▼平たくまとめると、まんば代表刀剣男士:ほむ/ほむ 審神者:ま/ど/か こんのすけ:Q/B
この審神者が召喚したという実家の妖刀とは「あるじ切り」(女審神者+同田貫)の審神者です。こっちの話でいってた「才能溢れすぎた子孫」の話。
違和感は、覚えた。
「……なんだ、その目は」
幼い目だった。どう見積もっても、神の内は過ぎていても、10にも見たぬ子供だ。狩衣と草履に烏帽子。それらが、奇妙に浮いて見えた。まるで着こなせていない。しかし、それよりも気になったのは、その目だった。
確かに、こちらを見上げている。見ているのだ。焦点も合っている。しかし、奇妙に光がないように見えた。まるで、何かを失ったかのように。
「写しだというのが気になるとでも」
「うつし……そういうのはよくわかんないや。俺は、君がいいなって思ったから」
答える声は、それなりに明瞭だ。しかし、どこか霞がかっている印象もあった。それがなぜか、この時の山姥切にはわからなかった。だから、黙って布で身体を覆う。そして、子供の――自身の主だという少年の向こう。そこに立つ、老爺を見た。狐の面を被った、狩衣に烏帽子の老爺だ。それを、睨め付けた。
面の奥。その目が嗤っているように見えた。それは自身だけでなく、この少年にも向けられているようにも思えたのだ。
狐が走る。そこは本丸と呼ばれる場所の一角だった。狐、なのだろう。しかしそれは、一見すれば奇妙な生き物だった。狐が、狐の面を被っていた。確かに四つ足で駆けるそれは獣のそれだ。しかし、人のつける面が、それがただの動物でない事を示していた。
「審神者殿、審神者殿」
更に、その面の下からは人の声が漏れる。それは、この本丸の主。10歳にも見たぬ少年を捜し求める声だった。尤も、人語を解し、喋る狐は、ここでは珍しい話ではない。新たな刀を鍛える際にアシスタントの役目を負う狐、刀の修復を手伝う狐、中には刀とワンセットで共にいる狐――最後のそれは面を被っていないが、とにかくここでは珍しい話ではなかった。ただ、一点。ここの審神者を、「審神者」と呼ぶのはこの狐だけだった。
本丸を仕切る、審神者のアシスタントである。「こんのすけ」と名乗る狐だった。尤も、このところは最初に彼が呼び出した山姥切にその仕事を持って行かれてしまい、その存在感は薄れていた。だが、今は違った。だから、彼、あるいは彼女は走っていた。偶には審神者に接さないと、ここの幼い審神者は自身を忘れてしまうだろう。その焦りによるものだった。焦りの由来は、今のところ、彼しか知らない事になっているが。
知られてはならないのだ。
「おや、これはこんのすけ殿、だったかな」
不意に、声がかけられる。そこで急ブレーキ。声の方を向いた。そして、目的の人物を見出す――但し、自身を呼び止めたのは審神者ではなかった。だから、面の奥で顔を顰める。
うららかな本丸の日差し。青い狩衣の青年が、縁側に腰掛けてこちらを見ていた。彼の膝の上では、幼い子供が横たわっていた。小さな烏帽子が青年の傍らに置かれており、青年が、その片手を子供の頭に乗せていた。狐の鋭敏な聴覚には、その子供の寝息が聞こえてきた。だから、ひとまず息を吐く。そして、ゆっくりと歩み寄った。
「これはこれは、三日月宗近殿。審神者殿はお昼寝ですか」
「子供は寝るのが仕事だからね。ましてや、主は今朝は早かった。子供に寝不足は良くないからな。それで、何の用かな。今の近侍は俺だから、俺が用件を聞いておくよ」
「……それはそれは」
こんのすけは、内心で舌打ちをする。歩み寄ったものの、半径1m以内には入れて貰えなさそうだった。本来の姿は太刀である青年――三日月には、奇妙な気迫がある。天下の五剣の中でも最も美しいとされる彼は、刀であった時は実戦に出た事はないともいわれている。しかし、実際はどうだ。こうして付喪神となって姿を現せば、膝の主に何者をも近付かせまいという気迫を見せる。しかし、それでもこんのすけは引き下がる訳にはいかなかった。腰は落ち着けず、四つ足で立ったまま、こんのすけは顔を上げる。作り笑いでも見せたかったところだったが、生憎、面では見えなかった。
