▼この次の話からは病弱審神者は心身ともに大人になります! と言いきりたいところですがいかんせん私がおにショタ好きなので偶に少年審神者に戻ってるかもしれません
pixivより転載
もう3月だ。暦の上では春と言っていいだろう。それでも景趣はまだ寒いままだ。俺はそんな中を、湯気を立てる湯飲みを盆に乗せて縁側を歩く。
角を曲がると、主の私室だ。主の部屋は、今は寒いのに障子が開け放たれたままだった。俺は盆を片手に覗き込む。そして笑んだ。
「主。片付けは済んだの」
「粗方ね」
そう言いながら主は、段ボール箱をガムテープで封印した。
部屋を覗き込むと、あまり物が減ってない気がした。俺は文机に湯飲みを乗せながら尋ねる。
「持って行かないもの多いね」
「和服はこっちでしか着ないだろうからね。それにあんまり物を移動させるとこっちじゃ実質数日しか経たないんだから慌ただしいでしょ」
「でも本はがっつりないね」
「俺にとって命の次に大事な本たちだからね」
「はは、じゃあ俺たちは?」
「命より大切な神様だよ。……そんな顔しないの。そうでも思わなきゃ審神者なんてやってられないよ」
俺はどんな顔をしていたのだろう。鏡には布がかけられていてわからない。主は文机の湯飲みに気付いて
「有難うね」
と言って口を付けた。
「歌仙が淹れてくれたやつだね? 梅昆布茶、美味しいね。しばらく飲めないのか……」
その吐息は、ため息も混じっているようだった。
――主は時間停止型審神者だった。その契約がこの3月末で切れる。
契約当初は最長8年ほど、とされていた。まさかここまで戦が長期化するとは誰も思っていなかったのだ。本来なら契約が切れたあとは予備役に編入され一般人として過ごすはずだった。
しかし、政府は既に貴重な人材となったこの主を手放せない。既に「時間を取り戻した」あとの人生を政府と契約している。もし歴史修正主義者との戦が終わっても、主は政府本局で何かしらのポストに就くだろう。審神者として、巫覡として、そして役人として主は優秀過ぎた。
豊かな才幹は時に人を自らの才能の奴隷にする。どこで聞いた言葉だっただろう。
「清光、本当に任せたよ」
はたと顔を上げる。湯飲みを手に持ったままの主が、穏やかに微笑んでいた。
そのあどけない顔は、恐らくこれで見納めなのだろうと俺は察した。
「そちらはほんの数日だろうけど、俺は8年分時間を取り戻してくるから。多分戻って来る頃には時差ボケみたいなの起こしてるだろうから、そのときは補佐を頼むよ。……俺のいない間の本丸を、どうか宜しくね」
主は、大人になって戻ってくるのだ。
俺は、そのことへ呼び起された様々な感情を飲み込み――笑い返した。
「当然じゃん。俺は主の初期刀だよ」
翌日、主は現世に帰った。現世近侍の御手杵を連れて。
――4月2日。
(そう言えば大侵寇は1年前だったな)
そんなことを思い出しながら、端末の通知を受ける。それを見て俺は大声を上げながら玄関へと駆けて行った。
主が戻って来たという知らせ。
駆けて行った先。門が既に開かれている。荷物を運びこむ業者の中、御手杵を伴った青年がいる。俺は目を瞠った。
あどけなさの抜けきった主が、そこにいた。彼は俺を見て微笑んだ。その表情はかつてと同じで。
「ただいま」
俺はなぜか、涙が溢れた。
主と御手杵を含めた皆に宥められながら、俺はそれでも涙が零れて仕方なかったのだ。
そこには、確かに8年の歳月があったのだ。
了