▼ランスロットのここでの名は「財前藍」(ざいぜん・らん)
▼娘に家督を譲ったあと隠居して作家やってる祖父ランスロットと、当時幼稚園だった病弱審神者
▼吸死成分はおちゃめです。エヴァ成分は更に詳しく語ると艦これ成分も加わってくるので……
pixivより転載
それは規制音だった。
「―――さん?」
それは、真名を呼んだモノと呼ばれたモノだけが認識する「音」。周囲には「ピー」という音しか響かない。政府本局以下「刀剣乱舞」プログラム関連スペースでの真名秘匿システムが正しく作用した結果だった。平たく言うと、審神者の真名を呼んだモノと呼ばれた審神者が反応できたということだ。これは審神者の真名が政府本局に登録されていることによるものだがそのシステムの委細は別の機会に譲ろう。
とにかく彼は名を呼ばれて驚いた。自分の真名を知っているモノは審神者をはじめてからはそう多くない。否、恐らく平均的な審神者の中では多い方だろう。何せ数名の刀剣男士が把握しているし、何なら「諱」――古来より彼の家系に受け継がれて来た習慣である、「魂」に名付けられるのに用いられる言葉によるもの。その発音・発声には幼少より特殊な訓練を要する。所謂「神言」なので神の末席たる付喪神には認識・発声が容易い――も一振りの刀剣男士に握られている。それでも彼が本丸の主たるのは偏に彼と刀剣男士たちが築いた関係性ゆえだった。
そのために、真名を呼ばれて困惑した。初期刀兼近侍の加州も一緒に戸惑っていた。そしてもっと困惑したのは、名を呼んで駆け寄って来た中年男性に見覚えがなかったことだった。否、どこかで見た気もする、どこでだっけ。審神者が困惑しながらも「どちら様でしょう」と尋ねると、男性は恐縮したように肩を竦めた。男性はスーツだったので、政府の職員かとも思った。しかし予想は外れた。彼は彼と同じ審神者を名乗った。はにかむように、てかっと光る禿頭を掻く彼は手短に自己紹介した。
「私、以前あなたのご祖父様の担当編集をしていたんです。審神者の適性が見出されて今は編集者業と兼業しているんですが」
「ああ!」
「主のお祖父さん? 確か作家だったっけ今は」
加州が補足する。
審神者の母方の祖父は、娘に家督を譲ったのち、東京近郊に隠居して文筆業をはじめた。それほど手広くやってはおらず、出版社オータムが主に彼の出版権を担っている。恐らくオータムで働いている編集者なのだろう。あそこで働いているということは相当腕が立つはずなのである意味審神者の適性を見いだされるのもわかる。何を言っているかわからないかも知れないが出版社とは厳しいものだ。そこで小説を書いている祖父は、〆切を破ったことがないのでいまだにあの出版社の恐ろしさをわかっていないようだけど……ということを思い出した審神者は、ふと気付く。
「あれ、でもよく俺が孫だってわかりましたね。お顔を合わせたことありましたっけ」
「あるんですよ、これが。あなたは幼稚園ぐらいでしたね……」
作家の
とにかく担当編集の彼は、新横浜に拠点を置いている会社から、同県内の箱根にある第3新東京市近郊に住む彼と専らリモートワークをしていた。打ち合わせ程度ならこれで十分だと200年前の流行り病で人類は学んだ。そこそこに距離があるので移動がしんどいというのもある。昔は空間を切り裂き転移した編集者もいたらしいが、彼は飽くまで人間だった。1部の社員のようにバイオ養成されたわけでもなし。
その日の打ち合わせも、会社からのリモートだった。画面越しの藍はいつも通りの男前。年相応にいくらか年輪は刻まれているものの、それでも十分すぎるほど若々しかった。担当編集の彼の方が年下のはずだが若禿げの傾向があるだけでなく老け顔のきらいもある彼は少々嫉妬心を持ったりもしていた。閑話休題、いつも通りに作品の打ち合わせをし、文句のつけようもなく完璧なスケジュール進行をしているらしい彼にはもはや言うことはなかった
