pixivより転載
このところ、一期一振はなんだか眠たそうだった。
「一期?」
報告中、舟をこいでいた一期一振の名を呼ぶと、はっと彼は顔を上げた。
「――は、失礼いたしました。寝てました」
「正直でよろしい。何? 寝不足? 疲れ溜まってるの?」
「そういうわけでは……」
ホロモニターに向かいながら、脇で戦闘服のまま正座していた一期一振の顔を見る。なんとなく、以前見たときより顔色が白い気がした。元々色白だけども。俺はそうと気付きつつも茶化してみた。
「なに? 蜻蛉切が寝かせてくれないとか?」
「ここ3日はやってませんな」
「……普段週に何回?」
「5回ですな」
「多いな~~」
付き合ってそこそこ年月が経っているはずだけど、どうやら相当お熱いらしい。そして同時に、俺は安堵していたのだ。
どうやら蜻蛉切のネクロフィリアの気は鳴りを潜めているらしい。
きれいに真っ二つに割れた死体を愛する蜻蛉切。数か月前に一期一振が諸事情あって生首になったときはちょっとした恐怖だった。しかしこのところは蜻蛉切は騒いでない。……それが不気味でもあるのだけど。
しかし盛んに性交渉をしているようなら、多分、恐らく、大丈夫なのだろう。きっと。俺は自分に言い聞かせて――ふと、気付いた。
(百合の花の香り……?)
「それでは、失礼いたします」
一期一振は丁寧に一礼し、出て行った。なので聞きそびれたのだ。今、香った匂いのことを。
(今の景趣は花火のやつだしなあ)
てこてこと庭を歩く。日課の散歩だ。本丸は広いので1周すれば良い運動になる。誰か暇な刀剣男士がいればキャッチボールもするところだけど、残念ながら今日はその当てがなかった。仕事を終えて歩く昼下がりの庭は美しかった。妖精が手入れしてくれているのと、ガーデニングが趣味の刀剣男士がいるおかげだ。秋の野花が咲いている。それらを眺めて歩きながら、一期一振から香った匂いについて考える。
百合の香り。けれど今は百合の景趣ではない。ならば出所はどこだろう。
ぼんやり歩いていると、門の前に差し掛かった。そこから一振りの刀剣男士が現れる。俺はその偶然にどきりとした。
「蜻蛉切?」
「あぁ、主。お散歩ですか」
そこにいたのは筋骨隆々とした立派な武人だった。立派なのだ。戦績も人格も。ただ、性的嗜好がまずいだけで。性的嗜好は自由だ。自由だけど、それは人に迷惑をかけないものが許容される。蜻蛉切の場合ギリギリ人に加害する可能性がある。なので俺はこのとき咄嗟に身構えたけど、ふと漂って来た香りに目を瞠った。
「……花屋にでも行ってきたの?」
「えぇ、彼に贈ろうと思いまして」
蜻蛉切の手には、5輪ほどの白百合がラッピングされていた。
それで、俺は尋ねた。
「ひょっとして、最近ずっと百合の花を贈ってる?」
「おや、おわかりで」
「一期から直接香るぐらいだもん」
「……彼の体臭を嗅いだので?」
「怖いからやめて。匂いが漂って来たんだよ! どれぐらいプレゼントしたのさ!」
蜻蛉切の気迫に俺が慌てて尋ね返すと、彼はぴたりと止まった。
そしてわざとらしく咳払いした。
「まぁ、そこそこの数は……」
「まあ付喪神だから五虎退の虎も百合の花粉で死ぬことはないだろうけど、程々にね」
そうしてその場では解散したのだ。蜻蛉切はなぜか蔵の方に向かった。
事態に気付いたのは数分後。なんとなく気になって大典太を訪ねた。彼はややしどろもどろだったけども、やがて白状した。そして俺は加州と御手杵を伴い蔵に突撃したのである。
「御用改めである!! 蜻蛉切!! 一期に何してる?!」
「あ、主?!」
「主……?」
――薄暗いそこから、百合の香りが噎せ返った。
そこでは木箱の中に横たわった一期一振が、たくさんの百合の花に埋もれていた。
