▼「あるじ切り」(女審神者+同田貫)と同じ審神者です。ウチで最初に来た大太刀でいつもお世話になっている蛍丸の名前の由来を聞いた時、ふと思い出した話を元にしました。作中の歌は著作権切れだそうなので引用しています。そもそも作者不明とか。いつ頃から歌われだしたんだろう……
こんのすけの声は、重い。顔色なく横たわる蛍丸の前、使い魔を通した女性の声が、室内で静かに響く。
「恐らく、『核』が、破壊されたと思いこんでしまったのでしょう。間一髪、でしたが」
ともすれば、折れる寸前だったと訊いている。装備は丸裸、短刀達を庇っての事だった。丁度、門の前。暇を持て余し、遠征から帰ってくる筈の彼らを待っていた時。駆け込んできたのは、気を失った厚を担いだ五虎退だった。涙ながらも、はっきりとした声で緊急を告げた。
『主様、奇襲を受けました! 敵は2部隊編成で、見ただけでも大太刀揃いでした! 今、蛍丸さんが動けなくなった兄さん達を庇ってひとりで応戦してます! ここから亥の方角、至急応援を』
『第1部隊、第2部隊と共に第3部隊の応援に向かえ! 手入れ班は至急稼働! 五虎退、御苦労。早く厚を連れて行ってやって』
『あ、主様!? どこに――』
「幸い、審神者殿の判断の速さもあり、すんでのところで刀自体は無事でした。手入れも、こうして間に合いました。が……このままでは、エーテル体の溶解は避けられないでしょう」
「……そこまで『いってしまった』か」
こんのすけの下す診断に、眉根を寄せる。目の前の、一見稚き少年は、この部隊の中でも随一の実力者だ。だが、大太刀特有の重さゆえ、機動が遅い。生存値の高さゆえ、応援が間に合ったようなものだ。彼のお陰で、彼に随伴した短刀達はそれぞれ中傷以上を負ったものの、欠けた者は一振りもいない。重傷者の2名を除き、彼に守られた短刀達は、先程までこの部屋の周りを落ち着かなく彷徨いていた。今も、時折気配が見える。日頃は飄々としている蛍丸だが、実力に伴う練度の高さゆえに、このところはまだ経験の浅い短刀達の先導を任せる事もあった。その矢先にこれだ。今後は対策を考えないといけない――だがその前に。
枕元には、蛍丸の身の丈もあるような太刀が飾られている。それ自体は既に無傷に等しい。しかし、その付喪神として顕現している蛍丸の意識は戻らない。布団を挟んだ向こう、時折、子供の陰が蠢く障子の前で、こんのすけは医師のように告げた。
「審神者殿。今夜が峠です」
「……わかった。それまでに、何とかする」
こんのすけは肯いた。それが何に対する肯定か、この場に解する意識ある者は、互いしかいなかった。
こんのすけが、器用に障子を鼻先で開いて出て行く。五虎退の虎の影が見えた。閉められる障子。2人きりの、夕暮れの本丸の一室。相も変わらず、身動ぎもしない蛍丸の、布団からはみ出した手を取った。
冷たい。だが、まだこれは「生きたヒト」の冷たさだ。僅かに脈の通う手に、死体の硬さは、伴っていない。あれは、何度触れても、よろしくないものだ。それが人であれ動物であれ、人を模した姿の別物であれ。顔色は上質紙のように白いが、まだ唇は内巻きに捲れていない。抱えて、明るい方へ寄せれば、無理矢理開いた目の瞳孔は、動きは緩いが収縮した。それに僅かに安堵しながら、体を戻してやる。子供の姿をしているとはいえ、大太刀を振り回す膂力の体はそれなりに重かった。ましてや、今は「死んだように」眠っている。全身の力が抜けていた。何とか布団へ戻してやる。掛け布団を首までかけてやると、その片手だけを出した。再び、握る。
間に合わなければ、明日の朝日を、蛍丸が拝む事はない。
「賭けかな」
呟き、手を離す。そして立ち上がると、布団を回って障子へと手を掛けた。一見すると、誰もいない。しかし、察しはついていた。夕暮れの本丸、もうすぐ日が暮れる。縁側に膝を突くと、縁を掴んだ。勢い込んで縁の下を見下ろす。
