pixivより転載
今月末に予備役に編入される。8年の歳月を取り戻すために、俺の場合2204年の秋に戻るのだ。そして23歳になる年度に戻って来る予定である。
そのための一連の手続きの煩雑さで、疲れていたのだろうか。夢を見た。
……次々と人がやって来る。閉まらない扉。必死で閉じようとする俺に構わず、押し開いてきた人たちが俺を品定めするようにじろじろと見てくる。縮こまる俺に、次々と手が伸びてくる。荒らされる自室。持って行かれる大切な品物。ベッドに押し倒される。服が剥かれていく。下卑た笑いをする男や女。俺は、堪らず叫んだ。
『どうして皆、当たり前の顔をして俺から搾取するんだ!!』
「――っ!!」
気持ちの上では、布団から飛び起きていた。実際のところは横たわったままだったけども。
障子の向こうはまだ暗い。時計を見るとまだ夜の2時で、溜息を吐きながら置行灯の電源を入れた。ぼう……と明るくなる室内で、俺は目元に手をやった。
頬が、濡れていた。――夢を見て泣く感性が残っていたことに驚いた。
理不尽には、慣れたつもりだったのに。
「……厨になにかあるかな……」
布団を抜け出す。3月、まだ冬の景趣のままのこの本丸は、朝は寒かったので袢纏を引っ掻けた。
「あれ、どうしたの主」
「……清光こそ」
厨に来ると、加州がそこにいた。袋ラーメンを食べている。まだ捨てられていなかった袋には「味噌」とあった。ズルズルと麺を啜っていた彼は、ふと口から箸を離す。
「新選組メンバーで飲み会やっててさ、みんなで潰れちゃって。俺だけ起きたんだけど酒の〆にラーメン食べたくなってさ。これ食べたら全員起こす」
「ああ……この間新撰組面子全員で酒ガチャ頼んだって言ってたね。そのときのお酒?」
「そうそう、全員焼酎ばっか来て吃驚した。まぁ飲んだけど。主もなんか食べる?」
「いいよ、ラーメン伸びちゃうでしょ。ホットミルクだから自分でやるよ」
言いながら、棚からマグカップを取り出す。審神者で主の俺が洗ってさえいれば食器は(箸を含めて)どれでもかまわないという質のためか、この本丸の男士で専用の器を望むモノはほとんどいない。政府刀は外部から来たためか専用の器を望む傾向にあるけども。そういうわけで今も適当に取ったマグカップだ。ああ、こういう判断も予備役に編入されてからはしばらくないのだ。
ただのホットミルクにしようかと思ったけども、棚に蜂蜜のボトルを見つけたのでホット蜂蜜ミルクにしようかとボトルを手に取ったとき。背後から声をかけられた。
「悪い夢でも見た?」
――こういうとき、かち合うのが決まって加州だった。
俺は冷蔵庫から牛乳パックを取り出してから、言う。
「……ちょっとね」
「泣いた跡があるけど。よっぽどじゃない?」
「……うん、まあ」
誤魔化しきれないな、と思いながらマグカップに牛乳と蜂蜜を入れる。電子レンジにかけると、ブウン……とオレンジ色に灯りながら唸り出すそれを眺めながら言った。
「理不尽には、慣れていたつもりだったんだけど」
「……御手杵のところに行ったらよかったのに」
俺の言葉から何かを察したらしい加州が、背後で呟く。俺は振り返った。
「御手杵は相部屋だから……」
「アンタはここの主なんだから、恋人をひとり部屋にしたぐらいじゃ何も言われないよ。――予備役から戻ってきたらそうしたら?」
「……でも、御手杵に心配かけたくない……」
「――御手杵に色々話すのがまだ不安、なんでしょ」
不意に図星を突かれて、俺は閉口する。ブーン、とレンジが唸る。
そうだ。俺は御手杵に心を開ききっていない。体は開いた、愛している。それは真実。でも。
「……御手杵はそんなことしないってわかってるけど、俺が辛いことを辛いって言ったときに、『それがどうしたんだ』とか言われたら泣いちゃうから……」
「そうだね。まだそういう不安があるかもんだね、主は」
そう言ってから、加州はラーメンのスープを飲み干す。喉仏を揺らしてから皿を置いた彼は、俺を見て言った。
「俺たちはこの8年間集団生活してきて、御手杵といざこざがあった頃も俺たちと一緒に過ごしててなんとかなった。でも、これから主は現世近侍として御手杵を連れて行くし、タイマンで御手杵と過ごすことになる。――それへの不安もあるんでしょ?」
「……うん」
「大丈夫」
加州は、俺の手を取った。優しい手だった。
「御手杵は良い奴だって、主、わかってるでしょ」
「……うん」
「予備役編入の間に悪い夢を見たら、御手杵に相談するんだよ。きっと慰めてくれるから。――不在中の本丸は、俺に任せて」
「……うん」
丁度、そこで電子レンジがホット蜂蜜ミルクができたと告げて来た。
私室に戻り、置行灯の電源を切り、布団に潜り込む。そして、天井を見た。
……加州の言っていた通り、新生活への不安があるのかも知れない。それが、あの悪夢を見せたのかもしれない。嘗ての自分。抵抗する術も持たなかった自分。理不尽に搾取されていた過去が夢へと現れた。
(大丈夫)
俺は目を瞑った。
(御手杵が一緒だ)
まだ、手を伸ばすことに躊躇いがあるけれど。それでも、手を伸ばそうとすら思えなかった昔に比べれば遥かにマシなのだ。
そのまま寝入る。朝まで、夢を見なかった。
了