▼とうらぶホラーというかミステリーというか
pixivより転載
審神者「菱潟」の彼がそのニュースを知ったのは、政府からのお知らせによるものだった。そのときたまたま近侍だった鶴丸に、半ば独り言ちるように話しかける。
「へえ、山城の万屋街で審神者の絞殺死体だって」
「物騒だな。主、万屋街に行くときも誰か連れて行けよ。俺でもいいから」
「そうするよ。んー、事件なのは間違いないみたいだけど、凶器とかには触れてないな……」
「刀剣男士なら素手でぽきっといけるぜ」
「刀剣の可能性が高いならそう記してると思う」
冗談めかした鶴丸の不謹慎な発言に、菱潟はしれっとマジレスする。つまらなそうに肩を竦める鶴丸に、「そうだそうだ」と顔を上げた。
「鶴丸、万年筆のインク買ってきてくれない? 予備が切れちゃった」
「構わんが……」
「偶に肉筆で書類にサインを求められることがあるんだけど、昨日で切れちゃってさ。買ってくるの忘れたから買ってきて。はい、お金」
「釣銭もらっていいか?」
「構わないけど大した額にはならないと思うよ」
そういう心温まるやり取りの末、鶴丸は万屋街へと出かけて行った。なお、ここは美濃である。
帰って来た鶴丸が素直に指定したブランドのインクを買って来たので、菱潟は鶴丸の頭を撫でてやることにした。
その日はそれで終わると思ったのだ。
鶴丸が殺人事件の容疑者として捕まるまでは。
「鶴丸!」
いつも通り、政府に行くときに指定する近侍の長谷部を連れて政府に駆け付けたとき、鶴丸はやや憔悴しながらも笑っていた。
「いやぁ、迷惑をかけたな主」
「そんなのいいよ……! よく釈放されたね」
菱潟の言葉に長谷部が同意する。
――万屋街審神者絞殺事件。それは既に「連続」の名がついていた。それも各サーバーで起きている。被害者の審神者は老若男女問わず。ただ、鎖のようなもので絞殺されたあとが共通していた。
捜査の途上で発覚したのが、その凶器が、どうやら「鶴丸国永」の服を彩るあの金の鎖に一致することだった。
捜査本部はここで頭を抱える。どうやら容疑者は鶴丸国永らしい――だが、「どの」鶴丸国永だ? 同一個体など既に万を超えている。
そういうわけで、捜査本部は各地の万屋街に仕掛けられた監視カメラなどにて、事件の前後にゲートを通過した「鶴丸国永」を捕捉し、片端から任意同行を求めた。
その一振りが、菱潟本丸の鶴丸国永だったわけである。――インクを買いに行かせた前後に死亡時刻が重なったのだ。
菱潟は頭を下げる。
「ごめんね鶴丸、余計なことでお前に迷惑をかけて」
「なに、君が絞殺死体になるより遥かにマシだ。それに君の自由な采配のおかげで釈放されたようなものだ」
「へ?」
「見ろ、この靴を」
そう言って鶴丸は片足を持ち上げる。
――この鶴丸の足元を飾っていたのは、インラインスケートだった。驚きを求めるあまり、菱潟が偶々見ていた雑誌に乗っていたインラインスケートを見て「これが欲しい!」と誉100回目記念で菱潟に買わせたのだった。以来、極になった今もインラインスケートを履き続けている。常にだ。
鶴丸は笑う。
「『こんな目立つ足跡があったら容疑者が君だと特定できた』と言われてしまってな。呆れられた気もするが、疑惑が晴れたからよし!」
「……こんなことで……」
「主、しっかり」
菱潟は顔を押さえる。長谷部が肩を掴んだ。
――それでも、我が鶴丸は容疑が晴れたのだ。良しとしよう。
しかし菱潟は、復讐心が滾るのを感じた。
「長谷部」
「はっ」
「捜査本部に俺のこと捻じ込めないか、確認して見てもらえる?」
「主命とあらば」
そう言って、長谷部は駆け出した。恐らく1番話が通じる組織犯罪対策部へ。――組織犯罪系ブラック本丸の解決への菱潟の貢献度は非常に高い。鶴丸が不思議そうに見てくるので、彼は笑った。不敵に。
「売られた喧嘩は買わないとねえ……」
鶴丸は底冷えする何かを感じたが、あえて無視した。
結果として、菱潟は二つ返事で捜査本部に迎え入れられることになる。
捜査本部にされている会議室へと役人に先導される。役人は言った。
「『政府のマル暴の指南役』菱潟さんと言えば有名ですからね」
「主、いつの間にそんな名が通ってるんですか」
「長谷部煩い」
「ははは。……そこの鶴丸さんを疑うとはとんでもないことでした」
「いえ。容疑をかけるのは当然です。そこに忖度があってはいけない。そうでなくともいまだに事件は続いている。そうでしょう?」
菱潟が顔を引き締めて問うと、役人は頷いた。そして会議室の扉を開く。
そこでは各サーバーから寄せられた情報を掻き集めて精査するための場所だった。彼らは慌ただしく、こちらを振り返る気配もない。菱潟は譲られた席に着きながら、長谷部と共に役人に問う。
「現在わかっていることは?」