「単純な話、私も審神者殿にお会いしたかったのですよ。ここのところ、近侍の山姥切国広殿には遠ざけられていましてね。ここの審神者殿は、動物好きらしく、私の事もかわいがってくださいますから。それに、審神者殿には今日の任務を終わらせて貰わないと」
「最後が本音かな」
声の調子だけ訊けば、穏やかなものだ。しかし、言い切ったそれは否定を許さない。言葉のでないこんのすけの前で、三日月は審神者の頭を撫でた。子供らしく、まだ小さな頭だ。孫を見る祖父のような顔つきだが、しかし、こんのすけに向ける声は冷たい。
「山姥切が帰ってきてからでもこなせるだろう。長くかかる遠征ではないからな。俺は彼から留守を預かっている身だ。今日の主は眠そうだから、遠征中は昼寝でもさせておくようにとね。さっきもいったが、子供は寝るのも仕事だよ」
「審神者殿は、ここの審神者です。普通の子供と違いますよ」
「子供だよ。普通のな。審神者としての才能に溢れているだけの、まだ10にも満たない幼子だ。……ああ、普通でなくしたのは『お前達』だったか」
とぼけた様子だ。飄々としたそれは、まるで今日の天気について世間話混じりに喋っているようだ。しかし、内容は唐突に、核心を突く。思わず見上げる。三日月は、変わらずその手で審神者の丸い頭を撫でていた。表情も、いつも通りにごく穏やかなものだ。しかし、こんのすけは知っている。付喪神、自分達が俗に刀剣男子と呼ぶ彼ら。彼らが「神」であるという事を、こんのすけはいやという程知っていた。
23世紀。ここの審神者が最初に鍛えた山姥切と共に、政府からついてきたのだから。
獣の身体に汗腺は乏しい。内心でのみ冷や汗をかく。こんのすけは知っている。彼らは反転すれば、歴史修正主義者になってしまう。神とは2つの側面を持つものだ。殊に、長い歴史を持つ彼がそちらに転ずれば――こちらに刃を向ければ、どんな強敵になるや。想像するだに恐ろしい。こうして、ぼんやりとした冷気を浴びせられているだけでも恐ろしいのに。それに気付かないのか、審神者は目を覚ます様子はない。ただ、健やかな寝息を立て続けていた。三日月は、淡々と言葉を連ねる。
「山姥切が、決して主から目を離すなといっていた理由が、よくわかったよ。隙を見つければ、そうして、こんのすけ殿。お前が近付いてくるから、なんだな」
「……私は、審神者殿と親しくしたいだけですよ」
「主は動物好きだからな。五虎退の虎達や、鳴狐のお供ともよく戯れておる。子供らしく、誠に微笑ましい姿だ。短刀達と遊んでいるのも、賑々しい。こんのすけ殿と共にいる様も、まぁ、見るだけならば微笑ましいな」
「なら」
「その面さえなければ、純粋にな」
それに、こんのすけは答えない。こんのすけの頭に浮かぶのは、鳴狐のお供の狐だ。首巻き程の体長しかない狐だ。しかし、少なくとも面はつけていない。五虎退の虎達も同様だ。こんのすけは、アシスタントの狐達にも言及したかった。しかし、この男ならば既に気付いているだろう。彼らは基本的に口を利かないのだ。
空は、青い。よく見れば、薄く、月が浮かんでいた。下弦の月だった。三日月の声が、静かに響く。
「俺はな、こんのすけ殿。出来れば、『お前達』とも仲良くしておきたいんだよ。主の今後の為にも、これからの歴史修正主義者達との戦いの為にも。でもな」
息を吸った。面越しに見る、その顔には背筋を凍らせるものがあった。いつも穏やかに微笑んでいる、その顔には「無表情」そのものが貼り付けられていた。
「主がお前と戯れる度に、思い出しかけていた様子の『記憶』を忘れてしまい続けるようだったら。こちらにも考えがあるぞ」
面越しの――「使い魔」越しの、23世紀。2205年、政府の片隅で、とあるベテランの審神者の老爺が息を飲んだ。
