされ子どもは笑う。歩き出しながら話題を振った。
「今日のご飯はなあに」
「海老ピラフとオニオンスープです」
「燭台切ならアボカドサラダも加えるところだね」
「仕事帰りのサラリーマンにそこまで求めないでください。……手伝ってくれたら考えます」
「わあい」
夕焼けが見える。カラスが鳴いていた。行き交う人の中を、似ていない青年と少年が連れ立って歩く。それでも彼らは親子だろう。人はそう推し量るだろう――彼らの会話、言葉遣いをよく聞かなければ。
手を繋がれた子どもは、ふと、目を遠くにやる。その目は、あどけない容姿に似つかわしくない老成したものだった。
「長谷部。今日も、本丸の誰かと会うことはなかった」
「……いいえ、主。誰とも」
「そっか。俺もだよ」
そういって、繋ぐ手に力をこめる。長谷部は、その手の小ささをなぞるようにまた握り返す。
この手を最初に握ったのは、この子どもが――嘗ては審神者と呼ばれた男が、幼子として親戚の葬儀の場に鎮座していたときだった。彼がかつて10代だった頃からの付き合いだった。だからすぐにわかった。わかったから――まだ子を持つには若く、独り身だったという制限を超えて、その手を握った。子どもは、まだ名乗らなかった自分を見て「長谷部」と呼んだ。それで、長谷部には充分だった。
この奇跡は、あとにも先にも起きていない。あの頃の誰とも、長谷部は会えていない。それは人生をリセットされて10年そこそこの審神者も同様だった。長谷部が見下ろした先、審神者は遠くの信号にピントを合わせたようだった。歩調は変えず彼はいう。
「ねえ長谷部。どうして俺たちは出逢えたんだろうね」
「……」
「運命とか神の采配とか、そういうので片付けられたら楽だろうけど」
長谷部は答えない。答えられない。審神者の歩幅に合わせてゆったりと歩きながら、横断歩道を目掛けた。見当違いに心配したのは、この、今は幼子となった審神者の学校での動向だ。大人びた――中には老年の分別がある――この子どもは、学校で無事に過ごせているのだろうか。今は主従ではなく養父と養子として関係を持った審神者を心配していると「聞いてる長谷部」と下から声が上がった。あの頃より甲高い声に長谷部は微笑んだ。できるだけ優しく見えるようにと祈って。
「聞いていますよ。――いいではありませんか。2人だけでも」
「……」
「あなたは寂しいかも知れませんが……たとえあの頃の誰ともこれから会うことがなくても、今は俺が父親としてあなたをお守りしますよ」
「……じゃあ、長谷部」
円らな目が長谷部を見上げる。互いに歩みが止まった。信号が、赤になっていた。
「そろそろ、お父さんって呼んでもいい」
「――」
声が詰まる。赤信号が視界にちらついた。
言葉を返す前に、審神者は目を伏せる。大して落胆した様子もない。――慣れてしまったのだ。
「無理しなくていいよ。でも、『主』って呼ぶのは人前では避けてね。何度も言ってるけど」
「……承知しています」
「できれば敬語も外して欲しいんだけど。まあ、無理は言わないよ」
顔を上げてくる。審神者の顔には苦笑が浮かんでいた。
それに罪悪感が募る。
知っていた。今の審神者は生まれ変わった。ゆえに年相応に親の愛を求めている。しかし自分に与えられるのは飽くまで保護者としての愛情だ。親には、代われない。
否。どこかで代わりたくないと思っていた。愛情はある。しかしその愛情の名は――
(この感情の正体を探ってはいけない)
顔を上げる。赤信号を睨んだ。なかなか青には変わりそうもない。それでいいと思った。幼い手を握って。
すくなくとも、この手が小さいうちは、青信号にしてはならない。主のためにも。そう、自分に言い聞かせた。
了