▼だい~ぶ前(恐らくとうらぶリリース直後)に設定だけ思いついてメモ帳に書きつけてたのをすっかり忘れてて、ふと思い出したので書きました ファンタジーパロと言いながら普通に漢字とか東洋の概念とか混ざってます 一応設定的にはハイファンタジーっぽいんだが
pixivより転載
物心ついた時から、家族は森の植物だった。木々であり、草花であり、彼らと共生する動物や虫たちだった。
当たり前のように与えられていた木の家で、彼らに与えるべきものを与え、そして彼らからその倍の恩恵を授かる。そうして日々を生きていた。日が昇れば起き、自然と声もなく戯れ、日が沈めば眠った。そんな日々の中で、自身がエルフであることは当然のように自覚していた。自然を司る、あの天を覆う世界樹の森で暮らすエルフ族。すべきことは自然と暮らすこと。ただ、それを繰り返していた。
変化は、唐突に落ちてきた。
「……何だ、これは」
何十年ぶりに出した声だろう。幼い見目の自身に相応しい幼い声は、地面に陥没したそれに放たれた。
見上げれば、焦げた痕のある木々の枝。名残か、少しばかり「それ」からは熱を感じた。黒い装束、黒い髪の男。地面に倒れ伏した彼の両手は、赤い炎の翼だった。
次第に鎮火していく、それに恐る恐る歩み寄る。すると、ゆっくりと上げられた顔――右目は、血と泥に塗れて見えない。しかし、その左目は、自身と同じ金色の目をしていた。
今から数百年前の話である。
「おー、やってるか大将」
「鶴さん、うちはおでん屋じゃないよ」
鈴が鳴る。扉が開かれたのち、軽快な声をあげたのは白い装束の青年だ。彼は眼帯の青年――燭台切に「まぁいいじゃないか」と言いながら、その辺りにあった丸椅子に勝手に腰かける。店内は薬草の匂いで満たされていた。
ここは薬局「伊達組」。ユグドラシルの木の根元で営まれている、エルフの店だ。なお旅人などからは「高い効き目の薬があるアイテム屋」と呼ばれている。
正確にはエルフと謎の青年が営んでいるし、経理は後者が行っているようなものだが。
白い装束の青年――鶴丸は刀を膝に乗せながら言う。
「相変わらず伽羅坊は経営をお前さんに投げっぱなしか」
「伽羅ちゃんは世俗のことには疎いから……」
「そういうお前さんも元は天界の出身だろう」
「僕はもう順応しちゃったからね……」
「世俗に疎くて悪かったな」
のれんを掻き分けて、褐色肌の青年がやって来る。耳の長いその青年は、袖を捲った左手に竜の彫り物があった。世間一般のイメージするところのエルフとは少々趣が違うが、世界樹を最奥に擁する森に住まい、自然を友とする彼はやはりエルフだった。彼は紙袋に入ったそれをカウンターに置く。
「いつもの湿布薬だろう。まったく……そろそろ隠居したらどうだ」
「ははは! 天狗にそれはないさ! ありがとな伽羅坊、お代は……」
「光忠に任せてる。俺は薬草を採りに行ってくる」
そう言って大倶利伽羅はのれんの奥へと再び姿を消した。やがて足音が遠のき、裏口の扉が開かれ閉じる音がしたのち。燭台切は苦笑した。
「いつも通りでごめんね、鶴さん」
「なに、伽羅坊のやりようはこの数百年で慣れっこだ。寧ろ明るくなった方だろ、何せ薬局を開いたぐらいだ。あのときも聞いたが、提案したのはお前さんだが決めたのは伽羅坊なんだろ?」
「そうだね」
銀貨を取り出す鶴丸に、それを受け取りながら燭台切は懐古した。
「伽羅ちゃんと出会ってから、もう何百年も経つんだなぁ」
燭台切が目を覚ましたとき、木々や花々、薬草の匂いと小鳥の囀りを感じた。天界とはまた異なるそれに、彼は慌てて起き上がった。
そこは寝台。見渡せば、部屋の中には簡素な家具が並ぶ。窓辺では小鳥が2羽、止まっていた。
そこで気付いた。右目が見えない。触れると、そこは包帯で覆われていた。その手にすら爪先まで包帯が巻かれている。体の彼方此方に傷があるのが痛みでわかった。
ここはどこだろう。窓から外を覗いた。小鳥が飛び立つ。見えるのは、果てが見えないほど大きな大きな木――あれはユグドラシル。自分は世界樹の傍に落ちたのか?