事の真相は簡単なことで、一期一振が恋人のお願いを聞いてあげたということだ。
『あなたが百合の花に埋もれているところが見たい』
そう言われて、何も知らない一期一振は頷いたわけである。
大典太は単に頼まれたから、普段居座っている蔵を明け渡したのだ。あと、万屋街の映画館で観られる新作映画のチケットを2人分もらったのもある。俺が問い質したときは既に前田とデートに行ってきていた。なるほど、映画デートは口数の少ない大典太にはぴったりだ。そんなことを思いつつとりあえず拳骨を食らわせてから一期一振を薬研に診てもらった。
一期一振は衰弱していた。ただし、それは病気ではない。
概念による衰弱だった。
俺は蜻蛉切の前に仁王立ちしながら言った。
「蜻蛉切……お前、わかってたでしょ。『百合の花に埋もれると死ぬ』って言う都市伝説。都市伝説も物語だ。物語に影響される付喪神には致死の毒……蜻蛉切、お前、一期を殺す気だったのか」
「違います」
「ならなんだ!」
「……彼の死体が見たいのです」
叱りつける俺に、蜻蛉切はそんなことを言う。俺は目眩がした。
(こいつ、ここまで拗らせていたとは)
――蜻蛉切はとうの昔に極めている。練度も高い。しかし……と俺が蜻蛉切の処遇について考えていたところで、障子が開いた。
そこには、蒼い顔をした一期一振がいた。
「一期? お前まだ……」
「一期殿」
「……蜻蛉切殿を責めないであげてくだされ、主」
そう言って、一期一振は畳に正座し、頭を下げる。
「無知の私が悪いのです。彼を否定しなかった私が」
「一期殿」
「でも、私は彼をお慕いしているのです。だから、どうか……」
蜻蛉切は腰を浮かして一期一振を見ていた。俺は溜息を吐く。
――被害者にこうも言われては。
俺は言った。
「……お前らもよく知っているはずだよね。この本丸の鉄則。『万事戦に支障を来すべからず』。蜻蛉切、一期一振。お前らは2人でこれに抵触しかけた」
「は……」
「なので2振りには長期遠征に行ってもらう。1か月かかるものだ」
「え?」
「一期が回復次第即刻向かうように。仔細は清光から教わるように。以上! 一期は布団に戻りなさい」
ぽかんと呆ける2振りの前で、俺はパンパンと手を叩いて追い払った。
「甘くない?」
2振りが去ったのち。実はずっと傍に控えていた清光が言う。
「破壊未遂だよ? もっと厳罰の方が……」
「それこそ一期の言う通り、一期が何も気づかなかったせいもある。だから一期にも責任を持たせることにした」
俺はやれやれ、と首の骨を鳴らした。
「正直被害者に責任を持たせるのはどうかと思ったけどね、そうでもしないと収拾がつかないし……そもそもあの2振りがお互いに別れる気がなさそうだったから、じゃあ蜻蛉切に一期に生きていて欲しいというぐらい一緒にいさせたらいいかなって」
「そういうことなんだ」
俺は頭を掻いた。
「この辺本当判断難しいわ~……ネクロフィリアの気がある蜻蛉切って他所で聞かないんだけど……一期、いつの間にかそう言えば廓通いしなくなったし、蜻蛉切と真剣に向かい合うようになってたんだな……」
「成長するんだよ、俺らも」
「あとさ、最終手段は蜻蛉切の刀解だったけど……」
あまり口にしたくないけど、近侍なので口にすることにした。
「……次の蜻蛉切がネクロフィリアじゃない保証がどこにもないじゃない?」
「うわゾッとした」
「それぐらいだったら、色々学習してる今の蜻蛉切が一期と言うセーフティと一緒に大人しくしてくれるのが1番だなって……」
俺は再び溜息を吐いた。人(人ではないけど)を指揮するって大変だ。審神者に着任して8年目にして俺はしみじみと思うのだった。
なおその後、蜻蛉切の問題行動が完全に止んだかは別件にしておく。
了