※この作品はR-18です。

刀剣乱舞SS集(BL・NL・友情主従ごった煮)   作:駒由李

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CCP一人称語り、くりちゃん主体の家族パロのようなものでホラーっぽいの。CCPと大倶利伽羅が兄弟です。都合上へしさに前提(長谷部:父、審神者:母)。ノリは「【実録】昨日、姉が備前国の審神者に着任しました。」(novel/5339755)に近いです。
▼「【とうらぶホラー】くりちゃんと僕【現代パラレル】」と同設定。
何となくここでは
父:長谷部(社畜公務員)
母:審神者(♀)
兄:CCP
弟:大倶利伽羅 と決めてます。長谷部は薄め、審神者はやや濃いめ。作中での「水戸」というのは地名より名字みたいな感覚で。屋号というか親戚内での「●●の家」みたいな呼び分けというか
父方の従兄はとりあえず御手杵って事にしてます。何となく「親戚の兄ちゃん」が似合う。
▼作中の話は1部違うジャンルでも使ったネタ。性別を反転させてみても怖かった。


【とうらぶホラー?】くりちゃんと僕 『水』【現代パラレル】

 夏が来たね。夏といえば怪談……というのは我が家では日常だ。特に僕達の住んでいる地域ではこれからやっと梅雨が来る。梅雨といえば雨、雨といえば水だ。そういう訳で、今回は水に纏わる話を綴ろうと思う。今回はホラーよりもオカルト、といった方が近いかもね。それじゃ、はじめるよ。

 

 

 

 

 

 

泳げない/泳がない

 くりちゃんは泳げない。あんなに水着とサングラスとアロハシャツが似合う見た目なのにだ。かくいう僕もあまり泳ぎは得意じゃない。両親は何かと僕達に習い事をさせたがったが、水泳教室だけは通えなかった。小児性の耳の病気だったからだ。家系にない病気だったが、母は病勝ちで「病気のデパート」と医者に称された程だったので、2人の息子が揃って同じ病を患っても不思議には思わなかったらしい。ただ、あとで調べたところによると、最近ではこの病気を患ったのは僕達ぐらいのようだった。

 長じるにつれ、授業の水泳や遊泳ぐらいならば問題なくなった。なので小学校に上がった頃には、問題なく水泳の授業を受けていた。僕もある程度は泳げるようになったし、1年に1度は家族で海水浴やプールに行った。海水浴は母方の祖母の実家がある海岸地域だった。ただ、実家がある地域といっても、どこかの家に立ち寄るという事はなかった。1度だけ、その海辺の長屋のような家の一室に入った事がある。そこは母方の祖母が嘗て生まれ育った家であり、その頃亡くなった曾祖父の家でもあった。曾祖母はくりちゃんと入れ替わるようにして亡くなっていた。

 恐らく遺品整理などの為に行ったのだろう。漁師だった曾祖父だが、漁師になる以前は書くのも憚られる程の事をしでかしていたらしい。自分と血の繋がった身内には甘かったが、代わりに血の繋がらない妻には冷たく、曾祖母が亡くなったのもこの為といわれていた。それでも子供は沢山いたという。

 つまり祖母には兄弟姉妹がたくさんいた。にも関わらず大おばや大おじの話は聞かない。聴けば、幼い頃にほとんどが亡くなっているという。祖父母の世代では子供の夭折は珍しい話ではない。だが、悉くが水死を辿っているという。あの、海水浴を楽しんでいる海で、溺れて死んでいるのだ。

 何とか生き残ったのは祖母とその妹だったらしく、曾祖父はその2人をなめるように可愛がったらしい。くりちゃんは、実はその祖母に容姿がとても似ているのだが、共通点がもうひとつある。彼女もまた、泳げないのだ。

 のちに夫に冷遇され癌で死ぬ事になる大叔母が、泳げたかどうかは知らない。だが、水遊びは好んでも、潜るという事が2人とも出来ないという。無表情のまま自然に突っ込んでいく野生児のくりちゃんも、水辺では浮き輪などに捕まって水面を泳ぐだけだ。決して潜る事はなく、ただ浮いている。

