※この作品はR-18です。

ブラコン病弱審神者の強かな本丸日和   作:駒由李

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刀剣男士の中でも、異色の彼への対応に途惑う審神者。 茶道に全く詳しくないので付け焼き刃です……1度大学の教授の家で茶道(確か裏千家)の流れを見たぐらいです。抹茶苦手やねん……和菓子も苦手やねん……_(:3」∠)_
▼「書架の隙間【男審神者+三日月】」の続きです。三日月が暗躍? してます。まだ続きます。
▼御手杵って、なんというか、不思議な奴だなぁと
▼最近は長谷部の事をノブコンだと思ってます。どんだけ好きだったのと。


Who is this?【男審神者+御手杵】

 弟が生まれた。その日から、自身は兄となった。その兄という立場に不満を持った事はない。多少の愛情の差はどうしても生じても、所謂「お兄ちゃんなんだから」、といった事をいう親ではなかった。そもそも、自身は入退院を繰り返していたので、ろくに家にいなかったというのもある。偶に会える弟と共に過ごす時間は楽しかった。そして弟と比べられる程、一緒にいる事は出来なかった。それでも、どこかで、自分がただ一心に守られるという立場が懐かしかったのかも知れない。

 その施設に入った時。同室の子供達のうち、最年長だった彼は朗らかに笑っていた。人を和ませる、「兄」のような人だった。

 

 

 

 その日の畑内番。草引きをする御手杵が、ぽつりと背後で呟いた。

「なぁ、たぬき。俺、主に嫌われてるみたいだ」

「またかよ」

 一言の元に斬って捨てられる。それに反論の余地はない。同田貫の言葉は真実である。「また」なのだ。ここの審神者は記憶喪失になったのだから。

 「三日月宗近」が審神者に憑依してしまうという事件から数週間後の事。その日も御手杵は悩んでいた。以前にも全く同様のシチュエーションで相談され、結局解決しなかった。その時の事を思い出して、背中合わせの同田貫は呆れて溜息を吐く。

「お前、どんだけあいつに嫌われるような事をしたんだよ。あいつぁ、人嫌いする奴じゃねーだろ。俺らがヒトかは置いておいても」

「俺もそう思う……っていうか、たぬきから見ても俺ってそんな嫌われるような事をしてるか、あいつに」

「……あいつのツボは今ひとつわかんねーからなぁ」

 問い返され、同田貫は軍手の甲で頬を拭う。思い返しても心当たりがなかったらしい。即物的なところのある同田貫だが、見ているところは見ているのを御手杵も知っている。この体になってから、自身も「ヒト」として周りを見る事を知った。真っ先に目に入ったのは、数ヶ月前。この部隊のはじめての槍として着任した時。鍛錬所で、満面の笑みで手を差し出してきた少年の顔だった。狩衣を着た少年は、ここの審神者だと名乗った。

『はじめまして、御手杵。君がウチの部隊じゃ1番目の槍だよ。これから宜しくね』

 戸惑いながらも、手を握り替えした。1番というのは悪くない。もう少しばかり威厳のある主の方が嬉しかったが、こればかりは選べないので仕方がない。少なくとも、その後、落とし穴やびっくり手箱、様々なトラップに引っ掛かり、それら全てが主に審神者主犯だと知って、見た目通りの穏和で大人しい少年ではないと知った。戦の指揮を執らせれば、生まれる時世を間違えていると思わせる程の将の才を見せる。彼は「自身の治療費で身代の傾いた家の為に」政府に高額で雇われたというが、政府にとっては掘り出し物の審神者だっただろう――そこまで知って、ふと気付いた。

『主、あんた、他の奴と俺への対応、違わないか』

 思わず口に出してしまった。その程度には、その時の御手杵は深く考えていなかった。その時の審神者は、ふと、苦笑しただけだった。

 刹那、直ぐ傍の部屋。障子が開かれた。

「おい、そこの2人! 主を見なかったか!!」

「あ?」

「……どうしたんだよ、長谷部。頭に魚が齧り付いてるぞ」

 同田貫と御手杵は、同時に見遣る。彼が主を呼ぶにしては、あまりに剣呑で殺気に満ちた声――ジャージ姿の長谷部、なぜかずぶ濡れの頭には、魚が齧り付いていた。形は小さいが、薄く透けた体は凶暴な牙がついている。それに見覚えがあった。

 2月頃、審神者が池に放流していたアルビノピラニアである。通常のピラニアより警戒心が強く、つまり凶暴さではぴかいちだ。エーテル体の体を傷付けられるのは同じ付喪神だけとはいえ、相も変わらず悪質だ。悪戯の一環だったらしい。だが、短刀達もそうだが、ヒトの言葉が通じない五虎退の虎などが池に落ちたら危ないという事で即回収、その後の夕食の刺身になった筈だ。鯛に似ていて美味しかった――それがなぜ今更。そんな事を思いながら見上げていると、辺りを勢いよく見渡す長谷部は、「主がやらかしたんだ」と普段ならば決して発さないような地を這う声で宣う。頭にはピラニアが齧り付いたままだった。1番異様なのは、小脇に抱えた水槽と、その中で元気に跳ね泳ぐピラニア達だったが。よく見れば、手には文らしきものが握り潰されている。