そこでは、既に手当てを終えていた厚と五虎退が、不安そうに座っていた。恐らく、自分達を庇った蛍丸の事が心配だったのだろう。子虎達を纏った彼らに一瞬だけ相好を崩し、そしてそのまま微笑みかけた。
「丁度良かった、2人とも。ちょっと、日が暮れる前に摘んできて欲しいものがあるんだ」
「な、何を……?」
「薬研に訊けばすぐわかる筈だよ。あれも漢方薬に使われるから」
弟を庇うように尋ねる厚に、審神者はいった。
「薬研の薬草園に生えてるだろうから。それを一輪だけ、この部屋に持ってきて。あとは、今夜はこの部屋に誰も近づけない事。後者は清光に伝えて。今夜の残りの業務は任せたって」
暗い夜道を歩いていた。どうやら、河原らしい。外套を翻しながら、蛍丸はぼんやり、空を見上げる。夜空は曇天、不可思議なのはその水面だ。河原には、煌々と、満ち足りた月が漂っている。川の流れは、蛍丸の左手から右手へと向かっていた。さらさらと、水の流れる音がする。さわさわと、草の囁く声がする。向こうに見える、木々の葉擦れの音もこちらに届いた。歩くは玉砂利。水面の月影だけが、光源だ。
背中に背負うのは、自身の本体。3尺を越える丈の自身は、今はとても重く感じる。投げ出してしまいたいが、そうもいかまい。そんな事を茫洋とした意識で、考える。足は、進んでいた。
自身は、どこへ向かっているのだろう。そして、どこから歩いてきたのだろう。化かしの満月が水面で自身を追ってくる。空は相変わらず墨を流したように黒い。それでも尚、堂々と自身を満月の月影と言い張る水面の化かしに、いっそ笑みがこぼれそうだった。
笑う。さて、自身も笑っていた筈だ。いつもの遠征帰り。付喪神としては身の丈の変わらぬ短刀達と共に、本丸に帰投していた。さて、それからどうしたか。
(そうだ、喉が渇いてたんだ)
不意に、思い出す。遠征帰り。その時には竹の水筒は底を突いていた。短刀達から分けて貰うのも忍ばれ、あと少しで本丸だ。そこで一気に飲もうと思っていた。ただの刀剣だった頃は、なかった欲求だ。
そして、やっとそこでまともに川の方を向く。ゆらり、満月が揺れた。笑ったように見えたのは気のせいか。
――そうだ。ここに川があるじゃないか。ここの水を一口だけ飲んで、帰ろう。
本丸に帰れば、井戸から汲まれた、澄んで美味しい水がある。それをわかっていた。だが、どうにも先程から、川から呼ばれている気がした。あの、満月に。
ここはどこだろう。見た事もない場所だ。本丸からは、屹度、遠い。ならば、その前に。しゃがみ込んだ。
『―――――――――』
振り向く。名を呼ばれた気がした。
だが、そこには誰もいない。暗然とした藪の道が、続くだけだ。
しかし、ふと、気付く。
肩に、小さな灯火が乗っていた。正確には、それは、ホタルだった。
『ほ ほ ほたるこい』
そのホタルは、歌を歌っていた。
目を剥く。刹那、ホタルは飛んだ。
「あ」
『ほ ほ ほたるこい』
「待って」
ホタルは、空中で小さく旋回する。だが、蛍丸が立ち上がり、河原に背を向けると、藪の方へと飛んでいった。それを追いかけ、蛍丸も藪へと飛び込んでいく。
『あっちのみずはにがいぞ』
誰もいなくなった河原。水面の満月が、ふ、と消えた。
あとは、ただ、暗闇。
『こっちのみずはあまいぞ』
『ほ ほ ほたるこい
やまみちこい』
蛍丸は走る。藪は越えれば越える程厚くなっていくようだ。時に、自身の大太刀を振るった。手入れが必要になるだろうが、構うものか。坂道の藪を、蛍丸は駆け上った。
『ひるまは くさばの つゆのかげ
よるは ぽんぽん たかじょうちん』
気がつけば、曇天に切れ間が生じていたようだ。藪を掻き分ける、蛍丸の上空には三日月が照っていた。妙に明るい三日月だ。
『天竺あがり したれば つんばくろに さらわれべ』
この山道には、梟でもいたのか。時折、鳥のような生き物が襲いかかってくる。しかしそれも切り伏せ、蛍丸は走った。