 祖母に囲われて溺愛された僕だが、くりちゃんの事もかわいくなかった訳ではないらしい。時にのちに生まれた伯母の息子と共に水泳に誘われる事もあった。尤も、元気なくりちゃんの方が幼い孫息子を相手にするのに丁度良かったからだろうが。ただ、くりちゃん曰く、祖母は水に入る事はなかった。

 「年寄りだからじゃないか」とはくりちゃんの言だが、何となく、こんな話を思い出した。大学の教養課程で、英語の教授が話していた事だ。欧米でも自然豊かな地域で、川辺でバーベキューをしている時、酒はつきものだ。真っ先に潰れるのが日本人だ。しかし、この際の死亡率は地元民の方が高い。

 それはなまじ潰れない為に、ふざけて川で泳ぐからだという。てっきり酒が入った状態で水に入るからでは、と思ったが、死因は「川にいるワニに喰われるから」だそうだ。動かなくなる日本人は、川に入らずに済む訳である。

「そういえば、酒に弱い人は肝臓癌になりにくいっていうな」

 さてはて、僕やくりちゃんの耳の病気や、人一倍「敏感」なくりちゃんが泳げないのはなぜか。曾祖父の因業も合わせて考えると、果たしてこれが加護か呪いか。区別がつかないところである。

 

 

 

肩が濡れてる

 祭りの季節だ。この頃になると、朝の6時に放たれる花火の音で起きる事が多い。雪国のここでは、7月に入るとやっと梅雨の季節の到来だが、同時に、夜になれば宵宮が催される時期でもある。この頃になると、くりちゃんがよく肩を濡らして帰ってくる。綿飴を片手に。

くりちゃんは意外にも、祭りが好きだ。というよりも、屋台が好きなのだろう。地元では小学校の運動会で屋台が出されていたが、それに無表情のまま嬉々として駆け寄ろうとしては父や母に捕まり、弁当の場に向かったのが、僕と一緒に小学校に通っていた頃の定番だった。3才違いなのである。特に青く小さなリヤカーの屋台で売っているリンゴのアイスが好きらしい。小銭を握ってまずそのアイスを買うのがくりちゃんの屋台フルコースの前菜だ。その後、綿飴、リンゴ飴、かき氷、イチゴ飴、落書き煎餅……宵闇の中の屋台の光を眺めながら、神社にお参りをして帰ってくる。それがくりちゃんの夏だ。

 金魚すくいやヨーヨーすくい、籤引きなども好む。要はとても大人びた容姿で、中身は童心でいっぱいだ。親戚の鶴丸に可愛がられているのも、こういった側面かも知れなかった。僕はといえば、あまり人混みは好まない方なので、浴衣を着るのは嫌いではないがそんなくりちゃんが理解不能だったりする。

 と、ここまではほのぼのとしたくりちゃんの側面として語れるだろう。しかし、少々変わっているのはここからだ。くりちゃんは「なれ合いはしない」という人柄なので、大抵ひとりで宵宮に寄る。帰りが遅いと思えば、綿飴を土産に買ってくる事も屡々だ。綿飴の袋を彩るキャラクターグッズは似合わない子だと思う。この辺りは幼少から変わらず、ひとりで遊んでひとりで帰ってくるという癖が抜けていないのだ。父方の親戚の家の最寄りの神社の宵宮には、従兄弟の御手杵とその友人達と共に行くものの、それ以外だと、僕が一緒に行った時は、ベンチに座って待っていると一通り屋台で食べ物を買ってきて戻ってくるのを待つ方が楽だ。

 そして決まって、「ひとりで」宵宮に寄ってきたくりちゃんは、肩を濡らして帰ってくる。毛先の赤みがかった髪も服も、薄らと湿って帰ってくる。自転車を使った時は、出迎えた僕が見遣ると、乾いている道路に濡れた細い轍が残っているのが屡々だった。

 

 くりちゃんは雨男だ。

 

 とはいっても、従兄弟の御手杵ほどひどくない。彼は何せ、降水確率が0%でも出先で降るのは序の口。ちょっと近所のドラッグストアに自転車を走らせれば、にわか雨。それも丁度店に着く頃に止むなどという、ある種神憑りなレベルではない。否、くりちゃんのそれもある意味神が関わっている。