「主の伝言曰く、『実家から仕送りにまた活きたまま送って貰えたから、折角だからトラップに使ってみた。引っ掛かった奴は長谷部だろうから厨までピラニア運んでおいて。今夜は刺身だよ』だそうだ。主命は果たすが、仇も果たす……! 主はどこだ!」

「主の実家って変わってんなぁ」

「あの主を育てた家だからな……主なら、俺が最後に見たのは馬屋の方だぞ」

「そうか、わかった!」

 そういって長谷部は駆け戻る。室内を経由した方が早いと判断したのだろう。彼の足音が遠ざかるのを機に、御手杵は笑った。

「『最後に見た』のは馬屋なんだな」

「今朝、畑内番をいってきたのは加州越しだったからな。多分今は馬屋ではないだろうな、今日の仕事はとっとと終わらせたらしいし。しかし、あの頭はどうしたんだろうな」

「今までの傾向から見るに、まず長谷部の脚を取るような落とし穴に引っ掛かった。その後、長谷部の真上から水槽の中身が降ってきたんじゃねーかな。しかし、長谷部とか、なんか拗らせてる奴に悪戯仕掛けるよなー主は。色々崩れさせるレベルで」

 実に的を射た推理だったとのちに知るとも知らず、御手杵は草を引く。御手杵は同田貫と気が合うようになってから単独行動はなくなったが、本丸で単独行動を取る男士がまず彼のトラップに引っ掛かる。大抵トラップに「By 審神者」とあるので、悪戯の主が誰かは判明する。ごく稀に短刀達がトラップを作る事もあるが、やはり追いかけ回されるのは審神者である。こればかりは日頃の行いだ。閑話休題、単独行動をとる刀剣男士は、大概は何かしら「こじらせている」。こじらせているとは、この場合、前の主や、自身の扱い。刀剣だった頃の末路などに纏わるコンプレックスやトラウマを抱えているモノがほとんどだ。それをいえば大半の刀剣男士がそれに当てはまるが、思い切り表に出てしまっているのが山姥切や長谷部だ。前者は名刀の写しである事にコンプレックスを抱き、端麗な容姿を覆い隠すぼろ布を被っている。後者は一見まともかと思いきや、自身の嘗ての主に未練たらたらだ。前者に関しては彼の兄弟の刀剣が構っている事が多いので、それなりに被害率は減少傾向にある。しかし長谷部はといえば、「なれ合いは好まない」と公言している大倶利伽羅よりも、他の刀剣といるところを見かける事が少ない。「全ては主命のままに」と宣う彼は、単独行動の多い大倶利伽羅と肩を並べる程に悪戯の被害率が高かった。今では、「敵は本丸にあり」「明智の気持ちが今ならわかる」と呟かせる程だ。これがキャラ崩壊か……と呟く御手杵の背後で、同田貫は雑草をざるに放った。

「あぁ、ありゃわざと、らしいぞ」

「悪戯なら『わざと』だろ」

「目的があっての事って意味だよ。あいつは怒らせたいんだ。怒って、走り回らせたいんだよ。そうすりゃ、悩みに回すエネルギーもなくなるだろ」

「……ああ、そういう」

 なるほど、と御手杵は肯いた。引っこ抜く。自分達刀剣男士にとって、戦う事は「当たり前」の事だ。ヒトにたとえれば「ただそこにある」事に等しいかも知れない。それは運動のうちにはほとんど入らない。少なくとも、ヒトの身体を得たあとでも、それは変わらないのだ。悩み苦しみ、頭にばかりエネルギーを回していればノイローゼになってしまうという。それを何とかしようとした結果――悪戯の被害者が長谷部らに集中する事となったらしい。新たな雑草に手を付けた。

「しかし、もう少しやりようはなかったのかね」

「今のは薬研の意見だからな。俺も当たってるとは思うが、半分は主の趣味だろ。主にとっても良い運動になるだろうし。このところはかなり命懸けみたいだけどな」

「最近は抜刀して追いかけ回してるもんなぁ、大倶利伽羅も長谷部も」

 ほどなく、長谷部の「主ぃぃぃぃぃどこにいますかぁぁぁぁぁ」という怒気に塗れた声が響いてきた。どうやら「主命」は果たしたらしい、厨の方からだ。律儀なのは性根だろう。今夜は漬け丼がいいなぁ、そんな事を考えながら引っこ抜いた草を放った。だいぶ進んできた除草。畑を見渡して、汗を拭う。照りつける陽光、槍だった頃は味わう事のなかった感覚。それに、このところは大分馴染んできた。戸惑いは、まだあるけれど。

