▼祖父は転生かも知れないし妖精國みたいなそっくりさんかも知れないし
pixivより転載
そろそろ冬が来る。加州が薯蕷饅頭と熱い茶の入った湯飲みを載せた盆を執務室を訪れると、審神者が庭に向かってタブレットを操作していた。どうやら景趣の設定を弄っているらしい。ここの審神者は妙なところで律義者で、時候に合わせてきっちり季節の景趣を変更する。偶に大阪城を制覇したときにもらう景趣や二十四節気の景趣をもらったりするとしばらくそれを設置することもあるが、気が収まったら元に戻すのだ。病弱な質なのだから冬の景趣は設置しない方がいいだろうに、と思うのだが「四季が一巡しないと落ち着かない」らしい。日本人である。
そんな審神者が、まだ辛うじて秋と言えるこの季節にタブレットをいじっている。タップする度に庭の景色が変わっていた。そして今は夏の海。プレビューされたそれからさざ波の音が聞こえる。座卓に盆を置いた加州が、「夏にするの?」と尋ねる。審神者は思案顔だ。
「そろそろ冬にしようかなあと思ってたんだけど、ふと夏の海も捨て難いなあと」
「偶にはいいんじゃない? そういうことも。主はここの主人なんだから、偶の気まぐれぐらい誰も怒らないよ」
「うーん……」
「なんかあった?」
「ちょっとね。昔の夢を見て。この年で老人みたいだけど」
答える審神者の横顔はどう見ても中学生ほどの少年のそれだったが、彼の内面が幼少からの人生経験ゆえに老成していることを加州は知っていた。知りすぎていた。これ以上知るのは避けたい事態だったので「あっこれはまた闇歴史が更新される気配」と身構えたが、審神者は何でもない様子で語る。
「最近寒いせいか、昔の夏の海の夢を見てね。母方の祖父ちゃんと、弟と一緒に遊びに行ったんだ。多分あれは俺が小学生ぐらいのときの話で、弟は幼保だったかな」
「ご両親は?」
「両親は店の経営が忙しかったからね。俺の医療費もあったし……海に遊びに行けたのは偶々俺の体調が良かったからだったな」
苦笑交じりのそれは、審神者の体質へのものだ。ここの審神者は病弱だ。正確には今になっては「だった」というべきだが、それも政府が彼が審神者になるために保険適用外の医療を施したためもある。審神者が審神者になったのは彼の医療費で身代を持ち崩した店を契約費で立て直すためで。加州はそれを聞いたとき「質を取られたようなものだな」と思ったものだった。
閑話休題、審神者はプレビューの海を眺める。遠い目で。
「そうでなくとも遠出をするときは祖父ちゃんが買って出てくれたな。……うん、良い祖父ちゃんなんだよ」
「お祖父さんって何してる人? それとももう隠居してる?」
「隠居してるけど作家だね。隠居するような年でもないんだけどね。家督を娘に譲ってからは引退して東京近郊で隠居生活しながら本書いてるよ。この現代日本で騎士道モノの小説を――まあそれは置いておこう。たださ、この祖父ちゃん、あんまりセンスが良くなくて……いやある意味いいのか? 奇抜って言うか……」
言葉を追うにしたがって尻すぼみしていく。それに加州は首を傾げた。
「趣味が悪いの?」
「うーん……」
審神者も首を傾げる。そして思い切った様子で言った。
「俺の1番記憶に強い祖父ちゃん、日焼けした鍛えられた身体に紫色にラメの入ったブーメランパンツの海パンを履いてたんだよね……」
「ワァ……ァ……」
「俺と弟は今よりもずっと子どもだったから当時は祖父ちゃんのセンスとかよくわからなかったけど、今にして思うと奇抜過ぎるなあって……」
「随分元気なお祖父さんなんだね……」
「元気も元気」
審神者は嘆息した。タブレットを片手に肩を竦める。
「この時点で俺と弟っていうコブ付きだった上におじさんだって言うのに浜辺のギャルが入れ食いでさあ……パラソルの下で『ソフトクリームを買ってくるから待ってなさい』って言われて素直に待ってたんだけど、中々帰ってこないから俺だけ様子を見に行ったら『すまない、孫を待たせているんだ』『ええ~お兄さん冗談でしょ』と若いギャルとやり取りしている祖父の姿を見た俺の気持ちを10文字以内で答えよ」
「お盛んですね」
「花丸あげちゃう。そう、祖父ちゃんお盛んなんだよね……いや本人にその気はないっていう弁明は聞いてるんだけど」
審神者は再び息を吐く。
「老けてもその調子だからさ、これが若かった頃どうなってたと思う? しかも『女性には優しく』って言う精神を家系的に仕込まれている我が家の男がだよ?」
「あっ……」
「うん、察するものがあるよね。とにかく幼い頃から10代、20代、30代になっても女が入れ食いで。結婚してからも変わらなくて……祖母ちゃん、『嫉妬するのに疲れた』って言って叔父さん連れて出て行っちゃったんだってさ。だから我が家の家督は母さんが継いで婿養子を取ったんだよね。あ、叔父さんとも偶に会ってるよ、祖母ちゃんとも。叔父さんが独身だから俺が事実上の初孫だったのもあってさ」
「……」
「なお、母さんは俺が海での話をしたら『お父さん! 孫の面倒ぐらいしっかり見てください!』ってポコポコ怒ってた」
「さもあらん。というか、主」
「なに?」
丸い頭を傾げる審神者。それにこの事実を突きつけるのはつらかった。しかしここまで来ては言わないわけにいかないだろう――加州はごく真剣な顔で告げた。
「あのさ、主。前に家族仲は良好って言ってなかった……? それを聞くとどうも仲が良いとは」
「何言ってんの清光」
審神者は事もなげに答えた。
「DVもないし虐待されているわけじゃないし社会性のある人たちで構成されてるし、何より愛情がある。ね? 良好でしょ」
「……まぁ、主がそういうんなら、そうなんだろうね」
お前の中ではな――という言葉は、加州は辛うじて呑み込んだ。
代わりに「家族写真ってある? 特にお祖父さんが写ったやつ」と尋ねると、審神者は充電ケーブルにつないだままだった端末を手に取った。そしてカメラロールを探っていたかと思うと、「これ! 海に行ったときのやつ!」と元気いっぱいの声で画面を見せて来た。
そして理解する。
紫色の短髪、年輪は感じさせるがまだまだ若々しい顔。日焼けした体にネックレスとカーディガンを羽織った男。例の海パンは見えなかったが――なるほど、これは入れ食いになるわけだ。
そして納得する。
「主の誑しっぷりってお祖父さん譲り……?」
「失敬な、あそこまで無責任じゃありません。俺は弁えてます」
ふん、と胸を張った審神者は、「もういいや、秋に戻そ」とタブレットを操作して紅葉の庭に戻った。
それは秋の日の挿話。
了