 本人達にいわせれば「梅雨だからな」「いつものろのろしてるからなぁ、雨が降る前に事を済ませられないんだ」という事だが、くりちゃんに関しては気に掛かる事があるのだ。というのも、以前。大学の教授の雑談だっただろうか。

「神社を訪れた時、天気が変わるのはそこの神に歓迎されている」

 大学時代などは県外からやって来た同期の友人を連れて行ったりしてやっていたらしい。母方の従弟を連れて行く事もままあった。しかし、神社仏閣の多く、また田舎の為か神仏習合の名残の強いこの地域では宵宮がとても多い。どこかへ出掛けるくりちゃんが、どこかの宵宮に寄って遅くなるのは常だ。そのくりちゃんは雨男なのだ。というより、僕が晴れ男なのだろう。出先で雨が降った試しは0に近い。遠足は毎回晴れ、運動会も6年間晴れだった。ところが僕が卒業後、くりちゃんの残り運動会は毎年雨になったという。何を考えているのか、ウチの小学校は梅雨時に運動会をするから当然かも知れないが、6月の序盤は寧ろ晴れる事が多いのがこの地域の特徴だった。僕が一緒に出掛ければ降水確率が高い時でもまず雨に降られる事のないし、幼い頃は一緒に宵宮に行っても雨が降る事はまずなかった。変わらず、ずっと晴れの夜だった。僕にとって天候が晴れというのは当たり前で、1度遠足の目的地の公園から一気に雲が引いていったのをバスから見た事もあった。

 そんな僕の弟のくりちゃんは、僕と一緒に行動すれば雨に降られない事は知っている。長年の経験だ。それでも単独行動が好きなので、天候は区々だ。御手杵ほどにはひどくないものの、くりちゃんが折り畳み傘を持ち歩いているのを僕は知っている。良くも悪くも自分で何とかしてしまう子だ。そんなくりちゃんだが、夏はフードの服が増える。理由は単純。「宵宮に行くから」だ。

 条件は決まっている。くりちゃんが宵宮にひとりで行った日、天気が崩れる。予報では晴れの筈の日でも、その宵宮の日、くりちゃんが単独で行けば必ず雨が降る。小雨程度、且つ小規模に集中的に降るものらしく、フードで事足りるぐらいらしい。律儀なくりちゃんは、宵宮に行けば必ず神社にお参りをする。特に願い事がない時でも参るらしい。そうすると、晴れる。

 お祭りの日には特異日、というものがあるらしい。大抵晴れたり、雨が降ったり。その祭りの日には必ずこういう天気になる、という事があるという。くりちゃんは「そういうものだろう、梅雨だし」という。ただ、くりちゃんの場合は、普段は行かない神社に立ち寄っても雨を降らせるのだが。

 特に父方の実家にある神社は、御手杵達と一緒に行くと降るそうだ。僕がついていくとまず降らないが、くりちゃんと御手杵達だけだと降る。そしてお参りをすると雨が止む。恐らく、父方がそういう家系なのだろう、と僕は思っている。ただの農家の筈なので、どこから来た血筋かは不明である。

 この「神社に行くと雨が降る」法則が当てはまるのは、戦国時代やそれ以前からあったような神社が対象だ。地元に根付いている神社の宵宮で、くりちゃんは雨を降らせる。ただ、例外もある。僕がお正月、おみくじを引く為に寄るお寺だ。寺でおみくじがあるのは、先述の神仏習合の名残だ。しかも結構なぼったくりである。お供えの蝋燭、線香1本に500円、という事もざらなので、お参りはせずにおみくじだけ引くのだが、僕の話を聞いたくりちゃんは、つい先年、はじめて寄ってみたという。これは僕には意外だった。何せ、くりちゃんが小学1年生の頃に引っ越す前の方が近所にあるところだったからだ。