なかったはずだった。話している最中、「それ」が画面に出てくるまでは。
『祖父ちゃん、なにしてるの?』
幼い声だった。実際カメラに映った子どもはひどく稚かった。年の頃はどう見積もっても就学していない。真っ白な髪と目、赤い円らな双眸が印象的な子どもだった。僅かながら藍の面影もある――そう思ったとき、そう言えばこの子どもが言っていた。
『祖父ちゃん』
と。
それで、恐る恐る尋ねた。
「あの……お孫さんで?」
藍の家の複雑さはわかっている。妻には出て行かれ長男は彼女に引き取られていった。噂では彼の手元に残った長女ともあまり折り合いが良くないらしい。長男と長女のどちらの孫にしても彼の家にいるという事実が何を示しているかは俄かには判じ難かった。
わずかな沈黙。藍は言った。
『娘夫婦にしばらく預かってくれと言われてね。娘が2人目を産むということで、立香……婿は店を営むのに忙しい。それである程度自由の利く私に預けることにしたらしい』
「ははぁ……」
その会話の間にも、子どもは祖父の膝の上でうろちょろとしている。玩具らしきものを片手に祖父に膝の上できょろきょろと。「落ち着きなさい」と藍の声。子どもは気にした様子がない。そして、ぴたりと画面の向こうの彼を見た。どうやらカメラがあると気付いたらしい。
子どもは――ぴっかぴかの笑顔を見せた。
『こんにちは!』
「はい、こんにちは」
『ご挨拶できたね。ところで冷蔵庫に牛乳プリンがあるぞ』
『わーい!』
藍の言葉に膝から飛び降りてどこかへ駆け去る子ども。「あったー!」と向こうから声がする。それを尻目に「さて」と話に戻ろうとする藍に、担当の彼は言った。
「元気なお孫さんですね」
『……最近は元気だな』
そう言って憂えるように目を伏せる。それまで絵になるのだから罪な男だな、と思っていると藍は言った。
『あの子は酷く病弱な子でね。それさえなければ普通の子なのだが。今は偶々元気だが、今日の夜にも熱を出すかも知れない。……長生きしてくれればいいのだが』
それは懸念だった。それを彼は意外に思う。女性が入れ食いで浮世離れしたところのある藍も、家族のことを心配することがあるのだと。そう思いながらも、彼は言った。自分でも無責任だろうことを。
「子どものうちは病気をたくさんもらって免疫がつくっていいますし、きっと大丈夫ですよ。大人が気を使うと子どもも緊張しちゃいますよ」
『……そうだな』
『祖父ちゃんもプリン食べる?!』
『あとでな』
――最後辺りのことは端折りながら説明を終えた頃には、審神者は赤面しながら頭を掻いた。
「どうも、小さい頃の俺が無礼なことをしたようで」
「いえいえ、お元気で結構なことでしたよ。大きくなられたようでなによりだ。しかしあの頃からお顔が全然変わりませんね」
「そういう家系なんですよ……」
「主、小さい頃元気だったんだね。今もある意味元気だけど」
「そうだね」
審神者はそう言って遠い目をした。その目は祖父に似ている、と彼は思った。
「祖父ちゃんとはある意味相性がいいからね。気楽だったんだよ」
親に気を使わせている、と幼心に気付いていた。だから、普段接しない祖父と一緒にいるのは気が楽だった。それは仮初の安堵だったとしても、幼い自分にそれは本物だった。
――ということは口にせず微笑んだ審神者に、彼は言った。
「お祖父様はお元気ですか」
「元気なはずですよ、多分また女性をひっかけてるんじゃないですかね。そのうち年下の叔父か叔母ができるかも知れませんね」
軽口を叩きながら、審神者は笑った。
その笑顔も祖父に似ている、と彼は思ったものだった。
了