なぜ、こんなにも必死なのか。あのホタルを追いかけるのか。理由などわからない。
(屹度、これは夢だ)
いつかの主が、ホタルの夢を見たという。それが自身の名の由来だ。だから、自分もそんな夢を見ているに違いない。
いつ、自分は眠ったのだろう。遠征のあと、まだ、水を飲んだ覚えはない。
『ほ ほ ほたるこい
あっちのみずはにがいぞ』
ホタルがそう歌うから、自身はあの河原に背中を向けたのだ。刹那、川のせせらぎが聞こえた気がする。
『ほ ほ ほたるこい
こっちのみずはあまいぞ』
だが、直ぐにその音は聞こえなくなった。
『ほ ほ ほたるこい
ほ ほ やまみちこい』
いつの間にか、山の頂を越えていたらしい。下り坂を、今度は滑り降りるように追っていた。ホタルに体力はないのか。ホタルはいつまでも、同じ間隔を保って蛍丸に追いかけられている。藪が時に皮膚を掠ったが、こんなものは戦の傷に比べようがない。
『あんどのひかりをちょとみてこい』
坂を下りた先、転がるように地面に降り立つ。そこで顔を上げた。そして、目を瞬く。
そこは本丸だった。夜の本丸だ。慌てて振り向く。しかし、そこにそそり立つのは塀だった。下ってきた筈の、あの藪深い山は、どこに。
『ほ ほ ほたるこい
ほ ほ やまみちこい』
狼狽える蛍丸。そんな彼の前で、構わずホタルは歌っていた。だから、振り向く。
本丸の一室。暗く、あちこちの部屋の灯りは消えている。だが、その一室の行灯だけ、点っていた。
その部屋の前。池があった。池の畔に佇む、ひとりの女性がいる。今は優しく照る三日月の下、池の水面に映る月影を眺めているらしい。女性とわかったのは、その小柄な体躯もそうだが、何より背中に抱える太刀が、細い体躯にあまりに不釣り合いだったからだ。乱などに背負わせても、あそこまで不釣り合いにはならないだろう。紐で鞘を体に縛り付けた彼女は、長い黒髪を高く括っていた。穿いている袴は男物のようだったが、それでもやはり、女性だった。
この本丸で目覚めさせられて以来、見てきた姿だ。
『ほ ほ ほ ほ ほ ほ ほ』
「……ただいま」
振り向く。がちゃり、太刀が背中で鳴った。刃が傷まないといいが。そんな事を考えながら、視線をやる。
顔よりも先に、目が向かう。その手に握られていたのは、1本のホオズキだった。ホオズキは、ホタルを閉じこめたように、小さく黄色く、光っている。
彼女が、笑んだのだけが、目に入った。
「お帰りなさい。もう、向こうの水を飲もうなんて思っちゃ駄目だよ」
ごつり。鈍い衝撃で目を覚ました。
「ったた」
「いでっ、……あ、蛍丸、起きたか。よかった」
目を瞬く、刹那。ごく間近に審神者の顔があり、少しだけ驚く。だがそれも、直ぐに審神者が体を起こしたので余韻は消えた。スズメの声が聞こえる。障子から、光が漏れていた。蛍丸は布団の中、まだ身動きがあまり出来ない体で、首だけで左右を見渡す。どうやら、船を漕いでいたらしい審神者の額がぶつかったらしい。少し、自身の額も傷んだ。
確か、遠征の帰り。奇襲を受けた。短刀達を庇って応援要請を出させ、迎えが来て――さて、そこからどうしたか。こうして体が動かせない程となると、相当の重傷を受けたのだろう。右手の、体を左右に揺らす程に眠そうな審神者の顔に隈、枕元に自身の本体、左手の障子には、短刀達らしき影がそわそわと蠢いている。どうやら自身は相当危なかったらしい。そして、ふと、右手の感触に気付く。
右手が、冷たいものを握っていた。審神者の手だ。それに、その左手には――
「……主が、呼び戻してくれたんだ」
「今夜が峠、といわれてね。文字通り峠を越えた先にいたからびびったよ」
