pixivより転載
2月の節分も終わった辺りから、何となく本丸中が浮足立っているようだった。その理由を、火車切はわからなかった。
そもそも1月に本丸に着任したばかりなので、本丸の雰囲気と言うものを測りかねているところが火車切にはあった。そこらから甘い香りが漂ってくる理由も、八つ時のおやつにチョコレート系統の菓子が増えている理由も、火車切にはわからなかった。それは政府刀として働いていた弊害だったのだろうと、のちに彼は自身を振り返る。――異去では季節行事など無縁だったからだ。
2月14日の夜。火車切は浮足立った本丸の空気に当てられてか、火車切は寝付けなかった。布団から体を起こして隣を見る。同室となった大倶利伽羅は、いない。どうしたのだろうと思う。火車切は寝間着の上に上着を羽織りながら、部屋を抜け出した。何か温かいものを飲食すれば眠気が来るだろうか……。
「お前か」
果たして、尋ね人は厨にいた。
寝間着姿の大倶利伽羅が持っていたのは黒い瓶、彼の目の前にはグラス。火車切がきょとりと見つめていると、彼は言う。
「飲むか」
「えっと……それ、なに?」
「チョコレートリキュールだ」
「……チョコ、流行ってるの?」
怪訝に首を傾げる火車切に、大倶利伽羅こそ怪訝そうだったが、すぐに得心した様子で「それもそうだが」と答える。
「この時期、チョコレートの酒が安売りされる。俺はそれを買っただけだ。で、アルコールは大丈夫か」
「あんまり強いものでなければ」
「そうか。……待っていろ。そこの椅子に座っておけ」
言いながら、戸棚からマグカップを取り出す。それは今丁度席に着いた火車切のものだった――この本丸に来てから購ったもの――。その中に瓶の中身を注いだかと思うと、瓶をテーブルに置いてから冷蔵庫を開く。牛乳パックだ。マグカップの中にそれを注ぐと、抽斗からマドラーを取り出す。攪拌して、マドラーを取り出したかと思うと電子レンジに突っ込んだ。スイッチを入れる。そこではじめて大倶利伽羅が振り返らずに尋ねて来た。
「そう言えば、甘いものは大丈夫だったか」
「好き」
「そうか。ならよかった」
レンジが電子音を立てる。扉を開いて取り出したマグカップの中身を再びマドラーで攪拌する。それから、火車切の前に置いた。甘い香りとわずかな酒気。
「熱いぞ」
言われて、寝間着の袖を引っ張ってマグカップを持つ。電子レンジで温められたマグカップは確かに熱かった。だが、この身を打たれたときよりは余程にぬるい。火車切はそう思いながら中身を呷る。
チョコレートの甘さと、飛びきらなかったアルコールが牛乳で良い具合に溶けている。温かいそれをゆっくり、ゆっくりと飲む。……体が温まった。それと同時に眠気がやって来る自らの素直さに苦笑してしまう。実際、一気に眠たげになった火車切を見た大倶利伽羅がほんのわずかに笑った。
「カップは片付けておいてやるから、歯磨きして寝ろ」
「うん……有難う」
「こちらこそ」
「?」
大倶利伽羅の言葉に、席を立ちかけていた火車切は振り返る。
「今日のうちにチョコレートを渡せてよかったという話だ」
大倶利伽羅は流し台でマグカップを洗いながら言った。そう言えばグラスは空いたままだったが、自分で飲むつもりだったのだろうか。火車切は疑問がわいたが、それを眠気が駆逐してきたので、本格的に眠くなる前に洗面所へと向かうことにした。
バレンタインデーなるものを火車切が知ったのはその数日後のこと。
そしてホワイトデーなる習わしも同時に知り、大倶利伽羅に何を返すか頭を抱えることになる。
了