pixivより転載
整いすぎていて印象に残らない。それでも敢えて言うならば、「優しそうな人」だった。
「ああ、君が京極正宗だね。俺が審神者だよ。これから宜しくね。詳しいことは同じ正宗派か清光に聞いてね」
そう言って手を差し出されたとき、それの意図がすぐにはわからず――あぁ、これが人間のする「握手」というものかと気付いてやっと握り返した。それでも、彼は怒らなかった。
「そう言う人なんだよ、主は」
同じ正宗派と言う理由で3人一部屋にされた先で、荷物の整理をしながら尋ねたとき、日向は笑った。石田のお兄さまはいない。
「お人好しと言っていいほど優しい人でね。政府からの仕事もホイホイ受けてしまうような……まぁ現場復帰してからはそう言うことも減ったけどね」
「現場復帰?」
「あぁ、主は時間停止型審神者だったんだよ。8年……9年かな? それぐらい前から中学生ぐらいの姿でやっててさ。それも今年度の4月から本来の年齢に戻ってね。石田の兄上も同じ頃にやって来たから、正宗派の中で主の前の姿を知ってるのは僕だけになっちゃったな」
言いながら、日向はポケットから携帯端末を取り出す。そこに映し出されたのは、服装は今と同じだが、顔立ちのあどけない少年の姿だった。焼き鳥を頬張っている姿が他の刀剣男士と共に写っている。
わたくしは思わず言った。
「なんだか……ゴシックな服が似合いそうな方だったのね」
「あー……それはあまり、表では口にしない方がいい」
「なぜ?」
わたくしが首を傾げると、日向は苦笑する。
「まさに、そう言うのが似合いそうだからと連れ攫われて人形にされてしまったことがあるんだ。主は」
「まぁ」
「攫ったのは他所の審神者でね……元々見目の良い子どもを攫って人形に加工する性癖のある男で。色々あって審神者になったんだけど、主と会って、主がそろそろ元の年齢に……大人になると知って、攫ったんだ。『美しいままでいさせたい』とね」
「……とんでもない事件ね」
「こういう事件が以前はよくあったんだ……主はそう言うものを惹きつけてしまう質なようでね……」
そう言って日向は溜息を吐く。そして、続けて呟いた。
「……まぁ、それ以外の理由でも攫われてしまいがちなんだけどね」
「え?」
「2人とも、お茶とお菓子を持ってきた。休憩にしよう」
丁度そのとき石田のお兄さまが顔を出したので、わたくしたちの会話はそこで途切れてしまった。
日向の言っていた「それ以外」の理由を知ったのは、わずか数日後のことだった。
「主が反社勢力に攫われた」
その日は、あるじさまは加州と一緒に政府に向かっていた。けれど予定の帰宅時刻より前に、本丸の電話に着信があった。日向の話では滅多に鳴らない電話らしく、傍にいた長谷部が咄嗟に飛びついた。そして緊迫したやり取りをしていたかと思うと、アラームが城中に鳴り響いた。
そして、集まったわたくしたちの前で、長谷部がそう告げたのだった。
困惑するわたくしに対し、周囲は緊迫しながらもどこか慣れた様子だった。それに理解できない。歴史遡行軍ならばともかく反社勢力に拉致されたのだ。なぜ、どうして。この本丸に来てまだ日の浅いわたくしにはただ動揺するしかなかった。
けれど、「ついては救出部隊を編成する。いつも通り短刀がメインで」と言う言葉に、咄嗟に挙手した。
「はい!」
「む、京極正宗か。……いつもの戦場とは少し勝手が違うぞ。生きた人間を相手にする。戦闘力では我々の比ではないが、向こうは最新式の飛び道具も持っている。殺害は許可されているが……」
「大丈夫です。行かせてくださいませ」
「……主の救出が最優先だからな。それでは他に博多、厚、乱――」
名が呼ばれていくのを尻目に、わたくしは無意識に本体を握りしめた。
――現世のバラック小屋。そこに侵入を果たしたわたくしたちのうち、極カンストの短刀男士たちの動きは無駄のない鮮やかさだった。失神させる流れが美しい。わたくしはそれに見惚れている暇もなく、あるじさまを捜した。
あるじさまを発見したのは最奥の部屋。複数の男たちに取り囲まれている姿だった。
パイプ椅子に座らされ、後ろ手に拘束され、そして頭を男の手でわしづかみにされ洗面器の中に顔を突っ込まれて――溺れさせられている。
見た瞬間、わたくしは飛び出してあるじさまと彼を溺れさせている男の間に割って入り、男の頸動脈を掻っ切った。返り血を浴びたが気にする暇がない。他の刀剣男士も駆け込んできて残りの男たちを制圧したのを尻目に、わたくしはあるじさまに声をかけた。
「あるじさま、あるじさましっかりしてくださいまし」
「げほっ、げほ、うぇ……その声は京極……?」
「えぇ、あなたの京極正宗でございます。ただいま戒めを――」
そのとき。わたくしは確かに見た。
粗末な机の上に顔を載せたあるじさまが、微笑まれるのを。
「有難う、京極」
それはあまりにも穏やかな微笑だった。
「なぜ、なぜあんな場面で微笑まれるの?」
――事件の解決後。正宗派の部屋で、わたくしはジュースを片手にくだをまいた。ジュースなのでアルコールは入っていないが、気分としてはくだをまいていた。茶を飲む石田のお兄さまや日向は呑気なものだったけれど。
事件は、あるじさまが日頃反社勢力が絡む「組織犯罪系ブラック本丸」とやらの解決にあまりに貢献していたがためのものだった。要はあるじさまが邪魔だったのだ。最終的には殺害する予定だったと聞いてぞっとした。溺れさせていたのは拷問のためだったのだろうが……。
閑話休題、わたくしは訴える。
「あんな場面、わたくしなら咳き込むのに必死で返事をするどころではありませんわ。なのにあるじさまは……」
「……主はそう言う人なんだよ」
石田のお兄さまが戸惑っている前で、この中ではあるじさまと最も付き合いの長い日向が微苦笑していた。
「自分がどんなに苦しかろうと、周囲を優先する。地獄の中で微笑む仏様みたいな人なんだよ」
そう言って、日向は茶を飲みほした。わたくしには、理解できなかった。
ある日、わたくしが厨の前を通り過ぎると、小豆が「ちょうどよかった。主におちゃとおかしをもっていってくれないか。わたしはべつにようじができて」とお盆を押し付けて来た。わたくしは丁度暇だったので構わなかったのだけれど、あの日のあるじさまの微笑が脳に焼き付いていて離れていなかった。
それでもわたくしは、名族として表面を取り繕って、執務室に向かった。
執務室の障子は開け放たれていた。
「失礼。あるじさま、お茶の時間でしてよ」
「ああ」
それまでホロモニターに向かっていたあるじさまは、にっこりと微笑んだ。
「有難う、京極」
それはあの日の笑顔とまるで同種で――わたくしは、なぜか胸が痛んだ。
了