「こちらに」
ぶぅん、と音を立てホロモニターが机から浮く。それを指先で操作しながら、菱潟は眉根を寄せた。
「……本当に老若男女問わないし、人の出入りが激しい万屋街で犯行に及んでいる……ただ、ただの連続通り魔と称するには、『鶴丸国永の鎖』を使っているという点で気になりますね」
「そこなんですよ。仮に鶴丸国永の個体が犯行を行っていたとしたらなぜわざわざ特定させられなかねない鎖で絞殺したか。また、足跡も鶴丸国永のものでした。お宅の鶴丸さんはともかくとして」
「幣本丸は自由を愛しているので。それはともかく――俺としては、被害者の身元をもっと洗った方が――おや」
「どうなさったのですか、主」
モニターをスライドさせていた菱潟が不意に呟く。役人も、周りの数名もこちらを見た。菱潟と言えば、顎に手を添えてとある被害者のプロフィールを開く。
「――俺以外に、組対部案件に関わっている人間はこの捜査本部には他にいないので?」
「え? えぇ……皆さんお忙しくて」
「連れて来させるべきだったな」
菱潟は爪を噛みながら言った。
「被害者のひとり、この若い男ですが……霊的違法薬物の売買で引っかかってる奴です。一見被害者は何の関連もありませんが、こちらの線を洗ったら何かしら出てくるんじゃないでしょうか。――あるいは、絞殺死体被害者たちの本丸の『ブラックボックス』を洗い出す必要があるでしょう」
「ブラックボックスをですか……しかしあれは、本丸が潰れたときに――」
「これ以上の被害者を増やさないためにも洗い出す必要があります。それと、もうひとつ」
菱潟は言った。ごく真剣な顔で。
「最初の事件が起きる前までに霊的違法薬物を買い取って被害に遭った審神者。彼らの本丸のブラックボックスのリストアップもお願いします」
「はっ!」
――一連のやり取りを眺めていた長谷部は、のちに語る。
「普段から仕事に真面目なお方だが、ここまでだと社畜と言っていいんじゃないか」
長谷部の嘆きとは裏腹に、次の日には被害者の洗い出しが済んだ。
それは菱潟の予想通りだった。
「絞殺事件の被害者は、いずれも霊的違法薬物の売人でした。老若男女問うてなかったのは、偏にあちこちの審神者に警戒されずに霊的違法薬物を売りつけるための手段だったのだと」
「なるほど。絞殺被害者の本丸のブラックボックスの件は」
「そちらで裏が取れました。まだ本丸が潰れていないので特例でしたが、そこの刀剣男士たちには『あなた方の主の殺された理由を特定するため』と説得したところ了承頂けました。精査したところ、確かに霊的違法薬物の売買を客間でしていたと思しき記録が発見され……」
「話の腰を折って申し訳ないのですが……ブラックボックスとは?」
長谷部が恐る恐ると言った様子で問いかけてくる。それに、菱潟も役人も「ああ」と頷いた。
「去年の春先に大侵寇があったでしょ。そのときに潰れた本丸の情報が後を追えないことから、各本丸に本丸の音声が記録できるブラックボックスが設置されるようになったんだ。――ウチの本丸にもあるよ。設置するときに立ち会ったのが清光だけだったから長谷部は知らなかったかな」
「そうなんですか――え、プライバシーの問題は?」
「だからそこは今回は特例。本来は襲撃を受けて亜空間を彷徨うブラックボックスを回収して何があったか調べるのが目的だけど、今回はそういうわけにもいかないからね。――それで、他に判明したことは?」
「はっ……それが、売買の記録は残されていたんですが、どこの誰に売られたか……というのははっきりせず」
それを聞いて、菱潟は再び爪を噛む。一口コーヒーを呷り、そしてふと思いついた様子で言った。
「なら、ここのところ霊的違法薬物の『被害』に遭った審神者の記録を洗おう」
「え?」
「これは俺の勘に近いものなんですけどね」
菱潟は声を潜める。
「全員が霊的違法薬物の売人だったとなると、本当の被害者は別にいるところになる。つまり、薬を買った審神者だ。霊的違法薬物に手を出すのは、平均より霊力が低い審神者。ここまで特定すればいけるんじゃないでしょうか」
「は、はっ!」
菱潟が告げると、役人は慌てて飛び出していった。
残された菱潟と長谷部は、コーヒーを啜る。菱潟のコーヒーは砂糖3杯ミルクたっぷり、長谷部はブラックである。「政府のコーヒーも中々だね」と呟く菱潟に、長谷部はもうひとつ聞いておきたいことがあった。
「あの……主。霊的違法薬物とは……? 違法薬物ならまだわかりますが」
「ああ、説明してなかったね。簡単に言うとお手軽に霊力を上げられるけどその副作用は死に至るかもしれないけど俺は知らんよ、という無責任な薬物のこと。勿論これも取り締まり対象。ああ、バランス型の俺には恐らく無縁の話だから気にしなくていいよ」
「はぁ……」
