pixivからの転載
満月の夜だ。
抱いて欲しい、そう言った声は、自分でも掠れていたと思う。しかし、主の耳にはしっかりと届いたらしい。蒲団の上に座りながら書物に落としていた目を、驚いたように瞠ってこちらに向けたから。
それでも、僕は、寝間着の帯を解いた。潤滑液の瓶を片手に。
「準備はしてきたから」
前を開く。下穿きは穿いていなかった。
「抱いて欲しいんだ。何回でも。水心子のことを忘れさせて欲しい」
短い言葉だったと思う。それでもつっかえつっかえで、言い終えるのに1分を要した。前を開いたままの僕に、主は、息を吐いた。そして本を置く。
「俺が抱かれてもいいけど」
それは、同衾への合意。主の声は落ち着いていて、それに泣きたくなる。それでも涙は出なかった。あの日、あのときから、涙腺は動きを止めていた。泣けない。泣けないのだ。
あんなにも水心子のことを思い出すのに。
僕は笑った。きっと、下手くそな笑い方だったと思う。
「男を抱くと、水心子を思い出すから。だから、抱いて欲しいんだ」
「……わかった。おいで」
胡座を掻いた主が、両手を広げてくれる。あぁ、はじめて会ったときはほんの少年だったのが、随分と大きくなった。背丈はさして変わらないが、体の厚みが増し、顔つきが大人びて、低い声に見合った外見になった。いつまで経っても少年のままの自分たちと違って、主は成長し、年を取っていくのだ。
自分たちは変わらないはずだった。それはこの本丸が終焉を迎えるまで。それなのに。
僕は主の膝に乗る。彼の肩に手を添えると、主は僕に口付けてきた。温かい感触が、かなしかった。
障子を開いたまま、僕たちは事に及んだ。
水心子は破壊された。1ヶ月前のことだ。
本丸が襲撃を受け、運悪く門の1番近くにいた水心子は応戦したが、多勢に無勢。他の者が――僕が駆けつけたときには、既に折れた刀だけが残っていた。
僕はその折れた破片を拾った。硬く、冷たい感触だった。握ると、痛みが走った。掌が切れていて、破片に血が付着した。ぽたり、地面に血が流れた。涙は、出なかった。
「んっ……」
蒲団の上に横たえられた体。乳首が舐られる。くすぐったいようでいて、微熱のような性感が伝わってくる。そして、主の手が、僕自身に添えられた。緩く上下し出す。審神者は基本的に戦わないが、刀剣男士に剣を教わり体を鍛えることがある。ここの審神者もその例で、彼の場合は病弱な体を鍛えるためだった。かくして10年、スポーツもやっていた彼の手はすっかり硬くなっていた。女のように柔らかくない。しかしその感触は、自身に熱を与えるのに充分だった。主の手はそれなりに大きく、僕自身を包み込む。緩急をつけて与えられる刺激に、声が漏れる。
「ふ、ぅっ……」
ぞくぞくと、背筋に快感が走る。成る程、これが抱かれるということか。為すがままの体。与えられる快楽。身の内に燻るような感覚が生じ――呆気なく達した。恐らく今までで1番速かったと思う。あまりに速かったので、主は呆れていないだろうか。それよりも服が汚れていないだろうか。そう思いながら、体を起こそうとした。
不意に、視界に空が入る。夜空。そこに浮かんだ白く丸い穴。
満月だ。
思い出した。1ヶ月前のあの日の前の晩も、こんな月夜だった。
「月がきれいだな」
あの夜は、酒を酌み交わしていた。寝間着で、縁側で。あまりに良い月夜だったから。交わしていたたわいない会話の中で、不意に水心子が呟いた。僕は何気なく肯いた。
「そうだね、きれいだね」
「………………あっ、違う、そういう意味じゃなくて」
「えっ?」
「あっわからなかったなら、その、いい……」
「……」
慌てふためいた様子の水心子を眺めて、ふと、自身は思い至った。成る程、と。僕は笑った。
「僕は死んでも良いよ」
「っよくない」
「……今の返事のつもりだったんだけどな」
「あ、うん。あ、でも……」
水心子は噛みつくぐらいの勢いで否定して、僕の続きの言葉を聞くと、肯いたあと、頭を振った。
不安そうな顔だった。