「……主ってさぁ、男士によって対応、違うよな」

「そりゃそうだろ。曲がりなりにも城の主なんだからな。アクが強いのばっかだし、同じ対応だとまずいだろ」

「それもそうなんだが……」

「そのまんまいえよ、めんどくせぇ」

 背後で溜息が漏れた。大仰な程のそれは、しかし切実な響きも伴っていた。

「てめーは、あいつがお前に対して腫れ物に触るように接してくるのが気になって仕方ねーんだろ。他の奴には今みたいにじゃれついたりしてんのに、お前には全然構ってこねぇ。それがお前には『嫌われてる』って思わせてんだろ。2回も同じ事いわせんな」

「……『前』も同じ質問して、たぬきが直接主に問い質してくれたんだったなぁ」

 振り返り、へらりと笑う。同田貫はこちらを向かない。さっさと内番を終わらせたいといわんばかりに作業を進めていた。自身よりは小柄だが、厚みのある背中は、さすがにこの部隊最古参のひとりなだけはあると思わせる。最初に呼び寄せた太刀男士が同田貫だったと、御手杵に語り聴かせてくれた主の微笑みは、今や遠い。1回は戻ってきたと思ったそれは、「記憶がなくなった」という事態を喜んだ自身への罰だろうか。瞬く間に消え去った。

『御免ね。そんなに御手杵を悩ませてたんだ』

 その夜。酒の代わりに菓子を持ってきて突入してきた同田貫の詰問に、審神者は困ったように微笑んだ。その目は、沈んでいた。常の彼らしくない表情だったと、同田貫は思い出す。常の審神者は、三日月にも似たマイペースさだ。飄々として腹を読ませない。自分達刀剣男士を大切にしている事は最初から伝わってきていた。だから、尚のこと、御手杵への態度は解せなかった。全ての刀剣へ、御手杵に対してのように振る舞うならまだ、同田貫にもわかる。しかし、この審神者は、どちらかといえば刀剣達とも家族のように振る舞いたがる質だ。まだ、18にもなっていない子供なのだ。それが自然だろう。ただ、その精神の地層に偏りがあるようだと、この時に知った。彼は頬をかきながら、菓子に手を付けた。

『たぬきも御免ね。心配かけちゃって』

『俺ぁ、こういうのは腹に溜めるのが面倒臭ぇだけだ』

『……御手杵も、いっそたぬきみたいな性格だったらまだ、俺も接しやすかったんだけど』

『あ?』

『御手杵もみんなも、悪くないんだ。俺が未熟なせい。御手杵にそんなに悩ませたなら、今週中にでもちゃんと話すよ』

 呟く言葉を聞き逃さなかった。しかし、追及させず、審神者は宣言した。

『多分、御手杵も困らせる事になるだろうけど。でも、それなら本人に話した方がいいだろうから』

 その週が終わらないうちだった。三日月との事件が発生したのは。

 ――そして、現在。また、振り出しに戻っている。

 2回目のその夜の出来事を同田貫から聞いて、御手杵は溜息を吐く。審神者の考えがわからなかった。

「たぬきみたいな性格ってなんだよ……こんな脳筋にはなれねーよ」

「お前だって立派な脳筋だよ、ひたすら突撃じゃねーか」

 時折、長谷部が主を呼ぶ声が聞こえる。最早BGMだ。互いに罵りながら、作業を進める。互いに無用の長物だった武器同士、気は合う方だ。それこそ、喧嘩になれば手入れ部屋必須になる程度には。1度そこまで至った時の審神者は、「好きにしていいとはいった。でも、『仕事に支障を出すな』。これだけは守ってくれといったよね。ねえ、うちのナンバーワン練度の太刀男士と、唯一の槍男士さん」と、怒鳴りもせずに淡々と告げてきたものだった――無表情で。日頃、にこやかな分、その落差が恐ろしく――そして、当時の御手杵には、妙な嬉しさもあった。

(思えば、主に感情をぶつけられたのって、あの時ぐらいな気がする)

 戦闘では堅実な用兵家の為、大した怪我もなく終わる事が多い。御手杵の練度が初期の頃からそうだった。1度か2度、重傷に陥った時は意識を失っており、その時の審神者はひどく狼狽えていたと同田貫の口から聞いていた。しかし、目にしてはいない。だから、わからない。彼の考えが。

 

 

 