「なんだ、目を覚ましたのか」
不意に扉が開く音がする。燭台切が慌ててそちらを向くと――幼い少年がいた。褐色の肌、長い耳。金色の目は自分と同じだ、と燭台切は思った。少年は盆を持っていた。盆には包帯と湿布らしきものがある。
少年は燭台切の横たわるベッドのサイドボードに盆を置くと、「起きてるなら丁度いい」と丸椅子を引っ張って来た。
「包帯と湿布を替えるつもりだったんだ。まず左腕を寄越せ」
「あ、うん……その、君……ここはどこなんだい?」
「ユグドラシル外周東のどこか」
「大雑把だね」
「俺も詳しいことはわからない。物心ついたときからここで暮らしているから」
「……君、いくつ?」
「130歳」
「わぁ」
長い耳を見た時点で察していたが、やはり人間ではなかったらしい。燭台切は納得しつつも、ふとのちほど「軽率だった」と後悔と反省することになる発言をしてしまった。
「ダークエルフかい?」
燭台切の包帯を解いていた手が、一瞬止まった。数秒後、その手が進んだ。
「……そういうことにしている」
「? そっか。あ、僕は燭台切光忠。一応フェニックスだよ」
「フェニックス? あぁ、そう言えば燃えていたな……しかし医者には一応診せたが、再生していなかったぞ」
それに、燭台切はふと苦笑した。諦めが大分籠っていた笑みだった。
「あぁ……天から落っことされたときに奪われたみたいだ。再生の権能を」
「なぜ?」
「ちょっとだいぶ恥ずかしい失敗だから言いたくないな……それより君の名前を教えてよ」
「……俺は大倶利伽羅」
「それじゃ伽羅ちゃんって呼ぶね」
「なんでだ」
「僕のことも光忠でいいよ!」
それから大倶利伽羅は、燭台切の面倒を見続けた。燭台切は言いそびれたが、払える礼もない。それを口にしたこともあったが、「暇潰しのようなものだ」と燭台切の傷口に薬草を塗布した湿布を貼るのを繰り返した。そう言えば、と燭台切は問うた。
「その薬はお医者さんに処方してもらったものなのかい?」
「いや、俺が作った。こんな森の奥までそうそう医者に来てもらうわけにいかないからな。……安心しろ、俺の薬は逆に医者が買っていくぐらいだ」
それを聞いて、燭台切は思った。薬草を扱えるとなると、大倶利伽羅は自然に寄り添うライトエルフに近いように思える。ダークエルフはどちらかと言えば世俗に強いと燭台切は聞いていた。こうして森の中で暮らしている辺り、彼はライトエルフなのではないか? しかし外見の特徴がダークエルフのそれだ。燭台切は徐々に治っていく傷を感じながらずっと考えていた。出される食事は野菜料理(偶に魚)がメインだったが特に問題はなかった。寧ろ野菜だけでこれほど美味しい料理を作れるのかと感心し、燭台切は彼に料理を教えて欲しいと思ったものだった。天界では上げ膳据え膳だったが、自分で作るのも楽しそうだと思ったのだ。
そして、歩けるようになってから気付いた。大倶利伽羅は自由にしていいと言っていたが最初は遠慮していたものの、なにせ痛みがなくなってくると暇になるもので家中を歩いた。
そこで、干し肉を見かけた。さらに弓と矢を見つけて、驚いたものだった。
まず干し肉は、恐らく鳥肉。フェニックスと自分が言ったから鳥肉を出して来なかったのだろうと燭台切は察した。短い付き合いだが、彼がそういう気遣いのできる人物だと察していた。今度「人間が猿料理を食べるようなものだから気にしなくていいよ」と伝えなければ、と言う思考は浮かんだが、それよりも弓矢に気が惹かれた。
それは手作りの弓矢のようだった。ナイフで削った跡が見える。弦は麻だろうか。否、それよりも、それよりも――弓矢を使う。しかも手作りの。それは即ち――
(伽羅ちゃんはライトエルフなのか……?)