「あそこにある塔は遠くから見るもので、あの近くまで散歩する事はあったがあそこへの入り方がわからなかった」

 とはくりちゃんの談だが、方向音痴の僕でも場所がわかるのだ。あんな堂々と聳え立つお堂のある場所を間違える筈がない。野生児同然だったくりちゃんがわからなかったのも不思議だ。もっと不思議なのは、帰ってきたくりちゃんの顰め面だった。

尋ねれば、本人にその顰め面の自覚はなかったらしい。ぼったくりだという事には同意見という事と、おみくじを引いてきたという事だけ報告してきたが、翌年、くりちゃんがその神社兼お寺に寄る事はなかった。最近になって母が亡くなり、地元の寺が集められた街に寄った時も似た反応をしていた。

 くりちゃんに尋ねてみれば、「多分、人工的に集められたものが嫌いなんだ」という事だ。その地名は、検索すればちょっとした観光地になっている事がわかる寺の街。それに金銭獲得が明らかな目的の寺兼神社。前者は特に、戦国時代ぐらい、北条攻めの折にうまく秀吉公に取り入り、自らの主君の土地を半分奪い取ったような初代藩主が、「わかりやすいように」と各職業ごとに住ませる場所を振り分けた名残だ。寺というのは徳川家の以降で有事には城塞に用いられる用途で大きく作られたらしいから、要は本丸とはまた別の城塞をたくさん築き上げたようなものである。まぁ、ここは本州の最果ての上に海に面しているので、城塞を築いても精々が籠城程度しか用を為さないから許されたのだろう。

 閑話休題、歓迎のされ方が「雨」という少々ヒトには傍迷惑なものの、神様に気に入られやすいらしいくりちゃんには敏感に「何か」がわかるのだろう。幼い頃からあちこちの神社――幼い頃はまだ宵宮をやっていたが、今では廃社寸前のところも今でも寄っているという――に立ち寄るくりちゃんには、気持ち悪いものなのかも知れない。

 尚、くりちゃんの体質はかなり極めつけで、広島の、水に立つ鳥居が有名な島に滞在中は干潮で小雨が降り続け、京都の神社仏閣を立ち寄った時は、帰りの寝台列車に乗る頃には晴れたものの、時折小雨がぱらついたという。野生児だから気に入られやすいのか。思わずそんな言葉が浮かんだ。

 ただ、ひとつ。今でも心配している事がある。僕の大学時代の話に戻るが、調べ物をしていた時に、こんな言葉を知った。

 

「遣らずの雨」

 広辞苑によれば、「人を帰さないように降ってくる雨」を指すという。

 

 それを知ってからは、宵宮に行くくりちゃんが小雨のうちに帰ってくるのを祈るばかりだ。昨今は宵宮も衰退しているが、いつ「名残惜しむ」雨が小雨から大降りになるか、わかったものではないからだ。何せ、宵宮というのは神社のお祭りだ。単純に屋台が好きなくりちゃんが、屋台がなくなれば神社に行かなくなるのは必定。近くに寄れば気紛れにお参りはするらしい。だが、その程度だ。

「あんまり気を持たせるような事をするんじゃないよ」

「何の話だ」

 くりちゃんは首を傾げた。

 

 

 

火の気

 さて、以前から散々恨み言ばかりぶつけている「水戸の祖母」について触れようかと思う。というのも、最近、母によく似た女性が夢枕に立ったからだ。嘗て住んでいた公務員官舎の裏手にあった川で、その女性が手招きしている。「●●の川においで」、と、呼んでいるのだ。それで朝早くに目が醒めてしまった。ついでだからそのまま起きて、最近拾った子猫に薬をやるのを手伝って貰う為に、くりちゃんを起こした。そしてその夢について勢いで告げると、くりちゃんは寝癖頭で怪訝そうにした。

「三回忌も過ぎたから、母が夢枕に立つのは考えにくい。禍々しい印象の夢だが、恨み節ならもっと早くに立つだろう。それは祖母じゃないのか。祖母と母と俺はよく似ているだろう。特に女同士なら、声も似るだろう」