何でもない様子で、右手を握り返してくる。しかし、その手は冷たく、そして硬かった。よく見ると、朝日の中で、審神者の顔は隈だけでなく色もなかった。何より、審神者が左手に握っているものが気になる。それを見詰めていると、審神者は笑って、漸く手を離した。そして戯けたように諸手を挙げて肩を竦める。
「あぁ、これは大丈夫。ちゃんとあとで何とかしとくから。それより、今日は1日寝てなさいね。しっかし無茶したね、しかも格好付けて。普段はあんな奔放な癖に、怪我した短刀達庇って『足手まといだから逃げて、本丸に応援要請して』なんて単騎で戦ったって? あんたがそんな気障な事すると思わなかったよ」
「だって、実際、俺ひとりで戦った方が早かったし」
「私達が駆けつけた時点で破壊寸前だった癖に。本気で危なかったんだよ、全く。ま、今度からは大太刀の他に太刀か打刀も随伴させるよ。新しい道も開拓しないとね」
照れくささも混じって唇を尖らせる。左手にそれを持ったままの審神者は、立ち上がると、布団を回って障子へと向かう。そして右手を振りながら、「あとで短刀達に食事を持ってこさせるから」とだけ言い残し、去った。
その後、直ぐに短刀達が乱入してきたので、蛍丸は指摘し損ねた。「私達」という言葉の意味を。
一晩中点いていたらしい。行灯のあかりが、まだ点っている。
本丸の裏手、片隅。そこで、綠の狩衣に烏帽子を被った青年がいる。薪を積み終えた彼は、足音に気付いて振り返った。
「あぁ、待っていたよ主。……大丈夫じゃないようだが」
「おい大将、本当にこれが終わったらあんたも今日は休んでろよ。加州がやってくれるっつってるし」
「うん、さすがに私もこれ以上は無理だ……」
振り返った石切丸。彼が見たのは、私服の薬研に肩を貸されながら歩く、審神者の姿だ。ここが裏手の為に日当たりが悪いのもあるだろうが、顔色は死人のそれだ。そして、ぶら下がった左手に握られるそれを、強く射貫く。
黄色く染まった、ホオズキだ。
既に火種は入れてある。あとは薪が燃え上がるのを待つだけだ。今日は風がよく乾燥している。炎が上がるのは早かった。そこに、審神者の手からホオズキが放たれた。
刹那、上がるのは短い断末魔。
……そしてまた、静かに爆ぜながら燃えていくそれを、石切丸は祈祷する。無事に、「それ」が天へと登る事を心から願いながら。
背後で、審神者が縁側に座らせられたらしい物音がする。短刀達と比べても小柄な彼女に、薬研が気遣わしげながらも、怪訝そうにいった。
「今のホオズキ、ありゃなんだ。あれ、俺が昨日、あんたにいわれたっていって、厚達が持ってったやつだろ。『緑色でも構わないから』って。何で一晩で黄色に染まってんだ」
「赤くなってたらちょっとやばかったかなー……それより薬研、あとで石切丸に部屋まで連れてって貰うから、あんたは清光に私が今日休む事を伝えといて」
「……よくわかんねーけど、わかった。あんたも休めよ、本当に。全く、大将自ら出陣したって訊いてはらはらしたぜ。弟達を助けて貰った恩があんたにもかかるとは」
そういって、薬研は立ち去る。その足音が聞こえなくなった頃、祈祷は済んだのか。石切丸が不意にいう。
「全く、無茶をするな。貴女は。昨日、1番隊と2番隊にひっついて貴女も太刀を担いで馳せ参じたと聞いた時は度肝を抜かされましたよ」
「だってあの蛍丸が苦戦する相手だよ。しかも倍の戦力がいたみたいだし。ひとりでも太刀が多い方がよかったでしょ。あんたはまだ前線には出せないし」
返す言葉に詰まる。つい先日、ここに来たばかりの石切丸は、現在は絶賛練度の上昇に努めている。昨日の蛍丸達遠征部隊への応援に駆けつけられなかったのもその為だ。手合わせでも、彼女の最初の近侍である清光に今のところは敵っていない。この本丸で最高練度を誇るのだから当たり前だが。それにしても、思い出させるのは昨日の事だ。驚いていたのは彼だけでなく、彼女の出陣、そして他の刀剣男士に劣らず太刀をふるう彼女の戦力にあっただろう。
