▼ハンドオイル、効果が高いのは良いんだけどちとお高いですね……
pixivより転載
このところ激務の自覚はあった。それでもモニターに向かってキーボードを叩くことが多かったからそれほど苦労しているつもりはなかった。精々目薬の消費が激しいぐらいで――しかし、生来病弱な体は、暴力に対しては無暗に打たれ強いけど、か弱いので。
「ありゃー、荒れちゃったね」
加州が俺の右手を見て眉を顰めた。広げられた俺の右手の人差し指と中指。先端の皮膚がボロボロだった。ところどころの皮が剥げている。俺の執務室。正座をして手を広げて見せる俺に加州は言う。
「利き手の人差し指と中指はメチャクチャ使うからねぇ……デバイスとかでも。これ痒かったり痛かったりしない?」
「ちょっと痒い」
「わかってると思うけど掻いちゃ駄目だよ。さて、皮膚科を受診するにしてもまだしばらく主も忙しいだろうし、予約が取れるまでに時間がかかりそうだし……俺のハンドオイル使う?」
「ハンドオイル? クリームじゃなくて?」
首を傾げる俺に、俺の手をにぎにぎと握っていた加州は微笑んで頷いた。
「そう。クリームより保湿成分が高いんだ。試そうと思ってた新しいやつボトルごとあげるよ」
「いいの?」
「その代わり使用感教えて。ちなみにラベンダーの香りがするタイプだけど匂いとか大丈夫だっけ」
「そういうのは割と平気。有難う」
そういうわけで俺はハンドオイルを使っている。
日に何度か手に塗り込むのが使用法らしい。加州に言われるがまま、手を洗ったあとなどに塗り込んでいた。痛むように沁みることも痒くなることもなく皮膚が潤っていくので体質に合っていたのだろう。しかしそれでもキーボードを叩くしデバイスも弄らざるを得ないので指の皮は剥けたままだったけども。
「主ー、まだ頑張ってんのかぁ?」
さて、そんな俺が根を詰めて幾日か。そろそろ仕事が終わりそうな気配を見せて来た頃、彼は執務室を訪ねて来た。御手杵である。盆に湯飲みとどら焼きを載せていた。俺は目を瞬く。
「御手杵、なんだか久しぶりだね」
「あんたが俺のこと戦以外だと遠征に行かせまくってたからなぁ」
「皮肉?」
「事実だろ。あんたに逢うの本当久々だよ。食事の時間も合わねぇもんな。これ歌仙に言われて持ってきたおやつ。ちょっとは休めよ」
「あ~」
御手杵は畳に盆を置くと、ホロモニターに向かっていた俺の諸手を揃えて引っ張り上げた。そのままズルズルと後方へ引きずられていく。そしてペイっと畳の上に放られ――たとき。御手杵が「ん?」と声を上げた。俺は畳の上でゴロゴロと転がりながら尋ねる。
「どうしたの」
「主。ちょっと起きろ」
言われるがまま半身を起こす。すると目の前に御手杵がしゃがみ込んでいた。
そして、俺の手を取り――口元に掌を寄せた。鼻息が掌を撫でた。
「へっ」
「……うん、やっぱいい匂いするな。なんか塗ってるか?」
「あ、ああ……指が荒れたから皮膚科に行く暇ができるまでハンドオイル塗れって清光に言われて……」
「なるほどなー。あ、本当だ。指先の皮がひどいな。これ疲労が皮膚に出てないか」
「出てるかも……」
俺が半ば呆けたまま受け答えしていると、俺の手を口元から外したものの握ったままの御手杵は溜息を吐いた。
「あんた、ひとりで頑張りすぎだろ」
「長谷部とかにも仕事を割り振ってるけど……」
「それでもあんたが自分で采配している仕事の量は異常だ。今日はおやつを食べたら昼寝をしろ」
「もう一区切りがつくまでやりたいんだけど……」
「却下」
言いながら、もう1度俺の手の匂いを嗅ぐ御手杵。彼は苦笑しながら言った。人差し指と中指の先に口付けて。
「……できればあんたの手からラベンダーの良い匂いがしなくなるまでは仕事から解放させてやりたいが、そういうわけにもいかないのはわかってる。でも今は休め。効率が悪くなるぞ」
「うん……わかった。だから、その、手を離してくれないかな」
畳の上でもじもじとする俺に、いたずらっぽく笑った御手杵はにやりと笑ってから俺の指先に再び唇を落とした。
意地悪だ。そう思いながらも顔に熱が集まるのは止められなかった。
このあとどら焼きを食べ茶を飲んだのち執務室にて布団を敷いて寝かしつけられたものの、中々寝付けなかったことを記しておく。
「今の医療は凄いねぇ。1週間塗布し続けるだけで完治するんだね」
「うん……」
「ハンドオイルはどうだった?」
「良い匂いだったし効果もあったよ。ただ……」
「ただ?」
「……なんでもない」
「え、気になる。教えてよー」
了