pixivより転載
政府施設とは言え、真名秘匿システムは敷設されているはずだった。
「――様」
だから、そのときは聞き間違いかと思ったのだ。しかし主は普通に振り返る。
「ああ、浦さん。お久し振りです」
立っていたのは長身痩躯の男だった。片目が濁っており、どうやら盲いているようだった。彼は微笑みを張り付けている。胸に手を添えて主に頭を下げた。
「ご健勝のようで何よりです」
「はは、最近は仕事がクソ忙しかったですけどね。そちらから容赦なく仕事を割り振るものですから」
「それもこれもあなたが有能だからですよ、――様。……そちらは新しい刀剣男士ですね。抜丸の前に来た……」
「ああ、笹貫ですよ。ほら、笹貫」
「……笹貫だよ。太刀男士だ」
「これはこれは。私は浦木良隆と言います。今は政府本局のとある部署で勤務しています。――様とは以前から親しくさせてもらっています。どうぞお見知りおきを」
「うん」
「あ、それじゃ失礼します浦さん。本丸に戻らないといけないので」
「えぇ」
彼は微笑んでいた。
「どうかお気を付けて」
……ゲートを潜り抜けて、本丸の門の前。そこでオレははじめて言った。気付いたことを。
「あの人……浦木さん、だっけ。ヒトじゃないよね」
「あやかしだよ」
主はしれっと言うから、オレは驚いた。
怪奇対策部なるものもあるからその分類は微妙なところだが、20世紀半ばに「特異遺伝因子保持生物」なるものが発見された。それを日本では独自に「怪(あやかし)」と呼ぶ。所謂伝説上の存在が大体これに該当する、と聞いていた。なので刀剣男士が嘗て刀だった頃に斬ったモノも怪の可能性が高い。
そんな、ヒトの身に降ろされた際に得られた基礎知識を思い返しながらついていくと、審神者は門を開きながら言う。
「あの人の正体がなんであるかはわからないけど、とにかく怪だよ。人間じゃないことは確かだ。“主”とやらに仕えてるらしいけど、詳しいことはわからない」
「あんなのとどういう出会い方したの」
「親の仕事の関係でね。俺と会ってからは俺が入院しているときも見舞いに来てくれた。それから度々節目節目で会うんだよね」
「それはいいんだけどさ、主」
俺は尋ねた。門を閉めながら。
「主の名前って、『優樹』様なの?」
「違うよ。真名も、審神者名も全然違う」
「でも、あの人は主を……」
「似てるんだってさ。嘗て仕えていた女性に、俺が」
主は振り返らない。
「魂が似ている、とか言ってたな。よくわからないけど」
「いいの? そんな風に呼ばせ続けて」
「――笹貫」
主の声は、ぴしゃりと叩きつけるようなものだった。
けれど、そのあとの声はあまりに慈悲に溢れていて。振り返った彼は、微笑んでいた。
「誰にでもね、後悔はある。どんな生き物でもそうだ。浦さん……これも浦木さんにそう呼ぶように言われたんだけど……とにかく浦さんには、深い後悔があるんだと思うよ。傷ついている」
大きな赤い目が細められた。慈愛に満ちた眼差しだった。
「あれは老人が子や孫を呼び間違えるのと一緒だ。俺は、それを否定する気はないよ」
そう言って、主は再び背を向ける。白く、長く括った髪を棚引かせながら、主は「ただいま!」と大きな声で帰投を告げるのだった。
汝、後悔の名は「片倉優樹」
(違う、違う、彼女はもう)
(――私は、そうして彼の優しさに甘えるのだ)
なおこれは余談だが、「浦木は主が死なない程度にサポートしてくれるが主が痛めつけられてるのを放置することもあるから要注意人物」と言われていると後ほど知ることになる。
了