 祖母はお前に執心しているからな。冷蔵庫から、獣医から与えられた薬を取り出すくりちゃんは、冷めた様子でそう答えたのだった。いわれてみればそれに納得できない事もない。祖母を嫌っていた母は特に厭っていたが、祖母と母はよく似ていた。祖母の若い頃など、母と瓜二つだ。そしてくりちゃんもまた似ているのだが、くりちゃんは似ている・似ていない論争に関しては「論議する事自体が下らない」と断じている。元気の良い女の子の子猫をしっかりと捕まえた僕は、くりちゃんが目薬を差すのを手伝った。その後のくりちゃんによれば、「せいぜい梅雨時だから水に気を付けろという事じゃないか」という話に落ち着いていた。しかし、間違っても好奇心を出して夢の場所に行くなともいわれた。くりちゃんもまた、いわれて気になっていたのだろう。口をへの字に曲げていた。

 そして渦中の祖母についてだ。祖母は現在、介護施設に入っている。祖父も同様だ。祖父は比較的まだ矍鑠としているらしいが、伯母曰く祖母はすっかり痴呆が進んでしまったという。何せ、うちの母が亡くなった時も、目の前の遺体が誰かもわからない様子だった。今も、施設で他のお年寄り達と話す時は我の強い気質は残っているらしいものの、くりちゃんの事を覚えているかどうかは保証できない。祖母とは母が亡くなって以来1度も顔を合わせていないのは僕も一緒だが、祖母は僕の事は覚えているだろうと断言できる。何せ、僕の顔は、若い頃の祖父に似ているらしいのだ。

 

 平たくいうと、祖母が祖父に惚れたのは、「顔」に集約される。つまり、僕のような顔が好きなのだ。

 

 祖母の顔に似たくりちゃんとはどうしても愛情に差が出るのは、祖母本人としては当然なのだろう。僕としては噴飯ものだし、くりちゃんはその点において冷めた顔しかしない。無愛想どころではない。無感情だ。祖母には最早何も期待していないというのがよくわかる顔だった。憎悪とは、関心である。それがあるだけましな事もあるという好例だった。

 さて、戦後間もなくだろうか。比較的結婚の遅かった祖母が見初めたのは、地元の地主の息子だった。運動が出来て女性に親切、大概の女性が黄色い声を上げるような事はしてのける。典型的な女たらしだったそうだ。祖母もそれなりの家の娘で、家付き娘として地主の息子と見合いした。そして、祖母の側が強引に婚姻を進めたそうだ。何せ、面食いだったので。逃すまいと結婚まで持ち込んだのだ。プロポーズも祖母の側からだったというから惚れ込んだものだと思う。一方、祖父としてはとんでもない事だっただろう。まだ女遊びをしていたかっただろうに、自分の家は地主であり、長男長女とは20才は離れていた。跡継ぎにはまず縁がなく、末っ子として可愛がられていた矢先に、「こいつは末息子、跡継ぎは余ってるからいらん」と婿に放り出されたのだ。

 勿論、そんな婚姻生活がうまくいく筈もない。夫は女性に優しい。妻以外の女性には。祭りでは女性に声をかけ、侍らせる事枚挙にいとまがない。妻は当時健在だった妻の父、つまり僕達にとっては亡き曾祖父に泣きついては婿はきつく絞られ、その反動で更に女遊びをする――まともな仕事をやっとはじめたのも、舅の伝手だ。中学時代、演劇部の友人が駅を舞台にした劇をやるという事で祖父の駅員時代の制服を借りて貸したのだが、その時に「それは駅長の制服だよ」と母に教えられた時は感心したものだ。「あの典型的なろくでなしが、そこまで出世を頑張ったのか」と。孫息子にまでそう認識されているのだから、若い頃のひどさは推して知るべし。

