ニュースを観ていたときのことだ。主が言い出した。
「そういや俺、昔生き稚児やったことあるんだよな」
そのニュースは丁度、京都の祇園祭について報じていた。
主は見た目こそ幼いが実年齢は10代後半だ。なので喋り方も昔に比べればしっかりしていた。多少肉体年齢に引きずられているところはまだあるが……閑話休題。
「生き稚児とは、祇園祭で選ばれた男児の役目だろう。主は第3新東京市出身だろう? 京都とは程遠くないか」
「それに生き稚児とはまんしょんが建つほどの金がかかると聞くぞ」
会話に参加してきたのは、縁側で饅頭を食べていた三日月だ。どうやら背中でテレビの音声を聞いていたらしい。主は苦笑した。
「勿論祇園祭ほど本格的なところじゃなくて、地方だよ。親戚の家で子どもの成り手がないって言われて、俺が引き受けたんだよね。小学校に上がる前の話だけど。ウチは親戚の中でも金がある方だったから。本当は年頃的に兄ちゃんがやるはずだったんだけど、知っての通りウチの兄ちゃんメチャクチャ体弱くて……いつ体調を崩すかわからないから、その点健康優良児だった俺にお鉢が回って来たわけだよ」
「なるほど」
「兄君は精神面は玉鋼だが病弱だからな」
言われて思い出すのは、嘗てウチの主がこんのすけに洗脳されていたとき。弟を救うべく真名はおろか諱まで近侍に渡した主の兄の背中だ。線の細い美少年だが、三日月の言う通りメンタルは玉鋼だった。その後神隠しされたとは聞かないので、刀剣男士とのの信頼も篤いようだ。まぁ本丸それぞれだ。俺は「それで」と問うた。
「生き稚児と言うのは大変だと聞いたが」
「大変だよー。祭りの1か月前から精進しないといけなくて。未就学だったのに母さんに抱っこもしてもらえない。そもそもその親戚の家で過ごさなきゃいけないから父さんや兄ちゃんにも会えなくてさ。親戚の男に世話してもらいながら過ごすわけ。地面にも立てないし」
「その辺りは祇園祭とあまり変わらないんだな」
「あぁ、でもやらされることは全然違うな」
ふと思い出したように、主は顎に手を添える。その仕草が外見年齢と釣り合ってなくて失笑しそうになったが何とか堪える。そしてこのあとの話を聞いたあとは笑いなど漏れることはなかった。
「強力さんに乗せられた神輿に担がれて山の神社に行くんだけどね。そこのお社って言うのが変わってて、鳥居がドーナッツみたいなんだよね」
「ドーナッツ?」
「あの、トンネルの入り口みたいな……今絵に描くね」
言いながら主は、その辺りにあったメモ帳を1枚剥いでボールペンで何やら描き出した。
……主の絵心の問題だろうか。それはなんとなく冒涜的な形をしていた。敷石の上に半円状の物体が描かれている。ただしそれはただの半円ではなく、ボコボコとところどころが出っ張っていた。主の書き損じだろうか? 目玉があるようにも見える、しかもいくつも。
主は心なしか得意げに言う。
「我ながらうまく描けた」
「これがか……?」
いつの間にか振り向いていた三日月が眉間を顰める。奴も冒涜的……否、涜神的なものを感じているのだろう。妙な話だ、神社の話のはずなのに。
主は俺たちの困惑に構わず続ける。メモの絵を掲げたまま。
「この鳥居を潜って、洞窟にできたお社で生き稚児は一晩過ごすんだ。寝ててもいいし起きててもいいって言われて、俺は眠っちゃったなぁ」
「まぁ7歳にもなっていなかったんだろう? 疲れていただろうし眠ってしまっても……」
「なんかよくわからない思念? テレパシーみたいなの浴びて疲れちゃってさぁ」
とんでもないことを言われた。三日月と並んで目を剥くと、主は戸惑ったように言う。
「俺も困ったんだよ? うーん、あれを言語化するなら『私の憑代になりなさい』、だったかなぁ。なんだか心音も聞こえて来て……憑代、もあまり正確じゃないな。そんな一時的なものじゃなくて、俺を器にしようとしてたみたいな……」
「おい」
「あぁでも断ったよ」
「断れたのか?!」
三日月の声がひっくり返った。わかる。それぐらい絶望的な状況だった。主はけろりとしたものだ。
「断れたというか、無理矢理押し入って来ようとしたからエイッてやったらなんか弾けた。そしたらどっか行って、気が付いたら寝てて朝だった」
「……主らしい……」
思わず唸る。
さて。先述の通り、嘗て主は洗脳されていた。これは主があまりに強力な霊力を持っていたがゆえに利用されるためだった。具体的に言うと何の準備もなく刀剣の付喪神を顕現させられるぐらい。これはガソリンの入っていない車を鍵もなしに起動させるようなものだ。主のような者を聖杯、夜の愛し仔など様々な名で呼ぶが、1番近いのは魂蔵持ちだと言われている。検査の結果、主は霊力のある限りいくら殺されても死なない身体だとわかったからだ。これは魂蔵持ちの特徴だ。
(なるほど、その神……と思しき存在は主の霊力に目を付けたんだな)
俺は納得した。そして安堵した。主は洗脳を受けたものの、その強すぎる霊力のため本来は外部からの干渉を弾くのだ。大抵の怪異は彼に干渉できない。この本丸は主の霊力で満たされているので、オカルト現象が起きたことはほぼない。全くないと言うのがかなしいところだが。
それで俺は尋ねた。
「そう言えば、その神の名はなんというんだ」
「えっとねぇ……『御役様』って名前だったな」
主は言った。
「通称ミャクミャク様だと思ったよ」
了
御役様(通称ミャクミャク様)
・とある雪深い地方の土地神
・元は「御役目」を背負っていた大いなる神の下役だったが、この土地に来て祀り上げられ神性を得た
・作中では触れられなかったが恵みも災いも為す神。生き稚児、とされているが実際のところは生贄である。普段は人形で済ませられるが不定期に子どもを欲せられる
・恵みを為すときは「実薬様」、災いを為すときは「深厄様」と呼ばれる。この2つの性質を合わせて「ミャクミャク様」と呼ばれる
・そのお姿を直接見たものは心を連れて行かれる――要は発狂する