「今すべきことは、事件の解決だ」
――自分たちに割り当てられた役人の仕事は早かった。
駆け戻って来た彼は、息も荒く調査結果を述べてくる。
「平均より霊力が低いと診断された審神者が最近だと5名ほど。その彼らの4名は霊的違法薬物によるバッドトリップで病院に搬送。ですが、残り1名は審神者が亡くなっています」
「なるほど。そこのブラックボックスは?」
「こちらです」
そう言って、役人は小さな小さな黒い箱を机の上に置いた。複雑な構造の蓋を開き、スピーカーの端子を繋ぐ。イヤホンでなくてよかったのか、という長谷部の指摘は時既に遅く。
スピーカーからは、悲痛な悲鳴が届いた。恐らく女性の声。ガチャガチャと鳴る金属音。絹を裂くような悲鳴。それでも、刀剣男士の声は聞こえない。……やがて、最後に掠れるような声がした。
『つる ま る』
――ブラックボックスは沈黙した。
あまりの音だったので、他の可能性を調査していた皆がこちらを見ている。長谷部も凝視せざるを得なかった。
役人はブラックボックスを片付けながら報告する。
「この本丸の近侍は鶴丸国永。彼は審神者亡きあと、失踪しているそうです」
「決まりだね」
菱潟は嘆息した。
「あとは、直接ここの審神者に薬を売りつけた売人を見つけて。ルートを辿ればそんなに難しい話じゃないはずだから」
「わかりました」
「見つけたら、政府に直接助けを求めるように誘導してくれるか」
「? わかりました……」
最後の台詞は役人には今一つピンとこなかったようだ。それでも彼は頷くと、再び小走りに会議室を出て行った。長谷部がざわついている周囲の代わりに問う。
「どういうことですか、そんな売人ひっ捕らえれば」
「勿論そうするさ。でも、『鶴丸国永』も捕まえなきゃいけない。――ああそうそう、長谷部。今から呼んでおいて欲しいウチの刀剣男士の面子がいるんだけど」
「はい?」
ちょいちょいと指で差し招かれ、耳を欹てる。審神者は声を低めて言った。
聞き終えた長谷部は渋面を作る。
「主、だから性格が悪いって言われるんですよ」
「事の解決には必要な手段だよ」
――あの売人が、政府に保護を求めに行ったと言う。
それを聞いて、「鶴丸国永」は「あまりにも盗人猛々しい」と思ったが、計算通りとも思った。
霊力の低さで本丸の運営に差し障りが出るのではないかと心配していた彼の主。それを言葉巧みに薬を売りつけ、あまつさえ文字通りの身の破滅をさせた。
だから、あの売人は罰せられなければならない。
自分の仕業だとわかるように、鎖で絞殺し続けた。売人仲間同士のネットワークで、自分が追い詰められているとわかったはずだ。
けれど今度は、彼は自分の刀の血曇りにしてやるつもりだった。政府に駆けこむ直前に、刀を抜いて――
「国永」
「鶴さん!」
「鶴さん!! やめろ!!」
――不意に、背後から上から人が降って来る。今や懐かしい声。慕わしい声。衝撃で刀を取り落とす。鶴丸は顔を上げた。
政府のゲートの出入り口。その付近で待ち構えていた自分を取り押さえたのは、大倶利伽羅、燭台切、太鼓鐘――古なじみの面子だった。これでは抵抗できない。その間にも売人の審神者が政府に保護されていく。待て、と叫びたい。けれど、別本丸と言えど――ウチの本丸の刀剣でないことだけは確かだった――、古なじみに取り押さえられては身動きできなかった。
そこに、ひとりの男が歩いてくる。
20代前半ほどの若い男だ。顔立ちは整いすぎてかえって印象に残らない。左手の薬指に指輪を嵌めていたから恐らく既婚者。隣には長谷部を伴っている。そんな彼は、3振りに取り押さえられた鶴丸に言う。
「敵討ちをしたかったんだね。でも、少し人を殺し過ぎたな」
「……国賊を討っただけだ」
「まあ、その言い訳は取調室で話してね」
頭を掻いたその男は、しかし意外に誠実な顔と声音で言う。
「大丈夫。あの売人にはしかるべき処分がされる。前線で戦うべき人材に薬物を与えたことで戦力を減少させた国賊だ。ま、命だけは助かるだろうけどね」
「その命を奪いたかった」
「『鶴丸国永』」
その男は微笑んだ。いっそ美しいまでの微笑だった。
「世の中には、死んだ方がマシなこともあるんだよ。――この機密がいっぱいの構造で、マシな目に遭えると思う?」
「……はは。そうだ。君たちはいつだってそうだ……」
そう言って、後ろ手に霊子錠をかけられた鶴丸国永は引っ立てられて行った。
――事が解決したあとで。菱潟は溜息を吐く。
「悪役も楽じゃないなあ」
「堂に入ってましたよ」
「誉めてる?」
「誉めてます」
その後、霊的違法薬物の取り締まり強化、審神者の小遣い稼ぎとしての売人になることへの阻止などのキャンペーンが組まれることとなる。
「鶴丸国永」がどうなったかは、一般審神者は誰も知らない。
了