 それでも何だかんだと娘を2人もうけたものの、その仲の悪さは寧ろ仲が良いのではと思える程にひどかった。どれぐらいかといわれれば、戦後間もなく結婚し、幼い僕を囲っていた頃も散々物を投げ合う喧嘩をしていた程だ。母に聴けば、「子供の聞こえる範囲で夫婦喧嘩はするものじゃないね」と遠い目をされた。つまり、何十年もそれを続けていた。よく喧嘩の種を見つけられるものである。怒鳴り合いを見せつけられて萎縮する、というのは、考えてみれば兄弟の共通点だ。嫌な共有点だ。それはともかく、この夫婦共通の自慢の種が、長女。僕達にとっては伯母にあたる女性だ。大学を卒業後、旧西ドイツの芸術大学でピアノ留学までした、幼い頃から優等生の自慢の長女だ。この為に、子供のいない親戚の夫婦に「次女ならあんたらに懐いてるし、養子にやってもいいよ」と母の目の前で祖母はいってのけたというから、偏愛の程甚だしい。祖母と母の確執はこの時が決定打になったようだ。

 その祖母が、なぜこと決定的に家庭を破綻させなかったのか。理由はこれまた単純だ。

 

 祖母は金を持っていたのだ。

 それも、ただ持っていたのではない。祖母の元には、金が次々と転がり込んでくるのである。

 

「ふと思い出したんだが、祖母の実家の土地はどうしたんだ」

 ある日、僕の部屋で漫画を読んでいたくりちゃんが尋ねてきた。母の亡きあと、父の出張中、暇を持て余していたらしい。古い漫画の復刻版は所謂オカルトもので、その中に海辺の土地が出て来る事が多いのを思い出した。祖母の実家も、海辺にあったのだ。その実家の近辺には海があり、気がつけば大きなホテルが建っていた。いつの間にあんなものが……と兄弟で話題にしたものだ。以前にも述べたが、幼い頃はこの辺りの海に遊びに行くのが1年に1度の家族のイベントだったのだ。それを思い出しながら、僕は記憶の糸を手繰り寄せた。まだあの頃はくりちゃんは本当に幼く、本人の口から祖母の実家の建物の構造が出てきた時は驚いたものだ。僕が覚えている限りでは、曾祖父の持っていた土地は祖母に相続された。生き残っていた妹夫婦も亡くなっており、受け継ぐ係累が祖母ひとりだった。しかし田舎である。ただだだっぴろい上に、海辺の土地ゆえに潮気が強く農地にも転用しにくい。その土地は漁業が盛んだったのだ。持っていても仕方ないので売り払った筈だ、と僕が口にすると、絨毯の上に転がっていたくりちゃんは、首を傾げた。

「じゃあ、あのだだっ広い草原もか」

「だろうね」

 いわれて、思い出す。海辺にあった、納屋がぽつんとひとつだけ立っていた土地があった。やたらと見晴らしが良いだけの広い土地だった。それに、重ねてくりちゃんがいう。

「じゃあひょっとして、あのホテルが建ってたのって、あの土地か」

「……あっ」

 指摘されて気付いた。そういえば、丁度脳内の地図に合致するではないか。いつの間にそんな大金を手に入れていたのか。くりちゃんも気になった様子で「その金はどこに行ったんだ、そんな豪遊していた覚えはないんだが」とあぐらを掻いて首を傾げる。そうして指摘されてしみじみと感じるのは、祖母の金運の良さだ。

 とにかく、金に困らない。喰うに困らないというのは最低ラインで、それなりにお洒落したり趣味に金をかけても生活できる、というラインだ。真面目に貯めてそれなりの資産運用をすればもっと金持ちになれただろうが、祖母の場合、趣味に金がかかるタイプだった。それも「普請道楽」という、とても困った趣味である。

 簡単にいうと、家を建築したり改修したりする事を趣味としている事だ。手ずからではなく、専門家に頼むものだ。某劇的なビフォーでアフターな番組を思い出して貰えれば嬉しい。高尚な趣味という人もいるだろう。勿論、それにお金をかけて芸術の域にまで高めれば僕もくりちゃんも諸手を打っただろう。但し、ただ無計画に増改築を繰り返した結果、見目がつぎはぎのようになってしまった家を見たあとでは、そんな気も起きない。なぜ外壁に煉瓦造りと白塗りが組み合わさっているのか、今の僕には理解できない。1級建築士に頼んでいたというが、トラックが通る度に地震が起きる家だとそれも怪しかった。海外だと亡霊が出る、という妄想に取り憑かれた女性が家の増改築を繰り返させて迷路になったというが、いっそあそこまで行けば面白かったが。