最初に山姥切がその違和感に気付いたのは、短刀「藤四郎」が揃いはじめた頃の事だ。
「へえ、兄弟なんだ」
「えぇ。主様にもいらっしゃいますか」
五虎退に尋ねられ、はた、と審神者は首を傾げた。その腕には、こんのすけが乗っていた。その目は、審神者を見詰めている。
「……さあ」
返ってきた言葉は、ひどくとんちんかんだった。その場を、山姥切は目撃した。
「ふーん。じゃあ、その『山姥切』って刀がまんばのお父さんにあたるの」
「……少し、違う。あんたの時代の常識でいえば、クローンに近い」
休憩時間だった。近侍の山姥切は、馬の世話をしながら答えた。その時、共に馬当番に当たっていた薬研は飼い葉を取りに席を外していた。暇を持て余していたらしい審神者は、馬小屋の柵に腰掛けながら尋ねてきた。初期刀は、幼い審神者の分も含めて、23世紀までの常識がインプットされている。それのままに答えれば、「ああなるほど」と彼は肯いて見せた。しかし、はた――と、審神者は目線を落とす。
「……お父さん、かあ」
その声が随分と寂しげだったから、思わず、尋ねた。
「……あんたは、両親のどっち似なんだ」
「…………えーっと」
「審神者殿、こちらにおられましたか」
「あ、こんのすけ」
駆けつけてきた狐が、審神者の肩に飛び乗る。俊敏な動作だった。
途端、その目が曇った。それを、山姥切は確かに見た。
そして、肩に懐くこんのすけの尻尾を掴みながら、不思議そうに首を傾げた。薬研の声が近付いてくる。
「えーっと、それで何の話をしてたっけ」
なぜ、審神者になったのか。山姥切がそれを尋ねた時、部屋に居合わせたのは、やって来たばかりの三日月だった。それにはやけに明瞭に答える。
「ああ、えっとね。俺の家にあった妖刀の付喪神を呼び起こしちゃったの、俺が」
「……はぁ?」
「一応、先祖は戦国大名だったらしくてね。ウチは分家筋だけど、明治維新で没落した本家からウチに買い取られてきて。政府が歴史ある刀をとっても高く買い取ってくれるっていうから、ウチのお店が傾いてたのもあって買い取られる事になって。でもね、その妖刀とは友達だったから、寂しくってね。その時に君達みたいな付喪神を連れていた人の真似をしてみたらね、付喪神が出てきたの。ただ、男の人にはならなかったけど。ヒトの形はしてたから、審神者の資格があるって。俺の事も雇ってくれるって。そしたらお店は立て直せるどころか、もっと繁盛できるぐらいのお金をくれるって」
「……売られたようなものじゃないか」
「俺は嬉しいよ、家族の為だもん。それに、ここには皆がいるから寂しくないし」
その言葉自体には、山姥切は思わず嬉しさがこみ上げる。しかし、尋常でない事情がそこにあると知り、眉を顰めてしまう。加え、今、はじめて訊いた事情だ。そして、はたと気付く。
10歳にも満たない子供。それが、今まで家族の話をまともにした事があっただろうか。
「審神者殿、お仕事は進んでますか」
その時、「折良く」。こんのすけが部屋を尋ねてきた。思わず振り向く。
こんのすけは、狐の面を被ってそこに佇んでいた。
「わからない事があったら、また私に訊いてくださいね」
「うん、わかった。有り難う、こんのすけ」
にこりと笑う。しかし、その目に再び霞がかかり――そして元に戻ったのを、今度は確かに見た。
「選んだのが貴男でよかったですよ」
いつの日だったか。こんのすけはいった。半ば開き直った答えだった。
「ここの審神者殿の力は、子供だから柔軟で、そして規模が桁違いすぎる。だから、たとえば人の魂を封じた妖刀だったら、生前そのままの姿を現してしまう。もし、万が一怨念の籠もった刀を、そのままの形で顕現させてしまったら……どんな恐ろしい事になるか。貴男にわかりますか」
「だから、なぜ俺がいいと」
「貴男が『写し』だからですよ」
コンプレックスを穿つ答えを、こんのすけは返した。