「結構なお点前で」

 外から、長谷部の怒鳴り声が聞こえてくる。そろそろトラップに引っ掛かる頃合いだとは思っていた。そう思いながら、審神者は茶碗を口から降ろす。そして、いった。

「わかんないんだよね。御手杵が」

「……と、いいますと」

 炉の手前。控えた江雪が顔を上げる。ゆったりとした語調は、茶室の雰囲気には合っていた。それに、審神者は目を伏せる。真新しい茶碗だった。仕送りのひとつだ。

 執務室前の庭の茶室。そこに、2人はいた。躙り口の大きさの為に、得物を持ち込めぬこの茶室が、専らの江雪の居場所だ。自身の武器を持たぬ審神者も、仕事が終わればここに一服に来る事が多い。武闘派ばかりのこの本丸では忘れられがちの場所にこの2人が居合わせる事を知る者は、今のところ部隊には数少ない。長谷部もよもや、自身に落とし穴に嵌めた上にピラニア入り水槽を落としてきた犯人が茶を満喫しているなどとは思うまい――さて、今日は何といってなだめすかして丸め込もうか。頭の隅で悪辣な事を考えつつも、脳内を主に占めるのは本日の相談内容だ。

 今日の畑内番を受付させた、片割れの事である。茶に浮かぶ自身の顔色は、浮かない。呟くように、審神者はいう。

「江雪から見て、御手杵はどんな人……いや、槍男士かな」

「……素朴な人柄ですね」

「それはそうなんだけど、表面的な方じゃなくてさ」

 椀を手にしたまま、審神者は困った様子で苦笑する。それに、江雪は小さく肯いた。

「本質、の話ですか」

「たとえば、お前は刀剣男士として、とても優秀だ。でも、戦は嫌う。そういう『刀剣男士』だ」

 江雪の声量に合わせるように、審神者の声も小さい。しかし、静かな茶室には、それで充分だった。黙って見詰め返す江雪に、審神者は続ける。

「だから、俺は、『江雪左文字』に最低限の戦いを心懸けさせる。練度を上げて、一撃で仕留めさせる。戦を嫌い、和睦を心懸ける。でも、今の戦いはそういった次元を通り越してしまっている。だから戦わざるを得ない事を、お前が了解している事を知っているから」

「……むなしいですね、戦は」

「むなしさを知っているからこそ、さっさと終わらせてくれるでしょう。宗三は自身は籠の鳥といいながら、刀として戦う事を喜びとしている。ともすれば危うい程だ。小夜は、自分を目的を果たす道具としてしか知らない。……ここの主をやるという事は、君達を把握していなければならないという事なんだよ」

 伏しがちの目が、審神者を見据える。審神者は苦笑で返した。自分達兄弟でたとえられたのが不愉快だったのか。そう思いながらも、彼は続ける。黒塗りの茶碗が、手に重かった。

「でも、御手杵は、それが今ひとつ出来ないんだ」

「……彼は、戦を望んでいる。戦いの度に、喜び勇んで行くではありませんか。それだけでは、不十分なのですか」

 遠回しに、自分とは違う。そう表現したかったのだろう。審神者は肯いた。

「不十分、なんだよ。普段の御手杵は、同じ『無用の長物』扱いされていた同田貫とは違う。穏やかで人当たりの良い性格だ。俺も、あの性格は嫌いじゃない。平和を享受するような側面もある。ただ、江雪。お前のいうように、いざ戦になれば突撃していく。そのくせ、自分の称号にコンプレックスを抱いているところもある。……変に、人間臭い。それが逆に、御手杵が人間じゃないって痛感させる。彼が抱いている悩みすら、それは武器としてのものだ。刀剣男士、お前達がヒトの姿をしていてもヒトではない。それはわかっている筈なのに、御手杵に対してだけは、それが出来ないんだ」

「貴男は、彼に『人間』を見たいのでしょう」

 その返答は、早かった。だから、審神者は目を瞠る。江雪は、ゆっくりと頭を振っていた。

「貴男は、御手杵殿。彼に好感を抱いている。穏やかで、素朴な人柄です。貴男でなくとも、身近にいれば平和な心地になれるゆえに、惹かれる者も少なくありません。現に、ここの脇差の者達と親しく笑っている姿も見られます。彼らは、御手杵殿をありのままに受け入れられます。同じ『刀剣』ですから」

「……」

「しかし、貴男は所詮、『ヒト』です。貴男は、どうしても彼を、まず『ヒト』として見てしまう。それはどうしようもない事です。貴男は人間で、彼は付喪神……ひいては、武器なのですから。彼は、他の誰よりも、その『武器』である本質が抜けないだけなのです。これだけは、埋めがたい溝なのです。……これを認めるのは、貴男には辛い事でしょうが」

 江雪の目には、労りの光が見える。常に世間を、全てを地獄と見ている彼にしては、珍しい色に見えた。いわれた言葉と、珍しい表情。前者に強かに顔を張られ、後者に撫でられた気分だった。審神者は、瞬きもしばし忘れる。

 数十秒。そののち。漸く、声を出す。彼が――江雪が、なぜ、こんなにも早く答えを返してくれたのか。それが、わかった気がした。

「江雪」

「はい」

「俺は、『前』にも、同じ相談をしたんだね」

「えぇ。貴男が、記憶を失う、少し前に」

 速やかな返答。それは意外ではなかった。考えてみれば、当然の事だ。御手杵も、今年のはじめの方に着任したのだ。それから間もなく着任した江雪は、その頃から茶室に入り浸っていた。それまでは歌仙などしか使っていなかったそこの使用頻度が上がった理由を、審神者は思い出していた。そして、同時に思い至る。