 そしてくりちゃんが、本を片手に首を傾げる。

「……そういえば、あの頃、美容院を新たに改修して作ってたな。家の離れを」

「あぁー、あそこかぁ……」

 ここで僕達がいっているのは、今まで話題にしていた家ではない。祖母名義の持ち家は2つあり、今まで話題にしていたのは駅前にある方。「離れがある」のは住宅街にある方だ。どちらが本当の実家なのかは、実のところわかっていない。共通しているのはどちらも増改築を繰り返しているが、まだ品がある風情の家なのは住宅街の方だ。伯母が従弟を生んだ頃、そのお祝いにと庭に2階建ての離れを造ったのだ。しかし通学の都合上、こちらの家に居着かなかったので、その離れの1階を潰し、完全予約制の美容院にしたのだ。尚、祖母はその時点で高齢で、くりちゃんが成人式や大学の卒業式などで顔を出した時は「客が来た様子はほとんどなかった」らしい。伯母も母も、怒るを通り越して溜息と苦笑ばかりだった。要は、祖母は普請道楽の趣味を発散させたかっただけである。それでも耐えられる財産はあるし、金は若い頃から転がり込み続けていたというのだから恐れ入る。

 若い頃は美容師として働きまくっていた。当時は駅前に風俗店が多く、そこに向かう「飲食店の女性」がよく客として来たらしい。駅前に店を構えられたのも祖母の運だ。時に客の女性が逃げ込んできたかと思えば男が刃物を持って殴り込みに来た……などという物騒な騒ぎもあったらしい。とにかく、それだけ騒々しくもよく金を稼いでいた。一時期は客が来すぎて入院したという事もあったそうだ。他にも、兄弟の中で生き残った祖母には折良く金が転がり込み、それを伯母の留学費用や、母が当時かかった保険のきかない病気の治療に当てたり――この為に、母は祖母に強く出られないところもあった――、とにかく金が入っては出ていく、という事を繰り返していた。

(祖父ちゃんが結局ずっと離婚しなかったのは、生まれた娘がかわいかったのと、あと世間体以上に多分祖母ちゃんを「金づる」だと思ってたからだろうなぁ。祖母ちゃんの方が稼いでただろうし)

 パソコンに向かっていた僕は、疑問が解決した様子で再び読書に戻ったくりちゃんの気配を感じながら、ふと先日見た夢の事を思い出した。

『●●の川においで』

 訃報が来ないから、恐らく祖母はまだ死んでいない。くりちゃんの言葉を考えるなら、あれは祖母の生き霊だろうか。祖母も母もくりちゃんも、よく似ているから。霊になると年がわからなくなるという。

 そういえば、ふと思い出す。以前、祖母が入院した時。ベッドから落ちて人工関節が外れてしまった切欠は、その前に見た夢だという。家の裏口から、幼いくりちゃんが訪ねてきた夢を見たそうだ。あまりにリアルで、思わず立ち上がり、そして転んでしまったという――思い出した刹那、背筋に氷が走る。

「どうした、光忠」

「……くりちゃんは母さんによく似てるなぁって」

「何を今更」

 根が優しいくりちゃんは、機微に敏感だ。そんな彼をいなして、僕は思い出す。

 母方の家系には、くりちゃんによく似た人が多いという。そして、大体は男運がない。それに絡んでまるで昔話の怪談のような話もある。

 そんな怨念が、今はすっかり晴れているといえるだろうか。

(だって、あそこに川があるなんて、母さんも祖母ちゃんも知らなかっただろうに。あれはくりちゃんが発見した場所だった)

 口元に手を添えながら、密かに誓う。水辺には気を付けよう。そして、あの川には決して近付かないようにしよう。

 「くりちゃんによく似た姿」をした誰かが、そこで手招きしているかも知れないから。「この家の女を食い物にした祖父」によく似た、僕を待って。

 梅雨が来る。祖母の恋愛運も家庭運も何もかもを犠牲にして燃やし尽くした金運を雨が鎮火してくれるよう、祈るばかりだ。

 

 