訊けば、あの太刀は、彼女の私室の床の間に飾ってある品物だという。まるで今し方誂えたばかりのような輝きの鞘と刀身だが、実際は嘗ては戦国時代より前に遡る代物だとも訊いている。蛍丸もそうだが、あの矮躯でどうやって太刀をふるったのか。想像もつかなかった。
尤も、こうして「見抜く」事をすれば、その答えは容易に見つかったのだが。溜息混じりに、石切丸はいった。焚き火はまだ燃えている。
「……貴女が歴史修正主義者側でなくてよかったよ。刀剣男士として顕現していれば、さぞ強力な戦力だっただろうに」
「残念ながら、私を呼び起こした審神者が優秀すぎたの。生前そのままの姿だなんて、私だって想像もしなかったし。それに、こんな、いつ本当に化けものになるかわからない妖刀を戦力にするよりは、審神者としての能力を使わせた方がいい。そう考えるのは当然っちゃ当然だろうね。まぁ、昨日みたいな事態は別だけど」
見抜かれた彼女――現在の本来の姿は一振りの太刀、それも妖刀と呼ばれる類の一品である審神者は、こだわりもなく答えた。隠し立てをしているつもりもないらしい。同田貫や清光は特に動揺していなかったとも訊いている。前者は猪突猛進かと思えば客観視の得意な部分もあるし、後者は最初の近侍だ。知っていてもおかしくない。特に後者は、万が一の事態に何かしらの密命を政府から帯びさせられている可能性もあった。出来れば、その「万が一」が起きない事を切に願っているが。まだ、炎は燃えている。そんな彼女に、重ねて問うた。
「しかし、なぜ貴女しか蛍丸を連れ戻せないと思ったんだ」
「うん?」
「確かに、他に方法は思いつかないが……魂を呼び戻す、という事ならば、政府に指示をあおぐという事も」
「そっちより、こっちの方が簡単だったからね」
事もなげに、彼女はいった。縁側で寝転ぶ。彼女はいう。
「あのさ。蛍丸の名前の逸話は知ってるでしょ」
「あぁ、傷付いた愛刀が、ホタルがそれを直してくれる夢を見たと思ったら本当に直っていた、というものだろう」
「じゃあ、ホタルって、死者の魂ともいわれてるって知ってた」
「――」
途端、怪訝に眉を顰める。そして、彼女の言葉を反芻した。
『生前そのままの姿だなんて』
「唐の時代の詩人、李賀が書いた詩にも出て来るよ。『漆炬迎新人 幽壙蛍擾擾』。李賀は、墓の周りを飛び回るホタルの灯りを鬼火に見立てた。鬼火……鬼は死者の事。つまり、死人の魂だ」
「……主」
「あんた達は、飽くまで付喪神。生き死には関係ない。ただ、確実に1度は『人としての死』を迎えてる、私なら迎えに行けるだろうと思ってね。ホオズキにちょっと力を借りたし、ギリギリのところだったけど、まぁ何とかなったよ」
何とかなった。その台詞の代償のように、彼女の顔色は死人のそれだ。恐らく、一応は付喪神として顕現しているからこそ出来た芸当だろう。妖刀の彼女にお祓いはかえって逆効果だろうか――そんな事を考えていると、「それにしても、誰だったんだろうね」と、審神者が呟いた。
「誰とは」
「嘗ての蛍丸を直してくれた『ホタル』」
いわれて、想像した。嘗ての蛍丸の主の夢。夢の中で、蛍丸がホタルの群れに包まれて直されていく。それ自体はとても、美しい光景だっただろう。しかし、鬼火。死人の魂といわれると――
「……」
「あーあ、まだ煩い。折角閉じこめたんだから、早く成仏してくれないかな」
嘗ては人でありながら、今は妖刀の付喪神となった彼女の耳には、霊刀の石切丸には聞こえない何かが届いているらしい。ものぐさそうに、焚き火を見ていた。黄色かったホオズキが炭になりながら、尚、もがくように火の中で蠢いていた。「そういえば200年前、その李賀の詩が使われてた小説があったなぁ。肉食ホタルが日本の東京を襲うっていう」と不謹慎極まりない雑談が、石切丸の渋面を深くさせた。
「それにしても、河原であの子を引き込もうとした『ホタルみたいに黄色い満月の光』は、誰だったのかな」
End.