pixivより転載
椿寺に向かった加州が帰って来たとき、審神者は無表情だった。それを不安と見て取って、加州は微笑んだ。
「大丈夫。三日月宗近ならここだよ」
『ああ、ここだ。少し休ませてもらっている。なに、すぐに戻るさ』
ダメージが大きかったのだろう。顕現を解き刀の本体の状態のまま喋る――正確には加州は刀、審神者は「物の言葉を聞く」ゆえに成立しているやり取り――三日月に、審神者は無言だった。それでも手を伸ばそうとして、加州に「駄目だよ、前みたいになっちゃうよ」と制止されて手を引っ込める。前、と言うのはこの本丸の初期に起きた「三日月宗近憑依事件」だが以前に語ったことなのでこの際省略させてもらう。とにかく、審神者は無言で無表情だった。つい先ほどまではあれほど苛烈に刀剣男士たちを戦場に送り出して敵を狩っていたというのに。そのときは、やれやれと言った様子ながらも笑みを浮かべていたのに。加州と三日月は不思議がりながらも――その直後に起きた震動。敵襲と見て、審神者は指示を出したのだ。
問題はその後のことだ。
加州と三日月は城に戻るまでに話をしていた。随員の極短刀男士たちは興奮冷めやらぬと言う様子ではしゃいでいた。
「しかし三日月、多分主にめっちゃ叱られるよ」
「やはりそうか……」
目線を下げる三日月に加州は畳みかける。
「主、あんたがいなくなってから『とりあえず目の前のことを片付けよう』って言ってそれからひと言もあんたについて触れなかったんだよ。それで1週間近く……さっき無言だったのはまだ本丸に攻め込む敵が片付いてなかったからだろうね。でもあとは掃討作戦という名の残党狩り。相当キレるだろうな~主」
「あまり怯えさせないでくれ……」
門を開けると、刀剣男士たちが駆け寄って来た。
「どこ行ってたんだよ!」
「よくやった」
「心配かけやがって」
「けがはない?」
「馬鹿野郎が……」
そんな様々な声をかけられながら肩や背中を叩かれる。加州も同様だった。姿の見えない者もいたが「残党狩りに行った」と答えられる。誰も掃討作戦と言わない。そもそも練度の高い刀剣男士たちが散々敵を蹂躙していたのが今回の防人作戦である。三日月が様々な複雑な感情を抱きながらもとりあえず一息吐こう、と玄関へ歩を進めていたときだ。
そこから、審神者が現れた。
彼は先程刀の状態で確認した通り、三日月が姿を消す前とほとんど変わらない様子だった。加州から「大侵寇がはじまってからほとんど寝てないんだよ」と言われていたが、それで体調を崩したようにも見えなかった。体が弱いのだから無理はしないで欲しいのだが――三日月はそこまで考えたところで気付いた。審神者が、1歩も動かない。不思議に思いながらも、三日月は彼の元へ歩み寄った。
「どうした、主」
審神者の前に立った三日月は、かがんだ。あまり身長差があるわけではないが気持ちの問題だ。目線を合わせる。
審神者は、黙っていた。黙って、彼を見詰めていた。
その目に涙がにじんだ。
「――」
「主」
横で見ていた加州が、何もかもを察した様子で審神者の頭に手を置く。すると審神者の眼からぼろぼろと大粒の涙が落ちていった。水滴が足元の地面を濡らす。審神者の様子に思わず他の刀剣男士たちは黙り込んだ。
その中で、三日月は――審神者の肩に手を置いた。
「すまん。心配をかけたな」
審神者は、その言葉に、頷いた。また、水滴が地面に落ちた。
ああ、この我が子のような審神者に、本当に心を傷めさせてしまっていたのだ。三日月は未発達な肩を掴みながら、目を瞑るのだった。
なおその後、審神者の指示により1週間ほど毎日3食ほうれんそうを使ったメニューになることを三日月はまだ知らない。
了