pixivより転載
その日はごく普通の昼下がりだったと思う。
着任当初の諸々の問題が解決して既に数年。相変わらず俺の力は無暗に溢れて周囲に影響を与え続けるけど、こればかりは仕方ない。5歳離れた実兄が審神者適性が出るまで霊力を上げてしまったほどだ。そして、家伝の宝刀を施設も何もない場所でそのまま「顕現」してしまった。
そのせいかわからないが、我が本丸のゲートは度々不備を起こす。それも行き先は明らかにこの世界ではない。戻って来られるのは、偏に俺が尋常でない霊力の持ち主だからだという。霊力と呼称してはいるが、呪力とも魔力とも言われるものだと言う――そして大抵、巻き込まれるのは俺ひとりではない。
今回はこんのすけと近侍の山姥切国広だった。
やって来た感想は、揃ってひと言。
「寒い!!!!!!!」
残暑厳しい初秋の本丸からやって来た身としては、薄手にも程がある。おまけに偶々俺は畑内番の手伝いをしていたため薄ら汗をかいていた。そのため吹雪のその場所ではあっと言う間に身が凍りそうだ。
途端に温かい何かが肩にかけられる。見ると、国広が内番着の布を取って俺の肩にかけていた(注釈:ここの国広は極である)。
「主のあんたが凍り付くと困るからな」
そう言う国広に俺は慌てる。
「切国だって汗かいてたんじゃ」
「反射的に寒いとは言ったがな、刀剣男士にこれぐらいは平気だ。それに、こんのすけ。こっちに来い」
「はい何でしょう」
全身毛むくじゃらの生きたホッカイロは、国広の懐に収まった。
「これで温かい」
「あっそれはそれで羨ましい……」
「それよりここはどこなんだ? ――明らかに異国の何かだが……異様だ」
見上げる先に、自分の足場を確認する。
それは、宙に浮いた岩だった。それだけでここが尋常の場所でないことだけはわかる。
そして、それを見た。
――宙に浮かぶ異国の城。それはアラベスク模様に近いような紋様が描かれた法円に覆われていた。こんのすけが国広の懐から指示を出す。
「もう少し近寄れませんか」
「そうだな。主、抱えるからこっちに来い」
「はーい」
言われるがまま小脇に抱えられる。石伝いに近寄って行くと、法円の近くまで来られた。
こんのすけが国広の懐から前足を出して精査する。すぐに結果が出たらしい。
「あー、これ、閉じてますね」
「閉じてる?」
俺が鸚鵡返しに問い返すと、こんのすけはけろりと答える。
「ウチの審神者殿には問題ありません。ちょっと触れて霊力を込めてください」
「こう?」
言われるがまま、法円に触れる。
途端、それは音を立てて割れた。ガラガラと崩れ落ちていくそれは、あっと言う間に塵となって風に乗って消えた。こんのすけは重ねて言う。
「それと、見えている道はまやかしのようですので……城の方までは、審神者殿に私たちを連れて『跳んで』行ってもらえますか」
「まぁお安い御用だけどね。2人とも、俺の手を握ってて」
言いながら意識を集中する。
――魂蔵持ち、聖杯、夜の愛し仔。様々な呼び名で呼ばれる俺が起こす奇跡。それは「結果を過程を経ずに引き寄せること」。つまり、こんのすけと国広を連れて城の前までテレポートするなどお茶の子さいさいなのだ。
そして。着いた先。大きな門を開いて気付く。
中は瓦礫で溢れていたし、荒廃していた。あちこちにこの国の防寒仕様らしい衣服をまとった白骨遺体が転がっている。何があったのやら。「足元に気を付けろ」と国広がこんのすけを抱えたまま言う。こんのすけの柔らかい肉球にこの瓦礫は酷だろう。ガラガラと押し歩きながら、俺はこの空間の「ナニか」に気付いていた。
それは、奥の間で見つけた。
あの城を覆っていたアラベスク模様――それに彩られた法円が、宙に浮かんでいた。
俺にとっては容易いことなので、2人を連れてその法円へと飛ぶ。
中には瓦礫と共に何かが閉じ込められている様子だった。
こんのすけは最早何も言わず、法円を肉球で叩く。俺も何も言わず、霊力を込めた。
途端、破砕する法円。瓦礫がガラガラと崩れていったので、俺はその中で落ちそうになっていた「それ」を手に取った。そのまま国広に抱えられて地面に降り立つ。
……地面に置いた、それは長剣だった。日本刀に酷似している。血曇りがあったことと、鞘がないことが気がかりだった。
「主」
「うん。――付喪神がいるね」
「待ってください審神者殿。ここでいきなり刀剣男士化させないでくださいね。どうなるかわからないんですから」
「わかってるよ、最初みたいな失敗はしない」
最初の失敗、というのは俺の家に伝わる家伝の刀を、政府が引き取りに来たその場で顕現してしまったことだ。このことで本来は俺は審神者になるはずではなかったが「これほどの才能を」と引き摺られる形で審神者になった。時間停止型審神者として小学生の姿のままだが、もう何年になるだろう。
そういった感傷は振り払い、刀に手を触れ、意識を集中させる。
――そして、対話は終了した。こんのすけを振り返る。
「こんのすけ、この刀、連れ帰るね」
「えっ!?」
こんのすけが声を上げる。国広は怪訝そうだ。
「正気か。いや本気か。こんな怪しいところの……」
「んー、でも事情を話したら戦ってくれるって。あの法円に閉じ込められ、主人の片腕と共に朽ちるはずだった身を救ってくれたのはあなただ、と」
「……まぁ、このままここにお刀様を置いて行くのは寝ざめが悪いですしね。鞘はこちらの世界で拵えることにしましょう」
国広はまだ不満そうだったが、「主である俺が決めたことだよ」というと、渋々と言った態で承諾した。そのとき、丁度こんのすけの鈴から機械音が鳴る。
「あぁ、ゲートが開けたようです。皆さまこちらへ」
そう言ってこんのすけは、鈴から光るゲートを示す。まず国広が出て、次に俺が刀を抱えて出て、最後にこんのすけが出た。
その世界は、再び氷に閉ざされた。
本丸に戻ってきて、まず最初にやったことは。鍛刀の間でその刀の鞘を作らせ――そして、顕現させたことだ。
――長剣を振るうに相応しい長躯。青い短髪に青い目、日焼けした肌の、厳つい顔立ちの青年だった。
彼は、俺を見下ろして言った。
「救ってくれた礼を言う。俺の剣はあんたの寄る辺に。長剣、『蒼氷』。ここに見参」
「うん。宜しく」
俺は彼の手を取った。
長剣「蒼氷」が破竹の勢いで戦績を伸ばすのはこのあとのことだ。
了