香水

 くりちゃんは、中学に上がってモテるようになった。本人としてはその頃から自分の「おかしさ」に気づきはじめた頃でそれどころじゃなかっただろうけど、くりちゃんは見た目が派手なのとつんけんした性格が1部に受けたようで、女の子に人気が出たようだった。元々女の子が嫌いではない僕は、その事態こそウェルカム! といえたけれど、単独行動を好むくりちゃんとしては、何かと寄ってくる女の子が苦手だったようだ。まるでネコのように、学校の人気のない場所を見つけては、よくそこに隠れたりサボったりしていたらしい。褒められた事ではないが、弟に弱い僕としては、卒業生として良い隠れ場所を教えるばかりだった。

 そんなある日の事だっただろうか。くりちゃんが顰めっ面で帰ってきたのは。

 部活に入っていたくりちゃんは、僕よりも帰りが遅かった。出迎えたくりちゃんはいつもよりも眉間の皺が多い。弁当箱を受け取り、理由を尋ねると、あとからやってきた母と僕の前でいった。

「なんか、この間から臭いがする。どこにいてもとれない」

 いわれ、気付く。確かに、においがした。甘い、女の子のにおいだ。妙に甘ったるいそれは、まるでその場に、女の子が立っているかのような錯覚を与えてくる。クラスに、こんな甘いにおいをさせている女の子はひとりはいた気がした。彼女が出来たにしては、その表情と雰囲気は妙だ。それに首を傾げていると、隣にいた母がくりちゃんに顔を近づけた。においを嗅いでいるようだ。そして暫く腕を組んでいたかと思うと、靴を脱いで家に上がったくりちゃんに、洗面所から「それ」を持ってきた。母がものぐさに置きっぱなしにしていたものだ。

 母の香水である。母の持ち物の中でも、最もにおいがきつい事で有名なブランドの香水だ。母はまるでお菓子でも渡すかのように、咄嗟に手を差し出したくりちゃんの手に香水の瓶を渡す。鮮やかな色柄の瓶だった。母は僕が受け取っていた弁当箱を片手に気軽にいう。

「はい。これ、部屋に噴いて。一吹きでいいから」

「……香水は、趣味じゃない。それにこれ、女物だろう」

「消臭剤だと思って。一吹きでいいよ、それで十分な筈だから」

「……わかった」

 反抗期だったくりちゃん。しかし、このやり取りでわかってしまった。これは、くりちゃんがまだ及ばず、そして母が口を出すべき事。つまり、まぁ、彼らの「日常」絡みだった。

 その後、素直に香水を噴いたらしい。母にそれを渡していたくりちゃんは、数日後、気がつけば顰めっ面をやめていた。

 

 ただ、この前久しぶりに母校を訪れたら、女の人が校門の前に立っていた。顔はよく見えない、しかし悔しそうな表情をしている気がした。そしてだいぶ距離が離れていたのに、あの甘いにおいが漂ってきた。

 くりちゃんには、「帰宅する時は大通りを通ってきてね」といっておいた。全くもって、もてる男は罪作りである。仮に相手が生きていても死んでいても。

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

「そういえば、ウチの近所に元刑場があったらしいね」

「あぁ、あれは地名がそれっぽいだけで違うそうだ」

「えっそうなの。怪談とかよく聴くけど」

「大学の教授がいっていたんだがな。そう思って、俺も調べてみたんだが。やはり刑場もあったらしい。ただ、地名とは関連性はないそうだ。ただ、単にそれらしいだけだ。刑場は地名がついたあとから設置されたんだそうだ」

「へぇ」

「火罪による刑罰は執行されたらしいがな。記録がある」

「……江戸時代の火罪って、火あぶりじゃなかったっけ。この藩も同じだったかはわかんないけど」

「……そういえば、この地域はやけに治水がしっかりしているな」

「都市化より治水が最優先だったらしいよ。雪国だから水が多いし。お陰で洪水とかはないけど」

「……あの辺りの幽霊には遭遇したくないものだな。さぞ、喉が渇いているだろうから」

「でもくりちゃん、あの辺の医院が掛かり付けだよね。アレルギーの」

「いうな。俺も今気付いた」

 

 

 

 

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