 屹度、以前の自身も、ここまで悩んでいた。だから、江雪に相談する事にしたのだろう。習慣となった日記には、悩みの事などほとんど書いていない。特に、こんな事は――対人、ならぬ対神関係についてなど。本丸のブログと化しているそこに、江雪との事はほとんど触れていない。それが江雪に持ちかける相談が、毎回とても重い事を示していた。

 茶碗を握ったまま、彼は小さく頭を垂れた。

「御免ね、江雪。同じ相談なんて持ちかけちゃって。毎度毎度、世話になっていただろうに」

「誰にでも、過ちはあります。それに、貴男の場合は、記憶を失ってしまったがゆえ。致し方ありません。……それよりも、御手杵殿に対する態度は、早くお決めになった方がいいですよ」

「え」

 声を上げる。江雪は、さも何でもない様子で続けた。

「彼も、貴男の他の者とは違う、腫れ物に触るような態度に、不安を覚えているようです。『以前』も、そうでしたから。不安がらせては、士気に影響が出る。即ち、無用な犠牲が出る事もある。決めるなら、早く、お決めなさい」

「……悪い事をしたなあ」

 頭を掻いた。片手には椀を持ったまま。江雪の方から、その絵柄が見えた。黒塗りに、金色の月が浮かぶ。雲が棚引き、そこを牛車と天人が飛んでいる姿だ。これからかぐや姫を迎えに行く、月の使者だと、実家から送られてきたという茶碗を示して、審神者は説明していた。

『必ず、迎えに来るつもりなんだろうなあ。父さん達は』

 緩衝材に丁寧に包まれたそれを手にし、呟く横顔。声が震えているのを、江雪は聴いていた。

 今も憂いに満ちた顔で、茶碗を眺めている。

「でも、俺は、どうしても御手杵を『ヒト』として見たいんだよなあ。ここの主として、やるべき事はわかっているんだけど」

「主殿」

「ねえ、江雪。江雪は、自分がヒトとして生まれていたらどうなっていたと思う」

 唐突な質問。少なくとも、江雪にはそう思えた。しかし、曖昧に苦笑する顔は、やはり憂いに満ちていた。

「その生まれも、死も、誰も決められないもんだね。せめて、生き方だけは決めたいと思うのに」

「……私は、刀です」

「そういうと思った」

 それは自身のアイデンティティ。そして残酷な程に本性を示す言葉だ。しかし、審神者は、かなしそうにそれを笑って受け止めた。長谷部の声が、遠くに聞こえる。その中で、審神者は言葉を続けた。

「ねえ、江雪。お前は長男だったね。俺もなんだ。弟が、ひとりいる」

 

 

 

 

 兄のようなヒトがいた。けれど、決して実の兄ではない。それでも、自分に兄がいたら、屹度こんな感じだろう――そう夢想する事は許されていると思っていた。

 願っていた。

 

 

 

 

 今日の当番は終わりだ。土のついた軍手を洗い場に放りながら、同田貫は当番相手をうろんに見上げる。

「で、本当に今度は自分で聴くんだな。主に」

「おぅ。そうする」

 短く肯く。どこかで審神者と遭遇したらしい、長谷部があらん限りの声で怒鳴っていた。しかし、それが次第に収束していく。今回も、審神者にいいように言いくるめられているようだ。舌先三寸、閻魔が抜くべき舌は何枚あるのやら。長谷部が気の毒になってくる。しかし、そのやり取りも、今の御手杵には羨ましい。自身には、時に同田貫に放つというブラックジョークのひと言もかけられた事はない。大抵は、無難な挨拶程度だ。自身も大概蜻蛉切を苦手がっている自覚はある。しかし、自身が主に避けられる理由が、彼にはわからない。決してそれが蜻蛉切を避けて良い理由になっているとは思っていなかったが、少なくとも御手杵に心当たりはないつもりだった。蜻蛉切にすら、審神者は「相応しく」接するのに。

 自身も、同じ刀剣男士だ。何が違うのか、いい加減知りたかった。そして、以前、その厚意に甘えてしまったが、今度は自分の耳で聞きたいとも、御手杵は願っていた。屋内へと上がりながら、御手杵は肯く。その手は、本丸では草や道具を握り、戦場では自身の本体を握る。自分で歩ける手足と、五感があった。それを使わない手はないのだと、このところやっと理解できてきていた。

「折角、自分で主のところまで歩いていけるのにさ。自分で聴かない理由はないよな、ってやっとわかったから。前は本当に有難うな」

「ったく、世話焼ける奴らだな。主が逃げるようだったら、お前のリーチだったら首根っこふん捕まえられるだろ。抑え付けてでも聴き出せよ」

 そうして、風呂場へと向かう。清潔にしないと、ここの病弱体質の審神者への過保護に定評のある新撰組の男士達が口うるさいからだ。自身もあとから行こう。ひとまずは水が飲みたい――厨に向かおうとした。

