▼個人的ポイントは、清麿がこの審神者を「主」と呼ばないことです。
お題は「晩霞」(http://www11.plala.or.jp/harutake/banka/banka_top.html)より。
pixivからの転載
拒否しようと思えばできたのだ。しなかったのは、僕の惰性だ。あれだけ、常日頃から「納得できないことはすべきではない」と言っていたのに。
その結果が、これだ。
「……あ、清麿……」
水心子が、震えている。刀を構えたまま、白い顔に返り血を浴びていた。普段なら返り血など浴びないようにきれいに斬るのに、今は動揺していたようだ。無理もない。僕のせいだ。僕は怠い体を叱咤しつつ立ち上がる。今夜もこの審神者だったものに無体をされていたから、腰がひどく痛む。しかし今はそれどころではない。体を動かすと後孔から、便所のように注がれた精液が垂れる。それに構わず、自身はそっと水心子に歩み寄った。水心子は一振りで遠征に出た帰りだと、記憶している。名目上は近侍として審神者の傍にいたからそれは把握していた。問題は、「いつ」帰ってくるかを、今夜に限ってきちんと把握していなかったことだ。律儀な水心子は、もし審神者が起きていたら報告をするつもりだったに違いない。いつもそうだったから。そこで、恐らく、部屋の前で聴いてしまったのだろう――僕の喘ぎ声を。
そして覗いた水心子は、見てしまったのだろう。僕の両手首を纏めて握り、腰を振る審神者の姿を。
僕は見た。水心子が迷いなく刀を抜くのを。そして、迷いなく審神者を斬りつけるのを。
……畳の上には、裸の遺骸が転がっている。審神者は声も立てることなく事切れた。蒲団も畳も血に塗れていた。解放された僕は、今こうして、水心子の前に立っている。審神者に剥ぎ取られた衣服も血に染まってしまったから、着るものはない。裸のままだった。その間抜けさを自覚しながらも、僕は、そっと、水心子の手を握った。
「落ち着いて、水心子」
「――」
「大丈夫だよ水心子、僕がいるよ」
何が大丈夫なのだろう。自身のせいで、水心子は、信頼していた審神者の実態を知ってしまった。僕に無体を働く審神者の浅ましい姿を見てしまった。ただ、それでも。それでも今は、水心子を宥めたかった。瞳孔を開いて、震える水心子を。彼は、僕が声をかけると、ようやくこちらを見た。
「清麿、」
声が震えきっていた。触れる手も、ひどく冷たかった。それを、温めたかった。
「水心子」
僕が再度名を呼ぶと、水心子は刀を取り落とした。そして膝を突く。水心子の旋毛が見えた。水心子がか細い声で言う。
「わがあるじ」
と。
俄に、嫉妬心が起きる。そう、これは嫉妬だった。何に対しての嫉妬なのかがわからない。ただ、それは、「親友」に対して抱いていいものではないものだというぐらいはわかった。だから、自分は別れを告げることにした。
これまでの、水心子の親友という立場に。
しゃがみ込み、水心子に目線を合わせる。ゆるゆると顔を上げた水心子の襟を拡げる。そして、口づけした。口の中には血は入ってなかったらしい。ただ、唾液の味がした。たぶん水心子には不快な味がしただろう。自身の口の中も精液に塗れていたから。
口を離すと、水心子が目を瞬いていた。そうしていると本当に幼い。僕は微笑んだ。
「愛してるよ、水心子」
水心子が目を瞠った。その顔の血を手で拭った。そして、僕は彼の手を握る。
「だから、一緒に逃げよう」
僕はこのとき、3度目の罪を犯した。
1度目は審神者に体の関係を強要されたとき、強く拒否しなかったこと。
2度目は水心子にこの関係を知られてしまったこと。
3度目は、――水心子の自首の機会を奪うこと。
それでも僕は、後悔していなかった。
水心子は、僕の目を見て、審神者の死体を見て――再び刀を握った。血で曇ったままのそれを鞘に納める。
「わかった」
水心子の声は、まだ少しだけ震えていた。それでも、しっかりと芯は通っていた。
「共に逃げよう、清麿」
それでもこのときの清麿は正気ではなかったに違いない。落ち着いていれば、自分たちの状況を見ればなぜ水心子が審神者を殺したのかが明白で。それで水心子には多少の罰を与えられるとしても刀解されることもなかったはずだ。
だからこれは、ただの駆け落ちだ。
――身を清め、身の回りのものをできるだけ少なく持って、僕たちは本丸の外に出た。当て所もない旅になるだろう。
「行こう、清麿」
ゲートの前で手を差し出してくる水心子に、僕は再び笑んだ。
罪深いのは僕だけだというのに、仄暗い喜びが僕を浮き立てた。そのまま、僕は水心子の手を取った。
夜明けが近い。恐らく審神者の生命反応が消えたことで政府から調査隊が来るだろう。その前に出られてよかったと、僕は思った。朝日を浴びながら。
了