「たとえでも、よくない。一緒に、月がきれいだと言ってくれ」
「…………そうだね、水心子。君が望むなら」
君が望むなら、僕は破壊されたって構わなかったんだ。
「大丈夫か」
不意に、声が降ってくる。見ると、主が、心配そうな顔をしてこちらを見ていた。僕の右足を抱えていたが、その手を止めていた。
「駄目なようならやめるけど」
「……いい。大丈夫」
僕は頭を振った。想い出の中の水心子のように。
僕の目は、月を映した。
「ただ、今は月を見させて」
「……わかった。続けるよ」
そう言われた途端、後孔に冷たいものが触れる。潤滑液だろう。後孔の周りでくるくると指が回る感触がする。「準備」をしてきたとはいえ慣れない感覚だ。やがてその指は、音を立てて僕の中に入ってきた。
「んっ」
声が漏れる。潤滑液のお陰で滑りがよい。僕の中に入ってきた指はほとんど未知の感覚だ。その指は慣れたように僕の中の良いところを見つけた。ぐ、とそこを圧される。背中がピンと伸びた。ぐりぐりとそこを圧されて、さらに指が2本、3本と滑り込んでくる。眩暈がしそうだったが、それでも僕の目は、月を映していた。
「……入れるよ」
「んぅっ」
宣言と共に、僕の中に指よりももっと太いものが入って来た。体が仰け反る。左足を抱えられ、ゆっくりゆっくり、主のものが挿されては限界まで引っこ抜かれる。
ふと、僕自身にも手が触れたようだった。前立腺を刺激されて半分ほど屹立していたそれが、主の手で擦られてどんどん硬くなる。先走りが主の手を再び汚したようだった。後孔を突かれ、前を触られ、僕は喘いだ。
それでも、僕は月を見ていた。
「んっあっ、あっ」
「清麿……イくよ」
「あっ……うん、あっあっ」
快感が高まる。主のピストンが、僕自身に触れる手の動きが激しくなる。僕は敷布を握りしめながら、仰け反って絶頂した。
果てた僕の目に、月が映っていた。
「え、子どもが?」
「おめでとうございます、3ヶ月ですね」
主に抱かれる生活を3ヶ月か4ヶ月ほど過ごした頃だろうか。体調を崩した僕は手入れでも治らず、政府で検査を受けた。その結果が受胎告知だ。
主が避妊具をつけていなかったのは、はじめの日の夜だけだ。だから、あの月夜の晩に孕んだのだろう。ぼんやりと、医者や主の声を聴きながら、僕は自分の腹に手を添えた。
3ヶ月。ここにいるのは、どう足掻いても水心子との子ではないんだ。主に抱かれる日々を過ごしてかなしみは薄れた。けれど、喜びも薄いようだった。
それが、腹の子に申し訳なかった。
目を開くと、そこに愛しい人がいた。
「清麿、起きたか。魘されていたぞ」
「……水心子?」
雀の鳴く声が聞こえる。遠くから刀剣男士たちの声も聞こえるようだった。蒲団の中にいた僕は、水心子に顔を覗き込まれていた。どうやら頬を軽く叩いていたらしい、水心子が僕の顔から手を引っ込めた。彼は優しく微笑んだ。
「悪い夢でも見ていたのか」
「……夢……夢だったのかな……――」
「っおい? どうした」
起き上がり、水心子に抱きつく。途惑う水心子に構わず、彼の首筋に顔を埋めた。水心子のにおいだ、水心子の体温だ、水心子の体の形だ。ぎゅっと抱き締めていると、水心子の手が恐る恐るといった様子で背中に回される。そして軽く叩かれた。
「そんなにひどい夢だったのか?」
尋ねられて、僕は思い返す。
「……優しい夢だったよ」
「それならなんで」
「優しくて、かなしい夢だったんだ」
そういって、僕はさらに力をこめて水心子を抱き締めた。蛙が轢かれたような声がしたので力を緩めたが、それでもしばらくは水心子を放すことはできなかった。
僕らが朝食のことを思い出したのは、偶々らしく部屋の前を通り過ぎた主だった。主は、出会ったときと変わらない中学生ほどの外見をしていた。そもそも出会って1年も経っていないのだ。主があんなに大きい訳がない。彼は「仲が良いのは良いけどご飯を食べてからにしたら?」と優しく笑った。あの夢の中の月のように。
夢だった。月の夢だった。
了