 不意に、「それ」に気付く。

(あれ、三日月じいさん)

 あの青い作務衣はそうだろう。それが視界に入ったのは、偶々だった。彼の存在自体は、気になるものではない。御手杵より先に着任していた三日月は、この部隊の有力な戦力のひとりだ。のんびりした態度とは裏腹の実力は凄まじいものがある。審神者とも親しく、じじいと自身を揶揄するものの、その関係性は寧ろ親子のそれに近いように思えた。――だからこその、先駆けての事件だったのだろうが。

 それが頭に引っ掛かっていたのもある。しかし、御手杵が目を惹かれたのは、歩いていた彼の両手に抱えられた荷物だ。「資料室」の印がでかでかと記されたそれに、見覚えがある。あれは、近代の瓦版、新聞だ。紙の新聞を愛読している審神者が読んでいる姿を、何度か見かけた事がある。

『ヒトは、全て知る権利を持っている。刀剣男士は神だ。ヒトは神の姿を模して作られたと聴く。そのヒトに知る権利があるのならば、同じ姿をしている神にも知る権利があるのではないか』

 そう、詭弁を弄して政府を説得。結果として各部隊の本丸に「資料室」が充実する事となった。近代でいうと「図書室」に相当するという。特にこの本丸の充実ぶりは図書館にも当たるらしい。それまでは、歴史を知る事で、刀剣男士から歴史修正主義者を生み出さないように――と、各部隊に過去の資料文献などが渡される事はなかった。実際、御手杵もその意見には納得できる。しかし、そう言い返された時、ここの審神者は「裏切られたら、それまでの器でしょう」と言い切ったと聴いている。「何であの人、現代日本に生まれちゃったんですかね」とは、それを教えてくれたこんのすけの談だ。それに思わず肯いてしまったのも、御手杵だ。

(双葉より芳し、にも限度がある)

 器が、年に見合わないのだ。若さ特有の功に焦る様子もない、落ち着いた采配。それは10代の子供のそれではない。戦国大名として赤子の頃から育てられていれば話は別だ。しかし、彼は近代以降の生まれの筈だ。あの老成された精神はどこで培われたものなのか。他の刀剣男士としては、主が名将のようなので別段疑問も不満もないようだ。しかし、平和な時世の長かった御手杵は、不意に膨らんだ疑問の為に足を向ける。ついていくのは、三日月のあとだ。

 三日月は、その新聞――古新聞らしいそれを片手に歩いていく。振り返る様子もない。それを良い事についていけば、ふと、気付く――この目指している方向は、先程、長谷部の怒鳴り声が聞こえていた方ではないか。

「あぁ、主殿」

「!」

 不意を突かれ、咄嗟に体を引っ込める。障子の開いていた部屋に転がり込んだ。大きな体躯はこの際邪魔になる。忌々しく思いながらも、直ぐに縁側へと身を寄せた。

 畳に手を乗せ、耳を欹てる。聞こえてきたのは、三日月と、審神者の声だ。呆れるような声が届いてくる。

「資料室のものは基本的に持ち出し禁止ってあったでしょ。特にボケ老人、お前が持ち出したら破くでしょ」

「そこまでボケてはいないぞ、多分。おっと」

「いった傍から!」

「はっはっは、冗談だ。……痛い、痛いから向こうずねを蹴らないでくれ」

 至って平和なやり取りだ。いつも通りともいえる。これは、聞き耳を立てる必要はないのでは――寧ろ、そもそもそんなものはなかったのでは。御手杵が会話が終わるまで身を引っ込めようかとも考えた時、不意に三日月は言い出す。

「まぁ冗談はさておいて。さて、主殿。単刀直入に問うが、この記事の事件の被害者。これは、主殿だな」

 唐突に突っ込まれた言葉。それは、御手杵の体を強張らせるに充分だった。

 ――事件? 被害者?

 返る言葉はない。それに、紙擦れの音がする。新聞を捲っているようだ。静かな、潜められた声だ。しかし、御手杵には十分に聞こえた。

「丁度、主殿の部屋の書架の日記。この新聞の日付の年のものがない。それが最後の決め手だったよ。今は便利なのだな。あの日記帳の『隙間』の年に起きた、恐らくは医療現場……子供が関わった事件。それを資料室の『タンマツ』とやらで調べさせて貰った。……主殿も東京の出身だったな。幼い頃からいつも病院にいたという主殿が、まだ成人していないにも関わらず、この間のような裁判とやらに出頭するような事件に関わるとしたら、医療に関わる事件や事故。それぐらいだろう。しかも、この記事の事件だけ、『被害者の日記帳』が裁判の重要な証拠となっている。『今時古風だが、現代でも裁判の決め手となる』とも述べているな。全く無関係とは、どうしても思えないのだが」

