pixivより転載
なんとなく、体調が悪そうだな、とは思ったのだ。
「じゃあこれ宜しく。あとこれ清光に伝えておいて」
「了解」
いつもニコニコ、というわけではないが、少なくとも今のように眉間にしわを寄せていることは少ない。声音もいつもより低い。
今日の審神者は、なんだか様子がおかしい。二筋樋はそう思った。書類を受け取りながらも、審神者からはカリカリとした印象を受けた。
(どうしたんだろう)
二筋樋はそう思った。
「……うわ、なに」
「いや……」
──不意に、気になる匂いがした。審神者には身を引かれたが、二筋樋は構わず匂いを嗅ぐ。そう、この匂いはなじみがある──
は、と二筋樋は思い至った。彼女の肩を掴む。
「相棒、大丈夫か!?」
「へ? な、なにが」
「血の匂いがする、どこか怪我でもしたのか!?」
「──は」
運が悪かったとしか言いようがない。そのとき、安宅切は偶々審神者の執務室兼私室の前を通り過ぎているところだった。
「──!!」
「どわっ!?」
「っ!?」
その部屋の障子ごと、大男が吹っ飛んできたのだ。直撃を食らった安宅切は、そのまま庭に落ちる。本当に運の悪いことに、障子の上から大男が圧し掛かる形で。刀剣男士でなければ失神しているところだ。彼は幸い刀剣男士だったので、何とかその下から這いずり出る。それから、障子の上に乗っていた男の正体を確かめた。
安宅切の直後にやって来た刀剣男士、二筋樋貞宗だった。彼はぽかーんと呆けている。
その上から、審神者が声を投げつけた。
「二筋樋の馬鹿! もう知らない!!」
「──っと、待ってくれ相棒!」
二筋樋は障子の上からガタガタと立ち上がろうとしたが、審神者はそれに構わず走り去った。
……それから、安宅切は言った。
「あの」
「え、わっ誰かいたのか」
「えぇ、私を思い切り下敷きにしてくれましたねあなた。普通の人間だったら骨折ものでしたよ」
「す、すまん……それより聴いてくれないか、相棒のことなんだが」
「『それより』が気になりますが聞きましょう。主を大層怒らせたようですが」
「あぁ……」
とりあえず障子を片付けながら、二筋樋は言った。
「血の匂いがするから大丈夫かと言ったら、思い切り突き飛ばされて……あいつすごいな、俺みたいなデカい男を吹き飛ばすとか」
「……」
「安宅切?」
きょとんと眼を瞬く二筋樋に、安宅切は深々と溜息を吐いた。こんなことのために自分は巨躯の下敷きになったのか……そう思いながら、彼は言った。
「あのですね──」
「すまん、相棒」
直後、二筋樋は事務室にいた。
縁側に正座する二筋樋。背中を向けて体育座りしている審神者。間に立つのは加州だ。他の刀剣男士がなんだなんだと騒いでいたが、安宅切がとりあえず彼らをその場から辞させた。残ったのは3振りである。
加州が溜息を吐いて言う。
「主、本丸の紅一点なんだから気を使ってるんだよ。それをお前ねぇ」
「わかっている。……いや、わかっていなかった。だからその……顔を見て謝らせてもらえないか、相棒」
「……」
審神者は、そっと振り返った。ただし、加州の脚に寄り添ったまま。じっと、二筋樋を見つめる。
「……本当に反省してる?」
「している。すまなかった」
しばし、じっと彼を見つめていた彼女は──。
「…………『わた屋』」
「え?」
「『わた屋』の春季限定の練り切り。買ってきてくれたら許してあげなくもない」
二筋樋はきょとんとした。
「……そんなことでいいのか?」
「……買って来なかったら許さない」
「あ、わかった。わかった。買って来る。『わた屋』というのはどこの店なんだ? 現世か? 万屋街か?」
「最近万屋街に出店した。あとは自分で調べて」
そう言って、再び加州の脚の裏に隠れる。そこから動かなかったので、とりあえず二筋樋は「本当にごめんな」と言いながら立ち上がり、自室へ財布を取りに戻った。
残された2人はと言うと。
「……~~二筋樋に生理のニオイとか気付かれたくなかったぁ~~……」
「ドンマイ。普通わかんないから。二筋樋が特別鼻が利くだけだから。二筋樋が買ってきた練り切り、2人で一緒に食べて仲直りしな」
「……言ってから気付いたけど、二筋樋って甘いもの好きかな……」
その後、審神者と二筋樋は無事にお茶と一緒に練り切りを食べたし(二筋樋は甘いものは好きでも嫌いでもなかった)、「生理の匂いに気付いても知らないふりをすること」と言う約束が結ばれることになる。
しかし、審神者は気付かなかった。二筋樋が、「あれが相棒の月のものの匂いか」と憶えてしまったことに。それを「夜のおかず」にしてしまったことに。
了