pixivより転載
そこは、どこかの教室だったと思う。
机、椅子、それが40人分ほど。教卓と黒板。木の板の床。それが確認できるのは、まだ明るかったからだ。とは言っても夕暮れのようで、鴉がカアカア鳴いて飛んでいた。
その中で、自分は床に座り込んでいた。なぜかはわからない――否、わかった。
目の前に、なにかがいた。黒い、大きななにか。俺は座り込んでいた。それを前に、怯えていた。にじり寄ってくるそれに、恐怖していた。理由は、俺には、わからない。否、わかる。わかるけれど――
「――!」
手のようなものを伸ばされ、反射で後ずさる。机にぶつかった。倒れる机。ガタガタと中身を溢す。その間にも、なにかは「手」を伸ばしてくる。そして、覆い被さってこようとしたから――
机の中身。零れたひとつの、「それ」を咄嗟に掴んだ。
それはナイフだった。
渾身の力でなにかを蹴飛ばす。スカートの裾と、黒いハイソックスと内履きを履いた細い脚が視界に入った。もんどりうったそれに、今度は自分が跨った。そして、ナイフを振り上げ――刺した。刺した。刺した。何度も、何度も、何度も。数えきれないほど何度も。返り血を浴びながら――
やがて、ナイフを取り落とす。自分が刺し殺したのは、人間の男だった。
「うっ……!」
激しい吐き気に見舞われ、目を覚ます。そこは私室の布団の上。まだ暑いのでタオルケットだけをかけて眠っていたのを思い出した。
ここは学校ではない。本丸だ。そして俺は男だ。スカートを履く趣味はない。
激しく噎せ込む。乾いた喉が水分を欲していたが、その前にこの胸のわだかまりを吐き出したかった。畳の上に両手をついて嘔吐する。
「主君?!」
障子が開く軽い音がする。幼いが凛とした声が届いて、どこかで安堵した。安堵に関わらず嘔吐はやまなかったけども。月明かりの差し込む中、前田はひたすら吐いている俺の背中をさすってくれた。
「大丈夫ですよ、吐き出せるものはすべて吐いてください。片付けは僕がやりますから。どうどう……」
さすってくれる体温と優しい声。それに、半ば過呼吸を起こしていた気管支が落ち着くのを感じた。
……やがて胃液しか吐かなくなった頃。俺は息を乱しながら、「もう大丈夫」と呻いた。前田が月明かりの中で、
「本当に大丈夫ですか?」
と問うてくる。俺は吐瀉物の前で、半端に体にかかっていたタオルケットを布団に戻しながら微苦笑する。
「もう吐くものないからさ……」
「それなら口を濯ぎましょう。しかし、急病ですか? お熱は……」
「あー、すごく悪い夢を見ただけ……」
額に手を当てられながら、俺は何気なく布団を見た。
そして、思わずつぶやく。
「えっ」
「どうされましたか、主君――主君、お怪我を!?」
「え、どこも痛くない……」
前田が声をひっくり返す。俺はそれを聞きながら、自分の体を確かめた。
敷布団のシーツ。そこに、微量ながら血が付着していた。
政府での検査結果、俺の体にはどこにも傷跡はなかった。さらに言えば、布団の血は俺のものではなかった。
「恐らく、どこかの人間が受けた出来事をあなたが夢と言う形で受信してしまったんでしょうね」
怪奇対策部の人はお祓いの前にそう言った。俺は前田とにっかりに挟まれながら、率直に疑問をぶつけた。
「じゃあ、あの血液は?」
「あれは……余波、でしょうね」
「余波」
「おまけみたいなものです」
(いやなおまけだな)
俺はそう思ったけど、代わりに口に出したのは、最も確かめたくない事実だった。
「あの……じゃあ、つまり。学校で人が人を殺した事件が起きたってことですか?」
それに、役人は変化球で答えた。
「あの血は、女性の破瓜の血だそうですよ」
咄嗟に口を押さえた。また、吐き気を催したので。
翌朝、テレビのニュースで、地方のある中学校で殺人事件が起きたと言うことを知った。その内情は察せられたので俺はそこでテレビの電源を落とした。
了