「……やだねえ、ほとんどそれ勘に基づいて調べたでしょ」

「はっはっはっは」

 漸く返ってくる言葉は、苦々しそうなものだった。しかし、否定はしていない。三日月の笑い声も、どこか堅いものだった。御手杵は、理解が追いつかない。彼らの会話の内容も、理解できない。

 腫れ物に触るように接せられていた。だから、審神者が日記をつけている事も知っていたが、私室に遊びに行こうとも思わなかった。「隙間」、つまり、恐らくは年単位で日記帳が書架におさまっていないのだろう。昔ならばいざ知らず、近代の裁判で未成年が裁判に出頭するような事態は、犯罪者でなければ――余程に重要な証人か、被害者。あるいは、その両方。現代に関する知識が、頭の中で引っかき回される。その中で、余裕ぶった審神者の声が届いた。

「俺が資料室の設置を求めたのは、刀剣のお前らに自分達について知りたい事を自由に知る権利がある筈だって思ったからなんだけどな」

「近代以降の資料も置いておいたのがお前の手落ちだな。まぁ、もっとも、お前の事だ。知られてもいい、ぐらいには思っていただろう。『裏切られたらそれまでの器』だというお前なら」

「はーあ、これだから勘の良いじいさんは」

「海千山千といって欲しいな」

「どっちにしろあまり褒めてないでしょ」

 嘆息混じりのやり取り。予備知識あってこそのそれに、御手杵の脳の処理は追いつかない。それに、更に追撃が来る。審神者の声だ。

「訂正させて貰うと、その記事の通り。俺は被害者のひとりに過ぎないよ。単純に、証言能力がある子供が、俺しか残ってないってだけ」

 それが、起きた事の凄惨さを物語っていた。息が止まりそうになる。仮初めの体が、酸素を求める事すら忘れた。

 そして、審神者は続ける。今度は、とても、とても、寂しげな声音で。

「……それに、本来、ただ『被害者』であるべきだった人も、俺が会う事はもう、ない。間違いなくこの事件の被害者だったのに。こんな事件がなければ」

「小児科だったそうだな。少年法とやらは、やはり22世紀末時点でも14才以下は、場合によっては厳しく罰する事はない、という事か」

「あの人も、少年法が適用される年だったから」

 語られる言葉。御手杵が知るものとは、また別の凄惨さが、そこにある。被害者、事件、少年法。普通に暮らしていれば、関わる筈のない単語だ。そして、自身が先程まで考えていた事を思い出す。

 器が、年に見合わない。若さがない、落ち着いた采配。10代の子供とは思えない程の、老成した精神……

「……あのさ。三日月は、自分が人として生まれていたら、って考えた事はある」

「ふぅむ。ないな」

 唐突な、質問。しかし、それに途惑う様子もなく、三日月は落ち着いた声音で答える。動揺したのは、御手杵の方だ。自分達刀剣男士が、もし、最初からヒトとして生を受けていたら? ――考えた事もない。

 なぜなら、自分達は武器だ。武器だからこそ、今、ここにいるのだ。

 それに類する答えを、三日月はいう。

「俺は、刀だからな」

「……江雪と、同じ事をいうんだね」

 寂寥に満ちた声は、絶望に彩られている。江雪が専ら茶室にいると聞いていた御手杵は、そこで、長谷部が捜し回っていた間に彼がどこにいたのかをそこで気付いた。それを余所に、審神者がいう。

「生まれも、死に方も、万物に決定権はないんだね」

「審神者になる事を決めたのは、主殿ご自身だろう」

「……ああ、それは確かにその通りだ。たとえ背水の陣だろうと、突撃するか入水するか。決めたのは俺だ。俺は、その点では、贅沢者だね。生き方だけは、決められたんだから」

 どこか自嘲する響きを持つ声。それが、奇妙に印象に残った。

 

 

「昔、俺にとって、兄みたいな人がいたんだ」

 過去形で語るその様は、ひどく苦しそうだった。そして、懐かしそうだった。

 丁度、嘗ての主君を語る長谷部に似ていた。江雪が抱いたのは、そんな印象。

 

 

「やぁ、やはりいたな」

 肩が跳ねる。

 会話がやみ、恐らく数秒、数十秒。呆然とその部屋で座り込んでいた御手杵に、三日月が顔を覗かせる。

 何かをいおうとしたが、声が出ない。何をいえばいいのかもわからない。飄々とした表情の天下五剣は、座り込んだまま自分を見上げる御手杵に、少しだけ苦笑した。そして、部屋に入り込む。だが、必要以上には踏み込まず、その場でしゃがみ込む。その手にあるのは、古新聞だ。視線の合った彼に、三日月は語りかける。