ライトエルフとダークエルフ、どちらが弓矢を使うかと言われると前者だ。孤高を保ち森の中で自然と寄り添い狩猟をして暮らすのがライトエルフ。特に弓を得意とするのが森で暮らす者の中でも特徴だ。そして嘗てはライトエルフと同じ過ごし方をしていたが、やがて人間と商売をして過ごすようになったダークエルフ。どちらの生き方が正しいとは燭台切には言えない。しかし彼らが相容れないだろうというのは察しがついた。
燭台切は、自分が目を覚ましたときに言った言葉を憶えていた。
『ダークエルフかい?』
そう言ったときの、大倶利伽羅の複雑そうな様子。
「プライバシーに関わることかも知れないけど、君はひょっとしてライトエルフに属する者なのかい?」
その日の晩。食卓に着いて食事を摂れるようになっていた燭台切は、向かいに座ってスープを飲む大倶利伽羅に尋ねた。大倶利伽羅は珍しく目を瞬いたが――
「……何か見たか」
「手製と思しき弓矢を」
「……森で狩猟して暮らすダークエルフもいるだろうに」
「でも、君は今否定しなかったね。……最初に、だいぶ失礼なことを言ったと思ってね。君に謝罪するついでに訊きたい、と思って」
「物好きだな」
「そうでもなければ天から落とされてないよ」
「それもそうだな」
ふ、と大倶利伽羅は口元を緩めた。スプーンを皿に沈めたまま彼は言う。
「生まれはライトエルフだったと聞いている。ただ、生まれつきこの姿だった。両親はどちらも白い肌に灰色の目のライトエルフだったらしいのにな。詳しいことは俺も聞いていないが……相当揉めたようだ。普通は不貞を疑われるだろうからな。それで結果として、子どもの俺を放逐することで片付けたそうだ。2度と里に踏み入れないように刻印を刻んで」
そんな、という声を燭台切は呑み込んだ。その隻眼には大倶利伽羅の左腕の刺青が映っていた。
「……俺をここで育てたのは祖父だった。エルフの血が流れてる親戚も近くにいたし、世界樹の森は優しかった。俺は教えなくても弓矢が扱えた、と祖父は言っていた。結果論として、俺は確かにライトエルフなのだろうとも……でも、今はもうどうでもいい話だ」
大倶利伽羅はぐっとスプーンを握り込む。まったくどうでもよくない話なのだろうとは燭台切も察しがついた。130歳……ライトだろうとダークだろうと、エルフならば思春期だろう。
燭台切は、それきり黙ってしまった大倶利伽羅に、何と声をかけるか迷った。迷ったが、確かに言えることがあった。
「そうだね、君にとって今はどうでもいい話かも知れない。でもね、伽羅ちゃん」
燭台切は微笑んだ。
「君がここにいてくれて、僕は助かったんだよ」
大倶利伽羅は、「そうか」と小さく頷いた。
「……傷は治ったな。しかし不死鳥だと言うのに人間並みの治りだったな」
「再生の権能が奪われたって言ったでしょ……」
それから数週間後、燭台切の傷はほぼ完治した。唯一、右目だけは治らないだろうとされたが。今はまだ包帯を巻いている。体は動かせるから、街に降りて職を得たら眼帯を購おうと燭台切は考えていた。天に戻ることはできないので。
大倶利伽羅はこれからの身の振り方を考えている燭台切をじっと見ていた。そして言った。
「光忠。ここで暮らすか」
「えっ」
「……暮らすには俺ひとりで十分だが、さすがに身一つで放り出された奴は見過ごせない」
それは、大倶利伽羅なりの不器用な優しさだろう。燭台切はそれに感銘しつつ、少し迷ってから――
「タダで暮らすのは少し気が引けるし、働きたいんだけど。そうだ、伽羅ちゃんの薬を売るのは? 僕はそれを手伝うから、なーんて」
「あぁ、その手があったか。それならお前が交渉役になってくれ。俺より世の中を知っているだろう」
あっさりそう言うので。燭台切は後に引けなくなり、「それじゃ、宜しく……」と笑うのだった。
「それから数百年か」
「あっと言う間だったねぇ」
茶を飲みながらまったりと過ごす。大倶利伽羅はまだしばらくは戻ってこないだろう。鶴丸は燭台切に出された茶を飲みながら笑う。
「俺も話題の薬局に来てみたらまさか光坊がいると思わなかったな。天界から追い出されたとも聞いて驚いたな!」
「もう昔の話だし……」
「何より傑作なのが」
鶴丸はコップを片手ににやりとした。
「お前さんがうっかり処女神をナンパして怒りを買って天から落とされたってあたりだな!」
「ナンパのつもりはなかったんだよ……挨拶のつもりだったんだ……もうその話はやめようよ……」
「――実際、戻るつもりは本当にないのか?」
鶴丸は表情を引き締める。コップをカウンターに置いた。
「お前さん、不老ではある。しかし不死ではない。再生の権能を奪われたんだからな。このまま地上で暮らしていれば、いつかは……」
「いいんだよ、鶴さん」
燭台切は微笑んだ。受容の笑みだった。
「ここが僕の終の棲家だ」
「……そうか」
「おい、胃薬をもらえるか――なんだ鶴丸、来ていたのか」
「あぁ長谷部くん」
――ユグドラシルの根元の東側。そこで森に溶け込むような造りの薬局があった。エルフとフェニックスの青年が営む、穏やかな店だった。
End.