pixivより転載
本を片手に廊下を歩いていると、厨から物音が聞こえた。ぎゃりぎゃりぎゃり、独特な音だ。
聞き覚えがなかったので覗き込むと、そこに見慣れた狩衣の少年の後ろ姿があった。
「主、何してんの」
「清光。いたの」
振り返った幼顔はここの本丸の主だ。審神者である。彼は窓から差す日光を浴びながら、手元で何やら作業している。ガスレンジではケトルがしゅんしゅんと沸いていた。俺は彼の元に歩み寄った。
「なんか音が聞こえたから来たんだけど……何の音?」
「これ? コーヒーミル。さっきサニゾンから届いたから使ってみてるところ」
「こーひーみる……?」
耳慣れぬ言葉に、プリセットされた知識から引っ張り出す。
「えーと、豆を挽くやつだっけ」
「そう」
「今まで挽いてもらってたの買ってたじゃん」
俺は把握している。この本丸で出されるコーヒーはインスタントが大半で、拘るモノはそれぞれの給料でレギュラーコーヒーを買ってくる。主は後者で、万屋街の輸入食料品店で粉を買っていた。俺はと言えば典型的な前者。コーヒーの味に拘りはない。そんな俺が主に問うと、彼はハンドルを回しながら答える。
「豆を挽くところからやってみたらもっと美味しくなるかなあって」
「インスタントも最近は美味しいのあるよ」
「それもそうなんだけどさ、言ってなかったっけ? 俺、インスタントコーヒーを飲むと腹を下すんだよ」
「あー……」
病弱な主らしい話だ。ぎゃりぎゃりぎゃり、音が鳴る。それをぼんやり眺めていた俺は、ふと思い出して手に持っていた本を掲げた。
「そう言えば主、この本借りて良い?」
「どの本? ……ああ、それ」
主は一瞥して、すぐ手元の作業に戻った。俺は話しかける。
「主、純愛小説なんて読むんだね。本棚で見つけて吃驚しちゃったから思わず持ってきちゃった」
「まあね」
「『ライラックのかほり』なんて、どう見てもロマンスものでしょ」
「あー、ある意味面白いよ。200年前のケータイ小説ってやつなんだけど」
「ふーん」
そう言って主が豆を挽き終えたのを尻目に、俺は自室に引き取った。
数十分後。
俺は本を片手に厨に戻って来た。主は端末を片手にキッチンテーブルでコーヒーを飲んでいた。そんな主に、俺は目元に剣を滲ませて本を見せつけた。
「ちょっと主! 内容先に言ってよね!」
「ネタバレになるじゃん」
「下らな過ぎて吃驚したんだけど!」
「ね? ある意味面白かったでしょ」
「ある意味ね! ある意味!」
「それよりコーヒー飲もう」
そう言って主は、棚から取り出したカップにコーヒーを注いだ。
「清光の分も淹れておいたんだ」
「……有難う」
なんだか誤魔化された気がしたが、俺は主の厚意を受け取るのだった。
そんな、日常の挿話。
了