「『写し』として、貴男は付喪神となった。貴男は『元の形を正しく模倣した刀』の上、『政府の審神者が使役すべき基準の形の付喪神』となった。刀を主に扱っていた、人間の男性として。彼は学ぶ必要があるんですよ。ホームシックや、自身の置かれた悲惨な環境への感傷に囚われないように、早急に、力を形に嵌めなければ危ない。……貴男の主は、いわば爆弾なのですよ。子供の姿をした爆弾だ。山姥切国広殿。貴男も、主に爆発などして欲しくないでしょう」
それは緩やかな脅迫だった。
審神者の頭を撫でる。こんのすけの姿は既にない。息を吐き、三日月はいった。振り向きもせず。
「さて、一脅しは済んだ。遠征も済んだようだな、山姥切」
「……あんたも、あんな風な事が出来るんだな」
返答の代わりに、姿を現す。三日月達のいる部屋の、襖を隔てた向こう側。そこから、布を被った青年が現れた。相変わらず端はほころびていたが、頻繁にそれを掴む幼い審神者の為に、今日も比較的白く清潔だった。遠征帰りの為にまた薄汚れていたが、彼の主が起きぬうちに、これから換えの布を取ってくるのだろう。そういった行動パターンを既に把握していた三日月は、金髪の青年――山姥切に笑って振り向く。
「なぁに、ちょっとしたはったりだ。はったりは大きければ大きい程いい。それだけの話だよ」
「大したもんだな、天下五剣が」
「それもかわいい主の為だ。子供は健やかに育つのが1番。変に頭をいじられ続けるのは、決して健全ではないだろう」
そういって、撫でていた手を止める。その下には、成人男性の頭で包めてしまいそうな程の小さな頭がある。その中に、今、どれだけの思い出が封じられているのか。山姥切には見通す事が出来ない。布の陰で、小さく歯噛みした。
――今、こんのすけが「操作」しているのは、微調整に過ぎない。山姥切が目覚めさせられた時点で、既に大元の洗脳は完成していた。いたかも知れない兄弟姉妹の事を、両親の事を、事実上売られたという自身の境遇を、ごく自然に忘れ、それを受け入れていた。ただ、審神者になった切欠だけは覚えていた。それは恐らく、放っておけばひょんな拍子に解けてしまうのだろう。だから、こんのすけは頻繁に審神者に接する。小さな綻びも見逃さず、記憶を封じ続ける。付喪神を具現化させる技術が確立している時代だ。洗脳など、容易い事なのかも知れない。胸の悪くなる事実に、山姥切は日頃のコンプレックスも忘れてしまう程に歯噛みした。
才覚に溢れすぎた幼き審神者。彼を、政府に都合の良い司令官として据え置き続ける為に。戦が終わったのち、彼がどんな処遇を受けるか。そして、洗脳は解けるのか――恐らく、その頃にはまた元の刀に戻るだろう自身には、それを確かめる術は恐らく、ない。俯きながら、膝を突く。小さな烏帽子を手に取り、三日月の膝を見た。不穏なやり取りが頭上で交わされ続けたにもかかわらず、幼い審神者は、硬い膝で眠り続けていた。それに、半ば呆れの溜息も漏れてしまう。
「……全く、この子供は」
「何だかんだで、俺らの心配は杞憂かも知れんな。まあ、大人として姿を現してしまった以上、この主を放っておくのはちと夢見が悪いな。こんな、小さい子供を」
「……ん」
そこではじめて身じろぐ。それに目を瞬いた。刹那、足音が近付いてくるのが聞こえた。茶器のこすれ合う音も伴って。
「おーい、三日月さん、山姥切、それに主。こっちにいるって訊いたけど、おやつだぞー」
「おやつ!」
縁側の角を曲がってくる薬研。その手には盆が乗せられていた。途端、跳ね起きる審神者。未練もなく薬研の方へと駆けていった。思わず見送る2人の前で薬研に今日のおやつの内容を問う。屈んでそれに答える薬研。その光景に、2人は苦笑するしかなかった。
「大人の苦労を、子供は知らんな」
「全くだ」
「三日月、山姥切、今日のおやつは苺大福だって!」
「おやおや、それは楽しみだ」
顔中に喜色溢れさせる、幼い審神者の顔は子供らしくあどけなかった。答えて笑う三日月。山姥切はその陰で、その笑顔がこれから出来るだけ曇る事のないよう、尽力を誓った。
End.