「ついてきているのは気付いていたよ。……お前が、記憶を失う前も今も、主殿に避けられているのも」

「――」

「……主殿に悪気はない。寧ろ、気遣っての事だ。それは察してやって欲しい」

「……それは、知ってる。でも」

 何とか絞り出した声。三日月の、審神者を庇う言葉には、漸く答えられた。知っている。そうでなければ、同田貫に「俺が未熟なせい」などと告げなかっただろう。ただ、理由がわからない。知りたい。それだけが、先程までの御手杵を元気づけていた。しかし、今は審神者の過去に関わる、あまりに重い話に決意が霧消している。同田貫への言葉も、今日には実行できそうになかった。今、まともな顔で審神者に対峙できる自信がなかった。立ち聞きならぬ座り聞きしてしまった事への後ろめたさもある。

 そんな御手杵に、三日月は微笑んで、「それ」を差し出した。

 新聞だ。

「……へ」

「はて、俺はじじいなものでな」

 一転、とぼけた様子で三日月はいう。古新聞を差し出したまま、彼は続けていう。

「すっかりぼけているものだから、資料室から『うっかり』持ち出した資料の返し方がわからなんだ。だから、『偶々』出会した御手杵にそれを渡した。その最中に御手杵が記事を読んでしまっても、お前の責任ではないな」

「……!」

「さて、その顔は夕餉までには何とかしておけ。お前のその素直なところが、主殿はお気に召しているようだがな。今日ばかりはまずい」

 そういって、あっという間に立ち去る。御手杵の手には、古新聞。本丸の片隅に、ひとり残されてしまった。

 何だったのか。一体、今、自分は何を知らされたのか。畑内番の疲れがどっと出て来るようだ。そういえば風呂にもまだ入っていなかった。そうだ、先に水が飲みたかったんだ。しかし新聞を持ったままでは水も飲めない――渇ききった喉。御手杵は、新聞を捲った。

 世間一般に「一面」と呼ばれるそこに、でかでかとそれは記されていた。

 それは、22世紀末。ある小児専門の医療現場で起きた「事件」。

 

 

 

 三日月は覚えている。御手杵が着任して間もない頃、彼が日記に記す事もなかった言葉。

「御手杵って、なんか兄ちゃんっぽい」

「……まぁ、平和そうなところは似ているが」

「顔立ちとかじゃなくて。多分、俺に兄ちゃんがいたらああいう感じだろうなって」

 脇差し達と会話を交わす彼を、微笑ましそうに眺めていた。温和な気質らしい彼は、のちにそれを審神者に見せつけるだけ戦場での落差に途惑わせるのだが、この時はまだ幸いにも、気付かずにいた。審神者は縁側で、どこか嬉しそうにしていた。

「俺が長男で第1子だから、兄ちゃんも姉ちゃんもあり得ないんだけどさ。多分、ウチに兄ちゃんがいたら、ああいう感じに育ったんだろうなーって」

「藤四郎達が羨ましくなったか」

「そうだね。兄弟が多いってのは羨ましい。俺は弟ひとりだし」

「それでは、御手杵を兄代わりにしたいと」

 そういった途端、審神者の顔に幕が下りる。それは確かに幕だった。力尽くで引き上げないといけない幕だった。

 刹那、口の端が釣り上がった。

「……兄の代わりなんて、いないよ」

 

 

『22世紀末の青髭』

 資料室。スポーツ新聞の一面に、大きな文字が躍る。それはその年の暮れに発覚した、とある小児向け医療施設で発覚した事件の、陳腐なまでの通称だった。

「……なんだよ、これ」

 そこにひとり、座敷の卓に同じ時期の新聞や雑誌を広げる男がいる。御手杵は、それらを読めば読む程混乱に陥りそうだった。しかし、1度気になると、次々と手が伸びてしまう。恐らく、三日月の示唆した通りならば、限りなくこれはここの審神者の「秘密」に近い。だが、それでも――だからこそ、手が伸びた。

 22世紀末。審神者がやって来た時代より5年前に終わった世紀。その頃の審神者は、恐らく10才になるかならないかだろう。その時期に、東京で発覚した事件だった。

 それは、21世紀後半に科学的に発見された、「エーテル体」と呼ばれる物質。それを医療方面に利用した治療を施す為の特別施設。自分達刀剣男士の体にも用いられているそれは、審神者の時代だとあらゆる可能性を秘めており、しかしその万能性ゆえに、運用には慎重だ。だから、その施設も隔離されていたという。

 その事件が発覚したのは、最初。そこで殺人事件が起きたからだ。男子の患者、当時13才による犯行だった。逃げ出した職員が、外部に助けを求めた為に発覚した。警察で、彼はこう供述したという。

「『弟』達を守る為に殺した」

 

 

 

 

 

 

 それぐらいならば兄など要らなかった。日記帳を抱きしめ、自身は叫んだ。どうして、と。倒れ伏す職員。メスを握る「兄」が、そこに立っていた。

 

 

 

Next......

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